第88話◇くらいやがれ! 水砲龍牙弾!!


「やるなら大衆浴場前の広場だ!」

「解った!」


 俺の言葉に返答ひとつして、街の通りを駆けるサーラント。その背中でひたすら後方に分解盾と水盾を出して防御する俺。

 俺達を追うのは牡鹿頭の悪魔王。

 宙を滑るように飛び追いかけて来る。4本の腕で次から次へと雷を落としてくる。狙いが甘いのか、外れた雷が家に当たって家が弾ける。家が弾けるってなんだその威力は?

 こんな奴の相手なんてしたくないが、まったくもって引き離せ無い。


 分解盾ひとつで止めきれないから、重ねて水盾を出してなんとか防ぐ。

 俺が水の系統が得意だからなんとかなってるが、悪魔王の奴、魔力補充回路も無しでこんな魔術の使い方とか信じられん。バカスカバカスカ撃ちまくりやがって。

 俺達の通った跡は石畳がえぐれてたり、建物の屋根が吹っ飛んでたりして、マルーン西区の街は酷い有り様だ。

 迸る雷光のせいで目がチカチカする。

 追いかけながら雷を落としてるだけだからなんとか対処できてるが、自動追殺状態オートキルタイムとやらは頭が悪いな。そのお陰で助かってる。

 サーラントの前方に雷を落とされて道を壊されたら、こんな逃げ方はできてないだろうし。振り切れないなら足を止める手を考える。動きを止めて頭に1発入れるには。


〈なんとも不様なことだ。ただ追いかけて雷撃を射つだけとは。おい、小人ハーフリング人馬セントール。あんなものが我輩の実力と思うなよ? 我輩は72柱の悪魔王の中でも、こと戦闘においては〉

「うるさい黙れ気が散る」


 肉体は自動状態オートドライブでありながら意識は残っているというのがよく解らんが、頭の中に直接思念で語りかける悪魔王の声は冷静だ。

 この状況を楽しんでるようなところがイラッとするが。

 広場に到着。魔術触媒をパラパラ撒き散らして、サーラントの背中を叩いて、


「いつもの手で」

「いつもの奴か」


 策を話す暇も無い。それならいつものようにやるだけだ。サーラントの背中から飛び降りる。

 まずはこっちに引き付ける。速度を出してるサーラントの背中から広場中央に着地、そのままゴロゴロと転がって勢いを落として立ち上がる。走り去るサーラントを背に、悪魔王を迎え撃つ。


「分解盾5、水盾5、氷壁、水幕防御陣」


 重ねに重ねた防御の魔術。水幕は赤線蜘蛛の光線対策に使ったもの。それを半球状にして俺を覆う水の防御陣として展開。

 弾けた雷を地面に流して被害を防ぐ。雷相手ならこれでしばらくは持つハズ。

 その間に次の魔術構成開始。ポケットから右手に氷精石、左手に水精石を取り出して握る。

 ここで出し惜しみとかしてられん。

 ウェストポーチの魔晶石からグローブ通して、魔力を俺の中に流し込む。

 やってやろうか、印つきの悪魔王、牡鹿頭のフールフール。


 悪魔王は雷を落としながらこっちに接近。撃ち込む雷撃を分解盾と水盾で防御。

 雷撃の効果が無いのが解ったのか空中から近づいてきて、黒い腕の拳が俺の前面に出した氷壁をあっさりと叩き割る。

 くっそ、俺の氷壁、最近は簡単にパリンパリンと割られてばっかりだ。しかも今回はただのパンチときた。

 防壁としてはかなり硬いはずなんだが、相手が悪い。だが、雷が凌がれたなら接近戦を仕掛けるだろうと、近づいてくるのを待っていた。バラ蒔いた魔術触媒を使って。


 高度を下げて近づいて来た牡鹿頭。赤い目は俺を見ているが、そこには知性の光が無い狂気の眼差し。

 自動追殺状態オートキルタイムってただの凶暴化バーサークかよ。いや標的指定できるとこだけ便利そうだな。

 こっちの射程に入ったところで次の魔術をぶつける。


「増幅創水! 水球!」


 牡鹿頭をスッポリと覆う大きな水の球をつくって水で囲む。水を操作して形を保ちながら、続けて右手の氷精石を握りしめて。


「氷結!」


 水球を凍らせる、凍り漬けにして動きを止めてやる。だが、その予定が上手くいかない。

 氷結したのは外側だけだ。

 牡鹿頭は何かの魔術防御があるのか抵抗レジストしたのか、球の内側は水のままだ。

 それでも外側だけは氷へと変化した、それなりに厚みがある氷の玉に。それなら、


「硬化!」


 サーラントの武器やバックラーにかける耐久力上昇、それのアレンジ版。水球外側の氷の耐久力を上げて悪魔王を氷球に封じる。

 水の量が足りなかったか鹿の角だけピョコンと出てるが、これで動きを止めてやる。


〈なんの仕掛けで魔力を増やしてるのか解らんが、ずいぶんと力任せの強引な魔術の使い方だ〉

「ゴリ押しでも封じればそれでいい」


 これで終われば簡単だろうが、そうもいかんだろ。動きを抑えてるうちに次の魔術構成開始。

 俺の目前に氷結8面体の作製、こいつは制御難度高くて時間がかかる。

 悪魔王を中に閉じ込めた氷球がズシンと地面に落ちる。石畳が割れて直径2メートル超えの氷の球が広場に転がる。

 硬化をかけた白い氷は簡単には割れない。耐久力上昇をかけてあるのだ、ただの氷を割るようにはいかない。


 だけど割れないようにしたハズのその氷の球にヒビが入る。おいこら。ズガ、ドゴ、と音がして氷の球が震えて動く。おい、ちょっとまて。


〈中から殴って割ってるぞ。こんなもので我輩は止められん〉


 なんでそんなにあっさり割るんだこのやろう。


「ま、地上に落として動きを止められたならそれでいい。やっちまえサーラント」

「るるるるるらららららら!」


 フレイルぶん回して氷球めがけて駆けるサーラント。

 俺が相手の動きを止めてサーラントが突進攻撃をぶちかます。いつもの俺達の戦法だ。

 バキャンと氷の球を壊して、水と氷の破片をバラ蒔いて、中からずぶ濡れの牡鹿頭が現れる。だが遅い。


「らららららあっ!!」


 突進する速度を上乗せしたサーラントのフレイルの一撃。街の門すら突き破る人馬セントールの突進力。

 牡鹿頭は白い女腕で頭を庇い、黒い男腕を十字に重ねてフレイルを受ける。

 頭を狙って突進しながらぶん回すフレイルが牡鹿頭の黒腕に炸裂する。

 十字受けした腕ごとぶっ飛ばしてしまえ。


 重厚な金属同士が激突するような異様な打撃音。しかし、牡鹿頭が1歩後退するだけ。たったそれだけか? サーラントの突進攻撃を受け止めた? なんだそれは! おかしな打撃音といいあの黒腕、どんな強度してやがる?


〈ほう? この我輩が1歩引くとはなかなかやる〉


 悪魔王はのけ反って黒い腕はバンザイするように上に上がる。右の黒腕は折れているようで、外側に曲がっている。

 サーラントはこのまま駆け抜けてすぐに追撃できないが、相棒の作った好機を繋いでこそのコンビってもんだろう。

 次は俺の番だ。こいつをくらえ。


 魔術構成の終わった結晶体を悪魔王の頭の前へと飛ばす。一辺が50センチの氷で作った正8面体。三角形の氷の板8枚で作った、維持するだけでも魔力を使う制御難度の高い結晶体。

 内部は水、ただし創水で中に水を送り込み続けて、内部は限界まで圧力を高めてある。

 硬化させた氷の中で圧力を高め、薄く放出口を開けることで鋭く水を発射するのが圧力水刃。

 威力はあるが制御難度が高く、狙いをつけるのが難しい。

 だから氷の8面体そのものを悪魔王に近づける。そして今回発射するのは水の刃では無い。

 水の極圧力に負けない硬度の1品を正8面体の中に仕込んである。

 硬さだけなら地上でも最高なんじゃないか? 紫のじいさんの、古代種エンシェントドラゴンの牙は。


 1度のけ反って長い鹿の首を反らして上を見上げた牡鹿頭が、顔を戻してサーラントを見ようとしたところ。

 悪魔王に近づけた正8面体の角から、高圧の水流噴射で白い牙の弾丸を発射する。

 限界まで高めた水圧で、古代種エンシェントドラゴンの牙を発射する水の大砲。


「くらいやがれ! 水砲龍牙弾ドラゴントゥースウォーターカノン!!」


 吹っ飛べ悪魔王!!

 

 至近距離まで接近させて、迸る高圧水流に乗せて発射させた白い牙は、顔を背けようとした牡鹿頭、その赤い左目と左の鹿の耳の間に突き刺さる。赤い血が飛沫しぶく。


「ロオオオオオオ!」


 苦悶の声を上げる悪魔王、だが白い牙の勢いと水流はまだ止まらない。悪魔王の足が浮き、白い牙に押されて真横に吹っ飛ぶ。

 そして狙って悪魔王を飛ばした先には、すでに反転して待ち構えるサーラント。

 人馬セントールの馬の足4本で広場の石畳を踏み締めて踏ん張り、上半身を限界まで捻って、ギチリと筋肉鳴らしてフレイルを振りかぶって待っている。

 そこに吹っ飛んでいく牡鹿頭を目掛けて迎え打つ。


「砕け散れ!」


 両手持ちの大型フレイルを真横に振り回し、頭から飛んできた悪魔王を豪快に打ち返す。

 凶悪な風切り音を立ててフレイルは悪魔王の左側頭部にジャストミート。

 牡鹿の角、左の1本が根本から砕けた。顔の左半分、眼球から顎の骨までグシャグシャに潰れた悪魔王が、きりもみスピンして真上に飛び、頭から広場の石畳に落下する。

 1拍遅れて、サーラントのフレイルの一撃で頭から抜けた白い牙が、石畳に落ちてカーンと鳴る。

 これで頭に1発入れた訳だが、さて、どうだ?


 悪魔王はうつ伏せに倒れたまま動かない。念の為に氷槍をいつでも射てるように準備はしておく。

 サーラントが俺の側に走ってくる。


「死んだか?」

「解らん。動きを止めてるうちに逃げるか?」

「そう簡単にはいきそうに無い」


 サーラントが前方の悪魔王から目を離して後ろを見る。そっちから声と馬の足音。

 灰色ローブの人間ヒューマンの1団が走ってきていた。


「あいつら元気だな。このまま悪魔王を放置したらまたあいつらに利用されるか」

「ならば悪魔王を回収していくとするか。……む?」

「なんだサーラント?」


 前方に視線を戻せば、牡鹿頭の悪魔王が立ち上がっていた。

 頭の鹿の角は片方折れたままだが、顔も左の眼球も潰れていたところがもう再生していた。左の目からは白い煙がシュウシュウと薄く昇る。左の黒腕も折れていたのが治って真っ直ぐに戻っていやがる。

 赤い両目で俺達を見る。

 なんて再生力だ、元気だなこんちくしょう。


 悪魔王が4本の腕で、胸の前の空間を掴むように押さえつけるように力を込めている。4本の手の中には白く輝く雷球。

 雷をまるで粘土を捏ねるように圧縮している? バチバチと雷球が小さくなり、代わりにその輝きを強めていく。

 防壁の為に分解盾を、いやあれは俺の魔術では止められそうに無い。どうする?


〈避けろ〉


 頭の中に悪魔王の思念が響いた。

 なんだそりゃ、とも思うがとっさにサーラントと並んで真横に飛んで転がる。

 振り向けば俺達が避けたことを確認してから、その手の雷球を投げつける悪魔王。

 俺達が立っていたところを通過して、恐ろしい密度に固められた雷球が向かう先には。


「ぜぇ、はぁ、あ、悪魔王フールフール! ぜぇ、ぜぇ、亜人ふたりを始末したら、ひぃ、はぁ、お前の主のもとに戻らんか――あ?」


 息を切らせた灰色ローブ。走って俺達を追いかけて来たのか? 先頭のあいつは、悪魔王に俺とサーラントを殺せって言ってた奴だ。

 その灰色ローブの1団の中央に白く輝く雷球が着弾して。


「努雷扇、気持ち控えめバージョン」


 悪魔王が白い右手で指をパチンと鳴らすと、雷球が抑え込まれていた力を解放した。

 灰色ローブの1団は悲鳴を上げることもできずに雷の嵐に巻き込まれた。荒れ狂う雷が乱舞する狂暴な空間の中に飲まれる人間ヒューマン達。

 轟音とともに地上から天へと稲妻が駆け登り、白い光が全ての影を焼く閃光に、一瞬視界を奪われる。

 これのなにが気持ち控えめだ? なんだこの威力は? この音、この地響き、これで地下迷宮入り口砦をぶっ壊したのか? 

 あまりに強い光で視界の中に緑色の焼きつけが残る。激しい光を見てしまったせいで目をつぶっても緑色の球が見える。チカチカする。


「ふむ、ようやく身体の主導権を取り戻せたか」


 呑気に語る声は悪魔王。

 牡鹿頭の悪魔王、フールフールの復活。その本来の実力の片鱗がこれか。

 頭の鹿の角は片方が折れたままだが。


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