第84話◇カゲン主役回◇界門、悪魔界に繋がる門の封印

◇◇部隊パーティ灰剣狼リーダー、狼面ウルフフェイスカゲンの視点になります◇◇



「何故ここに亜人がいる?」

「ユクロス教の神官戦士も役に立たんか」


 ボソボソ話すのは灰色のローブを着た人間ヒューマンの魔術師の集団。

 問題はこいつらが下位悪魔を従えているということか。

 かろうじて人の形を残した赤い目の異形の群れ。犬の頭、猫の頭、カラスの頭に魚の頭。人の顔をしているのもいるが、目の位置とか口の位置が違う。それに目や口の数もいろいろ間違っている。

 腕や足の数もまちまち、中には虫の腕や馬の足の者もいる。どいつもこいつもバランスが悪いのが気色悪い。

 そんな奴等が、もきょー、とか、わきゃきゃきゃ、とか口々に鳴いている。敵の嫌悪感と恐怖心を高めることに特化した見た目と鳴き声。

 地下迷宮の魔獣よりも、生き物という感じがしない。こいつらよりも骸骨兵の方がまだマシに見える。でたらめな生物のパッチワーク、下位悪魔の群れ。

 それを従える灰色ローブの魔術師たち。悪魔使い、か。

 ドスを抜いて聞いてみる。


「ユクロスの神官が祈祷しているのでは無かったのか?」

「どこで祈祷してるかなど知らん。亜人ども、どうやってここまで来た?」

「足止めしたいなら使える兵士を揃えることだ」

「贄も未だに届かん。そうだ、こいつらを贄に使おう」


 下位悪魔に囲まれた状況の中、俺と弟のヤーゲンが前に立つ。人馬セントール3人には後ろを任せ、アムレイヤとラァちゃんを囲み守ってもらう。

 どうやらこいつらは俺達を囲んだことで余裕に浸っているらしい。ひとりの灰色ローブが前に進んでくる。


「では、贄とするために生かして捕らえるか。ついでに私の悪魔の力試しといこう。牙鬼、爪鬼、来い」


 男の両隣に立つのは2体の悪魔。

 1体はワニのような頭でその頭はやたらと大きい。開いた下顎が地面に着きそうだ。

 もう1体はと見ると、かなり気分が悪くなる。

 狼の頭で両手の先からは3本ずつ剣のような爪が生えている。まるで狼面ウルフフェイスのでき損ないだ。知性の無さそうな赤い目で俺を見るのが腹ただしい。


「お主ら、この地に悪魔を呼び出したは何が目的かや?」


 ラァちゃんの冷たい声が背後から聞こえる。怒りを抑える、というかある1線を越えたせいで逆に冷静になったような声音。

 ラァちゃんが灰色ローブに再度訪ねる。


「答えよ。目的は何かや?」

「変わった話し方をする小妖精ピクシーだ。希少種か? じっくりと調べてみたいところだ。牙鬼、爪鬼、あの小妖精は無傷で捕まえろよ」

「……ラァが優しく訊いておる内に答えよ。悪魔を呼び出した目的は何ぞ?」

「それを知ってどうする?」


 俺達を見下ろして偉そうに言う灰色ローブ。知らないということは哀れなものだ。自分が何を相手にしているのかも解らんとは。

 ラァちゃんは怒っていても優しい。

 宙に浮き8枚の羽根を鮮やかに輝かせて、その存在を知らしめる。相手に教えてやろうとしている。

 いつもの呑気な仕草はなりを潜めて、古代種エンシェントの存在と威圧を解放して、宙に立つ。

 真上から押し潰されるような威圧、俺達は1度感じたことはあるが、それでも指先が震える。

 人馬セントール兵士はなんとか立って堪えているが、足が震えている。

 そうやってここに古代種エンシェントがいる、と教えているのに。肝心の灰色ローブの人間ヒューマンがそれを解ってない。

 鈍いにも限度というものがある。こいつらよくこれまで生きてこれたものだ。

 もしや足が震える人馬セントールを見て、俺達が悪魔に怯えているとでも勘違いしているのか?

 隣でその悪魔が震えているのも気がついていないのか?


「なんとも偉そうな小妖精ピクシーだが、羽根が8枚とは珍しい。羽根にはキズをつけるなよ、そのまま標本にする。他の奴等は従属刻印を刻んで悪魔の贄だ。素体は戦闘種の方が強くなるから都合がいい」


 ダメだこいつ、鈍すぎる。これはもうどうしようもない。紙で作った橋を石橋と信じて渡るような奴はすくいようが無い。

 にやにや笑いながら、もう俺達を生け捕りにしたつもりになっている。


「牙鬼、爪鬼、やれ」


 パチンと指を鳴らして指示を出す。回りの灰色ローブ連中も、闘技場でも見るかのように呑気に見物している。


「えあーーーーーー」

「きょう、きょきょきょきょきょ」


 突っ込んで来る悪魔2体を迎え討つか。


「カゲン、ヤーゲン、動きを止めておくれ」

「「応」」


 ラァちゃんに頼まれた。ならば速やかに。

 ワニ頭をヤーゲンに任せ、俺は狼頭の前に立つ。左隣に立つヤーゲンがドスを振りながら右回りに、ならば俺は左回りで。

 向かってくる悪魔、俺は姿勢を低くして狼頭の両足、膝から下を切り落とす。


「きょ?」


 そのままドスを振り抜いた流れで左回転、狼頭に背を向けた状態から左足を振り上げながら立ち上がり、足を無くした狼頭に振り向きながら踵を落として、地面に仰向けに踏みつける。

 ほぼ同時にヤーゲンが、足を無くしたワニ頭を右足で地面に踏みつける。


「「ラァちゃん、これでいいか?」」


 あたりが急に静かになる。

 余裕で見物していた灰色ローブの連中が息を飲んで固まっている。

 ――なんだ? 何に驚いている?


「そのまま踏んずけておいての。忌まわれし魂、その身の鎖、解きてや放ちてや」


 足を無くした悪魔の回りに赤い線がいくつも現れ、複雑に絡み合い魔術式を組みながら悪魔の身体にまとわりつく。

 その身体から無理に引き剥がすように黒い靄が現れて、


「疾く疾く、お帰り」


 薄く輝く赤い線の檻に囚われた悪魔の魂は、萎むように消える。

 悪魔の送還、その前のは肉体から引き剥がす魔術のようだ。ラァちゃんに頼めば悪魔の魂が彷徨くことも無いか。


「はあぁ? 牙鬼? 爪鬼? わ、わたしの牙鬼と爪鬼が? 一瞬で? そんなバカな? 嘘だ?」


 なにやら2体の悪魔の主の灰色ローブが、ガタガタと狼狽えている。

 こいつにはさっきのラァちゃんの質問に答えてもらうか。震える男に近づいて左手で襟首を掴み、


「ひ、ひいっ?」


 ドスを握ったままの右手で手加減して、怯える男の顔を殴る。


「ひぎゃあ!」


 顔を押さえて足の力の抜けた男をずるずると引きずって、ラァちゃんの近くに持ってくる。


「あ、悪魔、わたしの悪魔が? 痛い? なんで? こんなことに?」


 混乱して喚く灰色ローブに言っておく。


「下位の悪魔などたいしたことは無い。さっきの魚頭の方が動きは良かったか」

「そうだな、兄貴。こいつらは妙に動きがぎこちない。ラァちゃんの威圧で鈍くなっていたのかもな」


 殴られた顔を押さえたまま、尻餅ついた男が叫ぶ。


「悪魔がたいしたこと無いわけ無いだろう! 悪魔だぞ?」

「いや、この程度で強いと期待して戦力になると思っていたなら驚きだ。なぁ?」


 ヤーゲンが同意を求めて人馬セントール兵士を見るが、3人とも半目で俺とヤーゲンを見る。おや?


「いや、下位悪魔を微塵切りにして瞬殺できる奴なんて、なかなかいないと思う」


 ヤーゲンが首を傾げて、


「ん? おかしいな、このくらいできないと大迷宮では30層ボスの骸骨百足にも、雑魚のアイスゴーレムにも苦戦するぞ?」


 まったくだ。少しばかり魔術が早いが投射攻撃ならば回避すればいい。赤線蜘蛛の光線までいくと速すぎて避けるのが難しいが。

 人馬セントール兵士が乾いた笑い声を出す。


「はは、すまんが、大迷宮の基準で考えないでくれ。俺達には無理だ」

「あはは、ずっと大迷宮に潜ってて、手合わせする相手もグランシアとかサーラントだと、地上とはズレちゃうのかもね」


 アムレイヤが苦笑する。

 ん……そうなのか? このくらいならできる奴もいると思うんだが。

 襟首を掴んだ灰色ローブを吊るし上げて聞いてみる。


「お前達は何者だ? 目的は? アルマルンガ王国とはどういう関係だ?」

「あ、あぁ……」


 怯える灰色ローブの男は助けを求めて辺りを見回す。ようやく警戒心を思い出した人間ヒューマン達は、下位悪魔で身を守るようにして戦闘体勢。


「兄貴」


 弟を見ると牙鬼、爪鬼と呼ばれていた悪魔を指差している。灰色ローブを投げ捨ててそれを見る。

 悪魔の魂の抜けた足の無い肉体、片方は小人ハーフリングか。両腕が肉が溶けたようにぐにゃぐにゃに変形している。腕の中の骨だけ抜きとったようになっている。

 もう1体の方は、これはエルフか? 顔の下顎が粘土のようにグニャリと伸びて腹まで伸びている。

 大きく口が開いて赤い口内と上の白い歯がよく見える。下顎と下唇はびろんと溶けたように垂れ下がっていた。

 悪魔の贄にされた者のなれの果て。

 どちらも裸の身体には青い刺青が全身に入れられている。これは魔術刻印か。

 顔を近づけて確認する。目がピクリと動いた、微かに呼吸音、まだ息がある? 生きているのか。

 助けられるのか、とラァちゃんを見る。


「魂が先に死んでおる。もはや治癒も蘇生もできぬよ」


 残念そうに答が返る。


「薬か魔術で意思を奪い、全身に魔術刻印を施した上で贄に使い、悪魔を従属させるか。ようもかような下衆な手段を思いつくものよ。己が身に悪魔を下ろし、意思の力で悪魔を屈服させ我が身に取り込むが、悪魔召喚の系統では無かったのかや?」

「下衆? 我らの魔術の粋を下衆呼ばわりするか!」


 殴った顔から鼻血を流しながら灰色ローブの男が喚く。


「これこそ新たな力、我らの力を示す新たな魔術。思いのままに動く悪魔の兵団だ。我らボーティス教団が開発した、悪魔を従える、悪魔の力を使う、世界で最も新しく優れた魔術だ! 魔術の追求に下衆など無い!」

「これが下衆で無ければアルムスオンに下衆も非道も無いわ。破滅する力に酔って何も見えておらんのか? 悪魔の力で戦に勝ってなんとする?」

「勝てば良いのだ! 勝てば! 力のない理想にも正義にも価値は無い!」


 バカかこいつは。ついラァちゃんと男の間に入って口を出す。


「卑劣な勝ち方で敗者が勝者に敬意を感じるとでも? いたずらに恨みを増やせば未来に禍根を残すだけだ。卑劣な手段でしか勝てない弱者が、どうやって相手を百年二百年と押さえ込むことができる?」

「ならば皆殺しにするまでよ!」

「できるものか、この程度で」

「逆らう者には従属刻印を刻んで贄にしてやる!」


 正気とは思えん。あの触るな凸凹が人間ヒューマンを全滅させないように知恵を絞っているというのに。

 人間ヒューマンは、お前たちは、


「一族の誇れぬやり方を歴史に残すのか? 未来の子孫に恥と恨みを残してどうする?」

「歴史は勝者の作るもの。敗者弱者にその権利は無い!」


 ニヤリと笑って応える男。

 狂っている。こいつらは悪魔を使っての全面闘争が望みか。一族の子々孫々が世界中から恨まれ憎まれ続ける未来を望むのか。

 これも人間ヒューマンなのか。ノクラーソンの嘆きも知らないのか。

 離れて見ていた人間ヒューマンが声を出す。


「そいつらは危険だ! 贄に使うのは諦める、殺せ!」


 囲む灰色ローブのひとりが指示を出し、俺達を囲む灰色ローブの集団と悪魔から攻撃魔術が飛ぶ。

 火弾、水弾、石弾、風刃、雷槍の集中砲火。ここに引きずってきた男はあっさりと見捨てられたらしい。


「はい、防御陣」


 既に魔術構成を終えて準備していたアムレイヤの一言で、俺達を半球形の力場が覆う。薄く青い水の幕のような対魔術防御陣。

 いくつもの攻撃魔術を弾く様を防御陣の中から見るのは、なかなか派手なもの。


「ふん、いつまでも持つものか、数で押し込め!」

「数でどうにかしようって人間ヒューマンらしいね。重ねて分解盾」


 防御陣を守るように白い板のような盾が浮かぶ。あれは魔術を分解して防ぐドリンの得意な魔術。

 アムレイヤを見れば余裕の笑み。


「ドリンの分解盾は制御難度高いけど、使いこなせると魔力の消費が少なくて便利ね。でもこの分解盾と防御陣を相殺させないように同時に扱うのは、」


 片手で灰色の髪をかきあげて、その長い耳を見せつけるように自慢気に微笑むアムレイヤ。


「私くらい器用じゃないとできないんじゃない? ハンパな威力の魔術攻撃が相手なら、今の私は無敵なの」


 次々と分解盾を作り、四方八方から飛んでくる投射攻撃魔術を受け止める。両手の指でクルクルと魔術印を描き、ノってきたのか足は小さくステップを踏む。


「百歳手前の未熟なエルフの乙女だけど、私の魔術防御は簡単には破れないから」


 半球形の力場の外ではいくつもの攻撃魔術の雨。分解されたり弾かれたりする色とりどりの光の乱舞。

 力場の中ではその点滅する明かりに酔うように、ステップを踏みながら魔術を使うグレイエルフ。

 指先で魔術印を描き、ぷるんぷるるんとバスト1メートルと自慢する巨大乳が楽しげに弾む。

 人馬セントールの若い兵士が感極まって叫ぶ。


「アムレイヤさん、素敵です!」

「ありがとー!」


 それにウインクで応えるアムレイヤ。

 隠れ里でスーノサッドが魔力補充回路の調整をするときに、アムレイヤが的になって試していた新型魔術防御陣。

 火系魔術の天才、スーノサッドの攻撃魔術相手に練習するなど正気を疑ったが、その成果は見事なものだ。


「魔術攻撃は私が抑えるから、ラァちゃん、界門と悪魔をお願いします」

「おお、つい見蕩れてしもうたの。ではまとめて還すゆえ、しばし頼むのよ」

「うふ、ラァちゃんも少しは驚いた? カゲンとヤーゲンは近づく悪魔をよろしくね。で、ドリンの札はある?」

「対古代魔術鎧アンティーク・ギア用の試作品か? 一応持ってきてるが」

「魔術回路を乱すってことだけど、もしかしたら悪魔の身体の魔術刻印も乱せるかも。魔術刻印に直接貼れば効果あるんじゃないかな?」

「試してみるか。簡単に剥がせないように背中にでも貼りつけてみよう」


 攻撃魔術が全て止められ、効果が無いことが解った灰色ローブの集団は攻め手を換えてくる。


「相手は亜人6体だ! 悪魔で押し潰せ!」


 醜悪な姿の下位悪魔が迫る。


「ラァちゃんの魔術構成が終わるまで相手をしてやるか」

「なに、それほど待たせぬよ」


 掌をペロリと舐めて湿らせてドスの柄を握る。アムレイヤの魔術防御陣から出て、近づく悪魔から順に狩る。投射攻撃魔術はアムレイヤの分解盾に隠れるか、回避してやり過ごす。


「下位悪魔というのは魔術と再生は速いが、いまいち鈍いようだ」

「いや、だからな、カゲン。40層級の基準で判断されても困るって。一緒にするなよ」

「あはははは」

「従属刻印とやらで鈍くなっておるとはいえの、こんな呑気な悪魔戦は初めてのことよ」


 人馬セントール兵士はアムレイヤの防御陣の中に。俺とヤーゲンで下位悪魔を屠る。灰色ローブが悲鳴混じりに呪文を唱える。

 

「くそ! 雷よ、束ね集いて力を成せ、我が敵を貫く光の槍と成れ! 雷槍!」

「風よ風よ風よ! 如何なるものをも裂く豪腕瞬速の爪よ、吹き荒れて切り裂け! 風刃三連!」

「はい、分解盾、2」

「悪魔ども! 何をしている! さっさとその亜人を殺せえ!」

「お、ドリンの札を貼ると動きが止まる。意外と使えるか」


 などと蹴散らしていく間にラァちゃんの魔術構成が進む。ラァちゃんの頭上には赤い線で描かれる全長5メートルの大きな魔術陣形。

 それを見る灰色ローブが焦って喚く。


「空間に立体魔術陣形を作るだと? バカな? そんなもの作れるはずが! 小妖精ピクシーにその大きさの魔術陣形が制御できるものか!」

古代種エンシェントの古代の魔術、失われた系統の魔術は、簡単には理解できんだろうよ」


 そう応えておくが俺も初めて見るし、魔術のことはよく解らん。

 だが、空間に浮かぶ赤い線で作られる大きな立体魔術陣形。これをつくっているのはおそらく幻覚系統の魔術。シャララの得意な奴だ。

 幻覚系統で空間に描く魔術陣形、それを下準備にして更に高位の魔術構成の1部にする。

 異なる世界に関わる、悪魔の魂と悪魔界に関与するという失われた魔術の系統のひとつ。

 悪魔の召喚と対になる悪魔の滅殺の系統。

 幻覚の系統を得意とするシャララならば、これを受け継ぐ素質があるということか。


 複雑に絡み合い紋様を描く巨大な魔術陣形は、徐々にその赤い輝きを強めていく。

 その赤い光に炙られるように下位悪魔は動きを止めて、ばたりばたりと倒れていく。

 ラァちゃんが唄うように口にする呪文はこれまで聞いたことの無い言葉。俺達の知らない言葉、知らない呪文。

 倒れた悪魔の身体からは黒い靄が滲み出るように現れ、集まり、そこら中に黒い炎が点々と浮かぶ。

 灰色ローブの連中は動きを止め、見たことの無い大魔術の行使を口を開けて見ている。

 その向こう、天地を貫くように聳える黒い柱、悪魔界に繋がる門はじわりと縮んでいき、黒い影の球体へと形を変える。


「これでよし」


 魔術構成に集中していたラァちゃんが目を開けて人間ヒューマンを見下ろす。


「悪魔をアルムスオンに呼びし人間ヒューマンよ。悪魔の召喚の系統を知るならばその責を負うときぞ。贄の扱いを歪めたとて、本来の契約が無くなった訳では無い」


 ラァちゃんは哀しげに目を伏せて、


「哀れな悪魔の魂よ、疾くお帰り。みやげには汝らの召喚主を連れ帰るがよい。人間ヒューマンよ、悪魔が好きなら1度悪魔界を旅してくるがよい。2度とアルムスオンには帰れぬであろうがの」


 宙に浮く黒い炎はすうっと動いて灰色ローブ連中にまとわりついていく。


「離れろ悪魔! 召喚の代償は全て贄に移行してるはずだ! 何故こっちに来る!」

「従属刻印とやらを解析して解除したのよ。都合の悪いところだけを他人に押し付けてはならん。己が身で責を受けよ」

「嫌だっ! やめろおっ!」


 口々に悲鳴を上げ泣き叫ぶ灰色ローブ達は、黒い炎と共にフワリと宙に浮く。球形に形を変えた黒い界門へと飛んでいく。


「やめろおおおおおお!」

「嫌だあああああああ!」

「離せ! 離せえええええええ!」


 あちらこちらから浮き上がる黒い炎が界門目指して飛んでいく。吸い込むように次々と、黒い炎と人間ヒューマンを飲み込んでいく宙に開いた黒い穴。

 大草原から幾つも立ち上る黒い炎は、一斉に界門へと飛んでいく。

 黒い炎、悪魔の魂があたりから見えなくなった時。


「閉じよ」


 ラァちゃんの一言で大草原の界門は消えた。黒い影の柱の無い青空が、久しぶりに大草原に帰ってきた。


「ここより半径200メートルの悪魔は、これで全て悪魔界に送り還したのよ」

「ラァちゃん、範囲の外の悪魔は?」

「それは探して潰すしか無いのよ」

「悪魔の王は?」

「これから気配を追って探すしかないの。近くには居らぬゆえ」


 いったいどこに隠れたというのか。だがこれで下位悪魔についてはひとつケリが着いたか。

 灰色ローブの悪魔使い達は界門の向こう、悪魔界へと旅立った。それが悪魔の召喚の系統の魔術の代償か。ただひとりの男を除いて。

 俺が殴った灰色ローブの男だけはアムレイヤの防御陣の中にいる。邪魔をしないように人馬セントール兵士に踏みつけられている。


「ラァちゃん、何故、この男だけ無事なんだ?」

「こやつが従属していた悪魔は、強引に従属を断ち切って先に悪魔界に送還したからの。あの2体の他には従属した悪魔はおらなんだようだの」

「それならこいつには、ボーティス教団とやらについて話してもらうとするか」


 人間ヒューマンの男は界門のあったところを見上げて虚ろに笑っている。


「くひ、くひひ、悪魔を使ってもダメか。所詮は人間ヒューマンのすることか。くひゃひゃ、人間ヒューマンなどこのアルムスオンでは、寿命の短いムシケラ同然の存在ということか、ひひひひひひ」

「お前は何を言っているんだ?」

「くひゃひゃ、気にするな。地べた這いずり回る、ひひひ、ムシケラの言うことなど」

人間ヒューマンをムシケラのように見て、誰が得をする? 誰が救われる?」

「ひひ、呪ってやる。くひゃひゃひゃ呪ってやるアルムスオン。ひひ、ひひひぃひひ」

「お前は何がしたかったんだ?」


 人間ヒューマンを縛り上げ身動きできないようにして、人馬セントールの背に乗せる。


「お前にはボーティス教団とやらのこと、アルマルンガ王国との関係、人間ヒューマンの軍について洗いざらい話してもらう。そのついでにお前の恨みごとも少しは聞いてやる」


 魔術防止の口枷を嵌めたまま、泣きながら笑う男の背中をポンポンと叩く。


グレイエルフの町に戻るとしよう」


 残るは印つきの悪魔の王が1柱。


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