第57話◇灰エルフのトンネル現場

◇◇ドリン視点に戻ります◇◇



「ここがトンネル工事現場よ」


 リムレイルに連れられて行ったグレイエルフの町外れ。かなりの大穴が地面に開いている。


「トンネルとか解らないからただ掘ってるだけなんだけどね。土系の魔術で掘り進めて、土はダークエルフに運んでもらって」

「なんでダークエルフなんだ?」

「私たちがお願いするとダークエルフの男たちが手伝ってくれるの」


 見てると担架のようなものに土を乗っけて運んでるダークエルフの男たちがいる。グレイエルフとダークエルフ、そんな関係なのか?

 なんだか白蛇女メリュジンにいいとこ見せようと頑張るモテたい三傑衆みたいだ。

 穴の近くには運び出された土が山になっている。穴の中を見せてもらうとけっこう広いが、リムレイルに気になったとこを言っておこう。


「トンネル工事そのものはドワーフの職人に任せて、ドワーフが住めるように広く掘った方がいいかな」

「そうなの?」

「洞窟であればドワーフは加護を得られるから。それに知識も無いのに奥へと掘り進めて崩れるのが怖いだろ?」

「じゃあトンネルを掘るんじゃなくて、これから来るドワーフ職人軍団の作業場を作るって方向で」

「あとはディレンドン王女待ちだ」


 グレイエルフ族長、レスティル=サハと話もつけたので俺達はマルーンに戻ってもいいんだが、その前にすることもある。

 ライトエルフのエイルトロンが袋を持ってきた。中には魔晶石と精石が。


「とりあえず今ある魔晶石と、光精石に木精石を持ってきましたよ」

「助かる。ノスフィールゼロ、どうだ?」

「これならトンネルポインター探知機を動かすことができまスノ」


 ドワーフ王国、くろがねセンドーの街で、メッソの姉夫婦のところでノスフィールゼロが作ったもの。ただ、魔晶石が手に入らず動かせなかった。

 エルフの森の奥に60層中迷宮があるということで、そこで出る魔晶石と精石を分けて貰うことに。

 探知機に魔晶石を組み込みながらカチャカチャやってるノスフィールゼロに聞いてみる。


「精石はどうする? サンプルに欲しいって言ってたけど」

「例の設計図で精石が使われてましタノ」


 サーラントが持って来させたカノンの設計図か。確か動力に火精石が使われていた。


「なので、精石を調べてみたくなりまシテ。設計図から精石の利用法もわかりましタシ、何か作れるかもしれませンノ」


 エイルトロンがノスフィールゼロの作業を真剣に見ている。


「魔晶石で動くテクノロジス。まるで地下迷宮から出る古代魔術の品みたいですね」

「その古代魔術の品を黒浮種フロートと俺のじーちゃんが解析したのがもとになってるからなぁ」


 地下迷宮から見つかる暗黒期以前の品、古代魔術の道具。道具も兵器もまとめて古代魔術具アンティークと呼んでいるが、今のところは再現不可能の品。

 道具に魔術が仕込まれていて魔晶石の魔力を使って自動発動、又は特定のキーワードで発動するもの。

 魔晶石の魔力を引き出して魔術を強化するのは、今のところ刻印系統の儀式魔術でその難易度も高く使える魔術師も少ない。

 じいちゃんの練精魔術は例外として。

 ノスフィールゼロの手元を覗き見ているエイルトロンに聞いてみる。


「興味あるのか?」

「それはもちろんです。黒浮種フロートのテクノロジスなら古代魔術具アンティークを新たに作れるかもしれないじゃないですか。それは失われた古代魔術を再現できるかもしれないってことですからね」


 ノスフィールゼロが手を止めて、


「それは難しいでスノ。我々黒浮種フロートには魔術適性は無ク、魔術が使えませンノ」

「それならそれで魔術の得意な我々エルフといっしょに研究しましょう。なんでも魔晶石から魔力を制御しながら引き出して動力にする回路は、魔性小人ブラウニーの魔術師と研究したことでできたと聞きました」

「俺のじいちゃんな。でもエルフと黒浮種フロートが組めば古代魔術の品の再現はできるかもな。今の黒浮種フロートのテクノロジスも魔晶石を動力にしてるのは古代魔術具アンティークと同じだし。ということは魔晶石エンジン搭載テクノロジスは疑似古代魔術具アンティークと呼んでもいいのかもな」

「魔術を打ち消さないテクノロジスなら、エルフにも使うことができます。ドルフ帝国のテクノロジスとは系統が違うのでしょう? 魔晶石を使うなら魔術とは相性良さそうです。トンネルが開通したらお話に聞いた黒浮種フロートのテクノロジス研究所を見学させてくれませんか?」

「エルフの魔術師でテクノロジスに興味あるとは、エイルトロンはなかなか見る目がある」

「そうですか? 私としては不安をひとつ解消したいだけなのですが」

「不安って、なにが?」

「テクノロジスのカノンが魔術を打ち消しますから。それでテクノロジスは魔術師の敵って考えの魔術師の方も多いですけどね。それならそれで魔術を打ち消す原理を解明しないと対策も取れませんし。万が一、人間ヒューマンカノンを使うようになったら、と考えると怖いですからね」

カノンがなぜ魔術を打ち消すのかは、今のところ不明なんだよな。ドルフ帝国が隠してるのかもしれないけれど」


 ノスフィールゼロが触手腕を身体にしまってふわりと浮く。


「エイルトロンさん。エルフと黒浮種フロートの魔術研究は私も興味がありまスノ。魔術の使えない黒浮種フロートに魔術の理論や原理など教えて欲しいでスノ」

「こちらこそお願いします。黒浮種フロートのテクノロジスを教えてください。トンネル開通が待ち遠しいですね」


 にっこり微笑むエイルトロンが握手しようと右手を出す。ノスフィールゼロも身体から触手腕を伸ばしたところで、


「ちょっとー、抜け駆けしないでね。魔術なら蝶妖精フェアリーの方が得意なんだから」


 ラァちゃんと散歩してたシャララがいきなり飛んで来て、ノスフィールゼロにひしっとしがみつく。


「ノスフィールゼロ、魔術のことならシャララに聞いてー」


 エイルトロンが少し困ったように、


「抜け駆けのつもりはありませんよ。ただ、黒浮種フロートという種族に興味があるんです」


 テクノロジスはドルフ帝国だけ、という現状。そのテクノロジスを知る未知の種族、黒浮種フロートに興味を持たない種族なんていないか。


「エイルトロン、黒浮種フロート白蛇女メリュジンはこれまで他の種族と交流したことが無いんだ」

「ずっと地下迷宮の中に隠れ住んでいたならそうでしょうね。古代種エンシェントドラゴンといい、話を聞きたいというエルフは多いですけど、迷惑にならないように配慮します」

星来者セライノは人気者よの。いや、今は黒浮種フロートじゃったか」


 ラァちゃんがシャララを追いかけて来た。ちゃんづけで呼ばないと相手をしてくれないので、俺もラァちゃんと呼ぶことにした。

 8枚の羽根を揺らめかせて優雅に飛んでいる。


「ノスフィールゼロや、伝えたいことあるでな。耳を貸しいや」

「なんでスノ?」


 ラァちゃんはノスフィールゼロの頬にキスするようにくっついて、こそこそとなにか話している。


「それは、本当でスノ?」

「そうよ。じゃからその点ではもう心配することは無いのよ」


 ラァちゃんはノスフィールゼロの帽子が落ちないように気をつけて頭を撫でる。いったいなんの話なんだろ?

 古代種エンシェントと、祖先が古代種エンシェントとなにやら縁のある黒浮種フロート。俺達に聞かせたくないことがあるのだろうか。


「しかし黒浮種フロートよ。神の加護無き種族がようもこれまで生き延びたの。これもテクノロジスとやらかえ?」

「我々の祖先のテクノロジスでスノ。確かに我々には神の加護も無く、宗教や信仰もありませんガ」


 エイルトロンが驚く。


「神の加護も無く魔術も無く、五千年以上、種族が続いてるというのが信じられません。私達とはかなり違う種族なのですね」

「ノスフィールゼロ、その話、俺達にも解りやすく教えてくれないか? 古代種エンシェントとの盟約で話せないならいいけど」

「これについては我々の古き過去のテクノロジスですノデ、この星では再現不可能でスノ。我々が故郷の星でテクノロジスの最盛期の頃のモノでスノ。話すことはできまスガ、この星では同じことはおそらくできませンノ」

「それでも興味があるから、聞かせて欲しい。加護無き種族、黒浮種フロートの祖先の叡知。星から星に旅をするってだけでも俺達にはおとぎ話になるけど、それはそれで面白い話だから」

「では、お話しまショウ。我々の祖先が種の限界を越えたテクノロジスを。まず我々の祖先は老衰を病気のひとつとして治療することに成功しましタノ。これで黒浮種フロート個体の寿命は500年になりましタノ。もとの寿命が100年でしたノデ、5倍になりましタノ」


 いきなりとんでもない。


「その際、種の在り方そのものをテクノロジスで改変することができるようになりましタノ。エネルギー問題、資源問題を解決するために個体のサイズを小さくシ、食料摂取も高効率化しましタノ」


 ということは、もとの黒浮種フロートはもっと大きいサイズだったのか?


「更に肉体の効率化を進メ、体内に生体重力場発生機関、生体磁場発生機関を作り出シ、空中移動を可能ニシ、足を無くしましタノ」

「え? じゃ黒浮種フロートって足があったの?」

「昔の姿は身長1メートル50センチ、足が2本、腕が2本、触手腕が2本の姿でスノ」


 今のノスフィールゼロの身長は40センチくらい。変わりすぎだろ。聞けば聞くほどとんでもない種族だな。


黒浮種フロートがこの姿になったノハ、この星の周期換算デ、約2万年前になりまスノ」


 今の黒浮種フロートは身長約40センチ。パッと見には手も足も無い真っ黒なてるてる坊主。体内に収納できる6本指の触手腕が2本。

 重力場発生機関とやらで、羽も無いのに宙に浮く。

 まさかその姿が種族そのものがテクノロジスで改造されていたとは。


「あの、驚きまシタ?」

「驚いたというか、驚くところを越えたというか。黒浮種フロート凄いな。そこまで姿も寿命も変わると違う種族に変化したみたいじゃないか」

「デスガ、オタマジャクシからカエルとカ、芋虫から蝶なド、姿が変わるような生物もいまスノ。黒浮種フロートはそれをテクノロジスで行っただけでスノ」 


 エイルトロンもどうやら混乱している様子。ノスフィールゼロの姿を確認するように見つめて、


「目の前にノスフィールゼロがいなければ、信じられない話ですね……。テクノロジスってなんでもありですか?」

「さすがにそれは無理でスノ。我々から見ると神の加護と魔術の方ガ、なんでもアリに見えまスノ」

「そういうものですか」


 エイルトロンは唖然としてる。いや、俺も想像力がおっつかなくて、脳ミソがなんかひっくり返ったような気分だけど。

 シャララとラァちゃんは盛り上がってる。


「行ってみたい! 黒浮種フロートの故郷を見てみたいなぁ」

「まるで違う世界を覗くようで、面白い話よのう」

「ね、ね、ノスフィールゼロの遠いご先祖様って4本腕2脚ってことは、蟲人バグディスみたいな感じ?」

「身体に虫のような甲殻は無いノデ、でもシルエットは似てるかもでスノ」


 加護無き種族でも知恵と技術で、寿命も食料問題も解決できるのか。

 そのテクノロジスがあれば、加護無き人間ヒューマンも個体の大きさを3分の1くらいにサイズダウンして食事量を減らして、寿命を長くして出生率を下げられたかも知れない。

 もしそれができればこの地上で人間ヒューマンとの共存は可能かもしれないな。


 シャララとラァちゃんが過去の黒浮種フロートの姿の想像図を描いたり、ノスフィールゼロがエイルトロンとリムレイルにトンネルポインター探知機の使い方を教える中、サーラントが戻って来た。

 背中にダークエルフのディストレックを乗せて大草原の偵察に出ていたのだが、ずいぶんと早く帰って来たな。

 サーラントを見ると、行きはディストレックひとりだったのが背中にふたり乗せている。ディストレックともうひとり。


「やっと着いたか」


 そう言って背中の翼で羽ばたいてサーラントから飛び降りる。

 乗っていたのは鷹人イーグルスのネオールだった。


「久しぶり、ドリン」

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