第15話◇めんどうな人間の貴族と魔術師


 翌日、ノクラーソンと共にマルーン街北区の貴族街に。

 久しぶりに来たが人間ヒューマンしかいない街ってのは面白みがない。変に気取ってる人間ヒューマンばっかりだ。

 ここに住んでるのは階級で4級以上の貴族とそれに仕える5級6級の人間ヒューマンの市民。

 西区に住む7級と8級には人間ヒューマンレッド種しかいない。肌の赤いレッド種とは仲良くできるが、人間ヒューマンは亜人蔑視する連中ばかりだ。迷宮出口の徴税所の職員以外、ほとんど話をしたことも無い。


「なんで俺だけでサーラントはダメなんだ? 俺達いちおうコンビなんだが」

「最近、ドルフ帝国となにかあったようだ。人馬セントールは警戒されている」


 前はサーラントの背中に乗って来たんだが、今回は馬車なんぞ用意されていた。

 

 無駄に豪華な貴族の屋敷。その一室に案内される。ノクラーソンと並んでソファに座るのは、なんだか落ち着かない。

 で、いかにも貴族なデブといかにも魔術師な不健康なヤセに説明する。もちろんどっちも人間ヒューマン


「ノクラーソンにも言ったが、相手は41層南方。黒い大きな蜘蛛。さ迷うタイプワンダリングのボス級。以上」


 デブな貴族が口を開く。


「口の聞き方に気をつけろ」

「まぁまぁまぁ。彼は小人ハーフリングです。我々人間ヒューマンの階級とかもともと無縁な種族なんですから」


 ニヤニヤ笑うヤセ魔術師が間に入る。


「ドリンさん。細かく教えていただけるなら少しですが情報料も出しますよ」

「そう言われてもな。出会った瞬間ヤバイのがわかったから逃げた。だから細かい場所までよくおぼえて無い。逃げてる最中、運よく灰剣狼と猫娘衆と合流できたから討伐できたけどな」

「よくそんなタイミングで会えましたね?」

「灰剣狼も猫娘衆も43層からの雪原に手こずっている。その上の階層に攻略のヒントでも無いかと合同で調べていたんだと」


 口からデマカセだが確認のしようも無いだろう。あとで灰剣狼と猫娘衆と口裏を合わせておかないとな。

 ヤセ魔術師は笑顔絶やさずに言う。


「ところで無限の魔術師グリンさんの魔術についてですが」

「そっちは秘密。俺とじーちゃんの飯のタネだからな」

「その独創性に私は敬意を持っているのですよ。1度私の研究室に」

「断る。俺もまだまだ研究の途中だ」

「礼儀を知らん小人ハーフリングだな」


 デブ貴族が口を開く。礼儀も何も、人間ヒューマンの階級なんぞ俺の知ったことか。


「お前にはスパイの容疑がかかっているんだぞ。ここで協力したほうが身のためだ」


 は? スパイ? なんだそりゃ?


「貴方のパートナーのサーラントさんが疑われているんですよ。なにせマルーン街ただひとりの人馬セントールですからね。そして人馬セントールと言えばドルフ帝国出身でしょう」

「あぁ、そういうことか」


 そんな目立つスパイがいるもんか。


「サーラントがスパイ、人間ヒューマンはおかしなことを考えるもんだ。あのでかい人馬セントールがどうやって人間ヒューマンの情報を探って調べてるっていうのか」


 ヤセ魔術師が、そうですね、と。


「なので、ドリンさんが協力しているのではないか、と」

「魔術排斥国家のドルフ帝国が、魔術師の俺にスパイを頼んだとでも?」

「何故、サーラントさんはこの街の地下迷宮に? ドルフ帝国にも百層大迷宮はあるでしょう?」

「あいつが変わり者だからだろ。あと、そういうことは本人に直接聞いてくれ」


 ドルフ帝国と言えばそこの王族は人馬セントール人馬セントールシャロウドワーフと小人ハーフリング南方スパイシー種、ほかにもいくつかの種族の住む大帝国。

 そこにも百層大迷宮はある。人馬セントールシャロウドワーフの探索者はだいたいそっちに行く。

 魔術排斥国家だから、魔術師の俺はたぶん入れない。

 デブ貴族が、ふふんと鼻を鳴らす。


「そのスパイ疑惑を晴らす方法がある」

「勝手に疑っておいてなんて言いぐさだ」

「お前たちは腕のいい探索者と聞いている。その強さを買ってやろう。傭兵にならないか?」


 いきなりなに言ってんだ? この脂肪貴族?


「金のために地下迷宮ダンジョンに潜っているんだろう? 今度は金のためにアルマルンガ王国の兵隊になってみないか?」

「あのなぁ、探索者が金のためだけに地下迷宮に潜ってると思ってんのか? それにアルマルンガ王国の兵隊? どこと戦うんだよ。相手がドルフ帝国と戦うなんて聞いて、それに参加する種族が人間ヒューマン以外にいるとでも? 戦争となればここの探索者は全員引き上げて、故郷に戻るに決まってんだろ」

「アルマルンガ王国のために戦えば、スパイの疑いを晴らして、階級を上げることも可能だぞ。報酬もある」

「サーラントのことを勝手に疑って、当人の故郷との戦争に参加すれば容疑が晴れるとか、そんな素敵なへ理屈は初めて聞いたな。さすがにそこまでひねくれた発想は無い」

人馬セントールに肩入れするか」

人馬セントールの味方、というより俺は小人ハーフリングの味方だ。だが同じ草原で加護を得る種族として人馬セントールとは共感するところはあるか」

人馬セントールの非道を認めるのか?」


 今度はなにを言い出すんだ? 頭の中身も脂肪か? コホンとヤセ魔術師が咳払いをする。


「先日、ドルフ帝国の人馬セントールの兵士が人間ヒューマンの村を焼きました」

「なんだ。またか」

「我々の王国はドルフ帝国に説明と謝罪を要求しています」

「お前たち人間ヒューマンが勝手に草原に村を作って開拓したんだろ。まったく人馬セントールの兵士もたいへんだな。草原は人馬セントール小人ハーフリングの領域だ。そこに勝手に入り込んで住み着く奴は追い出すのが当たり前。規律が評判のドルフ帝国兵士なら、村からひとり残らず丁寧に避難させてから建物を焼いただろうな。で? その村から人間ヒューマンの死人は出たか?」

「ですが、村を焼くのはやり過ぎでは無いですか? それに草原を農耕地にできれば作物が取れて餓えは減らせます」

「草原が無くなって餓えに困るのは人馬セントール小人ハーフリングだ。畑を作りたかったら人間ヒューマンの領域で作れ。勝手に森の木を切って、それでエルフに襲われたら文句を言い、勝手に山を切り開こうとしてドワーフに襲われたら文句を言う。国境を越えて悪さをしなければ、人間ヒューマンを襲う奴なんていないんだがなぁ」

「だが、現に人間ヒューマンの村が焼かれているのだ」


 デブ貴族が俺を見下ろすように言う。

 なんか説明するのもめんどくさくなってきたぞ。はぁ。


「こっそり草原に開拓村を作って、そこに住んでる人間ヒューマンがいるから、そこは人間ヒューマンの土地だ、なんていう言いぐさは聞き飽きている。3年ばかり見つからなければ『昔から住んでいる』とかいうへ理屈が通用するのは、寿命の短い人間ヒューマンだけだぞ」

「偉そうに、貴様に国の何がわかる!」

「なにも知らない子供に教え諭すのも年長者の役目かな? 俺はこう見えて今年で56歳だ。ここに俺より歳上の人生経験のある奴はいるのか? で? 子供のへ理屈はおしまいか? だったら帰らせてもらうぞ」

「この亜人が!」


 デブ貴族が声を荒げてカップの紅茶を俺の顔にぶっかけた。おいこら、ぬるくなってて火傷はしないかったが、やるというなら相手になってやろうか、人間ヒューマン

 右手をポケットの魔術触媒に伸ばそうとすると、ノクラーソンが俺の肩を掴んで立ち上がる。


「このように、探索者達は彼らなりの意地と矜持があります。探索者が魔獣との戦闘を日常とし即戦力になるとしても、王国の傭兵になることは無いでしょう」


 ノクラーソンがじろりと、体重は重くても頭の軽そうな貴族を見下ろす。


「探索者達を傭兵に雇う案は実行不可能です。どれだけ金を積んでも彼らがアルマルンガ王国の兵士になることはあり得ません。これは大迷宮監理局に務め長年異種族を見てきた私の意見です」

「ノクラーソン、貴様」

「ではこれで失礼します」


 ノクラーソンが俺の腕を引いて立ち上がらせる。強引に引っ張られるが、されるがままに半分持ち上げられるように貴族の屋敷を出る。あのブタ貴族、ノクラーソンに感謝しとけ。

 馬車の中でノクラーソンがハンカチを出すが、


「いらないよ」


 錬精魔術、優しい乾燥でさっと乾かした。服には紅茶の色がついてしまっているし、砂糖が入っていたのかなんか顔がペタペタするが。


「馬鹿の相手をさせて悪かった」


 ん? ノクラーソンが謝ってくるが、


「ノクラーソンが謝ることでは無いだろ? しかし、いいのか? 相手の方がノクラーソンより上の階級の偉い人間ヒューマンなんじゃないのか?」

「なにも知らずに異種族を傭兵にするとか、実現できない案を思いついた馬鹿者など知ったことでは無い」


 ノクラーソンが顔を背けて怒っている。ふうん? 人間ヒューマンにとって階級は絶対だと思っていたが、そうではない者もいるってことなのか? なんだか拍子抜けだ。


「まぁ、俺で良かったな。これがサーラントだったらあのデブ貴族、今ごろ踏み潰されてペチャンコだ」


 俺もイラついてはいるが、ノクラーソンにキレどころをすかされてしまった。

 しかし、どうやら地上はキナ臭くなってきてるらしい。

 白蛇女メリュジンのことも考えなきゃいけないのに、地上で戦争が始まったら地下迷宮の探索どころじゃ無いな。サーラントもこの街にはいつまで居られるだろうか。

 西区も昔は人馬セントールも少しは居たのに、今ではサーラントひとりしかいない。人馬セントールイコール、ドルフ帝国のイメージが強いからな。

 俺がもやもや考えていると。


「あー、ドリン。良かったらどこかで飯でもどうだ?」

「なんだ? 気持ち悪いなノクラーソン。急にどうした?」

「ぐ? 気持ち悪いだと? わたしが気を使ったら気持ち悪いのか?」

「え? なんで俺に気を使う? ノクラーソンは俺を嫌ってるんじゃ無いのか?」

「む、それは」

「この際だ。はっきり言ってみたらどうだ?」


 ムスッとした顔のノクラーソン。片手でカイゼル髭をつまみながら、


「……毎回、悪どい手口で部下の査定官を煙に巻くドリンのことは気にくわん。だが、お前もわたしのことは気にくわんのだろう」

「俺としては己の職務に忠実なノクラーソンのことは嫌いじゃない。ただノクラーソンが相手だと稼ぎが減るのが嫌なだけだ。ノクラーソンが使えない部下をまとめて苦労してんのは可哀想だと思うけどな」

「私も触るな凸凹は一流の探索者と認めている。少し気にくわないだけだ。ただ……」

「ただ、なんだ?」

「……歳上とは思わなかった」

「あれ? 俺の歳、知らなかったっけ?」

「エルフとドワーフが見た目と年齢が違うのは知ってる。小人ハーフリングも寿命は違うのは知っていたが、ドリンのことは歳下だと思っていた」

「大迷宮監理局の長のひとりが、異種族の見た目に騙されるなよな」


 大迷宮監理局の財宝監査処は重要そうな割りに人気が無いところらしい。

 人間ヒューマンにとって毎日亜人と蔑む異種族の相手をするのは嫌な仕事のようで、そこの職員は出世コースから外れたやる気のない三流貴族ばかり。

 できる貴族はもっとましなところに行く。

 そんなところを任されてもやるべきことをこなしてるノクラーソンのことは、俺は評価している。

 ノクラーソンがまとめるようになる前は査定官が探索者に賄賂を要求するのが当たり前だったとか。


「まぁ、デブブタ貴族にはああ言ったが、異種族相手に歳上歳下とかあんまり意味が無いから気にするな」

「そういうものか?」

「白髭団の小妖精ピクシーのリックルは俺より歳上だぞ?」

「な? あれで? 何故子供みたいな言動ばかりを?」

「あれは小妖精ピクシーなりの処世術だ」


 ノクラーソンのビックリ顔を見てると気が晴れた。

 腹の底にはもやっとしたものが残っているが。人間ヒューマンにも話の通じる奴はいるということか。


「せっかくのお誘いだ。どこかでお茶にしよう。甘いものでも食わせてくれ」

「あぁ、わかった。ついでにドリンの知ってる種族について聞かせてくれ。少し勉強したい」


 ほんとまじめだなぁ、このカイゼル髭は。

 しかし、ノクラーソンとふたりで甘いもの食べてお茶とか、他の探索者に見られたらどう思われるかな?

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