第89話◇自称敗者の負け惜しみ?
「こんなデタラメな奴の相手なんてしてられるか」
「しかし、あの速度で飛ぶあいつからは逃げられんぞ、ドリン」
「頭を半分潰したのにもう再生してるようなトンデモ野郎なんて、どうすればいいのか」
目の前の牡鹿頭の悪魔王は身体の調子を確かめてるのか、手を握ったり開いたり膝の屈伸運動をしていたりする。
一撃で再生不可能なまでに潰すような攻撃手段が無いし。俺には
次は大創水で覆って氷の柱にして閉じ込めるか? 動きを止めてその間に走って、地下迷宮入り口の瓦礫をどかして転送陣まで逃げるか?
正気を取り戻して理性的に魔術を使う悪魔王なんて勝てるものか。
考えて魔術を使ってくる。それも俺の知らない、対策の仕方も解らないようなものを。
悪魔王は下腕の白い女腕で宙に魔術印を描く。攻撃魔術を警戒して反射的に分解盾を俺とサーラントの前面に展開。
悪魔王の周囲に太い釘のような赤色の杭が20本ほど現れる。
あれを飛ばしてくるのかと見ていると、悪魔王は上腕の黒い男腕を大きく広げて立つ。
折れてたハズの黒腕はもうとっくに治ってやがって4本の腕は健在。ただ、その黒い腕にはさっきまでは無かった黒い金属の腕輪がついていた。
いつの間にあんなのつけた?
白い女腕が線を引くようにひと振りすると赤い釘が宙を飛び、次々と黒い男腕にザクザクと突き刺さる。何をしてるんだ? なにか大技をかます準備なのか?
「ドリン、あれはなんだ?」
「知らん、悪魔王の使う魔術なんて俺が知ってるわけ無いだろう。自分の腕に釘を何本も刺すなんて痛そうな魔術は初めて見る」
「いきなり自傷行為に走るただの変態の線は?」
「頭を1回潰してるからそれでイカれたのかもしれんが、あれがドマゾ流の支援強化かもしれん。あの赤い釘にはかなりの魔力を感じるし」
顔のケガを再生させた牡鹿頭が口を開く。
「貴様ら、この悪魔王フールフールにトンデモとか変態とかイカれとかドマゾ流とか言いたい放題ではないか? 我輩が格下の言動で
黒い男腕は磔になったように動かない。真横に開いたまま、力無くだらりとしている。
赤い釘で空間に固定されているようにも見える。
悪魔王フールフールはそのままゆっくりとこちらに歩いてくる。歩きながら口を開く。
「これは負け惜しみである」
はぁ?
渋い低音のオッサンの声が牡鹿の口から出る。なんだか少し残念そうな?
「
確かに、ただ雷落とすだけでもやっかいなのに今はその上位の魔術まで使う。その上にふざけた再生力。まともに相手にできるかこんな奴。
サーラントが睨み返して言う。
「伝説の悪魔王、その力の底は見えんがお前を放置する訳にはいかん。もう1度その頭を潰してやる」
「ちょっと待てサーラント。どうやら悪魔王は俺達ともう1度やるつもりは無いらしい」
悪魔王フールフールは、敵意は無いというように頷く。
「その通りだ。本来であれば格下相手の敗北の汚名を雪ぐべく、ここで再戦を挑みたいところではあるが」
悪魔王は白い女腕に鹿の角を持っている。サーラントに根本から叩き折られた牡鹿頭の左の角、いつの間に拾っていたんだ?
「我輩の角を折った貴様らに敬意を評し、今は勝者に従おう。さっきの
「どうやら肉体の主導権とやらは取り戻せたようだな」
「その辺りも貴様らの聞きたいところだろう? 我輩にも貴様らに聞きたいことがある」
どうやら戦闘にはならなそうだ。こっそりと安堵の息を吐く。
ウェストポーチの中の魔晶石はほとんど使って残りが少ない。こいつとまたやるハメになったら逃げることもできるかどうか。
流石は伝説の悪魔王か、ちょっとナメてかかってた。ただのイラつく変態じゃなかったな。
振り向いて見れば灰色ローブの一団のいたところがクレーターになっていた。
強烈な雷撃で破裂した
焼けた肉と髪の毛の焦げ臭い匂いがあたりに漂っている。
なんなんだこの破壊力は。これで気持ち控えめバージョンとか、冗談だろ、おい。
改めて悪魔王を見ると、奴はどこから取り出したのか、赤いズボンを履いていた。
ずっと全裸だったからそういう奴かと思ってたけど、服、着るんだ。悪魔王。
性器の類いが見えなかったから男か女か解らんが、声は渋いおじさんのような。こっちに尻を向けてズボンを履いている。
下半身、両足が鹿の後ろ足のようなので尻も茶色い毛に覆われている。
お尻の毛だけが白くて、鹿のような小さな尻尾がピコピコしてるのが可愛さアピールなのか?
言動といい妙にカチンと来るポイントの多い奴だな。
「待たせたな」
上着も羽織り衣装を整えた悪魔王がこっちに向き直る。
赤いズボンに赤い袖無しの長衣。白い衿の立ったシャツは胸元を大きく開いてそこに金のネックレスが光る。
白い下腕、しなやかな女の腕には金の腕輪に銀の指輪。いつの間にか爪は赤く色を変えていた。
黒い上腕、ごつい筋肉の盛り上がった
黒い金属の腕輪はゴツい枷のようにも見える。
頭の角、無事に残ってる右の角にも飾りなのか細い銀の鎖がぶら下がっている。
どういうアクセサリーの趣味なんだか。王というよりはお洒落な金持ちのようだ。腕に刺さった赤い釘以外は。
身長は2メートルを越えているが、首から上が牡鹿で首が長いので、身体がそんなに大きいという感じはしない。白腕以外はやたらマッチョに鍛えられた筋肉がついてる。
頭の右側に残った立派な鹿の角を入れると3メートルというところか。
牡鹿頭の4腕2脚、赤い瞳の異形。
「改めて名乗ろう。神の封印をこの身に刻みし悪魔王がひとり、我が名はフールフール」
白い右手で衿の開いた胸の紋様を指差し名乗るフールフール。胸筋をアピールしたいんじゃ無くて、胸に刻まれた神の封印を見せたくてシャツのボタンを外してるようだ。
丁寧に挨拶してきたならこっちも名乗っておくか。
「
「
「うむ、ドリンにサーラント。貴様らの名前は我輩の魂に刻まれた。我輩の魂が消滅するまで、貴様らの名前は永劫忘れることは無いだろう」
「なんだか嫌な感じのする言い方だな、それ。ねちっこい片想いか?」
サーラントが俺に続いて、
「悪魔王にそのように名を憶えられるというのは、どんな意味がある? どうにも気色悪い」
「貴様ら本当に口が悪いぞ。我輩に打ち勝った者を称えているのだから光栄に思え」
文句を言いながらもどこか楽しそうなところに余裕を感じる。
「我輩が聞きたいのはこれについて」
フールフールがその手に持って差し出すのは、広場に落ちてたはずの白い牙。紫じいさんの牙だ。
こいつ、離れたところにあるものを一瞬で引き寄せたりできるのか? いつの間に手に握っていたんだ。
「これは
「それを知ってどうするんだ?」
「アルムスオンに未だ
「悪魔がアルムスオンを浸食すれば、世界の危機だ、と伝えられているからな」
「
「フールフール、お前の目的が解らん。
「ククク、ドリンにサーラント、貴様らではこの我輩を送還することはできまい? 我輩を悪魔界に返せる
ニヤニヤと笑いながら言うフールフール。
確かにそれが目的ではあるが、それをその相手から言われると裏があるのかと考えてしまう。
「ククク、悩んだところで貴様らのすることは変わらんだろう?」
「お前の思惑どおりに進めるってのが気にくわないけどな」
「我輩の思惑が全て知りたければ、5千年前の暗黒期のことを調べることだ。
「俺達には伝えられてない歴史のことをどう調べろっていうんだ」
「我輩を送還してからゆっくりと調べればいい。貴様らが我輩を案内しないというなら、我輩は自力で探す。その間、我輩をアルムスオンで自由にさせるか? また我輩を探すのはめんどうではないか?」
うわ、なんだこいつ。勝者に敬意を払うとか言いながら地味にやり返そうとしてんのか?
だが、こいつがまたどこにいるか解らんとなると手間だ。俺達ではどうにもならんし、紫のじいちゃんかラァちゃんにお願いするしか無いのは事実だし。
だけどそれを相手から言われると、そのまま素直に連れてって会わせて大丈夫なのか心配になる。
「我輩の提案に裏があると考えてる顔だな? 我輩は
「フールフール、お前はさっき思念でこっちに語りかけたな? 今も俺の頭の中を読んだのか?」
「そんな無粋なことはせん。思念会話は発信のみに限定している。相手の思考を読んでは、相手の考える策を読みきって打ち破るという、闘いの楽しみが無くなってしまうではないか」
どこまで本当でどこが口から出任せなのか解らん。しかし俺の頭の中が読めるというなら、紫のじいちゃんの居所もラァちゃんがどこにいるかも知ることはできるだろうし。
「いいように乗せられてる気がするのはしゃくだが、フールフールに好き勝手される方が困るか。また
「ドリン、こいつを隠れ里に連れて行くのか?」
「サーラント、他になにかいい手段があるか?」
「む、できればここでミンチにしてその魂とやらを送り返したいところだ」
フールフールはクククと笑って、
「今の貴様らでは難しくはないか? 貴様らが再戦を希望するなら受けて立つぞ?」
ち、こういうことを言う奴に実力で勝てないっていうのは腹ただしいな。
お互いの目的は合っているハズなのに釈然としない。
「解った。フールフール、お前を案内してやる。ただし大人しくしろよ」
「良かろう。ここは敗者として勝者に従ってやろう」
なんで自称敗者のほうが上から目線で偉そうなんだ。このやろう。
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