第90話◇悪魔のお茶会


 俺とサーラントに悪魔王フールフールの3人が、並んでマルーン西区を進む。さっきの戦闘でそこらじゅうボッコボコに破壊されている西区の街並み。

 フールフールは楽しそうにキョロキョロ見回している。サーラントが小声で、


「ドリン、このままこいつを連れていっていいのか? 不安を感じるのだが」

「俺もだ。だがこのフールフールを野放しにするのも不安だ」


 そのフールフールはあっちにこっちにフラフラとして、西区の街の中、誰もいなくなった薬屋とか魔術道具の店など、興味のあるものを見ては足を止めるので進みが遅い。


「フールフール。破壊された砦跡に人間ヒューマンが集まる前に地下迷宮に入りたいんだが?」

「そんなものは蹴散らせば良かろう。夜中とはいえここが人間ヒューマンの街なら、もう集まって調査などしてるのでは無いのか?」


 それを強引に突破しなきゃならんのか。夜中というかそろそろ朝日が昇りそうだ。

 ウェストポーチを開けて中身を見る。魔晶石の魔力は残りが少ないし、俺は魔力酔いの影響で少し頭痛がするし。

 フールフールがなんか妙なことしたらとっさに止める手を考えながら説明しとく。


古代種エンシェントドラゴンが居るのは地下迷宮の30層だ」

「ほう、それはまたおかしなところに居るものだ。ドリンにサーラント、貴様らは30層まで転送陣を使えるのか?」

「転送アミュレットには登録済みだ」

「では我輩が貴様らのどちらかにしがみつけば30層まで行けるか」


 ……コイツにしがみつかれるのか?

 サーラントを見ればサーラントも俺を見返してきた。

 俺は視線に乗せて訴える。俺は嫌だ、サーラントがフールフールと手を繋げ、と。

 サーラントの視線は、俺は嫌だ、ドリンがぬいぐるみのように抱えられろ、と語っている。ならばここは、


「じゃんけんぽん!」

「あっち向いてホイ!」

「……貴様ら、地味に我輩の精神メンタルを削ってきよるなぁ」


 西区の外れ、地下迷宮入り口砦のあったところ。フールフールの努雷扇とかいうので1発でぶっ壊された砦の残骸とその名残。

 よくもまあここまで景気よくぶっ飛ばしたもんだ。

 地下迷宮入り口を石壁で囲み、そこを中庭のようにしていた脱税防止の為の砦。

 ぶっ壊してやりたいとか考えたこともあるが、本当に壊されて無くなったのを目にするとは思わんかった。


 地下迷宮1層に入り、転送陣のある部屋に到着。到着したのはいいが、なんか疲れた。

 ここに来るまでフールフールのやらかしたことに、呆気にとられるのを通り越して、逆にちょっと面白くなってきた。

 そりゃ5千年振りとなればいろいろ変わってるだろうし。

 何より悪魔王にとっては俺達のことに興味があるらしいが、俺達の事情と都合に合わせる義理も理由も無い。

 それに付き合わされるのが疲れた。


 ここに来るまであったことは、地上の地下迷宮入り口砦の跡地では、騎士とか傭兵とかが集まって瓦礫の撤去作業をしていた。

 地下迷宮入り口を覆った瓦礫をまず片づけようとしているらしい。

 地下迷宮の1層転送部屋を防衛してたのがいたら、そいつらが地下迷宮に閉じ込められてるようなものか。

 それは慌てて救出しようとするだろうな。

 その作業中の人間ヒューマンの中をフールフールはズンズン進む。ちょっと待て、とか言う前に。先に行く。

 人間ヒューマン兵士が慌てて剣を抜いて止めようとするのにフールフールは、


「任務ご苦労! 夜中に呼び出されるとは災難なことだ。我輩が手伝ってやろう」


 とか言って、呆気にとられた奴等の脇を抜けて進む。

 ことを起こした張本人に労われて呆然とする人間ヒューマン

 できの悪い喜劇のようだが、フールフールは視線に催眠ヒュプノを乗せているようだ。

 フールフールと目を合わせた人間ヒューマンが唖然呆然とする中を俺達も進む。


 灰色ローブの連中と魔術研究局の奴等の姿が見えない。逃げたのか、それともここにいる騎士に捕まって運ばれたのか?

 そのせいなのか、この牡鹿頭の4本腕の異形が悪魔王と知ってる奴がここにいないらしい。

 なんで同族同士で連絡取り合ったりとか、重要な情報を共有しようとしないんだ? 人間ヒューマン

 さっきも剣1本で悪魔王の前に立つとか、ほんとに止めろバカ。凶悪な雷撃で身体を破裂させて死んだ人間ヒューマンを思い出す。

 それを知らずに催眠ヒュプノをかけられ、悪魔王を見送る人間ヒューマンは幸せなのかもな。


 フールフールは人間ヒューマンの間をスキップでもするかのように抜けて、地下迷宮入り口を塞ぐ瓦礫の前に立つ。

 で、蹴り1発で瓦礫を全部吹っ飛ばした。

 ドカン、ガシャガラガラガラ、と。

 それを見て人間ヒューマンは腰を抜かしたり逃げ出したりして騒ぎになる。


 トラブルを減らすためにもさっさと転送陣に行こうとしたら、地下迷宮の中からヌッと出て来たのは全身鎧。

 頭の無い樽に手足がついたようなシルエット。全身が深い緑色で肩だけが赤く染められている。

 古代魔術鎧アンティーク・ギア、それもこいつには見覚えがある。

 地下迷宮から出て来た緑の金属樽は辺りを見回して、聞き覚えのある女の声で。


「な、な、なんだこれは? 砦が、ザンガル砦が壊滅? いったい何があった? うわ、鹿の頭の4本腕? 亜人か? 未確認の希少種族か? あー!! お前はあのときの小人ハーフリング? お前か? これはお前の仕業なのか!? またおかしなトンデモ魔術でもやってくれたのか!?」


 やかましいわ、お久しぶり。こいつあのとき溺れないで生きていたのか。まだ地下迷宮の中にいたのか。

 瓦礫に閉じ込められて、地下迷宮の中から脱出しようとしてたのだろうか?

 フールフールが出てきた古代魔術鎧アンティーク・ギアを見て、興味が出たらしい。


「ほう。覚醒導殻レグジオンが残っていたか。どれどれ」


 などと言い、白腕に雷を握って金属樽に投げつける。魔術防壁で雷を散らした金属樽は、俺が「バカ、やめろ!」と言っても止まること無く剣を構えて、雷攻撃したフールフールに突撃。

 フールフールは攻めてきた金属樽の胸のところを、上げた鹿の右足の蹄でドゴンと受け止める。


「なんだと!?」


 驚く金属樽の中の人間ヒューマン。フールフールはそのまま蹄で押すように、ふん、と蹴ると、金属樽が宙に浮いて飛んでいく。

 砦の残骸に頭から突っ込んで瓦礫を撒き散らして、ピクリとも動かなくなった金属樽。

 俺があんなに苦労した古代魔術鎧アンティーク・ギアが蹴り1発で終わりとか、なんだよそれ。デタラメだこの悪魔王。


「なんだ? 改良もされてないどころか覚醒導殻レグジオンの真の機能も封印されているのか? まったくアルムスオンはどうなっているのだ」


 不満げに呟くフールフール。なんだか聞き捨てならんことが聞こえたような気がする。

 古代魔術鎧アンティーク・ギアを蹴り1発で沈めたフールフールに恐れをなした人間ヒューマンは、俺達を止める気を無くしたようだ。

 呆然と佇む人間ヒューマンに見送られて地下迷宮の中へ。

 そこからは転送陣のある部屋まで普通に歩いてたどり着いた。

 無難にここまで来れた代わりに、俺とサーラントがげっそりと疲れた。


「なんで疲れているのだ? 貴様らは」


 フールフールが疑問系で聞いてくる。お前のせいだ。


「あー、ずっと、バカやめろとか言ってたからかな」


 サーラントも疲れた声で。


「俺は今日ほど人間ヒューマンがかわいそうと感じたのは初めてだ」


 そして俺は今、フールフールの白い腕に持ち上げられてフールフールに抱っこされている。

 胸の筋肉はムキムキなのに、白い腕はまるで白蛇女メリュジンのように細くてしなやかで柔らかい。

 牡鹿頭の悪魔王に抱かれるなんて、そんな奇特な経験をした小人ハーフリングは俺以外にいるのだろうか。

 サーラントにあっち向いてホイで負けたから仕方無い。

 こうしてくっついておかないと転送アミュレットを持って無いフールフールを30層に連れて行けないし。

 俺がウンザリしてるのが楽しいのかフールフールはギュムッと力を入れて胸筋を押しつけてくる。

 オシャレなのか仄かに香水の匂いがする。見掛けによらず気障な奴らしい。

 このまま30層へと転位する。


 30層ボス部屋は、まだボスが復活していない様子。ということは人間ヒューマンには30層ボスを倒してこの30層転送陣を登録した奴はまだいないというところか?

 フールフールは丁寧に俺を地面に下ろす。


「貴様らが疲れているのなら休憩にするか?」

「あぁ、少し休ませてもらう……何やってんだフールフール?」

「休憩なのだろう?」


 振り向くとそこには白いテーブル、白いイス。どちらも高級感溢れるデザインと細工がついてる。


「フールフール、これどっから出した?」

「まぁ、座れ。このフールフール自ら貴様らに茶を淹れてやろう。エクスローズの初摘みだぞ。プルナッツ入りのスコーンもある」


 30層ボス部屋で、悪魔の王とお茶会が始まる。

 俺達、なにやってんだろう?

 復活していたら骸骨百足が駆け回っているボス部屋。壁や床にはここのボスにやられた探索者の血と涙が染み込んでいるんじゃないか?

 ボスを倒したあとはこんなふうにのんびり休憩しながら、お宝チェックすることもあるけどな。

 イスもちゃんと足の長い小人ハーフリング用と背もたれの無い人馬セントール用が用意されている。

 珍しくサーラントが人馬セントール用のイスに胴体を乗せて脚を楽にしている。

 ドルフ帝国以外に人馬セントール用のイスはほとんど無いし、子供と怪我人以外はあまりイスを使わない種族だと聞いたことがある。


「あ、うまい」



 高級品とかよく解らんがお茶もスコーンも美味しい。しつこくも無くて食べやすいスコーンにバラの香りのお茶も上品な感じ。

 サーラントもスコーンをポリポリ食べる。

 いろいろと調子を狂わされるというか、このフールフールのペースに乗せられているのが妙な気分だが。

 優雅にお茶の香りを楽しんでいるフールフールにずっと気になっていることを聞いてみる。


「フールフール、その4本腕は黒い方と白い方でバランスが悪くないか?」

「そうか? 黒腕は戦闘用で白腕は精密作業用なんだが」

「そういう使い分けなのか。なんで黒腕はずっと横に伸ばして固定してるんだ? 地上で古代魔術鎧アンティーク・ギアを相手にするときも使ってなかったし」

「アンティーク。なるほど貴様らから見れば古代の品アンティークということか。今はこの黒腕に従属と弱体の刻印を圧縮して封じている。そのために動かすことができんのだ。この黒い枷が呪縛の圧縮体だ」

「そういうことか。そのザクザク刺さってる赤い釘は従属刻印を抑えているのか。ずいぶんと痛そうだな」


 サーラントがお茶を飲みつつ。


「自分の身体を痛めつける特殊な性癖というわけでは無かったのか」

「貴様ら、己の無知を我輩の性癖のせいにしていたのか? とんでもない奴等だ。これは我輩の名誉の為にも誤解は解いておかねばならん。解説すると、この刻印の縛りがあるせいで我輩が悪魔界に戻るのもひと苦労しておるのだ。それで古代種エンシェントの力をあてにしておるのだ」

「それがどこまで本当かは俺には解らんが、スジは通るのか。で、今回、人間ヒューマンが悪魔王をアルムスオンに召喚したわけなんだが」

「正確には上位悪魔を召喚しようとしていたのだが、そこに我輩が割り込んだのだ」

「悪魔王が割り込んだって? それが人間ヒューマンの思惑から外れた原因なのか?」

「仕方無かろう。メイド長がいなくなると困る。我輩の屋敷のことはあやつが取り仕切っておるのだから」

「はあ? メイド長?」

「我輩の屋敷のメイド長が召喚されそうになったのだ。だが急にいなくなると我輩も屋敷の者も困る。まったく、召喚するならするで前もってアポを取り、スケジュールを確認するのが礼儀というものだ。下位とは違って仕事もあれば予定もある。急な召喚などあまりにも失礼ではないか?」

「そうなのか? 俺は悪魔の召喚の系統には詳しく無いし、悪魔の事情もぜんぜん解らん。それにそのあたりの文句は召喚した奴に言ってくれ」


 あ、召喚した主は雷撃で爆散して死んでたか。

 しかし屋敷があってメイドがいるんだ、悪魔王。悪魔界ってどんな世界なんだろ?

 フールフールは優雅にカップを傾ける。


「メイド長がいきなり連れ去られても困るし、このような召喚を行うアルムスオンが気になった我輩は、咄嗟にメイド長の身代わりになって召喚に割り込んだのだ。ついでにちょっと旅行しようかと」

「そのお陰で人間ヒューマンの予定が狂ったのか」

「贄にはおかしな刻印があって身体は自由にならんし、我輩につられて下位もゾロゾロ出て来た。従属の呪縛を振り切って逃げたのだが、悪魔界に繋がる門が開きっぱなしでは不味いので我輩が閉めた」

「やっぱりフールフールがやったのか。でもなんで中途半端に閉めた? 完全に閉じる前に人間ヒューマンに邪魔でもされたか?」

「いや、あれはわざとだ。下位共をそのままにして門を閉じれば、奴らはエサを求めてさまようだろう。それを始末するのはめんどうではないか? 中途半端でも悪魔界に繋がる門がそこにあれば、下位共はそこに集まるから片付けるのも楽になるだろう、とな」

「なんで悪魔王がこの世界アルムスオンに気を使うんだよ」

「印付きの悪魔王が全てアルムスオンの混迷を望んでいるわけでは無い。印無しはともかくとして。そのあたりを知りたければ暗黒期のことを調べるがよかろう」


 サーラントが空になったカップをフールフールに出す。お代わり要求。


「上位悪魔の召喚にフールフールが割り込んでくれたおかげで、俺達は助けられた、ということになるのか? 大量に召喚された下位悪魔が無軌道に暴れていたら、どこまで被害が拡大していたか解らん。それが界門回りに集まっていたのだし。ここは礼を言わせてくれ、アルムスオンの為の行為に感謝する」


 フールフールはサーラントのカップにお茶のお代わりを注ぎながら、


「このような召喚などこれまで無かったから、我輩としても調べる必要があったのだ」

「界門を閉めたあとは何をしていた?」

「それが界門を操作したところで力尽きて、人間ヒューマンに捕まって運ばれた」


 つい半目になってフールフールを見つめる俺達。人間ヒューマンに捕まってたのか、あれは演技じゃ無かったのか。


「仕方無かろう。辺獄リンボモードで召喚されたこの肉体が脆弱で、動かすのも慣れておらんかったのだ。そんな目で見るでない」

「そうか、力尽きて人間ヒューマンに捕まっていたのか」

「悪魔王がスタミナ切れ起こして、それを人間ヒューマンがえっちらおっちら運んで持ち帰ったから、軍の上部がさっさと逃げたように見えたってことか?」


 サーラントと俺が続けて言うことにフールフールは目をそらして応える。


「戦争に使うつもり、というところは解った。魔力が回復するまで気絶したフリなんぞして聞き耳を立てていたのだが。……だから、そんな目で見るでない。悪魔王とて魔力が切れたら捕まったりするのだ! 回復したらすぐ逃げたし!」

「逃げたっていうなら俺達が見つけたとき、銀の鎖でぐるぐる巻きになってたのはなんなんだ?」

「あー、なんだ、貴様ら、メッティスの焼き菓子はどうだ? お茶のお代わりは?」

「「もらおう」」


 フールフール、なかなかおもしろい奴なのかもしれない。お菓子で誤魔化そうとするおかしな悪魔王。

 

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