第52話◇灰エルフの町、エルフ臨時会談


「全員揃ったところで改めて自己紹介としようか。私はグレイエルフの族長、レスティル=サハだ」


 大きなテーブルの奥、足を組んで堂々としているグレイエルフ。灰色の髪は後頭部に結い上げている。

 優しい目をしているが、男前な姉御という感じ。組んだ腕にたっぷりとした胸を乗っけている。胸に隠れて手が見えない。さすがグレイエルフの女族長。デカイ。

 俺達から見てテーブルの右に並ぶふたり。奥のライトエルフの男が立つ。


ライトエルフ、森の守護隊で隊長をしてます。エイルトロンです」


 金髪に翠の目に長い耳、白い肌。エルフは見た目で年齢は解りづらいが青年というところだろう。エルフの中で数が多いのがライトエルフだ。


人間ヒューマンのエルフ偽装の情報をいち早く届けてくれたことに感謝します」


 ペコリと頭を下げて席に着く。エイルトロン、キッチリしててなんか貫禄あるな。

 手前に居るのはダークエルフ、黒髪に金の目に長い耳、褐色の肌の男。けっこう鍛えているのか袖のない服で肩の筋肉が見える。片手を上げて気さくに挨拶。


ダークエルフ、族長の息子でディストレック。ダークエルフの戦闘部隊『闇牙』を連れてここに来た。リムレイルがやってるトンネル工事についてもちょっと聞きたい。エルフの族長会に話を通したいなら、俺から親父にも言っとくから」


 なんだか言外に一枚噛ませろ、と聞こえたような。それを聞いた奥のライトエルフのエイルトロンが軽く睨んで、


「それなら私の祖父はエルフ同盟長老会のひとりです。長老会への口聞きなら私に」


 おっと、なんかもうトンネル入り口の取り合いでもしてるのか?

 テーブルの左にはむっつりとした背の高いエルフ。見た目はライトエルフに近いが、2メートルくらいある身長でやや骨太。他のエルフより少し耳が短いか?


背高ハイエルフ、神聖森警護団、団長のクワンスロゥだ。トンネルの出入り口をここに作るのは反対だ。森の奥地にてエルフ4種族で合同管理すべきだ」


 俺は初めて見るがこれが背高ハイエルフか。エルフ同盟の中では少数派、プライドが高く森の外にはほとんど出ないという。

 エルフは顎が細いけど、背高ハイエルフのクワンスロゥは顎はがっしりとした感じで首も太い。エルフの中では骨太エルフ。

 背高ハイエルフのクワンスロゥの言うことに、テーブルについてる他のエルフ達とテーブルの上の小妖精ピクシー蝶妖精フェアリーが、またかーという感じでため息をつく。

 グレイエルフ族長の隣に座るアムレイヤの姉のリムレイルが手を上げる。


「そのトンネル工事の責任者、グレイエルフのリムレイルです。もうかなり掘ってしまってるから、今さら言われてもねー」


 背高ハイエルフのクワンスロゥがリムレイルをジロリと見下ろして、


「族長会議も長老会も通さないものなど認めない」


 腕を組んだまま言う。ふむ、なんか偉そうだな。

 ダークエルフのディストレックが、やれやれと、


「緊急で一刻も早くトンネル開通しなきゃならんのなら、エルフの森外縁部のこの町がいいに決まってんだろ。トンネル工事に詳しく無いが、距離も近くて木の根が少ない方がいいんじゃないか。族長会議してもおそらくここで決まるぞ」


 ライトエルフのエイルトロンも頷いて、


「長老会も同じ結論になるんじゃないですか。迷宮の魔獣が出てこないか見張るために防衛体制を作る必要がありますが。森の奥に迷宮の魔獣が出てこられても困るので、トンネル出入り口は森の外縁部の方が都合はいいでしょうね。ライトエルフからもリムレイルのお手伝いに人員を出しましょうか?」


 なにか言おうとする背高ハイエルフのクワンスロゥを族長レスティル=サハが止める。


「トンネルの話は後回しだ。先に聞いておくことがある」

「ふん」


 エルフ同盟参加の種族間には、なにやら俺達の知らない事情や関係があるようだ。

 テーブルの上の青い蝶の羽根の蝶妖精フェアリーがふわりと飛んで俺達に一礼する。


「シャララがお世話になってます。蝶妖精フェアリー族長のソミファーラです」


 身長はシャララよりちょっと高いかな。それでも31、2センチというところ。族長と言われても可愛い女の子にしか見えない。


「ようこそ、エルフの森へ」


 にっこり微笑んで歓迎してくれる。癒される。これが蝶妖精フェアリーの長、うふふ、と微笑まれるとほんわかした気分になる。

 続いてテーブルから飛び立つのは透き通るナイフのような4枚羽根の小妖精ピクシー


小妖精ピクシー、魔術戦隊司令官。ネルカーディ。よろしくな」


 こちらは身長40センチの男の小妖精ピクシー。手を出すので人指し指を出すと、俺の人指し指を両手で握って握手する。


「シャララから聞いてる。あの無限の魔術師、グリン=スウィートフレンドの練精魔術を受け継ぐ2代目だって。時間がとれたら是非とも俺と魔術談義を」

「これが終わったら。俺も小妖精ピクシーの魔術には興味がある」

 

 次はこちらの番。俺とサーラントとシャララが自己紹介を軽くして、それからテーブルの上のノスフィールゼロに全員の視線が集まる。


「初めまして、黒浮種フロートのノスフィールゼロと申しまスノ。黒浮種フロートの長をしておりまスノ」


 ダークエルフのディストレックがノスフィールゼロに手を伸ばす。


「なんとも風変わりな種族だな」


 ノスフィールゼロは胴体から6本指の触手腕をにゅにゅっと伸ばして、ディストレックと握手する。


「見た目はアルムスオンの種族とは大きく違いまスガ、友好が結べれば、と願ってまスノ」

「こちらこそよろしくな。おー、指が6本有って骨が無い。こんな握手は初めてだ」


 族長レスティル=サハが、議題を始めようと手を上げる。


「ノスフィールゼロには申し訳無いが、先にこちらの緊急議題だ。人間ヒューマンのエルフもどきについて」


 俺とサーラントとシャララで黒装束との遭遇戦のことを話す。


人間ヒューマンの狙いのひとつは、エルフ同盟とドワーフ王国とドルフ帝国の共闘を乱したいんだろう」


 俺の推測に族長レスティル=サハが片眉を上げて言う。


「いや、ドルフ帝国もドワーフ王国も、エルフが何の理由も無く人間ヒューマンの村を略奪したり虐殺したりすると思うのか? だいたいエルフが人間ヒューマンの集落から奪いたいものなんて無いぞ?」

人間ヒューマン人間ヒューマンの尺度で考えるからなぁ。あと、俺が心配しているのは、人間ヒューマンのエルフもどきがドワーフ王国やドルフ帝国の周囲でも暴れるんじゃないか、ということで」


 サーラントも頷く、


「やるだろうな。ドルフ帝国にはあの隊長とネイディーが伝えるから、ドワーフ王国にも教えてやった方がいい。エルフの振りをした人間ヒューマンの野盗が出ると」


 族長レスティル=サハが舌打ちする。


「ふざけた話だが、早いとこドワーフ王国に知らせた方がいいか。それと黒装束の死体はエルフの長老会に見せたい。こちらで預かってもいいか?」

「そのために持って来たから、あれは好きにしてくれ」

「解った。それと人間ヒューマンの親子3人については、グレイエルフの町で預かりたい。ドルフ帝国には人間ヒューマンのための施設などあるのだろうが、人間ヒューマンの悪行についての被害者で証言者だ。エルフで預からせてもらいたいのだが」

「そのあたりはドルフ帝国と話をつけて欲しい。俺達が連れて来たわけだが、あの3人は俺達のものってわけじゃ無い」


 サーラントが補足して、


「あの隊長が人間ヒューマン古代魔術鎧アンティーク・ギア配備の遊撃隊が来たことを知らせれば、ドルフ帝国からカノンを持った兵団『赤』が応援に来るだろう。そこで話をつけるといい」

「まったく気分の悪い話だ。人間ヒューマンがエルフの真似をするなんて」


 ダークエルフのディストレックが呟くのにライトエルフのエイルトロンがため息をつきながら、


「エルフの森外縁部のここを拠点に集まりましたけれど、森の外で悪さをされるとは。これで森に入ってきたら遠慮は要らないですね」


 レスティル=サハは顎に手をやって考えている。


「相手が古代魔術鎧アンティーク・ギアだとこちらから草原に撃って出るのは危険か。森の守りを固めて、避難してくる草原の住人の受け入れをしよう。グレイエルフ族長からエイルトロン、ディストレック、クワンスロゥに要請したい。草原から逃げてきた小人ハーフリング人間ヒューマンの保護を」


 背高ハイエルフのクワンスロゥが訝しげに、


人間ヒューマンも受け入れるのか?」

「戦闘能力の無い者は種族の区別なく受け入れよう。人間ヒューマンが非道を武器にするならエルフは慈悲を盾としようか。人間ヒューマンにも優しいエルフが、人間ヒューマンを虐殺なんてするわけ無いだろう?」


 レスティル=サハはにこりと笑う。なるほど、そうすれば逃げてきた人間ヒューマンに、エルフもどきの人間ヒューマンの悪辣さを宣伝してもらうことができるか。


「なので、できるだけエルフの森に逃げられるように手伝ってあげて欲しい」


 テーブルに着く全員が了解の意を示す。


「では、次にトンネルについて、なんだが。ノスフィールゼロには1度エルフ長老会に顔を出して欲しいんだけどいいか?」

「こちらからお願いしまスノ。できればエルフの森に住む族長皆さんにご挨拶したいでスノ」

「私も百層大迷宮に住むという黒浮種フロート白蛇女メリュジン、そして古代種エンシェントドラゴンについて聞きたい。トンネル工事についてはリムレイルに任せてある」

背高ハイエルフは認めない」

「クワンスロゥ、これはグレイエルフ族長の決定事項。他のエルフの族長も知ってること。あとで族長会議もするけどね。のんびりする気は無いから」

「そのことなんだが」


 俺はレスティル=サハの話に口を挟んで手紙を取り出す。


「ドワーフ王国、第二王女、ディレンドン王女からエルフ同盟への手紙を預かっている」


 激流姫ディレンドン王女の手紙をグレイエルフ族長レスティル=サハに渡す。

 レスティル=サハは手紙を一読して、


「はは、これはおもしろい。シャララとネオールに聞いていたけど、ドワーフの王族を動かす探索者なんて聞いたことが無い。これが一流の探索者、触るな凸凹というもの?」

「ディレンドン王女と話ができたのは偶然というか、妙な流れに乗った結果というか。近いうちにディレンドン王女がドワーフの職人軍団を連れてくる。トンネル工事現場で受け入れて欲しい」

「解った。この手紙は他の族長にも見せないと。蝶妖精フェアリー族長ソミファーラも見てみろ。激流姫の情熱的な手紙を」

「どれどれ」


 ソミファーラはふわりと飛んでレスティル=サハの肩に乗る。

 ダークエルフのディストレックも立ち上がってレスティル=サハの近くに行く。


「俺は族長の息子で、非常時には族長代理もするから見てもいいよな?」

「そうだな、ディストレックも読んでおいてくれ。他はダメ」


 3人が並んで仲良く手紙を読んでる。仲良しさんだ。3人は、おー、とか、ほほぅ、とか口にしながら読んでいるので、テーブルに着く他の面子は気になってしょうがない様子。そわそわしてる。


 レスティル=サハの旦那さんにハーブティーのお代わりをもらう。旦那さんと呼ぶのにかなりの違和感を感じるんだが、旦那さん、なんだよなぁ。胸がぺったんこの美少女にしか見えない。膝丈スカートを履いた旦那さん。旦那ちゃん?

 目が合ってにっこりされるとドキッとする。妻が3人いる男なのになんでバックに花が咲くんだ?

 手紙を読み終えた3人が元の席にもどって、レスティル=サハが口を開く。


グレイエルフの族長として、トンネル工事は歓迎する。ここから百層大迷宮に行けるなんてね。マルーンの街を奪って占領してもエルフ同盟では防衛は不可能だ。回りを人間の領域に囲まれてるからね。それがトンネルの出入り口を守るだけですむなら話は違う」

グレイエルフの族長が乗り気というのは有り難い」

「だけど、他のエルフ族長に長老会を動かしたいなら、エルフが乗り気になる材料がもう少し欲しいところ。そのあたりを聞かせてもらえるかな?」


 ふむ、エルフにとっての利点。トンネルができた後のエルフの利、か。

 トンネル計画のもうひとつの側面、もうひとつの策について話してみるか。

 これはエルフ同盟にとっても、この先のことを考えてもらうのにいいかもしれない。

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