第87話◇その名はフールフール、腹立つ悪魔王


 状況が全て解った訳では無いが、このまま放っておけば人間ヒューマンが悪魔王を呪縛して支配する、らしい。いや、その前にあの牡鹿頭は逃げられそうだけど。

 バカバカしい状況にちょい頭痛がしそうだが。


「そうと解れば俺達はその邪魔をする」

「あの牡鹿頭にからかわれているようで、何かモヤモヤするが」


 フレイルの鎖の音が鳴らないように手で抑えるサーラントが、苛立つ口調を隠さずに言う。


「知性があるのは解ったが、どうにもふざけた奴だ」

「同感だ。牡鹿頭があの銀の鎖で身動き取れないってんならちょうどいい。そのまま引きずって隠れ里に持って帰って、紫のじいさんに処理してもらおう」

「冗談のつもりだったが、本当に悪魔王を引きずっていくことになるとは」


 立ち上がったサーラントの背中に飛び乗って、左手にポケットから出した魔術触媒を握る。

 まずはサーラントに筋力強化、速度強化の支援魔術をかける。


「サーラント、一周して銀の鎖を持ってる奴等を蹴散らせ。魔術は俺が止める」

「瓦礫で足場も悪い、速度重視なら手加減はあまりできんぞ」

「それで構わない。ひととおり潰したら牡鹿頭を回収して地下迷宮に逃げよう」

「では、やるか」


 身を隠していた瓦礫から飛び出し手近な奴へと走るサーラント。

 破壊された砦の跡地、人間ヒューマン達は催眠ヒュプノのせいか、やたらとハイになってこれからの未来絵図を口にしたり、笑ってたり、銀の鎖を引っ張ったり、魔術を使ってたり。浮かれてる。

 それを見て楽しそうにもがく悪魔王。

 灰色ローブの奴等が使ってるのは、どうやら俺の知らない対悪魔用の弱体の魔術。これは悪魔の召喚の系統なのか?

 こちらの防御と、この場の魔術の妨害に、


「分解盾、5」


 サーラントのまわりに分解盾を置いて防御。牡鹿頭の手足の鎖にも分解盾を飛ばしてぶつけて呪縛とやらに干渉してみる。

 サーラントがひとり目の灰色ローブをフレイルでぶっ飛ばして、楽しそうに笑ってる青い制服の魔術研究局員にぶつける。


「ははははははぶぅああっ!?」


 笑い声を悲鳴に変えて、仲間を巻き込んで瓦礫に突っ込んでゆく人間ヒューマン達。


「なんだばっ?」

「何者だぎゃらっ?」


 最後まで言わせずに駆けるサーラントのフレイルが次々にぶん殴っていく。

 頭を殴らないようにはしてるが、骨折に内臓破裂の重症は間違い無いふっ飛び方だ。

 魔術研究局員が20ほど、灰色ローブも20ほど。

 足下に青い塗料で作ろうとしてた魔術陣形も蹴散らして、駆けるサーラントがフレイルで次々ぶっ飛ばす。

 人間ヒューマンの魔術師だけならここまで接近したサーラントを止める魔術は無い。魔術師の護衛に戦士系がいるにはいるが、3人くらいしかいない。

 まぁ、半端な腕前の奴等では止められないか。苦し紛れに飛ばしてくる火弾と風刃を分解盾で打ち消して、と。

 瓦礫の山の中に突っ伏して倒れていく人間ヒューマンの魔術師達。


「あれは、練精魔術師のドリン?」


 名前を呼ばれて声のした方を見れば、どうやらヤセ魔術師が俺のこと憶えていたようだ。俺を見て驚いている。サーラントが感心するように。


「ほう、ドリンは有名だな。その名声ついでにコンビの俺も賞金首にされたか」

「やかましい。あいつは練精魔術に興味があるだけの魔術師だ。サーラントほど俺は有名じゃあ無いから俺のせいにするな」


 銀の鎖、こいつに何が仕掛けられているのか解らないが、これを握っている灰色ローブをひとり残らず追い散らして、と。

 悪魔王を拘束してそうな奴をひととおり叩き潰す。奇襲はさっさと終わらせないとな。

 サーラントが銀の鎖を握って引っ張る。


「このまま鎖巻きの牡鹿頭を引きずっていくぞ!」

「あぁ、いかれた茶番劇はさっさと終わらせよう」


〈ふむ、もう少し敬意を持って丁重に扱ってくれても構わんのだが? しかし、我輩がこうも無下にされるというのも新鮮で味わい深い〉


 頭の中で声が聞こえる。悪魔王のその頭の悪い言い様についつられて返事する。


「なんだこの変態牡鹿頭は? お前は何がしたいんだ?」

〈実に五千年ぶりのアルムスオン現界で浮かれてはいるが? だが、これほど格下に侮られるというのもまた一興〉

「ドリン、こいつ筋金入りか? 真正なのか?」

「知るか、初対面だ。俺にドマゾの悪魔王なんて伝説級の知り合いなんていてたまるか」

〈その初対面の我輩に筋金とか真正とかドマゾとか伝説級とか、ククク、貴様ら、なかなかに大概ではないか?〉


 上位悪魔と悪魔王には知恵があるとは聞いていた、会話も可能だと。

 それがこんなとぼけた奴だとは。しかもなんだか楽しそうというのがカンに触る。

 人間ヒューマンに鎖でぐるぐる巻きにされて身動き取れないとか、そんなヘッポコな奴に警戒して損した気分だ。

 こんな奴が伝説の悪魔王なのか?

 フワフワ宙に浮く牡鹿頭、サーラントが鎖を引いているのでその身体が真横に倒れている。引っ張って動かせるから空宙に固定されていたわけでは無いのか。


「亜人が! 我らの希望を横取りするつもりか?」


 ヤセ魔術師と話してた灰色ローブが怒鳴り散らすが、そんな奴はほっといてさっさと行くか。


「させんぞ! させるものか! 72柱の悪魔の王よ! 牡鹿の頭の悪魔王! フールフールよ! その小人ハーフリング人馬セントールを殺せ!」

「む?」


 サーラントの足が、がくんと止まる。


「どうしたサーラント」

「鎖が重い。悪魔王が動かん」


 空中に浮く牡鹿頭はサーラントが銀の鎖を引っ張ってもピクリとも動かない。


「命ずる! 命ずる! 重ねて命ずる! フールフールよ、そこの小人ハーフリング人馬セントールを殺せ! 殺すのだ!」


 灰色ローブの怒鳴る声に応えるように、牡鹿頭の角からバチバチと火花が飛ぶ。いや、あれは雷光か?


「サーラント! 手を放せ!」


 鎖から手を離して飛び退くサーラント。直後に銀の鎖を伝ってあたりにバチバチと雷光が爆ぜる。

 そんなことができるなら、捕まってるときに鎖の先の人間ヒューマンを感電させられたんじゃないのか?


〈ふむ? 身体の自由が効かん〉


 呑気に聞こえるのは悪魔王の思念の声。


「は?」


 身体の自由が効かん? どういうことだ?


「おい、悪魔王?」

〈ふむ……、これが辺獄リンボモードの召喚の影響か? 接続リンクに介入されて強制命令で肉体の主導権が奪われた。従属刻印とやらが効いているのもあるが、強引に召喚に割り込んで現界すればこうなることもあるのか。まったく、これが真獄コキュートスモードの召喚であれば、格下の介入など許さんところなのだが〉

「おい、悪魔王。何を言ってる? 全然解らんぞ、どういうことだ? 身体がどうしたって?」


 なんだか訳が解らんままに、悪魔王と話してる間に事態は進む。

 なんだか嫌な方向へと。

 宙に浮く牡鹿頭が全身に力を入れて、その身体に巻かれた銀の鎖を引きちぎる。

 お前、それができるならさっさと逃げられたんじゃないのか? なんで大人しく捕まってたんだこの牡鹿頭は。

 わざと捕まっての情報収集か? 頭いいのかバカなのかこのやろう。

 その向こう側では灰色ローブがヤセ魔術師の襟首掴んで迫ってる。


「おい! あの亜人コンビの名前は! 名前を教えろ!」

小人ハーフリングの名前はドリン! 人馬セントールの名前は、えーと、えーと、サンラントー?」


 首を傾げて自信無さそうに口にするヤセ魔術師にサーラントが大声で教える。


「サーラント、俺の名前はサーラントだ。間違えるな」

「教えてどうするんだこのバカ」

「俺の名前に似た奴が襲われては困るだろう」


 なんでそんなところで正直なんだこのバカは。最悪、名前バレした俺を捨てて逃げればいいだろうが。

 名前? 名前が解ると何かあるのか?

 なんだこの嫌な感じ。段々と追い詰められていくような気分になってくる。ヤな予感。

 こんなことになるなら悪魔と悪魔の召喚の系統をもうちょい調べときゃ良かった。

 灰色ローブは俺達を見て、牡鹿頭を見上げてニヤリと笑う。


「悪魔王フールフールよ! 主が命じる! ドリンとサーラントを殺せ!」


 その声に手足の鎖を外して、自由を取り戻した牡鹿頭は、ギロリと赤い目で俺達を見る。頭の鹿の角からはバチバチと雷が放電している。


〈標的が設定されてしまったぞ。ドリンとサーラントの2名を殺すまで自動追殺状態オートキルタイムだ〉


 なんだとおいこらふざけんな。悪魔王が狂戦士バーサーク化とかシャレにならん。

 宙に浮く牡鹿頭は俺とサーラントをその赤い瞳に捉えて、黒と白の4本の腕を大きく広げて、


「ロオオオオオオオオオオオオ!!」


 天高く雄叫びを上げる。

 鹿の角から雷光が白蛇のように空中に踊る。太い黒腕がその手に雷を掴まえて握りしめる。


「分解盾3!」


 慌てて分解盾で俺とサーラントを守る。牡鹿頭が黒腕で投げつける雷を受け止めて分解――しきれない?


「うおお?」

「ぬああ?」


 分解盾に当たり弾けて、四方八方に飛散する悪魔王の雷の槍。雷の余波に撃たれてとっさに頭を庇った腕が焼ける。サーラントの足にも落ちる。

 魔術の雷、雷槍と同じもののようだが、分解盾で消しきれずに直撃をかわしてもこのダメージだと? くそ、撃たれた手が痺れる。

 何度か握って開いて、動くの確認。火傷と痺れ、サーラントも足と尻尾の毛が少し焼けただけ。それでも、


「く、サーラント! 逃げろ! これは手に負えん!」

「頭はおかしくても悪魔王ということか!」

〈確かに我輩こそは悪魔王フールフール。だが出会ったばかりの初対面で頭おかしいと決めつけるのはどういうことか?〉

「「やかましい!」」


 予定変更、反転、離脱だ。

 サーラントの脚力なら逃げ切れるか? 駆けるサーラントの進む方向を見て、


「おい、サーラント。地下迷宮は?」

「瓦礫で入り口が塞がっている! どかしてる暇は無い!」

「ち、ならマルーン西区の街の中だ!」


 ここで地下迷宮に入れないとは。だが壊れたのは砦だけで地下迷宮内部は無事のようだし。

 隠れ里も無事だろう。紫のじいちゃんが出てきてる様子も無い。

 ともかく悪魔王の存在は確認、悔しいが頭おかしくてもその力の底がまるで見えないような奴を相手にできるか。

 来た方へと戻る。ここは逃げてラァちゃんか紫じいちゃんにこの1件を教えることにする。


〈ドリンとサーラントとかいう二人組よ、危ないぞ? 後ろ後ろ〉

「なにが危な、うぉわぁっ!」


 サーラントの背中から後方を見れば、空を飛んで追いかけてくる牡鹿頭が黒腕2つに雷を握って投げてくるところ?

 空を飛んで追いかけて来た? 飛べるのか? 浮いてるだけじゃ無かったのか? くそ!


「分解盾5! 重ねて水盾!」


 投げつけられた雷を、なんとか分解盾で止めた後に、飛散する雷を水盾の表面に流して身を守る。

 ただの水盾で凍らせての氷盾じゃないが、雷対策には相性がいい。


「ち、羽も翼も無いのに空中を安定飛行するなんて? 黒浮種フロート以外にそんな飛び方する奴がいるなんて初めて見たぞ」

「しかも俺の速度についてくるとはな」

〈この程度できなくてどうする? 我輩はこれでも悪魔王の1柱よ〉


 うっわ、誇らしげに言うのがなんか腹立つ。

 走るサーラントから落ちないように気をつけて、ポケットから新しく魔術触媒を出して。

 次々に飛んでくる雷を分解盾と水盾を重ねて弾くが。


「なんだこの雷! どんな魔術構成の密度だ? 俺の分解盾で散らしきれないなんて!」

〈そこは簡単に弾かれんように深く編み込んでおる。小人ハーフリング、それを続けざまに上手く弾くところはなかなかと褒めてやろう〉


 さっきからいちいちカチンとくるな、こいつの言うことは。

 人間ヒューマンに操られてるヘッポコ悪魔王のくせに上から目線で。

 マルーンの街に出て瓦礫が無い石畳の道路に出て、サーラントがさらに速度を上げるがそれでも引き離せない。

 後ろにピッタリくっついてきて、バカのひとつ憶えのように雷を撃ってくる。


「分解盾! 水盾! 分解盾! 水盾! サーラント! まだ追ってくるぞ!」

「だが上から見られていては路地に逃げても仕方あるまい!」

〈逃げるだけか? つまらんなぁ。速度ならば我輩にはまだ余裕があるぞ?〉

「悪魔王! お前はこのまま人間ヒューマンの言いなりか?」

〈我輩も今、肉体の主導権を取り戻すべく連結リンクに介入中よ。しかし自動状態オートドライブとは言え、なんともみっともない闘いぶりだ。本来の我輩の実力ならば、ただ追いかけて雷落とすだけという、つまらない美しくない闘い方など〉

「うっさいわ! 分解盾! 早くどうにかしないと水盾! 人間ヒューマンのペットに成り下がったヘッポコ悪魔王と分解盾! 語り継いでやる水盾! 確かフールフールとか言ってたな! 分解盾!」

〈む? それは侮辱だ、汚名だ、名誉毀損だ〉


 しかし、これはどうする? 次々に撃たれる雷から身を守るだけで精一杯、あいつの速度から逃げるのは難しい。

 4本腕が次々に雷落とすから、さっきからずっと分解盾と水盾を交互に出してて、こっちから攻撃魔術を射つ暇が無い。

 大技使うにはサーラントに足を止めて貰わないと無理だ。


「ドリン! 逃げられないなら1度迎え撃つか?」

「ひとつ試してみるか?」

〈ほお? 我輩に立ち向かうとは面白い。それなのに我が身が自由にならんとは口惜しい。少し遊びが過ぎたか〉


 ただのイラつくヘッポコ悪魔王ってだけじゃ無い。あの雷の構成の速さに密度は魔術を越えた魔法の域か。

 そんなのは毎回呪文がテキトーなシャララとか、魔術適性の高過ぎる蝶妖精フェアリーの領分だが、雷についてはこのフールフールは魔法使いということか。

 これが悪魔王の力の一端か。ふざけちゃいるがとんでもない。

 走りながらサーラントが言う。


「悪魔王、フールフールとか言ったな? 人間ヒューマンの言いなりの下僕のまま、俺達に叩き潰されても泣き言は聞かんぞ」

〈ククク、なかなか小気味良い。我輩もこのような状態とはいえ、格下の人間ヒューマンの操り者とは不愉快だ。従属と弱体を圧縮して纏めれば肉体は取り戻せそうだから、ドリンとサーラントといったな? 貴様ら少し手伝え〉

「ふん、お前の事情など知らん。動きを止めてラァちゃんのところに運んでやるからおとなしくやられろ」


 もしくは少しでも動きを止めてその間に逃げるか。あの牡鹿頭に効きそうなテは。


〈貴様らにも悪い話でも無い。時間をかければこの自動追殺状態オートキルタイムは解除できるが、それまでそこの小人ハーフリングの魔力は持つまい。だが、一瞬でもこの支配が途切れたなら、我輩がそこから連結リンクに割り込んで肉体の主導権を取り戻す〉


 確かにこのままではジリ貧、ジワジワ追いつめられるだけ。だが、


「悪魔王が自由を取り戻して、好き勝手するのを俺達に手伝えっていうのか?」

〈今の鬼ごっこを続けるよりはマシではないか? だから貴様ら、我輩の頭を殴れ〉

「「はぁ?」」

〈一瞬でも意識が途切れたなら、それを利用して強制命令に割り込みをかけて、我輩が肉体の主導権を取り戻す。つまり〉

「「つまり?」」

〈叩けばなおる〉

「「このポンコツが!」」

 

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