第54話◇シャララのおばあちゃん……古代種?


「トンネル開通から百層大迷宮を人間ヒューマンから奪えば、人間ヒューマンの社会は混乱する、か。その混乱から立ち直るまで、人間ヒューマンは組織的な侵略ができなくなる、ということか」


 レスティル=サハが頷きながら呟く。

 ライトエルフのエイルトロンも考えをまとめたのか、


人間ヒューマンの経済に詳しくないですが、祖父にしろ長老会にもこれは理解しにくいこと、だと思われます」


 少し眉を寄せて言う。これにダークエルフのディストレックが薄く笑って返す。


「長老会は年寄りだからな。だから若い族長会がいる。族長会から長老会に話をして貰えばいいさ」


 エルフはそういう会議制なのか。寿命が400年と長い種族だからそういう形なのかな?

 となると族長は若いのに任せて族長会、引退した年寄りが集まって長老会という感じだろうか。

 追加でエルフたちに説明しておこうか。


「俺から補足しておくと、人間ヒューマンの社会においての流通。地方から人工密集地への食料の集積を支えるシステムの崩壊は、致命的だろう。代わりの貨幣を人間ヒューマン中央領域から運ぶにも量が足りない。そして貨幣による拝金文化に慣れすぎて物々交換にしようとしても混乱することだろうよ」


 これで長老会とやらに解りやすくなるだろうか。


「それほどの混乱ともなれば、またひと波乱ありそうだが」

「レスティル=サハの心配も解る。理想としては人間ヒューマン同士で争って、こっちに戦争をふっかけないでほしいところだ。経済崩壊からは、いくつかのケースが予想できる。それに対しては、対人間ヒューマンの戦力強化が欲しいところなんだが」


 今後、予測される事態についていくつか話をしようかというところで、


「シャーラーラー!」


 と真上から声が聞こえる。だれ?

 皆で見上げると空からひとりの小妖精ピクシーが、ふわりと舞い降りてきた。


「ラァおばあちゃーん!」


 シャララがテーブルの上から飛び上がり、降りてきた小妖精ピクシーに抱きつく。そのまま抱きあったままテーブルの上空でクルクル回る。


「シャララやー。背が伸びたかや? 元気でやっておったかや?」

「もちろん! ラァおばあちゃんは相変わらず綺麗だね!」


 シャララのおばあちゃんか? いや、蝶妖精フェアリーでは無く小妖精ピクシーなのに? というか8枚羽根の小妖精ピクシー? そんなの見たこと無いぞ?

 それに、なんだ? この存在感。妙に輪郭が濃く見えるような奇妙な感じ。その気配を隠しているみたいだが、不思議な威圧感に背筋が泡立つ。小さい姿に圧倒される。

 隣ではサーラント思わず立ち上がってシャララと抱き合う小妖精ピクシーを見ている。


 薄桃色の長い髪が足首まで伸びている。身長40センチぐらいの女の小妖精ピクシー。だが普通の小妖精ピクシーは筋の無いトンボのような4枚羽根の種族だ。

 目の前のラァおばあちゃんと呼ばれた小妖精ピクシーは8枚の羽根がある。その羽は左右対称ではあるが、その形はどんな蝶にも蜂にも似ていない。

 その羽根は他の小妖精ピクシーよりも大きく、直線と曲線を気の向くままに走らせたような不思議な輪郭。透明な薄い羽根はまるでプリズムのように光を分解して、見る方向次第でいろんな色にも見える。黒以外の鮮やかな色が羽根の角度によって、クルクルと色を変える。

 蝶妖精フェアリーの希少種だろうか? しかし、この感じはまるで、初めて紫のじいちゃんを見たあのときのような。


 テーブルについている他の面子も緊張している様子。態度が変わらないのはレスティル=サハだけだ。

 その8枚羽根の小妖精ピクシーが、ジロジロと見てる俺とサーラントに気がついた。


「ほぉ」


 と口にしながら俺とサーラントにフワフワと近づいてくる。


「なかなか鋭いのがおるのぉ」


 楽しそうにニコリと笑う。濃い桃色の瞳がイタズラが成功したかのように、俺を見る。

 俺は1度深呼吸してから挨拶する。


「初めまして。小人ハーフリング希少種魔性小人ブラウニーのドリンだ」

「サーラント。見ての通りの人馬セントールだ」

「ラァはラァじゃ。みんなはラァおばあちゃんとか、ラァちゃんと呼ぶのよ。気軽に呼んでくれると嬉しいわいな」


 シャララがラァおばあちゃんに俺達のことを話す。


「ラァおばあちゃん! このふたりがね、触るな凸凹! マルーン西区の探索者の中でずば抜けてぶっ飛んだふたりなの。サーラントは酒場で大鬼オーガを天井にめり込ませるし、ドリンはマルーンに来たとき新参者のドリンをからかったエルフを、ボコって裸に剥いて縛って屋根から吊るして晒し者にしたりするの!」

「おいシャララ、その言い方は誤解されるからやめろ。俺は実力の無い先輩に身の程を教えただけだ」

「そうだシャララ。俺は不埒な大鬼オーガに礼儀を教えただけだ。理不尽に暴力する危険な奴みたいな言い方はやめろ」


 ラァおばあちゃんはニコニコ笑って、


「これはまた面白そうなお友だちよなぁ」


 ふふふ、と優しそうに笑う。やたらと威厳を感じるというか。存在感が違う。

 

「ラァのことは気にせずに話の続きをしぃや」


 ラァおばあちゃんはテーブルの上で膝の上にシャララを乗せて撫でながら言う。

 えーと、なんの話をしてたんだっけ?

 レスティル=サハの顔を見ると、仕方ないという顔をして、


「ハーニー、ラァおばあちゃんにお菓子とお茶を持ってきて。さて、ドリンの話は解った。トンネルを開通させることで人間ヒューマンがその領域の外に出なくなれば、大草原も我らの森も守れる、ということだな。他の族長とエルフ長老会にもそう伝えよう。ディレンドン王女はこの町に滞在してもらうとして、そうだな、他の族長、又は族長代理もこの町に呼ぶか。ここで臨時の族長会議を開こう」


 背高ハイエルフのクワンスロゥが苦々しく口にする。


「また、グレイエルフの都合で勝手に決めるのか」


 しかし他の面子は、


ダークエルフは賛成だ。わざわざ森の奥地で会議とかしてたら、その間にディレンドン王女が来てしまうからな。で、俺は族長代理ってことで。あとは邪妖精インプのとこにはこっちから連絡しとく」

「それならライトエルフも早いところここに来てもらうように手配するとしましょう」

「私は蝶妖精フェアリー族長だからここに居てみんなを待てばいいわけね」

小妖精ピクシーも了解だ。グレイエルフの町で臨時の族長会議、早く来いって言っとく」


 背高ハイエルフ以外はさくさく話が進むなぁ。


「ノスフィールゼロ、それにドリンとサーラントには暫くこの町に居てもらうが、いいか?」

「よろしくお願いしまスノ」

「仕方ないか。あとお願いがある。魔晶石と精石を分けて欲しいんだが」

「何に使う?」

「ノスフィールゼロの作ったトンネルポインター探知機が、魔晶石が無いと動かない。精石は俺の魔術触媒用に」


 ライトエルフのエイルトロンが手を上げる。


「私の部隊が持っているものをここに運ばせます。精石は水精石と木精石に光精石がありますよ」


 ノスフィールゼロがフワフワとエイルトロンの前に浮く。


「研究サンプルに私にも分けて欲しいのでスノ」

「いいですよ。数はあまり無いのですが」

「これでお礼になりまスカ?」

「?なんです? この紫色の不思議な光沢の平たい……」

古代種エンシェントドラゴン、紫おじいちゃんの鱗でスノ」

「……とんでもないものが?」


 エイルトロンは鱗を手にしたまま固まってしまった。

 他のエルフ達も興味を引かれてテーブルに乗り出して紫じいさんの鱗を見つめる。

 そのなかで8枚羽根の小妖精ピクシー、ラァおばあちゃんもシャララを抱っこしたまま鱗に近づいて、手を伸ばして紫の鱗に触る。


「どこぞに消えたかとうに朽ちたかと思っておったが、妙なところに隠れておったかや」


 空中をゆらりと飛んで来て俺とサーラントに、


「ではこのラァをむーちゃんのとこまで案内あないしておくれや」

「むーちゃん?」

「紫じゃからむーちゃんじゃー」

「紫のじいさんのこと知ってるのか?」

「知っとるよ。生きておるなら会いたいわ」

「ラァちゃん? あんたいったい何者だ?」

「ラァは小妖精ピクシーみんなのおばあちゃんじゃー」


 そうなのか。穏やかに呑気そうなラァおばあちゃん。おいこらシャララ。お前の言うおばあちゃんが、古代種エンシェントだったなんて聞いてないぞ。

 どうりで妙な感じの貫禄があるわけだ。


 グレイエルフ、レスティル=サハがトンネル工事に乗り気であり背高ハイエルフ以外は好意的。これならエルフの森からのトンネル工事もなんとかなりそうだ。

 ディレンドン王女が連れてくるドワーフ職人軍団とも上手くやって欲しい。

 俺達が見つけた隠しエリア、工事可能の百層大迷宮。せっかく見つけたこの幸運を無駄にしたくは無い。

 これを活かすことができれば、人間ヒューマンの領域を弱らせて介入できるようになる可能性がある。

 サーラントが言っていた、人間ヒューマン中央領域の犬鬼コボルト小鬼ゴブリンの奴隷解放へと道をつけるためにも。


 人間ヒューマンの侵略を今は止められている。だがそれはドルフ帝国のカノンに頼ったもの。

 単純な数では人間ヒューマンに勝てない。俺達が人間ヒューマンの土地を占領してもそこを防衛できないのは、数が足りないのも理由のひとつ。

 人間はやたらと増えて、増えすぎて困って子供を捨てるような種族だ。逆に俺達は寿命は人間ヒューマンより長く、子供の数は少ない。やたらと数が増えて困ることになる種族はいない。

 戦争に関しては人間ヒューマンは強い。学校とやらで組織的に魔術を教えているから、人間ヒューマンの貴族を中心に魔術師は多い。

 画一的な魔術教育でできた人間ヒューマンのみが扱う集団魔術の系統。

 発動するまでに時間がかかるものの、複数人でひとつの大規模魔術を行使するのは戦争向けだ。

 そして東方の人間ヒューマン領域の地下迷宮ダンジョンから発掘される古代魔術鎧アンティーク・ギア

 人間ヒューマンのサイズに合わせたものしか発掘されないことから、暗黒期以前の人間ヒューマンが開発したものと考えられている。小妖精ピクシーサイズや大鬼オーガサイズは今のところ見つかって無いらしい。

 数は少なくとも可動中は常時魔術防壁で攻撃魔術はほとんど効果が無い。

 集団魔術と古代魔術鎧アンティーク・ギアで侵略を繰り返してふんぞり返っていたかつての人間ヒューマン


 だがドルフ帝国のカノンは魔術を打ち消す。集団魔術も古代魔術鎧アンティーク・ギアの魔術防壁も。

 それゆえにドルフ帝国とエルフ同盟とドワーフ王国の連合軍が、今では人間ヒューマンに対して優勢に立てる。

 だがこれはカノンありきの状態。

 もしもカノンが攻略されてしまえば、この優位は崩れる。

 その万が一が起きる前に人間ヒューマンをどうにかしないといけない。


 人間ヒューマンの人口の増え方は異常だ。天敵であった豚鬼オークがいなくなり、更に加速している。この上、蜘蛛女アラクネ人熊グリーズも住む領域を無くしドルフ帝国に移動した。

 異種族喰いであり、人間ヒューマンを襲う種族が住む土地を移動したことも、人間ヒューマンの増加の理由のひとつだろう。


 ここで考えてしまうことがある。

 かつて黒浮種フロートが住んでいたという土地には黒浮種フロート以外の種族はいなかったらしい。

 俺達はこのアルムスオンに生まれて、多種多様な種族がいることが当たり前。だからひとつの種族しかいない世界というものがあるなんて知らなかった。

 そしてひとつの種族にはその種族に加護を与える神がいる。エルフなら五柱の兄弟姉妹の神々がライトダークグレイ背高ハイシー、それぞれに一柱ずつついている。

 黒浮種フロート人間ヒューマンには加護神がいない。

 黒浮種フロートが他の星から来たことが加護神のいない理由ならば、この世界に加護神のいない種族は人間ヒューマンだけだ。


 では、もしもこのアルムスオンに人間ヒューマン以外の種族がいなかったら?

 仮定の話でただの想像、妄想でしか無いが。もしも人間ヒューマン人間ヒューマン以外の種族を全て滅ぼしたら?

 天敵がいないまま数を増やし、大規模農業という自然破壊で神の加護を受ける土地を無くし、そのあと人間ヒューマンはどうなる?

 世界の全てを荒廃させて、共食いをしたあげくに、地上に生きるもの全てを道連れに滅ぶ未来しか想像できない。


 人間ヒューマンとはいったいなんなんだ? なぜあんな破壊的で破滅的な種族が存在する?

 生物として異常な自然への反逆者。

 加護無き無法の知恵持つ飢えた群れ。

 もしかして人間ヒューマンはこの世界を、アルムスオンを滅ぼすために造られた種族なのでは無いか?

 または、黒浮種フロートのように他の星から来た種族なんじゃないか?

 いずれにしても百層大迷宮を人間ヒューマンの領域から奪う又とない好機。

 そして人間ヒューマンが2度と他種族の領域に手を出さないようにするために。

 トンネルが開通した後、次の策は。


「ドリン。今度はなんの悪巧みだ?」

「なんだ? サーラント。……あれ、みんなはどこに行った?」

「ドリンが考えに沈んでる間に自分の仕事に戻って行った。ノスフィールゼロはシャララとラァちゃんといっしょにグレイエルフの町を観光している」

「しまった。つい考え込んでしまった」

「トンネル開通後のことか? ドリンにひとつ聞きたいことがある」

「なんだ?」

「なぜ人間ヒューマン古代魔術鎧アンティーク・ギア1機の小数の騎馬隊で大草原の奥まで来たんだ? 1機というのが解らん。1機ならカノンが無くとも魔晶石が切れるまでの持久戦で勝てそうだ」

「おそらくは只の名目だろう。襲われた村を古代兵器武装騎士団アンティーク・ナイツが助けに行った、ということにしたいとか。だけど主戦力を減らしたくなくて1機だけ。万一カノン装備のドルフ帝国部隊と遭遇しても損害が1機で済む、というところじゃないか? 同じような古代魔術鎧アンティーク・ギア配備の遊撃隊が他にもいる可能性もある」

「ここにはエルフの戦闘部隊がいる。今からでもあの遊撃隊を潰しに行くか?」

「目的を達成したならもう逃げてるだろう。戻って人間ヒューマンの国でエルフの略奪でも宣伝するために。あのときは警戒して逃げたが、1機だけなら当たってみてもなんとかなったかもしれんな。それで捕獲できれば」

「ずいぶんと難しいことを言う。捕獲してどうする?」

「いろいろ調べたい。カノン無しの古代魔術鎧アンティーク・ギア対策とか研究したい。それに魔晶石で動くものなら黒浮種フロートにはいい玩具だ。黒浮種フロートのテクノロジスなら模倣品が作れるかも知れない」

「それはおもしろい。だが無傷で捕獲は無理だろう。カノンで倒せばズタボロになる」

「ふーむ。人間ヒューマンをその領域に押し込めて大草原に出ないように、対人間ヒューマン用の戦力増強が欲しいところなんだよな」

黒浮種フロートの新技術の武器と防具、それに黒浮種フロートカノンを開発するだけでは足りないのか?」

「今のところカノン頼りだ。カノンが攻略されると一気に弱体化する」

カノン以外でか、それは難しい話だ」

黒浮種フロートの研究室で開発してもらってる秘密兵器に期待するか」

「大草原の警戒に鷹人イーグルス梟人オウルスが協力してくれると有り難いのだが」

「どちらも気位の高い種族で、他の種族と馴れ合わないからなぁ。ネオールぐらい気安い鷹人イーグルスが珍しいんだ」

「高空から偵察できれば大草原を見張るのも楽になるのだが。小妖精ピクシーも頑張ってくれているが、速度ではやはりネオールが速い」


「とりあえず俺達はこの町での用事を済ませたら隠れ里に戻ろう」

「そうだな、どこまでトンネル工事が進んでいるかも気になるところだ」

「できたらエルフの魔術とか研究したいんだけどな。シャララのおばあちゃんともじっくり話したい」

「戦争が終わるまではゆっくりする暇も無いだろう。俺達が仕掛けたことだ」

「わかってるさ。これまでと同じ戦争では、百年後また同じことになる」


 机の上に出したままの地図に手を置いて、


「あの隠れ里を起点に、これからの戦争の結末を変えてやろう」


 

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