第91話◇悪魔王の自慢の焼き菓子……メイド長?


「次は私の番だ。貴様ら30層に転位できるということは、この部屋のボスを倒したことがあるのだろう?」


 フールフールが焼き菓子を食べる俺達を見ながら聞いてくる。

 俺とサーラントはフールフールの出した焼き菓子を食べているのだが、なんだこれ、すごく美味しい。

 外側は焼かれたパイのような黄金色でパリッとしてて、中からトロリと甘い生っぽい黒いものが出て来た。

 外側の生地と合わせると甘さが丁度いい。歯応えというか食感は今までに食べたもので似たものがない。だけどクセになりそうな食感。外がパリッと中がクニャッと。

 材料も作り方もゼンゼン解らんけど、うん、うまいなコレ。


「聞いているのか貴様ら」

「あぁ、すまん。これ美味しいな。夢中になってしまった」

「メッティスというのか? 初めて食べるがこれはうまい」


 俺とサーラントが焼き菓子の味を口にするとフールフールは嬉しそうに自慢する。


「そうだろう。これは先刻話したメイド長の得意の1品なのだ。作り方も材料もメイド長が秘密にしているので、作れるのもメイド長だけなのだ。なのでこの菓子目当てに我輩の屋敷に遊びに来る悪魔王もいるくらいなのだ。メッティスを口にできる幸運に感謝するといい」

「悪魔王の出すお菓子を食べるってだけでも、かなり奇妙な運の使い方してるのかもな」

「悪魔王とは、ずいぶんと優雅な生活をしているようだ」


 サーラントの言うことに頷く。悪魔界ってもっと殺伐としてて、悪魔が暴れてるのが日常かと思ってた。


「優雅というか呑気に暮らしてるのは上位と悪魔王だ。下位は毎日元気に殺したり殺されたり食ったり食われたりしてるが?」


 どうやらあんまり間違ってなかったらしい。そこは期待を裏切らないのか悪魔界。


「それで貴様らはこの地下迷宮、何層まで下りた?」


 なんかワクワクして聞いてくるフールフール。俺達が何層まで下りたか、か。


「俺とサーラントは40層のボスを倒したところだが」

「ふむ、40層か。では現在の最高記録は? そろそろ百層ボス部屋へとたどり着く者がいるのではないか? 最深部到達者はどれぐらいいる?」

「いや、待て、フールフール。まだ百層の最深部まで到達した者はいない」

「そうか。でもそろそろ出てきてもおかしく無いのではないか? 90層はどれぐらいいる?」

「フールフール、あのな」

「80層はどうだ? 70層ぐらいならゴロゴロいるのではないか?」

「ちょっと待て、聞いてくれ」

「60層中迷宮ならクリアして当然というところなのでは無いか? ん?」

「フールフールが何を期待してるのか解らんが、落ち着いて聞いてくれ。この百層大迷宮を1番深くまで行ったのは、俺のじーちゃんの部隊パーティだ。50層ボス討伐が、今のところの最高記録だ」

「え?」


 ニコニコしながら聞いてたフールフールが、赤い瞳をパチパチさせて固まる。

 牡鹿の顔が目をパチパチさせてキョトンとすると、なんか可愛いな。


「……50層? 本当か?」

「俺がここで嘘ついてどうする。他の探索者に聞いても同じ答えが返ってくるぞ」

「……それでは、60層中迷宮は? 攻略した者はいるのか?」

「俺は聞いたことが無い。サーラントは?」

「俺も聞いたことが無い。中迷宮50層ボスに挑んで帰って来なかった探索者の噂は聞いたことがあるが」


 これを聞いたフールフールは、


「……なんだと?」


 いきなりがくんとテンション下がって、イスの背もたれにだらしなく寄りかかって虚ろな目で天井を見上げる。

 いや、何を期待をしてたんだ、悪魔王?

 そんなにショックだったのか?


「……5千年待って、これかー……」


 なんか虚ろにブツブツ呟いている。見てるとなんか心配になってくるぐらいの落ち込み方だ。


「おい、大丈夫か? フールフール?」

「……財宝か?」

「おい、フールフール?」


 天井見上げながらブツブツと呟くフールフール。


「財宝に魅力が無いのか? それで挑む者が少ないのか? だが金と銀のドロップ率を上げ過ぎると地上で希少金属の価値が落ちてしまうし……、難易度設定か? 雑魚のポップ率に問題があるのか? もしや、小迷宮がチュートリアルとして役に立って無いのか?」


 ボソボソなんか言ってるが、言ってることの意味がぜんぜん解らん。

 解らんが、理解できる単語を繋げて推測すると。

 悪魔王は地下迷宮に関わりがあることは間違い無い。それも、どうやら作る側で関わっていた、ということなのか?

 探索者が地下迷宮最深部、百層に到達することを待ちわびている?

 その真意は? 目的は?

 聞いたところで、知りたければ自分で暗黒期のことを調べろ、とか、また言われそうだが。

 

 アルムスオンに在る地下迷宮。

 神々と古代種エンシェントがアルムスオンに住む種族のために残した、己を鍛えるための訓練場という説。

 もうひとつは暗黒期以前の古代の魔術師が、魔晶石を回収しながら魔術訓練をするための施設という説。

 このふたつが人気のある説ではあるが、どちらも仮説であり、証明するものは無い。

 他にも荒唐無稽なものも含めて仮説はいくつかあるが。

 全ての種族に伝わっている言葉。


『知恵と力を求める者、地下迷宮へと挑むべし』


 この言葉の続きになるものは、伝わるうちに変質してどれが正しいか不明ではあるが、


『百層大迷宮を征する者、亜神に等しき者と為らん』

『百層大迷宮を征する者、その身をドラゴンと化す』

『百層大迷宮を征する者、神魔すら打ち倒す力を得る』


 などなど、神の世界に行けるようになるとか、悪魔王を倒すための神の尖兵として神に召される、というのもある。

 いずれもが百層大迷宮を攻略することでなんかすごいことになる、というもの。

 悪魔王が地下迷宮の存在と起源にどう関わるのかは不明だが。

 造ったものが本来の目的どおりにはならずに、その入り口に邪魔なものが建てられていたのを目にしたならば。


「それでフールフールは百層大迷宮の入り口砦を壊したのか?」

「ムカついて当然だろうが? あれでは挑戦者が入れないではないか。砦を守っていた兵から話を聞いたら、百層大迷宮はアルマルンガ王国のもので、今は人間ヒューマン以外は立ち入り禁止だと言いおった。地下迷宮は1種族のものでは無い。アルムスオンに住む者全てに等しく挑戦する権利があるのだ」


 俺も徴税所にはムカついていたから気持ちは解らんでもない。マルーン西区の百層大迷宮はいつの間にかアルマルンガ王国のものになってしまっていたし。

 サーラントが脱力してるフールフールに意見を言う。


「地下迷宮の財宝が魅力的過ぎたのかもしれんな」

「どういうことか?」

「アルマルンガ王国を含めて、人間ヒューマンの国家は地下迷宮の上に砦を作って地下迷宮の財宝を管理しようとする。その上で国家の領土の地下にあるものは国の財産だと言い出した。人間ヒューマン国家にとってはその領土内の地下迷宮の財宝は、全て国家の財源だと主張している」

「ふざけたことを言う。人間ヒューマンの国が地下迷宮を作ったわけでも無いのに」

「まったくだ。だが奴らは1度手に入れたものは簡単には手放さん。フールフールが壊した砦は人間ヒューマンの徴税所だ。地下迷宮から出た金銀宝石財宝、古代の武器防具、魔晶石などに関税をかけて徴収するための砦。その税を地下迷宮ダンジョン税と呼んでいる」

「くだらん。実にくだらん。そんなものがあれば地下迷宮に挑もうという者も少なくなってしまうでは無いか」

「実際その通りだ。マルーン西区では地下迷宮ダンジョン税が上がった時に探索者が街から離れて少なくなった。50%に上がったときには街の物価の上昇もあって更に少なくなったものだ」

「50%も取られるのではやる気も無くすか。そして己で作ったものでも無いものに、税という値札を着けて利益だけ奪おうとするのか。腐っている」


 ふう、とため息をついて遠い目をするフールフール。


「5千年待ってこれでは、あと何千年待てば良いのか。いや、万年と待っても無理なのかもしれん」


 悪魔王フールフール、5千年も何を待っていたのか。

 百層に到達する者がいたならば、何をするつもりなのか。百層大迷宮を征する者に何を望んでいるのだろうか。


「少しは期待していたのだが、生命も魂も所詮はこの程度ものでしか無かったというのか?」


 嘲笑うように口を歪めてお茶を一口飲むフールフール。赤い瞳には長い時を重ねた者独特の悲哀がある。だけど、その言い様にはイラッとする。


「簡単にこの程度とか言われるとカチンとくるな」

「ドリンよ、貴様ひとりに言った言葉では無い」

「俺とサーラントはこの百層大迷宮を人間ヒューマンから奪うべく計画を進めている」

「ほう」

「既に百層大迷宮は入り口以外は人間ヒューマンのものでは無い。人間ヒューマンがアルマルンガ王国のものとか言っても、もう奴らの自由にはならない」

「そして貴様らふたりが新たな大迷宮の所有者を名乗るのか?」

「まさか。俺達は地下迷宮ダンジョン税の無い探索拠点が欲しいんだ。人間ヒューマンから取り上げる為に、大迷宮は白蛇女メリュジンという種族のもの、ということにはするけどな。だけどこれで地下迷宮に入ろうって奴を邪魔することは無い」

「それで地下迷宮に挑む者が増えるのか?」

「すでに隠れ里には探索者がいる。新しい探索拠点に期待して、エルフ、ドワーフ、蟲人バグディスをはじめに、探索者が集まることだろう。あとは地上の街をどうにかするだけだ。そちらも策は進めている」


 サーラントが俺に続いて、


「いずれは人間ヒューマンから他の地下迷宮も奪う。いや、奪いかえしていく。アルムスオンに住む全ての種族のために」

「それで、我輩にまだ待てと言うのか?」

「そんなもん知ったこっちゃ無い。フールフールの目的も事情も知らんし、俺達には関係無い。俺達は俺達のやりたいようにやるだけだ。地下迷宮ダンジョン税の無い、俺達に都合のいい探索者拠点を作るだけだ」


 フールフールはクククと笑う。


「それでいい。そのようになればそれでいい。それが本来の姿だ。しかし5千年かけてやっとスタート地点に戻ったということか」

「その文句は人間ヒューマンに言ってくれ」

「それでも50層までは来ているのだから、もう少し待ってもいいか。もう5千年ほど待ってやってもいいか」

「時間のスケールが違い過ぎてピンとこないな。なんて言えばいいか解らん」

「なんだ? 我輩を慰めようとでもしてるのか?」

「目の前でいきなり落ち込むからちょっと心配になっただけだ。フールフールがヤケを起こして暴れて地下迷宮が壊されたら困る」


 フールフールは調子を取り戻してきたのかニヤリと笑う。


「貴様ら、誇っていいぞ。今、アルムスオンの危機をひとつ回避したのだから」


 何をするつもりだったんだフールフール。ムカついたってだけで砦ひとつ粉砕するような奴が、アルムスオンの危機とか言うとシャレにならん。


「貴様らからは聞きたいことも聞けたし、地上の様子もあらかた理解した。そろそろ休憩を終えて出発するか?」


 フールフールがテーブルの上を片付けようとするのをサーラントが遮る。


「その前にメッティスはもう無いのか? もうひとつ食べたい」

「フールフール、俺にもひとつ欲しい。それとそのお茶を水筒に入れたいから、新しく淹れてもらってもいいか?」

「貴様ら遠慮が無いのか、図太いのかたくましいのか」

「「探索者だからな」」


 バラの香りのお茶を水筒いっぱいに入れて、メッティスをもぐもぐ食べる。これ、本当に美味しいな。ひとつハンカチに包んでリュックに入れる。

 グランシアにあげるかミュクレイルにあげるか、どうするかな。

 2度と手に入らないとなると、この焼き菓子、ミスリル銀の装備品より貴重な品かも。

 フールフールは茶器とテーブルとイスを片付けるが、どこから出してどこにしまったのか解らない。

 いったいどういう仕組みなんだか。


 ここは30層東の端のボス部屋、隠れ里は西の端だからかなり歩くことになる。

 雑魚の骸骨兵に大カマキリに灰色熊が出たら避けて行こうと考えていたが、出てきたところでフールフールが1発でのしていく。


「ふむ、この百層大迷宮は安定している。これならあと5千年はもつか」


 とか呟きながら。


「で、フールフール。ムカついて大迷宮入り口砦を壊して、そこでスタミナ切れして、待ち構えてた人間ヒューマンの魔術師にまた取っ捕まったんだよな?」

「そこに俺達が出くわした、ということか」


 フールフールはふん、と鼻を鳴らす。


「ついカッとなってやったが、それがどうした。そのあと捕まったのは半分はわざとだ」


 つまり残りの半分は、ほんとに魔力切れとスタミナ切れだったんだな。


「ボーティス教団と名乗っていたが、下位悪魔を配下にして自分達の国をつくるのが目的らしいぞ」


 灰色熊を蹴り倒してフールフールが言う。

 ボーティス教団、そんな宗教団体があるのか。悪魔崇拝者の集団か。


人間ヒューマンにそんな奴らがいるとはな。悪魔教徒のようだけど、ずいぶんとイカれてる」

「そこは人間ヒューマンだからな。悪魔を使って戦争に勝つことは考えても、戦争の後のことまでは考えられないのだろう」


 サーラントがフールフールの闘いぶりを見ながら応える。フールフールの飛び後ろ回し蹴りで大カマキリの頭が無くなった。

 落ちた魔晶石をフールフールが拾って俺に投げる。


人間ヒューマンはいつでもどこでもろくでも無い者というのは、変わらんか」


 俺は魔晶石をキャッチしながらフールフールに聞いてみる。


「なんで人間ヒューマンにしか悪魔の召喚は伝わっていない? 人間ヒューマン以外の種族に悪魔の召喚が使えないのは、どういうことなんだ?」

「世界の秘密というものは我輩から聞くよりも、己で調べて見つけた方がおもしろくはないか? 我輩は貴様の楽しみを奪うようなつまらん真似はしたくは無い」


 ニヤニヤと笑って言うフールフールは調子を取り戻して元気なようだ。

 そしてフールフール、お前もか。

 5千年以上の長い時を生きる悪魔王。古代種エンシェントと同じく暗黒期より前のことを識る者。

 それを今を生きる俺達には教えたく無いのか。知らない方がいいと、知るにはまだ早いというのか。

 そこに何が隠されているのか、好奇心が疼く。だが、古代種エンシェントも悪魔王も教えてはくれない。

 ヒントを貰えるだけ、俺は恵まれているのかもな。

 楽しげに地下迷宮を進むフールフールの背中を見る。サーラントが呟く。


「悪魔王か、伝承ほどに邪悪な存在とは思えん。何をするか解らんから目は離せんが」

「サーラントもそう思うか。俺もフールフールは美味しいお菓子をくれる気のいいオッサンに見える」

「貴様ら、お菓子に釣られて誘拐とかされるなよ?」


 フールフールに妙な心配をされた。お前は本当に伝説の悪魔王なのか?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る