第93話◇さらば悪魔王?


「フールフールよ、お主が人間ヒューマンの下僕となる、というのは?」

「我輩からも紫の御方に頼みたいことがございます。まずは我輩がアルムスオンに来た経緯なのですが……」


 紫のじいさんがフールフールの説明を頷きながら聞いている。

 俺もそっちが気にかかるんだが。


「ドリン~」

「あー、ミュクレイル、目、つぶって」


 取り出したハンカチでミュクレイルの目元を拭く。わんわん泣いてたので目の回りが赤くなってる。

 白蛇女メリュジンで俺の年下の伯母さんで、俺が古代魔術鎧アンティーク・ギアとやりあった後も俺の身体の心配して引っ付いて離れなかったミュクレイル。

 俺がじーちゃんに似てて、ミュクレイルにとっては父親に似てるってのもあるんだろうが、こんなに泣かれるとは思わんかった。

 ハンカチでミュクレイルの鼻水を拭いてミュクレイルの鼻を挟むようにして、


「はい、チンして」

「んー」


 普通に立つと小人ハーフリングの俺よりミュクレイルの方が背がちょっと高い。

 手を伸ばしてミュクレイルの頭をよしよしと撫でる。

 なんか外野の探索者共がミュクたんミュクたん言ってるのが煩いが、これ以上やっかいなことは御免なので無視。


「ミュクレイルにおみやげだ。このお菓子は凄く美味しいぞ。ひとつしか無いけど、あ、バラの香りのお茶もあるぞ」

「食べる。あーん」


 なんとか宥めて泣き止ませて、アーンとお菓子で機嫌をとって、これで落ち着いたかな?


「んー、美味しい」

「そうか、喜んでくれて良かった」


 よし、これであとはフールフールだ。振り向いて紫のじいさんとフールフールを見れば、なぜか二人ともこっちを見て微笑んでいる。

 探索者達と白蛇女メリュジンもこっちを見てて薄く微笑んでいる。なんだ?

 フールフールがうむうむと頷いて。


小人ハーフリング白蛇女メリュジンの仲良し兄妹。なにやら癒されるものがある。ドリン、貴様、実は癒し系だったのか?」

「フールフール、悪魔王がほっこりしてんじゃない。気持ち悪いな」

「この隠れ里では種族の垣根を越えて、みんな仲良しなんじゃよ」


 紫のじいさんが言ってることは間違って無いが、俺がミュクレイルの涙を拭いてお菓子を食べさせる絵面がそんなに面白かったのか?

 なんでみんないいもの見たって顔でほっこりしてやがんだ。


「事情はだいたい解った」


 紫のじいさんが肘をついていつもの寝そべった姿勢で頷いている。


人間ヒューマンの1派が悪魔の召喚の系統に妙な改造を施しておる、か」

「紫の御方よ、奴等はボーティス教団と名乗っておりました」

「ボーティス、とはの」

「それについては我輩が悪魔界に戻ってから、其奴の関与があったのか調べてみます」

「そこは悪魔王のことであり、ワシに断るようなことでも無かろ」

「ですが、気になるところでは無いですか?」


 なんかまた俺達の知らない世界の話になっている。あの偉そうなフールフールが紫のじいさんにはやたらとかしこまっているのは、紫のじいさんが古代種エンシェントの中でも特別な存在ということなんだろうか。

 疑似陽光に照らされる穏やかな風景の隠れ里。雨も降らない地下の町。

 そこに古代種エンシェントドラゴンが座り、その正面にはオシャレに着飾った印つきの悪魔王フールフールが片膝立てて座ってくつろぐ。

 まるで神話の物語のような。

 5千年前、闘っていたという伝説の存在がふたり。

 今はそのふたりが穏やかに話している。

 せっかくだからとふたりで戦盤をしながらだ、なんて光景だ。


 みんなも近寄り難いのか少し離れて、でも目を離せなくてふたりを囲んで見ている。

 それでフールフールにお茶とお菓子を運ぶのが俺とミュクレイルになってしまった。

 紫のじいさん用の特大の戦盤駒を動かしているのはサーラントだ。

 身体の大きい紫じいさんが見やすくするために、駒は小妖精ピクシーよりちょっと大きい特別製。

 一応、お客様として扱おうということになって、フールフールのカップにミュクレイルがお茶を注いでいる。

 それをみんながハラハラしながら見てるわけだが、みんなちょっとビビり過ぎなんじゃないか? フールフールが戦盤の駒を動かす。


「地下迷宮の廃棄エリアを改造して、そこに紫の御方が居られるとは思いませんでしたぞ」

「ほう、ということはアガレスはずっと秘密にしていたわけじゃな」

「アガレス、あやつの仕業ですか、納得ですぞ。あやつ、戻ったら少し締め上げてやらねば」

「あの頃ワシの話に耳を傾けたのは、アガレスとカミオだけであったからの」

「まぁ、当時の我輩がこれを知ったなら何をしていたか。今ならば昔よりは知ることも増え、見えることも増えましたので、その真意も理解できます」

「ならばアガレスにこの紫が感謝していたと、伝えて欲しいんじゃが」

「承りました。あやつ、泣いて喜びましょう。悪魔王で1番の泣き虫ですからな」

「よく笑うしよく泣く王であったが」

「そこは今も変わりませんが、故に魅力のある王でもあります。あの頃の我輩にはそれが解りませんでした」

「なんとも懐かしいの。このような時の過ごし方があるとはの」

「5千年かけてようやく解ることもある、ということですか。世界はまだまだ謎を隠しておりますな。イタズラ好きなことです」


 5千年生きても解らないこと知らないことがあるのか。それなら俺は生きている間に、どれだけ世界の謎に秘密に近づけるというのだろうか。

 それにしても、さっきまで闘おうとしてたとは思えない程に呑気なフールフール。それも闘いへの思いが俺達とは違うからだろうか。

 紫じいさんにボッコボコにされたい、酷い負け方したいっていうのは、ただのド変態のような。死なない悪魔王の感覚なんだろうか。


「む、これは、もう手がありませんな」


 戦盤を見て首を捻るフールフール。


「参りました。流石は紫の御方」

「長い時をこればっかりやっとるだけじゃよ」

「足が動かぬとなれば致し方ありますまい」


 相手が悪魔王でも紫のじいさんの戦盤の連勝記録更新を止められず。なんだけど、つい口を出してしまう俺。


「フールフール。なんでさっきの1手、神官をそんなとこに動かすんだよ?」

「ここならば後ろの騎士と連携がとれるであろうが」

「そんなもんよりそこは相手の魔術師を牽制するために、こっちに置いた方が有効だろうが」

「だがそこでは槍士にとられるではないか」

「それで槍士が動いて道が開いたら、そこを剣士で切り込んでいけばいい。こうだよこうすんだよ」

「あー、なるほど」

「フールフール、お前、戦盤は下手くそか?」

「盤の上の闘いよりは、己の身を使う闘いの方が好みなのだ」


 少し離れて俺達を見てる探索者と白蛇女メリュジンがなんか言ってる。


「ドリンはなんで悪魔王に下手くそとか言えるの? なんでタメ口なの?」

「闘って友情が芽生えたんじゃないか?」

「お前なに言ってんの? 正気か?」

「それ以前に悪魔王と闘って無傷っていうのが信じられんのだが」

「紫じいさんが、ドリンとサーラントが悪魔王にもみくちゃにされてるって言ってたよね? てっきり死んだかと」

「それがなんで無事なんだあいつら。もしかして不死者アンデットなのか」

「悪魔王も下手くそって程、戦盤が弱いわけじゃなさそうだけど」

「いや、問題はそこじゃ無くてだな。あいつらがやっぱりおかしいってことで」


 なんか外野の奴等が騒がしいが、もみくちゃにされたっていうのはなんなんだ?


「我輩の雷から逃げまどっていたではないか」

「あれか? しっかり凌いで反撃したろうが。なんでもみくちゃにされたってことになってるんだ?」


 ミュクレイルが言うには紫のじいさんが言ってたってことらしいけれど。


「地下から悪魔王の気配を探って、ここの真上に来たことは解ったんじゃ。そのあと悪魔王の魔術が連射された先にドリンとサーラントがいる、というところまでは解ったんじゃが、それを凌いでおったのか」

「地下の30層から解るのか? そんなに細かく?」

「そのためにお主らに牙を持たせたんじゃがのう。と言っても牙の居所が解る程度で何をしとるのかまでは解らん。それで悪魔王の魔術攻撃にやられたと早とちりしてしもうた」

「それで俺がミュクレイルを泣かせたってことに繋がるのか」


 いい迷惑だ。まぁいいか。牙を使って居所を探るとかできるのか。紫のじいさんにはいろいろ心配かけてしまったなぁ。

 俺とサーラントだけじゃたいしたこともできなくて、ミュクレイルを泣かせてしまったのは事実だし。


「さて、我輩はそろそろお暇するとしますか。長居すればますます帰りづらくなりますから」

「うむ、ならば送還しよう」


 フールフールが立ち上がり、紫のじいさんが片手を地面につける。俺とサーラントで慌てて戦盤駒を片付ける。


「なんだフールフール。そんなに急いで」

「さっさと我輩を送り還したかったのでは無いか? あぁ、それとドリン。この紫の御方の牙はもらっていくぞ」

「あ、なんか見つからないと思ったらお前が隠してたのか。それは俺が紫じいさんにもらったもんなんだよ。返せ」

「いいではないか。お菓子とお茶をふるまった礼として我輩に譲れ。我輩のこめかみを貫いた記念の1品をもらっていく」


 何を言っても返す気が無さそうだ。ちゃっかりしてる。

 紫のじいさんが地面についた手から薄い紫の光が伸びて、フールフールを囲む魔術陣形が現れる。

 複雑に描かれる魔術陣形は俺の知らない失われた系統の魔術。紫のじいさんは探るようにフールフールを見る。


「これはまた、なんともややこしい術式に組み上げたものじゃの」

「この術式を使っているボーティス教団の者も、これが何か完全には把握していない様子でありました。そこに我輩が割り込む隙があったのですが。これを解呪するには絡まった糸を解すような、面倒で時間のかかる作業になります」

「かといってこれを残したまま悪魔王が送還すれば、その糸が残り辿られるというところかの」

「なのでこの従属刻印をどうにかしなければ、安心して戻ることもできず。なので遠慮無くやっていただきたい」


 立ち上がったフールフールが白い女腕で磔のように動かない男腕を押して前に揃える。


「これをどうにかしようと、古代種エンシェントを探していたのです」

「今のお主でもできなくは無いが、時間がかかってめんどくさいとなれば、そうなるかの。では、やるぞ」

「お任せしますぞ」


 紫のじいさんが黒い男腕に顔を近づけて、フールフールの黒い男腕にガブリと噛みついた。え?

 フールフールは黒腕に従属と弱体を圧縮して抑えてる、とは聞いてたけど。

 それを引き剥がすために、紫じいさんがフールフールの腕を噛み千切るとは思わなかった。

 バズンと音を立てて黒腕を噛む紫じいさん。


「ぬ、おおお」


 黒い男腕の肘から先を無くして呻き声を上げるフールフール。その肘からは赤い血が噴き出す。

 紫のじいさんは口の中でバキンボリンと黒腕を噛み砕いてゴックンと飲み込む。うわぁ。


「ふん!」


 足元に血溜まりを作りながら立つフールフールが気合いを入れると、肘から先の無い腕の出血が止まった。

 いきなり血塗れ残虐プレイとかするのやめてくれ紫のじいさん。みんなが引いてるし悲鳴も聞こえたし。

 顔色の悪くなったフールフールが心配になって近寄って、


「おい、大丈夫なのか、フールフール」

「ふ、フフフフフ。紫の御方に腕を噛み千切られたというのは、他の悪魔王に自慢できる。よいみやげ話ができた」

「強がってるけど、つらそうだな」

「なんのこれしき、ん?」


 ミュクレイルも近づいて来ててフールフールに手を伸ばす。


「痛そう」


 黒腕の断面に治癒と沈痛の魔術をかけるミュクレイル。隠れ里の訓練の成果か魔術が上達している。

 両手で悪魔王の黒腕を包むように治癒の魔術を使うミュクレイル。腕の再生は無理でも、傷口を塞いで痛みを少しでも抑えようとする。


「ほう、このフールフールを恐れぬか」

「ちょっと怖いけど、でも痛そうだった」

「悪魔王に同情し傷を癒すか。愛い娘よ、ミュクたんといったか」


 慌てて割り込む。ちょっと待て。


「フールフール、ミュクレイル、だ、ミュクレイル。ミュクたんとか気持ち悪い呼び方をするな」

「ミュクレイル、憶えておこう。ククク、白蛇女メリュジンと会ったと言えばアガレスはどんな顔をするか。楽しみだ。では、離れておれ、お前達。このままでは我輩は可愛いミュクレイルを悪魔界へと連れ去ってしまうぞ」

「最後の最後まで変態かフールフール、この残念悪魔王」

「最後まで罵るか貴様」


 ミュクレイルの腕をとってフールフールと紫じいさんから離れる。


「では、送るぞフールフール。存外に楽しいひとときじゃったよ」

「今更ですが、突然押し掛けての無礼に御容赦いただき感謝と改めて謝罪を。紫の御方よ、時父神が赦すならば再び会いましょうぞ」

「それを楽しみに時を過ごすとしようか」


 紫じいさんが一声かける。

 フールフールを中心に描かれた魔術陣形が薄紫の光を放つ。その光の中、牡鹿頭の悪魔王は辺りの景色を見回している。

 目に焼きつけて憶えておくように。

 片方の角は折れたままで、4本腕の2本は噛み切られて散々な有り様だ。

 悪魔界へと送還されたなら2度と会うことは無いのだろう。

 妙にカチンとくるところの多い奴。

 なのになんだか憎めない面白い奴。

 悪魔王と一緒にお茶をしたなんて、この隠れ里の外では誰が信じてくれるだろうか。


 ちょっとしんみりした気分で薄紫の光に包まれるフールフールを見る。

 フールフールは俺とサーラントを視界に入れるとニヤリと笑う。ん?


「ドリン、サーラント、貴様らに贈り物だ。受け取れ」


 フールフールが白腕に持つのは折れた牡鹿の角、サーラントが叩き折ったフールフールの角。どこから出した? いつの間に?

 フールフールがその腕を一振りすると折れた牡鹿の角が消える。


「うわ?」

「うお?」


 左の肩が熱い。焼けた鉄を押し付けられたような痛みが走る。


「何をする? フールフール!」

「貴様らに折られた我輩の角を貴様らに預ける。いずれまみえる時、再戦し、敗北の汚名を雪ぐその時まで、その身に埋め込んでおく。目印だ」


 左の肩を右手で押さえる。折れた角を埋め込むだって?サーラントも左肩を押さえながら、


「フン、平気な振りをしてたが、実は相当に悔しかったと見える」

「当然だ。格下に我輩の角を折られるなど、屈辱だ。次に会うとき、我輩が貴様らに勝った時、その肩から我輩の角を抉り出して取り戻す。ククク、再び会うその時までに強くなっておけよ。我輩の真の姿と相対できるぐらいには」


 再戦だって? こいつと? 冗談じゃ無い、勝てるかこんな奴。あと真の姿とかふざけんなよ。

 だけどこんなおかしな因縁のつけ方するなんてのは。薄い紫の光に包まれてその姿を薄くしていく悪魔王に。


「おいフールフール! お前もしかしてまたアルムスオンに遊びに来たくて、俺達をその理由にしようってんじゃないのか?」

「ハハハハハ! 暫しの別れだ! 我に打ち勝った者が簡単に負けたり死んだりしたら許さんぞ! ハハハハハ!」

「笑って誤魔化すな! 2度と来るな! この角もって帰れ!」

「ふん! 何度来たところで返り討ちにしてやる!」

「ハハハハハ! ドリンよ、サーラントよ、我輩が勝った暁には我輩の角と、そこの娘、ミュクたんを貰いうけるとしよう! ハハハハハ!」

「だからミュクたんとか気持ち悪い呼び方するんじゃない! この粘着ド変態!」

「フールフール! 歳の差がどれだけ離れてるか解ってるのかロリコン悪魔王!」

「ハハハハハ――」


 気色悪い捨て台詞と笑い声を残して、牡鹿の頭の悪魔王、フールフールの姿は消えた。

 印つきの悪魔王は紫じいさんが悪魔界へと送還した。

 これで悪魔騒ぎは片付いたハズなんだが。


 慌ててジャケットを脱いで胸当てを外して上着を脱ぐ。

 左肩を見るとそこには青黒い刺青。枝分かれした鹿の角の絵がある。手で擦っても落ちない。

 鎧を脱いで上半身裸になったサーラント、その左肩にも同じ青黒い刺青。この中にフールフールの角が入っているのか?

 なんだかオシャレなデザインの牡鹿の角の刺青で、下に小さくフールフールのサイン入り。

 パッと見にはちょっとカッコいいワンポイントタトゥーというのが、逆にカチンと来る。あのやろう。


「ドリン、再会がいつになるか解らんが、そのときは全力で叩き潰すぞ」

「あぁ、勝手に俺の身体に標的シールを貼った上にミュクレイルを拐うとか、冗談でも許せん。ぶちのめす」

「私が悪魔王に拐われる? それをドリンとサーラントが迎え撃って止めてくれる? 素敵、お伽噺みたい」


 なんでかミュクレイルが自分の頬を両手で押さえてモジモジし始めた。

 

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