第86話◇邂逅、牡鹿の頭の悪魔王
サーラントのバカがバカバカしい思いつきでバカみたいに突撃してバカでかい激突破砕音を上げて街の門を突破する。突破した。
いつものるるらな雄叫びあげて、砕けた門の破片を魔術で作った氷盾で弾き飛ばして疾走する。
突破できてしまった。これだから
そんな奴等にかまってる暇は無いので今は無視。
「あたた、首がガクンってなったぞ」
サーラントに立ち乗りしたまま、左手で首の後ろを押さえて文句を言っとく。
「サーラント、やるならやるで先に言え、このやろう」
「ふん、この程度の衝撃で首がむち打ちか? このくらい踏ん張って耐えろ」
「鋼のランスがポッキリ折れる衝撃がこの程度とか言えるわけがあるか。
「むう、このランスはもう使えんな」
マルーン西区を駆けながら、中程で折れて短くなったランスをしばし見つめて、ポイと道端に投げるサーラント。
街にランスのポイ捨てとかすんな。
俺はサーラントの背中に畳んであるいつものフレイルを固定する紐を解く。サーラントが背中に手を回して、デカイ
久しぶりに来たマルーン西区。誰もいないゴーストタウン。ところどころにまだ俺とサーラントの手配書が貼ってある。
あれっていつまで手配されるんだ?
アルマルンガ王国が無くなれば賞金首の手配書も無くなるか。
賞金首になるなんて初めての経験だから、記念に1枚とっておくか?
「ドリン、あの音が鳴ったのはどこだ? やはり砦か?」
「でかい建物がぶっ壊れたんなら、地下迷宮入り口砦、ほかにはユクロス教の教会か魔術研究局か、あとは貴族街の議館とか?」
「まず地下迷宮入り口砦、そのまま1度隠れ里の様子を見に行きたいところだ」
「可能性が高いのは砦か魔術研究局だしな。毎度の戦争でも鬱陶しいのに、どこまでややこしくしたら気がすむんだ
百層大迷宮、その入り口を囲むように作られた砦。アルマルンガ王国、大迷宮管理局の建物へと。
地下迷宮の魔獣が地上に出ないように守る、という建前のもと、地下迷宮の財宝の持ち出しを監視するための砦。
そこにあったはずの砦が無くなっていた。
「なんだよこりゃあ?」
見慣れた財宝監査処の建物も無くなっていた。
辺り1面瓦礫の山。かろうじて砦の下部が残っているが、砕けた石壁がゴロゴロ転がっている。
まるで超巨大なハンマーで上から殴りつけたような大破壊、そのなれの果て。
スーノサッドの爆炎を俺とアムレイヤで最大増幅させたら、同じことができるかもしれないが、それと同じことができるやつがいるってのか?
崩れかけた砦の基部、残った石組みに身を隠す。現場はただいま取り込み中。
「妙な事態に鉢合わせしたか?」
サーラントに聞いてみる。サーラントとコンビ組んでからはおかしな事態に合うことも多いが。サーラントが応える。
「なんとか間に合った、というところかも知れん」
そう考えるのも有りか。なんだかおかしなことになっている、まずは状況把握か。
そこにいるのは、
マルーン魔術研究局の青い制服を着た奴らと、灰色ローブで顔を隠した奴らがいる。
瓦礫の山の中、そこから2メートルほどの高さ、宙に浮いたところ、そこに牡鹿の頭をした何かがいた。
2本の足は鹿の後ろ足のような形。こちらからは斜め正面しか見えないので、尻尾があるかどうかは解らない。
腰から上の胸までは人型で、逞しく筋肉が盛り上がっている。
肩からは右と左、それぞれ2本ずつの4本腕。ただ、上腕2本が
上腕の脇の下から生えている下腕は、
上の黒腕と下の白腕が2本ずつの合計4本腕。
首は長くて茶色の毛が生えて、何より目立つのが大きな角。立派な枝分かれした牡鹿の角は、先からバチン、バチンと火花が出てる。
角の下の顔は赤い瞳の鹿の顔。顔と首は茶色い短い毛に覆われている。顔だけ見れば可愛いらしくも見える。鹿だし。
鍛えた胸筋をみたところ、男かな? 悪魔の雌雄の区別は解らんな。
下位の悪魔よりはシルエットのバランスがとれている。だがその存在感が違う。おそらくこいつが悪魔王。
これを見て、悪魔王と推測するのはその胸に描かれた印。
黒い胸には白い円が描かれて、その中に目をモチーフにしたような複雑な図形が白い線で描かれている。
見つめる眼の紋章、伝承にある神の封印。
神の封印をその身に刻む、印つきの悪魔の王。
あれが72柱のそのひとつ、牡鹿の頭の悪魔王、か。
こうしてのんびり観察ができているのは、悪魔王が身動きできない様子だからだ。
4本腕と2本の足、そして胴体には銀の鎖がぐるぐる巻きだ。その銀の鎖の先は周りを囲む
10本以上の銀の鎖に巻き付かれて、牡鹿頭の悪魔王は、首を振って手足を動かしてもがいているが束縛からは逃げられない様子。
悪魔王を
悪魔王を囲む灰色ローブと青い制服の魔術研究局の集団は、銀の鎖を握りしめたり、必死に呪文を唱えたり、足下に悪魔王を囲んだ魔術陣形を作ろうとしてたり。
あんなので悪魔王を捕らえているのか? ちょっと信じられない光景だ。本当に悪魔王か怪しくなってきた。
オオオオオ、と苦悶の声を上げて、宙に浮いたままもがく牡鹿頭。
それを満足気に見上げて指示を出す灰色ローブ。
「更に呪縛をかけろ! 弱体を上書きして重ねろ! 悪魔王を支配する!」
「ぬうう! 我輩を支配するだと? 生意気な
鹿頭が喋った。会話できるのか? 何を話そうっていうんだ?
つい、身を乗り出したところで、牡鹿頭の赤い目が俺を捉えた。目が合った。見つかった。
「顔を出すな!」
サーラントに首根っこを掴まれて引っ張られる。ぐぇ。
デカイ図体をしゃがんで小さくしたサーラントと並んで砦の残骸の陰に隠れる。
牡鹿頭と目が合っただけで、一瞬身体が硬直してしまった。あいつの威圧に当てられた。
サーラントに引っ張られて衿が首に食い込んだが、
「えほっ、助かった、サーラント」
「ぼんやりするな、この魔術バカが。こんなときぐらい好奇心を抑えろ。
「
あの赤い目は大草原で会った魚頭の下位悪魔とぜんぜん違う。知性を感じる。ただ、何を考えている? いったい何が起きている?
瓦礫の向こう側からは、苦しむ悪魔王の声とジャラジャラと鳴る鎖の音と、なんか勝ち誇ってる
牡鹿頭が首を振って喚く。
「ぐおおおおお! 我輩がこの程度の呪縛にぃ! ぬおおおお!」
「ハハハ! 無駄だ無駄だ! 悪魔王!」
「クックック、これが我らマルーン魔術研究局の実力だ!」
「ウオオオオオ! バカな!
額に巻いたバンダナに仕込んだ抗精神侵食の護符を発動させる。もうひとつポケットから出して発動させたのをサーラントに持たせる。
「悪魔王と目が合って動きを止められた。サーラントもこれ持ってろ」
「わかった。しかし、悪魔王のあのもがき方はなんだ? なんだか演技っぽく見えるのは気のせいか?」
「サーラントもそう思うか?」
牡鹿頭は手足を動かして鎖の音を鳴らして首を振って、うおぉ、とか、ぬおぉとか言ってるんだが、なんだかな。なんかわざとらしいなアレ。
「うおおおお! バカな! 我輩の力が? この悪魔王の力が弱められるだと?
悪魔王の前、3メートルくらい離れたところに立つ青い制服の魔術研究局の一人が高笑いしている。
「あ、あいつは」
「知り合いか? ドリン」
「前にノクラーソンと一緒に行ったデブブタ貴族の屋敷で会った。ヤセ魔術師だ」
そいつが勝ち誇った高笑いをしてるが、瓦礫に当たったのか額から血が流れている。そこを片手で押さえながら笑っている。
笑ってないで手当てした方がいいんじゃないか?
「ハハハハハ! これぞマルーン魔術研究局でひっそりと開発研究した新型魔術! 従属刻印の力だ!」
「何イ? 従属刻印だとぉ? なんだそれは? おのれ
「くくく、もとは亜人を隷属させるために開発していたのだがな。しかし、奴らの精神は種族の神の加護とやらで守られている」
その会話に灰色ローブがひとり入ってくる。
「その従属刻印を我らボーティス教団と共に悪魔用に改良したのよ! 魂のみの存在、精神生命体とも言える悪魔にはより効果がある!」
灰色ローブとヤセ魔術師は肩を並べてハハハハハと高笑う。牡鹿頭の悪魔王は悔しそうに顔を伏せて――いや、今ちょっと笑わないように口の端を噛んで堪えたろ? なんなんだ?
「従属刻印だとぉ? だが、我輩にそのような刻印などつける隙はぁ!」
「悪魔はアルムスオンへの現界には肉体が必要になる。その肉体の材料となる贄に従属刻印を刻んであるのだ!」
自慢したいのか語ってくれるヤセ魔術師。それに負けじと続いて灰色ローブが、
「そして悪魔王! お前が贄にした素体には上級悪魔用に念入りに弱体を刻み込んである! 悪魔王が来たのは想定外だが、悪魔王といえど、この従属刻印からは逃れられんのだ!」
そうか従属刻印というのか。ポケットからメモ帳とスイッチペンを取り出して忘れないように書いておこう。
「ぐうぅ、だが、何故、何故、我輩がこの地に来ると解ったのだ?」
悪魔王の問い掛けにヤセ魔術師が腕を組んで偉そうに応える。
「ここで網を張って当りだった。悪魔王にとって五千年ぶりの地上となれば、かつての悪魔王と関わりがあるのは地下迷宮だけだからだ」
こいつ俺と同じこと考えてやがった。
そのヤセ魔術師を見ていた灰色ローブは冷たい声で、
「魔術研究局が悪魔王を逃がしたときには、これで終わったかと恨みかけたが」
「仕方無いだろう? まさかまだ意思が有って逃げ出す力があるとは解らなかったのだから。悪魔のことはこれから調べねばならん」
「ここに仕掛けた罠も壊され、潜んでいた我がボーティス教団の者も、砦ごと酷い目にあった。これは魔術研究局の落ち度だ」
「こちらも被害が出ている。なんのリスクも無く悪魔王の捕獲などできるものか。悪魔王も砦を破壊する大魔術の行使で魔力を減らして弱っている。結果的にはここで待ち構えて正解だ。最終的に悪魔王を手に入れれば問題無い」
にやにやと笑うヤセ魔術師。ふん、と鼻息で応える灰色ローブ。
えーと、魔術研究局とボーなんとか教団が協力しての悪魔王の支配を計画、と。
「ぐうぅ。確かに我輩の力が封じられている。だが、この程度で我輩を支配できると思うなよ!」
「ならば更に呪縛を強めて弱体させるまで! 悪魔王さえ支配すればその眷属も思いのままよ!」
「おのれえ!
「ありったけの銀鎖を投げろ! マルーン魔術研究局が悪魔王を支配するのだ! 我々をコケにした首都アルマーンの王立魔術師団に吠え面をかかせてやる!」
気合いの入った魔術師連中が更に呪縛を強めていく。それにぐおぉ、と首を振って苦しそうな悪魔王。
なんというか、その悪魔王がノリノリで楽しそうにも見えるんだが。気のせいじゃ無いよな。
「
「悪魔の一大兵団を指揮して革命を起こす! 我らボーティス教団のための世界を創る!」
「正しき知恵を持つ我ら魔術師が世界を支配する! これで初めて地上に秩序と平和がもたらされるのだ! いつまでも愚か者どもに任せておけるか!」
「共に覇道を歩もうぞ!」
「おお! 世界に叡知の光を!」
楽しげな笑顔でヤセ魔術師と灰色ローブがガッチリ握手して笑ってる。
その向こう側で牡鹿頭の悪魔王が銀の鎖に巻かれたまま、なるほどーという感じで頷いている。
なんとなーく状況は解ってきた。解ってきたけどな。
「ドリン、あの魔術研究局とナントカ教団。同盟関係のようだが、あれでは長持ちしそうに無いな」
「どっちも相手を利用したいだけなんだろ。それをペラペラ口にしちゃったのは、これは悪魔王の仕業でもある」
サーラントの持つ抗精神侵食の護符が反応している。この周囲全体に微弱な精神系の魔術が使われている。
魔術師が気がつかないように微かな魔力で隠蔽してこっそりと。見つかり難くじわじわと効果がある。器用なことをする。
「
「いや、あれは楽しんでいるだけではないのか? あの鹿頭、遊びながら情報収集か?」
なんかノリノリでうおぉ、とか、やめろ
「楽しく遊んでる気もするけど、おかげで俺達が知り得ない
ボーナントカ教団と魔術研究局がつるんで、戦場を利用した上位悪魔の召喚実験。
上手くいけば軍の手柄にして、失敗したら知らなかったととぼけてボーナントカ教団に責任を擦り付ける。
それを見越しての見て見ぬふりをするアルマルンガ王国、というところか。
上位悪魔の召喚実験が失敗して助かったのは、多種族連合軍だが。
中途半端に失敗して助かったのはここの魔術師連中なのかもな。
〈さぁて、それを知ってどう動く? そこに隠れた
突然頭の中に響いた声、渋いオッサンのような声は、ぐおぉ、とか言ってる牡鹿頭の悪魔王と同じ声音。
「ドリン、今の声はなんだ?」
「サーラントにも聞こえたか。直接頭の中に思念を飛ばすなんてのは、
悪魔王を見る俺の頭の中に、再び声が聞こえる。
〈
牡鹿頭の悪魔王は赤い目でこっちをチラチラ見ながら。ノリノリで芝居を続けやがる。
「ぬうぅ、
「ハハハ! ほざけほざけ悪魔王! 貴様は我らに降るしか道は無いのだ!」
悪魔王の周りの
「悪魔王の力を使って無敵の悪魔の兵団を!」
「全ての種族を支配して新たな世界を!」
「我らが世界を征服するのだ!」
「アルマーンの魔術師団に、開発費をピンはねされた恨みを思い知らせてやる!」
「悪魔崇拝者の為の世界を!」
「身分階級が低いからって俺の論文を奪いやがって!」
「悪魔の召喚を研究して何が悪い!」
「バカ貴族に顎でこきつかわれるのは、もうウンザリだ!」
「上級貴族は皆殺しだ!」
「悪魔教徒を認め無い奴らも皆殺しだ!」
あー、そのあたりで利害の一致があった訳ね。
お互いに相手を利用しようとして、両方ともが
「どうするドリン?」
「どうするもこうするも、このまま悪魔王が
その悪魔王を見れば、増えた銀の鎖で全身ぐるぐる巻きにされながら、目だけニヤニヤと笑って口は悲痛そうに叫んでいる。
「おのれぇー! 我輩の肉体を弄んでも、我輩の意志まで貴様らの自由になると思うなよー!」
「カハハハハ! その強情がいつまで続くかな? 悪魔王! この弱体の魔術を重ねる程にお前は力を失ってゆくのだ!」
「ぐうぅ、力を奪ったところで、我輩は誇り高き悪魔王よ!
「ハハハハハ、悪魔王! お前は私の下僕となるのだぁー!」
悪魔王、お前はなにをしてるんだ? なにを楽しんでるんだ? どっかの英雄譚に出てくる囚われの姫騎士ごっこか?
その悪魔王に乗せられてペラペラ喋ってる
サーラントがうんざりした声を出す。
「ドリン」
「なんだサーラント?」
「この場にいる奴等、全員頭をぶっ飛ばしてやりたい気分なんだが」
「奇偶だな、俺も今そんな気分なんだ」
両手の指ぬきグローブ、その甲を合わせて、
「ソフオール」
魔力補充回路を接続起動させる。戦闘準備良し。
こんなやるせないようなイラつく気分で戦闘に挑むのは、なんか久しぶりだ。
とりあえずこの苛立ちをぶっつけるとしようか。
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