第92話◇五千年振りの再会


 百層大迷宮の西の端。サーラントのフレイルで壁をぶち破って隠しエリアへと。


「ははぁ、このようなエリアが残っていたのか。なるほど隠れるにはいいかもしれん」


 なんだか納得しているフールフール。ここまでは割りとおとなしくしてくれている。

 なんか一緒にお茶してからはここまで仲良くお喋りしながら来たので、警戒する気分も薄れてしまっている。

 フールフールの屋敷の自慢とバラ園の自慢、対抗して俺とサーラントの隠れ里の自慢対決のようなお喋りになった。

 赤線蜘蛛の部屋まで来て隠し扉の前に立つ。


「フールフール、この先では絶対に暴れるなよ」

「解った解った。我輩も地下迷宮を壊すつもりは無い」

「カッとなったらつい砦を吹っ飛ばした、とかやってたよな?」

「聞いた話ではこの先に我輩をムカつかせるものは無さそうだから、大丈夫だろう」

「ホントか? とにかく紫じいさんを怒らせるようなことは絶対するなよ」


 サーラントが隠し扉のある岩壁をフレイルの柄でノックする。

 ゴン、ゴン、ゴ、ゴン、ゴゴゴン、ゴン。

 これで隠し扉の向こうの門番やってる白蛇女メリュジンが開けてくれるハズなんだが。なかなか開かない。

 フールフールが首を傾げて、


「ドリン、今、紫じいさんとか言ったか?」

「フールフール、後にしてくれ。サーラントどうだ?」

「隠し扉の向こうに門番がいないのではないか? それに壊した壁のこちら側は探索者が交代で見張りをしてるはずが、誰もいないのもおかしい」

「妙だな。隠れ里でなんかあったか? 扉を開けるから少し下がれ」


 隠し扉の脇、下の方の岩の陰。魔力感知で隠された魔術刻印を見つける。ここに決められたサインを描けば隠し扉は開く。

 使い方はシュドバイルに教えてもらってはいる。ただ、隠し扉の開閉は白蛇女メリュジンに任せていたので、俺がこれを使うのは緊急時ということになる。

 まさか人間ヒューマンがここを見つけて攻め込んで来てるとか?


「紫? まさか、紫だと?」


 フールフールがなんか言ってるが、これはどうしたものか。


「サーラント。今、扉が開くからお前は先に隠れ里に行け。俺はフールフールを見張る」

「解った」


 ゴゴゴ、と音を立てて岩が横に滑って見慣れた暗い通路が見えてきた。

 サーラントが駆け出す前にフールフールが叫ぶ。


「まさか? この気配、この威圧感、まさかまさかまさか!!」


 叫んで通路に飛び込んで行く。宙に浮いて文字どおりに飛んで行く。


「止まれ! フールフール! くそ、サーラント行け!」

「おお!」


 サーラントの背に飛び乗ってフールフールを追いかける。これなら首輪でも着けて紐をつけておけば良かった。

 話してみたら紳士的な奴だと油断してしまったか。あいつは無意味に暴れるような奴では無さそうなんだけど。

 暗い細い通路をサーラントが駆ける。通路にも白蛇女メリュジンと探索者がいない。

 なにか起きてる。なにが起きた?

 先に飛んだフールフールは速くて追いつけ無い。


「あいつ、なんで突っ込んでいった!」

「知るか! 急げサーラント!」


 通路を抜けた先は隠れ里。地下迷宮の中、自然を模したエリア。地下に広がる緑の草原は天井の擬似陽光に明るく照らされている。

 暗い通路を出たそこに紫のじいちゃんが座っていた。

 いつもは泉の近くに寝そべっていて、そこで戦盤してたりお喋りしたり寝ていたり。

 そこから動いたところを見たこと無いのに、通路から出てくるものを待ち受けるようにそこにいた。

 紫のじいさんと呼んでる、紫の鱗の巨大な古代種エンシェントドラゴン。


「来たか、悪魔王よ」


 その紫のじいさんの前に立ち、全身を震わせているのは牡鹿頭のフールフール。


「おお! まさかここでお会いできるとは! 紫の御方よ!」


 歓喜に震える声で叫ぶフールフール。

 紫のじいさんが止めに来てくれたのか? それなら大事にはならないか。

 フールフールがなんでプルプルしてるのか解らんけど、やっぱり知り合いなのか?


「ドラゴンがいると聞いておりましたが、それが紫の御方だったとは! ドラゴンの中のドラゴン。生の赤の頂点、死の青の極点、双の頂に立つ紫の御方よ! 再びお会い出来た光栄にこの身の震えが止まりませんぞ!」

「鹿の角の悪魔王、フールフールか。久しいの」

「おおお! 我が名を憶えておられるとは! ははははは! なんたる行幸! 至福と感動! 無理にアルムスオンに来た甲斐がある! 長き時の果てにこのような喜びがあるならば、時父神スオンも粋な事をする!」

「さて、お主にこうして再会することが時父の采配とも思えぬがの」


「ククククク。過日の闘いを思い出しますぞ。血沸き肉踊り骨が唄う、脳が沸騰するような歓喜と怒号の争いの時を」

「お主は、そうか。お主はそういう王であったか。ワシも思い出してきた。あれから5千年過ぎたのだのう」

「我らが再会したならば、再び語り合いましょうぞ、唄いましょうぞ、牙と爪と鋼の語らいを!」


 叫ぶフールフールの白い腕にはいつの間に取り出したのか、右手には黒い長剣が、左手には赤い槍が握られている。


「フールフール! ここで暴れるなと言っただろうが!」


 叫んで氷精石を取り出して握り込む。また氷づけにして動きを止めてや、


「黙れ! 引っ込んでろ格下!」

「が!」


 動きを止められた。振り向いたフールフールに視線と声と威圧だけで全身の動きを封じられた。手足が硬直して動かせない。声も出ない。

 フールフール、これがお前の本気だっていうのか?

 悪魔王でも理性的で話が通じると思ったのは俺のカン違いなのか?

 呑気にお茶してお喋りしてたときのお前はそうじゃ無かったろう。

 それとも紫じいちゃんにはお前を狂わせるような因縁でもあるっていうのか?


「ぐ、ぅ、おおおおお!」


 俺は動けない。声も出せない。だけど俺が乗ってるサーラントは声を絞り出す。


「フー、ルフール! 王、ならば、約束は、守れ!」


 無理に声を出しながらサーラントは足を1歩踏み出す。ギシギシと軋むように。

 なんでお前は喋れて動けるんだ? 抵抗レジストしたのか? もしかしてバカには威圧は効かないのか?

 フールフールはサーラントを見て不満そうに言う。


「ただのドラゴンと思ったから、解ったと返事はしたが。それが紫の御方となれば話は違う。この時を逃せば次はいつ会えるか。この機会、逃せるものか」


 フールフール、お前は暴れないって言ってただろうが。

 くそ、ピクリとも動けん。息も苦しい。俺にはフールフールのことは解らん。解らんけど話してみて理性的な奴だと思ったから連れて来たのに。


「闘わぬよ」


 紫じいさんの声でフールフールは剣と槍を構え直す。黒い男腕は開いたまま動かせないまま、白い女腕で武器を構える。

 紫じいさんが優しげに、


「フールフール、ワシは闘わぬよ」


 穏やかな声で喋る。フールフールは足を1歩踏み出して、


「紫の御方ともあろうドラゴンが、向かう悪魔王と闘わぬ、ですと?」

「ここでワシとお主がやりあえば、百層大迷宮は崩壊する。それはお主も望むまい?」

「それを盾に闘わぬと仰せか」

「闘ったところで今のワシはお主には勝てん。ワシの後ろ足はもう動かんのじゃ。かつてのように暴れることなどできぬ身よ」


 え? 後ろ足が動かない? 初めて聞いたぞ紫じいさん!


「これは……、サブナックの呪毒ですか。あやつはつまらんことをする」


 座る紫のじいさんの腰にはいつものオレンジの腰巻き。俺のじーちゃんが作った腰痛緩和の為の腰巻き。それがただの腰痛じゃ無くて呪毒?


「故にお主を満足させる闘いとはならんよ、フールフール。ワシは闘わぬ。武器をしまうがよい」


 紫のじいちゃんを睨み付けていたフールフールはひとつ大きく息を吐く。ゆらりと首を振って白い腕を振れば、黒い長剣と赤い槍はフイッと消える。


「まったく、残念です。今の我輩は全力が出せぬ縛られた身。紫の御方が本気を出せば、足が動かぬとも我輩など一捻りでしょうが、やる気が出ないと仰るのならば致し方ありません」

「フールフール、お主もなにやら苦労しておるようだの」

「いえいえ、たいしたことはございませぬ。しかし、紫の御方と出会えたというのに闘えぬというのは残念至極。幾柱もの王を落とした紫の御方、是非ともそのお力を見せて欲しかった」

「今のワシには昔のことはできぬよ」

「ご謙遜を。あぁ、紫の御方との闘争。絶道と呼ばれる圧倒的な存在に挑み、引き裂かれ噛み砕かれ叩きつけられ踏み潰されたかった。それが叶えば我輩は同胞にどれ程嫉妬され、羨望の眼差しで焼かれることになったことか」


 フールフールの奴の言ってることがますます変態じみて聞こえるが、それが悪魔王というものなのか? イカれた戦闘狂なのか?

 フールフールが身構えを解いて、どうやらここで伝説再来の大決戦とはならなそうだ。


「フールフールよ、そこの二人を」

「おぉ、すまんな、貴様ら。今、動けるようにしてやる」


 このときまで俺はサーラントの背中でピクリとも動けなかった。

 格下呼ばわりもカンに触るが、なにもできなかったことが悔しい。

 存在が違うということは改めて解った。解ったからといってこの悔しさが慰められることはないけれど。


 草原に手と膝をついて、はぁはぁ、と荒く呼吸する。身体を動かせなかった間、息も苦しかった。俺もサーラントも空気を求めてぜぇぜぇと息を繰り返す。威圧による硬直が解けて、ようやく普通に息ができる。


「いやいや、すまんなー。紫の御方を目にして、我輩、つい興奮してしまったわ」

「ぜはぁ、フールフール、お前なぁ。暴れないって言っただろうがよ」

「暴れかけたが、まだ暴れてはおらんので、約束は違えておらんぞ、セーフだ」


 しれっと言ってのけるフールフール。なんだか凄く楽しそうだな、このやろう。

 座ってる紫のじいさんの後ろには、武装して集まった探索者と白蛇女メリュジンがいる。

 悪魔王の気配に感づいた紫のじいさんが、皆を隠れ里に呼び戻したということだった。

 誰もいないのはみんながちゃんと警戒していたからで、そのことにホッとする。


「ドリン、サーラント、悪魔王を見つけても手は出さずにラァちゃんに報せて任せる、ということになっておったのでは?」


 紫のじいさんにジロリと見下ろされて睨まれる。


「あー、紫じいさん、こういうことはなかなか予定通りにはいかないもんだ。現場の判断、臨機応変というもんだ」

「詳しい事情までは解らんが、己の知らぬ者を相手どるにはもう少し慎重になった方がええ」

「まったくだ。我輩だから良かったものの、これが他の悪魔王だったら貴様ら無事ではすまんぞ。紫の御方のご忠告を無下にしてはいかん」

「フールフール、お前が偉そうに言うな。お前のせいで俺達が怒られてんだぞ」

「貴様らの不注意を我輩のせいにするでないわ」

「なんか納得いかん。俺達が無茶をしたのはお前が人間ヒューマンにいいようにされるのを止めるためだったんだぞ」

「我輩には人間ヒューマンの事情も貴様らの都合も関係無いし、どーでもいいし。貴様らが勝手にしたことであろう?」

「うっわ、腹立つなー。人間ヒューマンに捕まって人間ヒューマンの下僕になってたのはお前だろうがよ」

「だからといって悪魔王に立ち向かって雷に焼かれそうになるのは、我輩もどうかと思うぞ。貴様ら、何度か死んでもおかしくなかったのだぞ」

「死んでないし、負けてないし。負けて勝者に従うって言ったのはフールフール、お前のほうだ」

「ドリンにサーラント。悪魔王を相手にして死にかけたじゃと? お主ら、無謀と勇気を履き違えておらんか?」

「あー、紫じいさん、だからこれには事情があって、俺達がちょっと無理をしないと人間ヒューマンが悪魔王をだな」


 なんで俺が紫のじいさんに言い訳するみたいになってるのか解らんが、ここまでの経緯を説明しようとしたとき、


「ドリーン!」


 紫のじいさんの後ろで見てた白蛇女メリュジンの中から、ミュクレイルがシュルシュルシュルっとやってきて飛びついて抱きついてきた。倒れそうになるところをサーラントが前足で俺の背中を支える。

 ミュクレイルはなぜか泣いてて、頬に涙が伝う。


「ドリン、無事? 大丈夫?」

「あー、無事で大丈夫。なんで泣いてんだ? ミュクレイルは」

「だって、だって、ドリンとサーラントが、地上で悪魔王に、ひっく、もみくちゃにされてるかもしれんって、うぐ、紫のおじいちゃんが、うあ、ドリーン、うわあああああん! ドリン生きてたよう、うわあああああん!」

「泣くなよミュクレイル」



 わんわん泣くミュクレイルの頭を撫でて落ち着かせようとするけど、なかなか泣き止まない。

 あれ? もしかして俺のこと心配して泣いてたのか?

 紫のじいさんの後ろにいる探索者の男共がざわめく。なんか殺気だってるのもいる。


「ドリンがミュクたんを泣かせた」

「ドリンがミュクレイルの甥だからって、これは許せんな」

「俺達のミュクたんを心配させやがって」

「親戚とはいえ、泣かせた上にミュクたんのお兄ちゃんぶるのは認めん」

「そうだ。ミュクたんは皆の妹なんだ」


 いつミュクレイルがお前達の妹になったんだよ。ミュクたんとか言うな。

 えぐえぐと泣き止まないミュクレイルを抱き抱えたまま、紫のじいさんとフールフールと集まった探索者と白蛇女メリュジンの全員にジト目で見られて、なんだか俺が責められてるような気分になる。


「あーもう、泣くな泣くなミュクレイル。解った解った、俺が悪かった、認める、謝る、ごめんなさい、もう無茶はしない、反省する」

「そうだな、ドリンは少し反省した方がいい」

「サーラント! お前が言うな! お前も同罪だから一緒に謝っとけ!」

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