第14話◇未婚の女性は200歳でもお嬢様、ドルフ帝国では


 酔っ払った白蛇女メリュジン達が敷物の上であられもない姿で寝ている。マッの美女が白い素肌もあらわに。

 男がいない種族の羞恥心ってこうなるのか?

 ミュクレイルもその胸に黒浮種フロートを抱きしめて寝ている。

 宴では俺もサーラントもせがまれて地上の話をして、シノスハーティルに、


「もう、白蛇女メリュジンを誘惑しないでください……」


 と泣かれたり、サーラントが


「歓迎の礼をしなければ」


 と自分の腕を切ってその血を白蛇女メリュジンに飲ませたら、おいしーっ、と物怖じしない娘さん達に群がってこられたり。

 あいつ天然で女にモテるなぁ。

 それでがんばりすぎて少し貧血になって具合が悪くなったのをサーラントの監視役の白蛇女メリュジンの膝枕……、いや蛇枕? で横になっている。


 今はシュドバイルが酔いつぶれた娘さん達に毛布をかけるのを俺も手伝っている。

 酔いつぶれて寝ている中に俺の監視役がいたりして、呑気な娘さん達にほっこりする。これでいいのか? 危機感無いのか?

 もしかして地上ってここに比べると、ギスギスしてるのかもな。ここに住んでるのが地上のことを知らない、世間知らずなだけなのかもしれんが。


「ドリン、ちょっと来て」


 シュドバイルに呼ばれる。

 泉から離れて少し進んだところに本棚と机がある。

 家とか無くて、草原の中の敷物の上に家具類が剥き出しであるのは奇妙な感じがする。


「私が神官ということで、過去の記録とか神の教えとかまとめたり保管したりしてるの」


 白い杖と首の黒い飾り布を示す。


「シュドバイルが先代族長だって?」

「そうね。グリンと付き合ってミュクレイルが産まれたから引退したけど。今は神官で族長補佐、相談役というところ」

「じーちゃんのせいか?」

「グリンのおかげよ。男と子供を作った白蛇女メリュジンなんて何千年ぶりか分からないから、みんな私を羨ましがってたりするの」

「それまでは女のみで子供ができてたんだ」

「でないと今、私達はいないでしょ?」

「どうしてじーちゃんと?」

「だってグリンて可愛いしかっこいいし、何より私達のこと心配してまじめに考えてくれるんだもの」


 シュドバイルが何か差し出して来る。

 ガラスのような透明な板に挟まれている紙のようなもの。


「保存できるように黒浮種フロートに加工してもらったの。グリンからの手紙よ」


 じーちゃんの手紙だ。まめだなー、じーちゃん。

 書かれている内容はシュドバイルへの感謝とか愛とかのろけとか、月の光に照らされる君は美しい夜の女神だ、とか。

 ばーちゃんに見られたら危険な部分はちょいとはしょって。

 この地で見聞きしたものについて秘密にする、その誓いを加護神に立てたことを後悔するような内容もあった。


「ドリンとサーラントがあっさり誓いを立てそうなら、止めるつもりだったのよ。慎重な性格で良かったわ」


 ドラゴンと戦盤したことや黒浮種フロートに会ったことを孫に自慢できないのが残念と書いてある。

 他にもこの地に住む者達の将来についての心配。

 ミュクレイルに地上の世界を見せてやりたい、孫に会わせてみたい、とか。

 秘密を守る誓いが無ければ地上の信頼できる者に話して、ドワーフ王国やエルフ同盟の庇護に入ることもできたのではないか、という内容だった。


「私がミュクレイルにグリンの話をしてたこともあるけど、遊者の集いの皆さんが素敵すぎて、地上に行きたがる白蛇女メリュジンが増えてるの」

「それがシノスハーティルの悩みになるわけだ。でも地上は」

「地下迷宮の出口にいるのが人間ヒューマンの国で、人間ヒューマンと他の種族の仲が良くないんでしょ?」

「そういうことだ。地下迷宮がエルフ同盟の領域内だったら簡単な話だったかもな」

「グリンはミュクレイルに広い世界を見せてやりたいって言っていたわ」

「地上はいいことばかりじゃ無いけどな」

「地上から来た遊者の集いとドリンとサーラントしか見たことない子には解らないわ。時代が変わって地上はあなた達みたいに素敵な方ばかりって、思い込んでたりする子もいるのよ」

「素敵なんて言われるようなこと、なにもしてないんだが」

「ここは変化が少なくて刺激が無いからね。それでも、黒浮種フロートがいろいろ新しく作れるようになったのは、遊者の集いとグリンのおかげ」


 そう言うとシュドバイルはシュルシュルと俺に近づいてくる。


「抱きしめても、いい?」

「じーちゃんの代わりに、か?」

「嫌ならやめるけど? 少しだけ」

「あー、ま、いいか」

「ありがとう」


 シュドバイルの手が俺の背中にまわる。優しく俺を抱きしめる。

 俺もシュドバイルの背中に手を回す。鼻をくすぐる白い髪から優しい匂いがする。

 じーちゃんとシュドバイルにどんなロマンスがあったのかは知らないけれど。

 じーちゃんの恋人、ばーちゃんに黙ってた愛人。俺のもうひとりの、


「ばーちゃん、か」

「ばーちゃんはやめて」


 いきなり全身に巻き付いてきたシュドバイルの蛇体が俺をギリギリと締め上げる。


「く、苦しいっ! すまん悪かった! もう言わない!」


 ギリギリギリギリギリギリ


「え、そんな気にしてんの? ちょ、待った! 中身が出るっ! あー!」


 100歳とか200歳とか越えようが、女は女、ということを身をもって学んだ夜だった。シュドバイルは年齢は教えてくれなかったが、うん、情熱的な美女だ。


 翌日、


人馬セントールの神、クレセントよ。我に駆け続ける力を。我が身を支える糧を与えたまえ」


 明るい草原の中、サーラントが人馬セントールの加護神に祈る。

 その祈りに応えてサーラントの目の前にニョニョッと1本の植物が生えて、緑色の瓜のような実が4つ、赤色の丸い実が4つがポポンとできる。

 それを見てサーラントは安堵の息を吐く。

 俺はその植物の実の数と大きさを確認して、


「どうやら加護は失ってないみたいだな」

「そのようだ。この先、俺の失言から不幸が起きないことを祈るばかりだ」


 回りを囲んで見てた白蛇女メリュジン黒浮種フロートが、おー、とか言ってパチパチ拍手する。

 人馬セントールの食事の加護は昼間の草原という条件付き。小人ハーフリングの俺だと昼夜関係なく草原であれば可能。

 1日1回までだけど、この加護のおかげで俺とサーラントは草原では餓えることは無い。地下迷宮の草原でもちゃんと発動するようだ。

 サーラントが緑色の瓜をひとつもいでシャクッとかじる。


「味もいつもどうりだ。旨い。我が神クレセントよ、感謝します」


 他の実をもいで興味津々の娘さん達に渡す。シャクッとかじって、


「んー、変な味ー」


 とか言いながらなんだか楽しそう。白蛇女メリュジンの主食は血だが、血でなくとも他のものは食べることはできるようで、おやつのような感覚だろうか?


人馬セントールサンの好みの味付けのサンプル採取デス!」


 はりきり出したのもいる。サーラントからもらった加護の実を持ってふよふよと持ち帰る黒浮種フロート

 で、ミュクレイルが俺の肩を掴んで揺さぶる。いや、だから、


「俺はやらないぞ」

「なんで? 次はドリンの番でしょ?」

「なんの順番だ? 腹も減ってないのに加護を願っちゃいけないんだ。それは知ってるだろう?」

「やって、小人ハーフリングの加護、見てみたい。やってみて」

「そうデス! 我々にサンプル採取させてくだサイ!」

「神様もいろいろ忙しいんだ。腹も減ってないのに余計な仕事増やしたら、俺が怒られるだろう」


 やってー、やってーとねだるミュクレイルにゆさゆさされる。

 年下の叔母さんとは仲良くやっていけそうだ。

 向こうは向こうで、


「ねぇ、シュドバイル」

「なに? シノスハーティル?」

「なんで妙に肌がつやつやで鱗がテカってるの?」

「うふふ、昨日のお酒が美味しくて、とても楽しい宴だったからに決まってるじゃない?」

「私も酔ってたからはっきり覚えてないんだけど、昨日夜中に変な声出してなかった?」

「え? どんな声? 私、なんて言ってたの?」

「えぇ? その、なんと言えばいいのか、なんて表現したらいいのか、なんというか、その、やん」

「……聞き耳立てて悶々とするくらいなら、乱入してくればいいのに」

「シュドバイルぅぅぅぅぅ!」


 あぁ、昨夜のシュドバイルは情熱的だったな。


「保留、ということでどうだろうか?」


 シノスハーティルはむすーっとしている。

 少し顔を赤くして俺を睨んでいる。

 誘われたのは俺で、白蛇女メリュジンの行為への好奇心とか酒の酔いに負けたってのもあるが。

 じーちゃんの代理の役目は果たしたし、今は気持ちを切り替えて、今後の話をしようじゃないか。えーと、


「俺とサーラントだけ、というわけにはいかない。秘密を守りたいなら灰剣狼の6人、猫娘衆の6人も引き込む必要がある」


 俺はシノスハーティルを説得する。サーラントが補足する。


「あとひとつ、懸念がある」

「サーラント、言ってくれ」

「故郷に帰った白髭団、彼らはここのことを知らなくても故郷で赤線蜘蛛討伐を自慢話にしてるのではないか? 隠しエリアの隠しボスはメッソの故郷に知られている可能性はある」

「口止めしてないからなぁ。ボスの奥がこうなってるとは知らないから仕方ないことだが」

「ミスリル銀の斧を何処で手に入れたか、自慢話になっているのではないか?」


 シノスハーティルがうつむきだした。代わりにドラゴンの紫のじいさんが呑気に聞いてくる。


「でー、どうするんじゃ? なにか考えはあるのか?」

「ひとつめは、バレないようにする手。ふたつめはバレても人間ヒューマンからここを守る手段の二段構えで考えてる。いずれも灰剣狼と猫娘衆の協力がいる」

「その方々は信頼できるのですか?」

「もちろん。シノスハーティルが良ければここにつれて来る。実際に会って確かめてもらう。これでどうだろうか」


 シノスハーティルは悩んでいる。シュドバイルがシノスハーティルに、


「私が言うのもなんだけど、ドリンとサーラントに任せるしかないんじゃない? 私達には地上のこと分からないんだし」

「シュドバイル、無責任じゃない?」

「地上の交渉はふたりに任せるけど、何もしないわけじゃないわ。黒浮種フロートに頼んで防衛用の武装を作ってもらいましょう。みんなで戦闘と魔術の再訓練。そしていざとなれば紫のおじいさんにお願いしてもいいですか?」


 紫のじいさんはふぉふぉふぉと笑って、


「もともとそれが役目じゃからなー。すっかり鈍ってしまっておるが」


 シノスハーティルは、ふーと一息ついて、


「わかりました。ドリン様とサーラント様を信じることにします」


 こうして俺達は一旦地上に戻ることにした。再度ここに来ることを約束して。


 そして地上に。今回は3日ぶり。

 地下迷宮の出口から徴税所に。


「今回は少ないな」

「毎回毎回大物と会えるはずが無いだろう」


 ノクラーソンが魔晶石と金粒銀粒を査定中。雑魚から取れる分なんてこんなもんだ。それに今回は俺とサーラント二人で調査がメインだ。ノクラーソンは銀粒の重量を計りながら、


「それとドリンに会いたいという人がいるんだが」

「だれだ?」

「王国魔術研究局だ」

「パス。何度聞かれてもじーちゃんの錬精魔術を話すつもりは無い」

「そっちじゃない。50センチ級魔晶石のことだ。なんでも新しい研究にあのサイズがまた手に入らないか、ということのようだ」

「無茶を言うな。そんなにポンポン出てくるもんじゃないだろ」

「それを説明してやってくれ、直接に。面倒なのは解るが」

「8級市民は言うこと聞けと? 市民資格が無いと街に入れず地下迷宮にも入れないから8級市民の身分を買ったが、アルマルンガ王国の国民になったつもりは無い」

「その8級市民資格を消されるかもしれんから、1回顔を出してくれ」


 ち、めんどくさ。サーラントがため息をつく。


「ドリンのせいでつまらん用事につきあう暇など無いんだかな」

「いや、今回はドリンひとりで、ということだ」


 ん? 俺ひとり? 俺達、一応コンビなんだがな?


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