第16話◇3つ目の策

 

ノクラーソンに連れられて行った店の栗のケーキはなかなか美味かった。

 宿に戻るとサーラントが預かり所のシャロウドワーフの兄妹と話をしていた。


「戻ったかドリン。……服が汚れているぞ」

「あぁ、ちょっと紅茶のシャワーを浴びてきた」

「服を着たままでか? 変わった習慣だな」


 呑気なことを言っているが、サーラントの声のトーンが少し低くなった。


「別にサーラントが怒るようなことはなにも無い。気にするな」


 まったく鋭いのか鈍いのかよくわからん奴。こいつがスパイねぇ。あのデブ貴族、ちゃんと目が見えてんのか?

 サーラントはドルフ帝国の貴族出身らしいが、勘違いした騎士道精神の持ち主で、冷めて見えるくせに中身は以外と熱血。こそこそ探るくらいならフレイルぶんまわして突撃するサーラントにスパイなんて無理だろ。


 なんで俺はこいつとコンビ組んでんだろ?

 いつからいっしょにいたっけか。

 こいつが騒動起こしてその面倒見てたらいつのまにかコンビになってたような。

 サーラントはよくバカなことに首突っ込んだりするが、それはそれで1本筋が通っている。

 良くも悪くも腐れ縁、か。


 地上ではドルフ帝国とアルマルンガ王国での緊張が高まっている。

 戦力の欲しい人間ヒューマンは使えるものなら欲しがっている。探索者を傭兵に、とか言い出す奴が出るとは思わんかったが。

 ますます地下の隠しエリアを知られる訳にはいかない。

 知られるわけにはいかないが。


 魔獣との戦闘に馴れた探索者を傭兵に、ねぇ。人間ヒューマンの傭兵になる探索者はいないだろう。しかし、探索者を味方につけることができれば。


「ドリン。またろくでもないことを考えているのか?」

「地下迷宮のことで頭を悩ませているだけだ」

「嘘をつけ。お前が唇の左端だけで笑うときは良からぬことを考えているときだ。大角軍団を潰すと言い出したときも同じ顔をしていた」

「あれはお前から大角軍団のやり口が気に入らんと言うから、俺が策を出したんじゃなかったか?」


 話をしながらサーラントの部屋に移動する。人馬セントール大鬼オーガが使える大サイズの部屋。


「よっと」


 椅子が無いので机に座る。大サイズの種族はだいたい床に座るから椅子は無い。


「さてサーラント、地下の一件だが」

「灰剣狼と猫娘衆には話をして、1度連れて行くとして。万一隠しきれなかったときのことを考えるべきだろう。紫殿もいるが、彼らだけであの地を守れるように備えをするべきだ」

「それだけでは、少し弱い。黒浮種フロートの存在を知られたら人間ヒューマンは手段を選ばずなんでもするだろう。紫のじーちゃんはどこまで関わってくれるかわからんが、古代種エンシェントならば地上の政治に手は出したくないだろうし。白蛇女メリュジン黒浮種フロートも交渉事は弱そうだ」

「ドリン、何を考えている?」

「ひとつ目はバレないようにする。二つ目はバレたときの防衛手段。これは変わらない。そしてみっつ目の策」

「今、手段と言わずに策と言ったな」

「少し忙くなるかもな」

「かまわん。ドリンがやらかすことの後始末には慣れている」

「逆だろう?」

「何を言っている。とにかく、その策であの地を守れるのならば、なんでもやってやる」

「なら、決まりだ」


 なんのかんのとあわただしく、あっという間に時間が過ぎる。

 今回やることの幅が広すぎるか? 時間も手も足りない。

 

 28日後、地下30層の隠しエリア、復活した赤線蜘蛛と再戦。今回は、灰剣狼と猫娘衆は前回と同じ。これに部隊パーティ白角の4人が追加。白髭団の抜けた穴埋めを白角に頼んだ。

 赤線蜘蛛はひっくり返ったまま、全身のところどころを光らせて分解していく。

 討伐完了。あっけない。


「凄い!」


 白角の少年エルフが震えながら叫ぶ。

 攻略法のわかったボスならこんなもんだろ。


「40層級の灰剣狼と猫娘衆とあの触るな凸凹と共闘して、誰も知らないような隠しボスと戦って、しかもみんなほとんど無傷だなんて」


 なんか興奮してる。今回は赤い光線対策に広範囲に水の幕はっておいたから赤い光線は反らせたし、前回の復讐とヤーゲンが張り切ってたからなぁ。

 カゲンが少年エルフに近づく。


「これでお前も30層級だろう? 胸を張れ」


 狼の顔で笑って少年エルフの背中をポンと叩く。さすがはカゲン。群れを大事にする狼面ウルフフェイス部隊長パーティリーダーだけあって、こういうのが上手い。


「僕、がんばります!」

「あぁ、期待している」


 少年エルフは尊敬の眼差しでカゲンを見る。


「ところで、大丈夫か? ドリンとサーラントは。なんか疲れてないか?」

「問題無い。気にするな」


 心配してヤーゲンが聞いてくるのに手を振って応える。俺もサーラントも疲れてはいるが、妙に気力は満ちている。

 グランシアがにやにや笑って聞いてくる。


「いよいよ、お待ちかねのお楽しみタイム?」

「その前にボス戦の前にも言ったが、大事なことだからもう一度言っておく。これからこの先で目にするもの耳にすること、一切地上で話してはならない。誰かに話すときはその前に俺とサーラントに相談するように。その相手を見定める必要があるからな」


 全員がうんうんと頷いているのを確認。ひとり難しい顔をしているのが大鬼オーガ1本角ユニ種のディグン。


「隠しエリアに隠しボス、これ以上になにがあるんだ?」


 今回初参加のディグンが白角代表で聞いてくる。


「大角軍団壊滅事件みたいな大事だと、俺達白角じゃ力不足じゃないか?」


 白角はもともといた魔術が使える探索者が引退して3人になったあと、少年エルフを勧誘して今は4人。大鬼軍団の件には関わってなかったな。


「今回は戦闘力よりも口の固い奴がいい。そこは心配するな」


 ディグンは大鬼オーガにしては慎重というか気が小さいというか。不安ばかり煽ってもなんだし一言いっておく。

 と、俺がフォローしたのにサーラントの奴が、


「そうだな。今回は大角軍団の件とは比較にならんぐらいの一件だ」


 ディグンは顔をしかめて、何人かは眉をひそめるが、ニヤリと笑う奴等のほうが多い。


「もったいつけないで、そろそろ教えてくれない? これだけ期待させてつまらなかったらどうしようかな?」

「グランシア、お前が満足するのは間違いないと思う」


 俺がボス部屋の隠し扉に行こうとするとサーラントが、


「少し待ってくれ。カゲンとヤーゲンに頼みがある」

「なんだ?」

「パリオーを捕まえておいてくれ。袋に入れておいてもいい」

「おい! サーラント! なんで俺だけそんな扱いなんだ?」

「お前を野放しにするとやっかいなところだからだ」


 あー、その心配があったか?

 己の欲求に忠実な褐色の小妖精ピクシー亜種邪妖精インプのパリオー。まあ、これでも歴戦の探索者だし。


「サーラント。心配しなくてもパリオーもそこまでバカじゃないって。ただ念のためにカゲンとヤーゲンはパリオーを見ててくれ」

「うえー? なんだよそのダメな子扱いは!」

「わかったわかった。訂正する。パリオーはバカじゃない。ちょっとアレなだけだ」

「前より酷い! 俺をなんだと思ってやがる!」


 喚くパリオーはヤーゲンが摘まんで見ててくれることになった。


 隠し扉は白蛇女メリュジンに開け方を教えてもらったが、開閉は白蛇女メリュジンだけにしてもらうことにしている。

 隠し扉の向こうにいる白蛇女メリュジンに分かるようにワンドで岩壁をノック。

 ズズズと岩壁が動いて穴が開く。

 みんな隠し扉が開いていく様子を期待の目で見ている。

 扉の向こうの白蛇女メリュジンにはシノスハーティルに伝えるためと、みんなを驚かせるために先に行ってもらって、と。


「じゃあ、みんな着いてきてくれ」


 俺が先頭で扉をくぐる。サーラントには最後尾で扉を閉めてもらう。


「隠しエリアの奥のボス部屋に隠し扉って、どれだけ厳重に隠してるの?」

「それだけ凄いものがあるってことだろ」

「いや、凄くヤバイものがあるんじゃないか?」

「ドリン、そろそろ説明してくれよ」

「俺が説明するより、見たほうが早い。あと、お前らにも発見の感動を味わって欲しいからな。そろそろ到着だ」


 洞窟を抜けた先に広がる草原。白蛇女メリュジン達のお出迎え。

 下半身蛇だけど30人の全裸の美女が並んで待ち受けている。今回は白蛇女メリュジンに全員目に飾り布を巻いてもらっている。魅了チャームを抑えるために片面からは透けて見える黒浮種フロートのテクノロジスの布に白蛇女メリュジンの刺繍入り。

 擬似陽光に照らされて、綺麗な飾り布で目隠しをした、白い髪の裸の女達の集団は不思議な神秘性と威圧感を醸し出す。


「桃!源!郷!!」

「第一声がそれか? いろいろ台無しだ、パリオー」

「なんだ? なんなんだこのおっぱいいっぱいパラダイスは? 今までドリンとサーラントのふたりで楽しんでたっていうのか? この裏切り者!」

「ヤーゲン、パリオーを黙らせてくれ」

「へ?」


 ヤーゲンは狼の口を間抜けに半開きにしていた。おい、しっかりしろ。

 気を取り直して、シノスハーティルを促す。赤い飾り布を首から下げ銀の蛇の飾りのついた杖を持つシノスハーティルはシュルリと前に進み。


「ようこそ、我らの里に。我らは蛇女ラミア亜種、白蛇女メリュジン。私は長のシノスハーティルです」


 まずはお互いに自己紹介しないとな。で、


「お前らいつまでも固まってないで、挨拶してくれ」


 みんなポカーンとしていた。

 ドッキリ大成功、かな?

 

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