第53話◇地下迷宮税と貨幣の担保


「我々黒浮種フロートからはテクノロジスが提供できまスノ」


 ノスフィールゼロの説明にレスティル=サハが質問する。


「テクノロジスということはドルフ帝国のカノンのようなものか?」

「我々は未だカノンは作れませンノ。ドルフ帝国のテクノロジスと黒浮種フロートのテクノロジスは系統が違うと考えて欲しいでスノ。我々に魔術は理解できませんガ、魔術の火系と水系の違いに似ているのでは無いカト」

「テクノロジスは魔術を打ち消すものがある。カノンのように。魔術を得意とするエルフにはあまり魅力は無いのだが?」

「デスガ、テクノロジス製の工具、特に木工細工用の物はエルフの森でも人気があるとサーラントさんから聞いてまスノ。エルフにどのようなテクノロジスの品が良いか、それは我々がエルフを知ることで見つけられるでショウ。今は我々の技術を見てくだサイ」

「じゃーん! と、ちょっと重いー」


 シャララが飛んでエルフの前をクルクル回る。キラキラと光る上着を身につけて。


蝶妖精フェアリーサイズのチェインメイル。ドワーフにモ、これは作れないと言われた1品でスノ。鎧としての効果はほとんどありませンガ」


 シャララが着ているものは近づいて目を凝らして見ないと解らない細かい金属の鎖を編んだもの。


「これは、確かに芸術品として凄いとは思うけれど。エルフに役に立つのかと言われてもなんとも言えない」


 レスティル=サハが困ったように言う。ライトエルフのエイルトロンが、


「でも、この技術でアクセサリーが作れたら素敵ですよね」


 と助け船を出してくれる。どうも反応はイマイチのようだ。

 エルフの森に住むエルフに小妖精ピクシーは魔術適性が高い。だからこそ魔術と相性の悪いテクノロジスにはそれほど興味は無い。

 例えカノンがあっても味方の魔術を打ち消すようでは、エルフにとって戦力にはなりにくいって考えてるだろうし。


「では俺から、エルフにとって百層大迷宮に繋がるトンネルの利点を説明しようか」


 テーブルの面子を見回して、


「ひとつにはここから百層大迷宮に行ける道ができるということ。この副産物として、エルフが百層大迷宮からマルーンの街に侵攻可能というものだ。人間ヒューマンの国、アルマルンガ王国から見て、マルーン西区の地下から他種族が侵攻してくるかもしれないというのは恐怖だろう。迷宮の地上出入り口を警戒し続けることになる」


 ダークエルフのディストレックが言う。


「それなら迷宮出入り口を完全に封鎖するんじゃないか?」

「それならそれで人間ヒューマンは百層大迷宮から魔晶石も精石も財宝も取れなくなる。古代魔術製品アンティークには魔晶石が無いと使えないのも多いから、これで戦力もガタ落ちだ。それに人間ヒューマンには百層大迷宮を封鎖することが出来ない理由がある」

「どんな理由だ?」

「貨幣を守るために」


 百層大迷宮を白蛇女メリュジンと探索者で抑える。その為に百層大迷宮とアルマルンガ王国の在り方を調べて、発見したものがある。


「これから話すことは人間ヒューマンの理屈の話になるが、先ずは貨幣の話からしよう」


 俺はテーブルの上に貨幣を並べる。アルマルンガ王国発行の丸い貨幣、金貨、銀貨、銅貨。単位はシード。ついでドワーフ王国の貨幣、楕円形で単位はオーバル。最後にドルフ帝国の貨幣。六角形で単位はヘキサ。


「貨幣と貨幣経済は人間ヒューマンが発明した。そして人間ヒューマン領域で広まって今では貨幣で売買することが当たり前の時代になった。俺達の先祖はそれを奇妙なものを見るように見ていたわけだが」

「なぜ貨幣の話になるのです?」


 蝶妖精フェアリーの族長ソミファーラが聞いてくる。それは、


「貨幣と地下迷宮の関わりについての説明だから。先ず俺とサーラントが百層大迷宮、30層西側の隠しエリアを発見したときに、ここに探索者拠点を作れば地下迷宮ダンジョン税を取られないで探索ができるのではないか、ということを思い付いた」

「せこい話だ」


 背高ハイエルフのクワンスロゥに鼻で笑われた。


「まぁ、確かにせこい思い付きではある。なんせ地下迷宮ダンジョン税はその時点で50%。見つけた財宝の半分が税として取られる。その税率の高さが以前から疑問ではあった。だがそれで地下迷宮ダンジョン税について調べたことが、人間ヒューマン社会の貨幣経済と繋がったわけだ」


 金貨を1枚手にとって指で弾いて掌で取る。親指と人差し指で摘まんで見せる。


「エルフとドワーフは人間ヒューマンと商取引はあるよな? エルフは人間ヒューマンの貨幣の価値の押し付けを迷惑に感じてるんじゃ無いか?」


 レスティル=サハが応える。


「確かにな。エルフの森から森の果実やキノコ、森の恵みの食料を人間ヒューマンに売っている。だが人間ヒューマンはアルマルンガ王国貨幣で買おうとする。我らエルフは人間ヒューマンの貨幣など要らないのだが、奴等は声高に貨幣の価値を主張する」

「それは人間ヒューマンが貨幣の価値を信じているからな。自分達の信じているものは他の種族も信じるべきだ、という傲慢さでしか無いんだが」


 アルマルンガ王国発行の銀貨を皆に見せるように指で持つ。


人間ヒューマンが貨幣を使い始めて、その価値が人間ヒューマンの中で当たり前になっていった。商取引で物の価値を通貨に置き換えて交換していくのは便利な側面もある。そして加護無き人間ヒューマンにとっては食料の入手は死活問題になる。そのことで貨幣による食料の取引が発達して流通ができ、人間ヒューマンは他の種族が作らないような流通網や貨幣経済を作り上げた」


 テーブルの上に地図を広げる。地図の上、それぞれの経済圏に合わせて、人間ヒューマンの貨幣、ドワーフ王国の貨幣、ドルフ帝国の貨幣を置く。


「この人間ヒューマンの貨幣経済が人間ヒューマン全体の食料不足を補って、人間ヒューマンは餓死者を減らして数を増やして力をつけたわけだが。そこで俺達から見て価値を感じないものに価値を主張する人間ヒューマンというのは気持ちが悪い。そこでドワーフ王国とドルフ帝国は人間ヒューマンの貨幣に対抗するために、自分達にとって価値のある貨幣を自国で作ったわけだ」


 ライトエルフのエイルトロンが、そうですね、と。


「エルフでも独自の貨幣を作ろうとしたことはありました。金属じゃなくて得意の木工で木製の貨幣を作ろうとして上手くいかなかったものです」

「その結果で伝説になる魔術道具、トレントチップなんてとんでもないものができたのは凄いけどな。今回はそれは横に置いといて」


 話を戻そう。


「ドワーフ王国とドルフ帝国の貨幣には共通点がある。貨幣そのものに価値を持たせるために相応の金や銀や銅が入っている。だが、人間ヒューマンの貨幣は違う。例えばこの金貨、単位としては1gs ゴールドシードで30ssシルバーシードで3000cs カッパーシード。だが混ぜ物が多く溶かして金を取り出せばその価値はいいとこ300cs カッパーシードだ」

「10分の1? それは詐欺だろ?」


 小妖精ピクシーのネルカーディが突っ込みを入れる。


「その通り。俺にも詐欺にしか見えない。だが人間ヒューマンにとってはそれでいいらしい。加護の無い偽物の唯一神、ユクロス教を信仰する人間ヒューマンだ。貨幣の価値も人間ヒューマン全員が騙されてそれを信じているならば、それで価値があることになってしまうんだ」

「なんだそりゃあ」

「だからこそドワーフ王国の貨幣とドルフ帝国の貨幣は、使う者のために相応の希少金属がしっかり入っている。人間ヒューマンの作った偽造貨幣対策に細工も細かくなり、芸術的価値なんてのもついてきたりする。小妖精ピクシー蝶妖精フェアリーは貨幣なんて重くて邪魔なんだろうけどな」


 シャララがハイと手を上げる。


「私は財布が重くて持ち歩けないないから、いつもはグランシアに預けてる。今はドリンに持ってもらってるけど」


 蝶妖精フェアリー族長ソミファーラも頷いて。


「私たちにはどの貨幣も不便よね。運ぶのも苦労します」


 身体の小さい種族には貨幣も嵩張る重い荷物になる。


「話が地下迷宮から脱線していくようなのだが?」


 レスティル=サハが冷静に指摘するのに応えて続けよう。


「つまりは貨幣とは、人間ヒューマンが発明し人間ヒューマンの都合で作られたものだ、ということだ。そして人間ヒューマンは貨幣の価値を吊り上げた。俺達から見たら嘘を固めて橋げたを作り、その上に橋をかけた。そんな橋、使えるものかと見てたら人間ヒューマンはなぜかその橋の上を歩いて、便利便利と言っている。人間ヒューマンはその橋を経済と名付けて、俺たちはそれを胡散臭いと感じても、自分達を守るために自分達の貨幣を作った。まとめるとこういうこと。ここまでいいか?」


 レスティル=サハが頷く。


人間ヒューマンが自分達の貨幣の価値を釣り上げているのは理解した。その根拠が謎の信念ということも」

「このアルマルンガ王国貨幣。人間ヒューマンの謎の信念で価値が支えられている。だが、一応根拠というものは存在するんだ。人間ヒューマンのアルマルンガ王国が王国発行貨幣の担保を保障している。それに乗っかって価値が上がっているわけだ。そしてその担保というものが文書に残っている」

「貨幣の担保?」

「貨幣そのものの価値が低いから、その価値を支える別のものを用意する、という理屈なんだ。『金貨1枚は3000csの価値持つ通貨として通用する。銀貨1枚は100cs の価値持つ通貨として通用する。銅貨1枚は1cs の価値持つ通貨として通用する。アルマルンガ王国内の地中に埋められたる無数の金銀財宝をその担保となす。この無尽蔵の財宝は直ちに発掘され、国家の財源として処置するものなり』これがアルマルンガ王国が貨幣の価値を保障するという過去の王令だ」


 場が静かになる中、喋りすぎて乾いた喉をハーブティーで潤す。エルフの森のハーブティーは爽やかでほんのり甘い。


「ちょっと待てよ、おい」 


 ダークエルフのディストレックが片手で額を押さえて、苦いものでも口にしたように目を細くする。


「つまり、なんだ。人間ヒューマンは掘り出してもいない地下のお宝を貨幣の担保にしてるっていうのか? 正気とは思えないが?」

「実際にこの王令を信じた人間ヒューマンが大勢いたから、貨幣が普及した。使ってみたら便利だった、というのもあるだろうが」


 背高ハイエルフのクワンスロゥも首を傾げて、


「信じられん。地下に埋まったままでそこに現物が無いもので、そんなものを担保にして取引する行為が」

「そして王令が金貨1枚に3000csの価値を持つと保障するから、金貨からどれだけ金を抜いても金貨1枚は3000cs なんだ」

「バカバカしい。そこに存在しないもので保障するという言いぐさも、金貨1枚は金貨1枚と言い張る王令も、それを信じる人間ヒューマンも」


 ダークエルフのディストレックがうんざりした口調で言いながら頭をボリボリと掻く。


「アルマルンガ王国はその領土内、地下に埋もれるものは全て王国の国庫のものだと言ってるわけだ。だから地下迷宮ダンジョン税は高い。奴等にとって発掘品はもともと自分のもの、ということだからな。掘り出したら賃金を払ってやる、という考えが関税50%の地下迷宮ダンジョン税というわけだ」


 シャララがうーん、と首を捻る。


「ねえ、自分で掘り出してもいないのに、自分のものって、どういうこと?」

「王令にそう書いてある」

「なにそれ? 書いておけばいいの? 先に言った者勝ちなの? 頭おかしいよね?」

「なにせ人間ヒューマンだからなぁ」

人間ヒューマンの貨幣に対する狂信は、解った。それで?」


 先を促すレスティル=サハに応えて、


「確かに狂信だよな。自分達で吊り上げた価値を信じて、今では人間ヒューマンは貨幣を奪い合い、ときには殺しあったりもする。だが、人間ヒューマンの嘘にはひとつの理由が必要になるということなんだ。俺の知り合いにノクラーソンというひとりの人間ヒューマンがいる。変わり者のノクラーソンを人間ヒューマンはその群れから追い出そうとした。そのとき大迷宮監理局、財宝鑑査処の所長であるノクラーソンに、財宝を不正に着服した、という冤罪がかけられた」

「冤罪で同胞を追放する、か。だがそこに冤罪というものが必要だったということか」

「そう、人間ヒューマンにとっては根拠も証拠もどうでもいいんだ。みんなが頷く理由さえ作って広めてしまえばいい。ただ大きな嘘にはそれなりのものが必要になる」


 俺は地図の上に銀貨を置いて場所を示す。


人間ヒューマン領域で貨幣を発行している国はふたつ。ひとつは東方、人間ヒューマン領域の中央、神聖王国ロードクルス。もうひとつは人間ヒューマン領域西方、アルマルンガ王国。このふたつの国に共通するものはただひとつ。

『王国の領土内に百層大迷宮があること』

 貨幣の価値の担保となる、地下に埋められたる無数の金銀財宝、その象徴が百層大迷宮なんだ。百層大迷宮が人間ヒューマンの貨幣の担保。王国の無尽蔵の財宝を約束するという百層大迷宮が、ある日突然に王国のもので無くなってしまったら?」

「なるほど。ようやく繋がってきた」


 レスティル=サハの口元がニヤリと笑う。


人間ヒューマンが百層大迷宮を頼りに作り上げたものの価値を破壊する、ということか」

「そのとおり。アルマルンガ王国発行貨幣はその価値を保障する担保を失い、その価値は暴落する。貨幣はその価値を内在する貴金属の分しか保てない。その価値を10分の1に落とし、商取引も徴税も混乱し、アルマルンガ王国を中心に人間ヒューマン西方領域の貨幣経済は崩壊する。人間ヒューマンにとっては大打撃になるだろう」


 小妖精ピクシーのネルカーディが不思議そうに。


「俺は貨幣を使ったことは2、3回しか無くて、ちょっとついていけないんだけど。まとめるとどういうことなんだ?」

「まとめると、橋の上では人間ヒューマンがのんきに経済という橋を歩いている。その橋げたは狂信と幻想で作られている。俺達はその橋げたの土台になってる百層大迷宮を、トンネルを使って引っこ抜くわけだ。そのあと、橋はどうなると思う?」


 人間ヒューマンの作った幻想の橋を壊す。奴等の使う貨幣、シードが大暴落する。

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