第85話◇ランス特攻野郎サーラント、お前な

◇◇主人公、ドリンの視点に戻ります◇◇



「マルーン西区の百層大迷宮、そこに悪魔の王が向かっているというのか?」

「その可能性があるってだけだ」


 大草原を駆けるサーラントに乗って、俺達はマルーン西区を目指す。

 もとエルフもどき共にはひととおり説明し、あとは小妖精ピクシーの魔術戦隊隊長ネルカーディと蝶妖精フェアリー族長のソミファーラに頼んだ。

 二人には幻覚系統の魔術で姿を消して、もとエルフもどきにくっついて、彼らを誘導、監視してもらうことに。

 もとエルフもどきで、もと山賊で、もと罪人という人間ヒューマンも、自分達が住める土地とか町が手に入ることに乗り気だったし、なんとかなりそうだ。


 この人間ヒューマンは村を追われて、山賊になって、捕まって、仕掛け付きの覆面を被せられて、任務を果たせば命は助けてやる、とか脅されてやらされてたらしい。

 その毒針つきの覆面を外して、耳に縫い付けられたつけ耳も外して、エルフ達が耳の治療をした。その上に食料と住むところの世話をして。餓えていた彼らはこれでエルフに対して素直に恩を感じてる様子。


 アルマルンガ王国に恨みを持つ奴もいた。

 下の階級の人間ヒューマンが上の階級の人間ヒューマンに持つ恨み。

 人間ヒューマンの社会ではよくあることなんだろうが、都合良く使われて殺されそうになれば、恨んで当然か。

 同族に恨みを持ち、そして同族に恨まれる。山賊でもしなければ生きていけないところへと同族に追い込まれた人間ヒューマン

 それがもとエルフもどきの人間ヒューマンだった。


 安心して暮らせるような村や町を渇望しているらしい。安心して暮らせるところが欲しいなら、同族の村とか町を奪ったら? 手伝ってやろうか? という提案には意外と喜んでいた。もともと、それに慣れていた奴等ではあるが。都合がいいと言えば都合がいい。

 ただ、サーラントに蹴り飛ばされた奴が頭を打ったのか、『私は神を見た』とか言い出してるのがちょいと気がかりだが。


 あとは悪魔騒ぎの方を片付ける。

 今のところ考えつくケースを、聞いてくるサーラントに答えながらまとめている。駆けるサーラントの背で推測を口にする。


「五千年振りにアルムスオンに来た悪魔王から見たら、変わって無いものは地下迷宮だけだ。界門近くに隠れてるんなら、それはラァちゃんに任せればいい。そこにいない可能性を俺達で潰しておく必要がある」

「それで地下迷宮か。確かにこの近くにあるのはマルーン西区の百層大迷宮か」

「そこに悪魔王がいるなら、俺達で紫のじいちゃんのとこまで引っ張っていけんかな?」

「悪魔王を捕まえて引きずって行くつもりか?」

「できるかそんなこと。誘きだして誘導するんだよ。悪魔王にとってこのアルムスオンで縁があるものは地下迷宮と古代種エンシェントだろう。下位と違って知恵があるなら、その思惑も知りたいところなんだが」

「身を隠す目的が解らんが、古代種エンシェントを恐れているのか?」

古代種エンシェントから隠れてこのアルムスオンでやりたいことがあるっていうなら、見つけるのも一苦労だ。その場合は俺達で探すのも無理になる。それと、ただ隠れるつもりも無く移動したのが、まだ見つけられないっていうこともあり得る」

「目的が解らんと見当もつかん」

「そこなんだよなぁ、解らんのは。もうひとつの懸念は人間ヒューマンが悪魔王を連れ去った可能性だ」

「なんだと? っと、何かいる」

「なんだ、人型のシルエットで魚の頭? 水棲の種族が水気の無い大草原にいるわけないか、それにこの臭い、下位悪魔だ」

「こっちは急いでいる、邪魔をするな!」


 大草原を疾駆するサーラント。今は久しぶりにランスを装備している。いつもの両手持ちの特大フレイルは畳んで背中に担いでいる。


「分解盾」


 魚頭の飛ばしてくる雷槍を分解盾で防ぐ。サーラントが疾走する勢いのまま、ランスでドカンと魚頭の胴体を貫く。


「げおおおおおおおおお!」


 苦悶の声をあげる魚頭。サーラントはランスで胸を貫いたまま持ち上げて、そのまま走る。魚頭は両手でランスを抜こうともがくが、サーラントは両手で持ったランスの先を横に向ける。


「再生できなくなるまでバラせば、魂は悪魔界に帰るということだったな」


 ランスに貫いたままの魚頭をクルリと回して地面にあてる。走る勢いで地面ですりおろすつもりか。

 ガリガリガガガガガガと不気味な音を立てて魚の鱗が飛び散る。

 下位悪魔のすりおろし、足を止めずに片付けるにはいいかもな。


「水弾、5」


 魚頭の手足に水弾を撃ち込み、動けなくしてバラす手助けをする。人馬セントールの疾走する速度で、地面と草に身体を削られていく魚の頭の下位悪魔。

 あれ? 意外とたいしたこと無いなこいつ。下位悪魔ってこんなもんか?


「それでドリン。人間ヒューマンが悪魔王を連れ去るとか、聞き捨てならんことが聞こえた気がするぞ」

「俺も言った気がするな。悪魔の召喚直後に人間ヒューマンの軍の上の奴らがさっさと引き上げたのが気になる。上位悪魔を召喚しようとしたなら、従属して操ろうという用意とか準備があったはずだ。それが悪魔王にどれだけ効いているのか」

人間ヒューマンが悪魔王を封じて持ち帰っただと? 有り得るのか?」

「可能性のひとつとして、だ。人間ヒューマンにしてもなにか勝算があったからこんな大規模な儀式集団魔術をしたんだろうし。完全な従属までできなくとも身動きを封じて、持って帰って、設備のあるマルーンの魔術研究局で従属を完璧なものにしようとしてる、とかな。その場合マルーンの街の魔術研究局に悪魔王がいることになる」

「もしそんなことが成功したならば、人間ヒューマンが悪魔王を従えるということか?」

「わからん。人間ヒューマンの魔術にそれができるとも思えんが、悪魔の召喚の系統なんてよく解らんしなぁ」

「どちらにしても大草原に悪魔王がいなければ、マルーンの街にいるかもしれんということか」

「界門を閉ざしてからラァちゃんか、古代種エンシェントエルフ、ラァちゃんの言ってた、ぷらんちゃんか? が、見つけてくれると楽なんだが。俺達で万が一の他の可能性、大草原に悪魔王がいなかった場合のことを潰しておけば、安心もできるし探すところを絞れる」

「行ってみたが何もなかった。戻ってみたらラァちゃんが全部片付けた後、ということになりそうだ」

「それも有りうる。無駄足になった方がいい仕事ってのは、足の早いサーラントにうってつけだ」

「足の短いドリンでは移動に時間がかかるからな。ドリンでは無駄足になることもできんか」


 ガリガリガガガと削れた魚頭の右半身が無くなってきたところで、サーラントはランスをひっくり返して、次は左半身を削りにかかる。見てると鱗の隙間から黒い靄が滲み出て後方に流れていく。

 手足を動かして逃げようとしたら、水弾で動きを止める。魔術を発動しようとしたら分解盾を重ねる。


「対悪魔戦用に切断のできる魔術を練習したいとこだ。再生できないようにするには、風とか火の方がいいんだろうな」

「水系統以外は苦手のドリンならどうする? 対悪魔戦においては役にたたんポンコツか?」

「支援と防御もつかえるんだが? お前だってランス刺突以外は力任せの打撃バカだろうが」

「ふん、生憎だが俺は剣も斧も使える。いつものフレイルが馴染んでて使いやすいだけだ。それにフレイルでも叩いて潰せばいいだけのこと。応用が効かない専門バカはこういうとき不便なことだ」

「水系統でも水刃っていうのがあるんだよ。制御難度高くて射程が短いから出番が無いだけだ。本当の専門家ってのは応用が得意なんだよ。フレイル大回転機能付きの木馬の玩具と違ってな」


 話しながら走っていると、魚頭の身体は小さくなって動かなくなっていた。いつの間にか悪魔の魂とやらはいなくなっていたようだ。すりおろしにされるのが嫌で悪魔界に帰ったかな?


 灰エルフの町からサーラントの脚で駆けて2日目。マルーンの街を囲む街壁が見えて来た。

 大草原から逃げた人間ヒューマンは街の中か? アルマルンガ王国の首都アルマーンまで行っていたなら厄介だが。

 レッドの地下通路でマルーン西区に入るには、人馬セントールのサーラントにはハシゴが使えないしなぁ。

 潜入するには俺ひとりになるか、とか考えていたとき。

 

 マルーンの街からドカンとひとつ破砕音が響いてきた。

 距離があって何がおきてるか解らないが、これだけ離れてても聞こえるっていうのはただ事じゃない。音の次には遅れて振動が響く。


「なんだこれ?」

「地面が揺れる? 大規模な地系の魔術か?」


 地響き、地揺れ、大地が揺れる現象。地震っていうのは聞いたことあるが体験するのは初めてだ。

 だがこれはなにか違う。まるで巨大なハンマーが地面を叩いて揺れるような。サーラントがぶっ飛ばした赤線蜘蛛が地面に落ちて揺れたときのような。

 それを大きく増幅させたような地面の揺れ。

 マルーンの街で何かが起きた。何かがドカンとぶっ壊れた。地揺れはすぐに止まったが、また来るかもしれないと身構える。


「ドリン、これはなんだ?」

「なんだも何も、こんなことできるとしたら紫のじいちゃんが暴れるとかぐらいしか思いつかん。こっちが大当りかよ、サーラント、街の中に入るぞ」

「解った、西区の門に向かう」


 サーラントに乗ってマルーン西区に入る街の門へと向かう。もし悪魔王と紫のじいちゃんが出会ってバトルしてるとなれば、俺達にできることは無い。

 もしくは紫のじいちゃんが強引に地下迷宮を壊して地上に出たのか? そんなことをしなきゃならんほどの緊急事態か?

 それとも悪魔王がマルーンの街で暴れてるのか?

 なにが起きてるか調べる必要がある。いざとなれば地下迷宮に逃げ込んで転送陣を使うつもりなんだが。

 だが地下迷宮が崩壊していたら? 巨大な破壊が起きたのが地下迷宮だったら?

 あの隠れ里が壊滅していたら?

 それは想像するだけで、目眩がしそうなほどの怒りがこみ上げる。

 白蛇女メリュジン黒浮種フロートと探索者達は無事なのか?

 駆けるサーラントの背中でリュックから双眼鏡を取り出す。


「早いとこ現状確認だ。ち、街壁のせいで双眼鏡でも街の中は見えないか」

「街壁が破壊されたのでは無いのか?」

「見える限りでは街壁は無事だ。門の前に守ってる奴らがいる」


 マルーン西区に繋がる大門の前、門はしっかりと閉ざされている。

 門の前には人間ヒューマン。さっきの地揺れで狼狽している様子。あいつらもさっきのドカーンが何か解らないってことか。

 いったい何がおきてるのか。

 さて、どうやって西区に入るか。


「と、俺が考えているのにお前はなんで門に突進する?」


 速度を上げて門へと真っ直ぐ走るサーラント。お前なー。こっちには目もくれず前だけを見るサーラント。


「今は急ぐときだ。蹴散らして突入する」

「門はどうすんだ? 閉じてるぞ?」

「ランスで門を貫通させて、門の向こうの閂を破壊する!」

「これだからサーラントにランスを持たせたく無かったんだ! 人馬セントールはランスを握ったら突撃以外思いつかないのか!?」

「ふん! 人馬セントールのランス突撃に破れぬものなど無い! ランスを構えて血が沸き立たぬ人馬セントールなど人馬セントールでは無い!」

「うわ? バカか? バカだった! このバカやろうが! おい、バカが行くぞー! そこの門の前の人間ヒューマン! 早く逃げろー!」


 門の前の人間ヒューマンがこっちに気がついて、盾を構えてその後ろから矢と魔術を射ってくる。アホか?

 そいつらにもう一度警告するけど。


「逃げろって、死ぬぞおまえら! 氷盾! 分解盾!」

「掴まってろドリン! るぅーるるるるるららららららら!!」


 分解盾で攻撃魔術を消して、氷盾で矢を止めて。

 サーラントは左手のバックラーで頭を守って、雄叫びあげて右手のランスを門に向ける。このランス特攻野郎!

 両開きの大門、門の境目、その向こう側の閂狙って突っ込んでいくこの、ひとり突撃バカやろう!

 ランスの根元から広がる傘のように氷盾を作る。門が砕けた場合はその破片から身を守るために。

 門を破れなかったら? ああ、もう知るか、もう激突直前だ。

 迫る人馬セントールにビビってる人間ヒューマンは、なんとか横っ跳びでサーラントを避けている。

 突然のことに驚いていたとはいえ、そんなギリギリまで粘らずにさっさと跳んで逃げろよ。

 サーラントの鎧、その背中にある取っ手を握ってサーラントの馬体の上で踏ん張る。

 とりあえず氷盾とサーラントの身体を盾にするとして。


「らららららららぁっ!!」


 このバカに言いたいことはいろいろあるが、こうなれば街に入ってさっさと調べるだけ調べる! さっきのドカーンはなんだ?

 サーラントのランスが街の門へと突き刺さる!

 

 


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