第8話◇なんだあれ? 邂逅から捕獲


「じゃあ、元気でな」

「お前らもな。心配はしてないが簡単に死ぬなよ」


 翌日、街を出る白髭団を見送る。ルノスとリックルはメッソとボランギの故郷、ディープドワーフの街に観光に行くそうだ。山の中の巨大地下都市、温泉の有名なところで、俺も随分と前に家族で行ったなあ。


 で、それから4日後、サーラントと2人で例の隠しエリアへの入り口、百層大迷宮の30層西側広間に到着。


「やはり塞がっているな」

「地下迷宮の自動修復か」


 広間の石壁はその向こう側の空間を隠してもとに戻っていた。ただの迷宮の石壁で、これで向こうに隠されたエリアがあるとは解らない。サーラントのフレイルでぶっ壊した大穴が無くなって綺麗になっている。


「となると、この先のエリアは百層大迷宮とは違うということになるのだろうか?」


 サーラントが問うが、その答を調べに来てるので今は解らない。


「ボスがいて雑魚の大ネズミと骸骨兵もいたから百層大迷宮とは繋がってはいるはずなんだが」


 大迷宮は巨大魔術建造物だ。

 過去に小迷宮を探索しやすいように改造しようとした国はあるが、暗黒期以前の失われた系統の魔術で造られた地下迷宮には不明なところが多い。解らないところが多すぎてどうにもならない。

 地下迷宮の修復能力で壁に穴を開けてもゆっくりともとに戻っていく。

 迂闊な改造をしようとしたその国は地下迷宮から地上に溢れた魔獣の群れでえらいことになった。

 それをなんとかしたところ地下迷宮の魔術回路が壊れたのか、魔獣が湧かなくなり魔晶石が採取できなくなった。

 その迷宮はただの巨大な地下の空間となり、その後は魔術回路で支えていた部分が劣化して大陥没。貴重な暗黒期の建造物が失われた。

 この1件以来、地下迷宮そのものの構造をどうにかしようとするのは禁忌となっている。


「確かここだな、やってくれサーラント」

「なにか目印をつけておいてはどうだ?」

「他の探索者にはまだ秘密だからな」


 目印つけて他の探索者に見つけられると、俺の調査の邪魔になる。広間の端から歩いた歩数で位置確認。サーラントの大型フレイルに錬精魔術で耐久力上昇をかけておく。


「離れていろ」


 サーラントが石壁に人馬セントールの馬鹿力でフレイルを叩きつければ、バゴォンと破砕音が響いて穴が開く。

 以前この広間で大カマキリと骸骨兵との戦闘中、サーラントが壁にぶつけた大カマキリにとどめの一撃をぶちかましたところ、壁に穴が開いた。ここを見つけたのはそんな偶然から。

 頑丈なはずの石壁に開いた大穴にそのときは白髭団全員がポカーンとしたもんだ。

 そのときにもこの広間をさんざん調べたが、隠し扉の類いは無くぶっ壊す以外には隠しエリアに行く方法は見つからなかった。

 サーラントがフレイルでガツガツと壁を砕き穴を広げて通れるようにしている。


「ドリン、どこかに正規のルートがあるんじゃないのか?」

「あるかも知れんが、前に見たときはなにも無かったしなぁ。正規の出入り口が見つかれば毎回壁を壊すこともなくなるんだが」


 念のためにサーラントが壊した石壁を見ると、やはりゆっくりとではあるがじわじわともとの形に戻ろうとしている。


「さて、行くか」


 サーラントの馬体の背中にひょいと乗る。サーラントの鎧の背中、俺が乗るためにプレートメイルの背に付けた手すりを握る。落下防止のベルトは戦闘になったときでいいか。


「今回は地下迷宮構造の魔力の流れを調べるから、ゆっくり歩いてくれ」

「わかった」


 俺とサーラントは隠しエリアの探索を始める。さてグランシアが喜ぶようなものが見つかるかねぇ。

 動かない転送陣のある青い石壁の部屋。ここまで来たが、途中にさしてなにも無い。骸骨兵が数体出ただけで、そいつらはサーラントのフレイルで粉砕した。

 地下迷宮内の天井と同じくこの隠しエリアの天井にもところどころに発光する仕掛けがあって、明るさに問題は無い。

 と、いうことはその仕掛けを稼働させる魔力は流れている。この部分は百層大迷宮と繋がっている。

 なのに転送陣だけが使えない、動かない。どういう仕組みなんだかなぁ。

 折り返してボス部屋に戻る。


「ん?」


 サーラントの足が止まる。また雑魚でも湧いてきたか? サーラントの背中から降りて耳をすませば、ゴゴゴと重いものを引きずる音がする。

 転送陣からボス部屋に続く通路から扉を少し開けて、隙間からボス部屋を覗く。

 俺の上からサーラントも一緒に覗く。


「ボス部屋に隠し扉?」


 サーラントが小声で呟く。単眼大蜘蛛のいたボス部屋。そのボス部屋の壁がゴゴゴと動いて隙間が開く。しかし、なんだありゃ? あれじゃボスがいたら倒さないと使えない。なんでそんなところに? ボス部屋に隠し扉とは盲点だった。というか聞いたことも無い。

 隠し扉が開いた、ということは開けた奴がいる。他の探索者が見つけたのか?

 俺達以外にこんなところを彷徨くなんて、物好きな奴もいたもんだ。


 隠し扉を開けて向こうからひょこりと頭が出てくる。顔を出してキョロキョロとボス部屋を見てるのは、真っ白な髪を長く伸ばした顔。猫耳が無いから猫尾キャットテイルでは無い。耳も短いからエルフでも無い。角も無いしサイズも違うから大鬼オーガでもなく小妖精ピクシーほど小さくも無い。

 見たことない顔だから知っている探索者でも無いし。人間ヒューマンの探索者はレッド種しかいない。だけどあの肌の白さはレッド種じゃ無い。小人ハーフリング? なんか違うな。


 しばらく気配を消して様子を見てるとその白髪頭はボス部屋に入ってきた。

 不安げにキョロキョロ見回しながら注意深く移動している。

 片手に短槍、手に手甲、上半身には胸当て。胸当てに膨らみがあって髪も長くて女か? というか女の子? 胸当てから下にチェインメイルがスカートのように下がっている。

 ボス部屋に入ったその女の子を良く見れば、下半身は蛇だった。上半身は人型で下半身は蛇の女の子。

 なんか珍しいのがいる。初めて見た。


蛇女ラミアか?」


 サーラントが聞いてくる。姿を見れば話に聞く蛇女ラミアのようだが。


「俺も蛇女ラミアを見たことは無いが、蛇女ラミアの蛇体は鱗が黒いって聞いたことがある」


 ボス部屋をあっちこっちキョロキョロ見てる女の子の下半身の蛇体は真っ白で、うっすらと光っているようにも見える。

 蛇女ラミアだとしてもなぜここにいるのか?


「サーラントの方が詳しいんじゃないか?」

「俺が知っているのは蛇女ラミア亜種の蜘蛛女アラクネだけだ」


 サーラントの出身、人馬セントールの国、ドルフ帝国では異種族喰いをやめて智者憲章を守ると誓約した蜘蛛女アラクネの一族がいるとか。

 蛇女ラミア相手だと戦闘になるか? 相手は1体、大蜘蛛のいなくなったボス部屋をしばらくうろちょろして入り口の扉を開けて出ていこうとする。


「どうする?」

「後をつけるか、何者かもわからんから観察しよう」


 白い蛇女ラミアをつけ回すことにする。どうも地下迷宮に湧く魔獣とは何か違う。

 さて、いったい何者なんだ?

 パッと見には会話可能にも見えるが、地下迷宮で新発見の種族だったらなんて会話すればいいのか。そもそも会話が可能なのか。


 こそこそと後を追いかける。サーラントは戦闘担当で俺は魔術が担当。こういうとき潜伏とか尾行は俺達には向いてない。

 ま、見つかったときはそのときで。


「サーラント、なにか女が喜ぶようなもの持ってないか?」

「地下迷宮にそんなもの持ってくると思うのか?」

「だよなぁ」


 未発見異種族とのファーストコンタクトなんて地下迷宮探索の範疇外だ。

 白い蛇女はシュルシュルとおっかなびっくりという感じで進んでいる。

 石壁をぺたぺたと触ったり光る石を短槍でツンツンしたり。地下迷宮に慣れてない様子。ここは30層だぞ? なんだか危なっかしい。


「ドリン、蛇女ラミアってどんな種族だ?」

「俺が知ってるのは、肉食で異種族喰い、あとは魔術も得意で蛇女ラミアと交流のある種族の話は聞いたことが無い。数が少ない種族らしいから、見たって話も少ない。会話が可能かどうかも知らん。魔獣と同じく敵対する話とか討伐する話を聞いたことがあるくらいだ。と」


 白い蛇女が短槍を構えた。その向こうから来たのは地下迷宮の雑魚代表の大ネズミが3体。

 白い蛇女が手を振るうと先頭の大ネズミの頭が真っ二つに割れた。風の系統、では無いな、あれは闇の系統の魔術の闇刃か。

 続いて1匹を短槍で仕留め、最後の1匹も闇刃で片付ける。

 なかなかできるようだけど、まだ甘い。


「行け! サーラント!」

「おう!」

「氷盾!」


 錬精魔術の氷の盾。水の膜を凍結させて、できた盾で、飛んできた矢から白い蛇女を守る。大ネズミのさらに向こうから骸骨兵が5体。弓矢持ちが1体。

 白い蛇女の脇を駆け抜けたサーラントがぶん回すフレイルの一撃で3体まとめて粉砕する。

 白い蛇女が慌てて短槍を構えなおしている間に、俺は白い蛇女に近づいて声をかける。


「大丈夫か?」


 狙ってたわけでは無いが、白い蛇女がピンチになる、助ける、恩にきせて交渉する、の流れになるなら異種族喰いでも話ができるかな?

 会話不能で襲ってくることも警戒して手には魔術触媒を握ったまま、


「言葉は通じるか? まずはこんにちは」


 白い蛇女は短槍を構えたままじっと俺を見る。

 骸骨兵を片付けたサーラントが戻ってきて俺とサーラントで白い蛇女を挟む形になる。

 白い蛇女は後ろのサーラントも気になるようで、俺とサーラントを交互に見てから俺に視線を戻す。

 腰まであるミルクのような白い柔らかそうな髪に深い青色の瞳。不安げに眉毛が下がって怯えも見えるが、短槍を握る手に力を込めて、震えないように頑張っているようだ。

 眉毛も白い。睫毛が長い。見ていると吸い込まれるような湖のような色の瞳。

 幼さが抜けきってない少女のような顔立ちは美しい。美人さんだ。

 綺麗というよりはかわいいな。うんかわいい。かわいいな――


「くっ!」


 自分の右手で自分の頬を叩く。


「サーラント! 魅了チャームだ! こいつの目を見るな!」


 気をしっかりもって抵抗レジスト

 魅了チャームなんぞ使うのはシャララくらいしかいないんだが、これは幻覚系統魔術の魅了とはなにか違う。高位不死者が使うという視線の魅了か?

 右手の魔術触媒を握りなおして――


「動かないでください」


 チャキ、と俺の目の前に剣と槍が重なる。おう、いつの間に。俺の背後に来た何者かが俺の右肩に槍、左肩に剣を乗せるようにして、俺の目の前に刃先を重ねて見せつけてくれていた。


「油断したなドリン」

「サーラント、お前もだろうが」


 魅了チャームに気をとられているところで、いつの間にか背後をとられていた。

 右後ろにひとり、左後ろにひとり。


 うん、これはあれだな。

 ひさしぶりの窮地というやつだな。サーラントがふう、とため息吐きやがる。


魅了チャームにかかってあっさり捕まるとは。グランシアがいたらまた笑われるところだ」

「おいサーラント、俺ひとりが間抜けみたいに言うな。目前でその状況を許したお前も同罪だ。いっしょに笑われろ」

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