第58話◇鷹人ネオールの説明、今のマルーン街


「じゃ、俺が出て来た時点でのマルーン西区、百層大迷宮の説明をするぞ」


 立ち上がった鷹人イーグルスのネオールがテーブルにつく全員を見渡す。

 場所はエルフの森外縁部、グレイエルフの町、中央の原っぱ。

 集まったのは前回と同じ、グレイエルフは族長レスティル=サハとアムレイヤのおねーちゃん、リムレイル。

 ライトエルフのエイルトロン。

 ダークエルフのディストレック。

 背高ハイエルフのクワンスロゥ。

 俺とサーラント。

 テーブルの上には、シャララと古代種エンシェントのラァちゃん。

 蝶妖精フェアリー族長のソミファーラ。

 小妖精ピクシーのネルカーディ。

 黒浮種フロートのノスフィールゼロ。


 レスティル=サハの旦那さんがみんなにハーブティーを持ってくる。……なんかいまだに旦那さんと呼ぶのに抵抗があるなぁ。膝丈のスカートから見える足も細いし。キラキラと花を飛ばしたりするし。

 今回はエイルトロンもディストレックもクワンスロゥも、それぞれの率いる部隊の部下を連れて来てて後ろに立っている。副官という奴だろう。

 その回りをこの町のグレイエルフが囲んでいるので、少し賑やかしい。

 前回はノスフィールゼロの紹介とトンネル工事のことなので代表者のみ。

 今は集まったグレイエルフの注目を浴びて、そのたわわなところを一瞥したネオールは背中の翼を少し動かして、右手で髪をかきあげる仕草。

 カッコつけようとしているらしい。


「まず、マルーン西区、百層大迷宮への入り口は騎士団に封鎖された。現在は人間ヒューマン部隊パーティしか通れない状態になっている。入り口の砦は騎士団と魔術研究局ががっちり固めて、人間ヒューマンの騎士と傭兵と魔術師、あとは暗部商会の奴らが部隊パーティを組んで百層大迷宮を探索中だ」


 ここのエルフ同盟のエルフ達には人間ヒューマンの街のことを知る者は少ないから、その辺り説明は必要かな。

 ま、ネオールが張り切っているから任せようか。


人間ヒューマンがやっきになって百層大迷宮を調べている原因は、俺達が探索者全員を隠れ里に引き込んで、地上にお宝を運ばなくなったからだ。人間ヒューマンは地下迷宮に隠れた俺達を見つけて、お宝を手に入れたがっている。こんなものまで作ってマルーンの街に貼り出してな」


 ネオールが取り出したのは賞金の書かれた人相書き。目付きの悪い人馬セントールと人をバカにしたような笑みを浮かべる小人ハーフリング

 生きて捕らえたら1万cs 。

 俺が賞金首ねぇ。人相書きを見つつ。


「サーラントは似てるな。頭にカチンときたときこんな目をしてる。俺はぜんぜん似てないけど」

「ドリンは似てるな。悪巧みをしているときこんな笑みを浮かべている。俺は似てないからこの人相書きでは捕まらんな」

「マルーン西区にいた人馬セントールはサーラントひとりしかいないだろうが。人相書きが無くても他に誰がいる?」

小人ハーフリングで魔術師など、あの街ではドリンしかいない。それにこんな底意地の悪そうな笑いかたをする小人ハーフリングもな。しかし、なんだそれは?」


 エルフ達もその紙に描かれた顔と俺達の顔を見比べて、なんかクスクス笑ってんだが。シャララも、うぷぷーとか変な声出してるし。ネオールが人相書きを片手でピラピラとみんなに見せながら、


「見ての通りの賞金首の人相書きだ。ドリンがマルーンの貴族を怒らせたって聞いたぞ。あとは怪しい動きをしてる探索者ってことで触るな凸凹と灰剣狼と猫娘衆がマークされた。あとは徴税所で悪名を馳せてるのと、なんかやるなら触るな凸凹だろって噂でお前らふたりを捕まえて、いろいろ吐かせたいんだろうよ」

人間ヒューマンもバカでは無いというところか。だったらなんだ? その賞金額は」

「まったくだ。本気で探し出したいならその10倍は用意しろよ」


 ネオールが人相書きを見直して。


無法者アウトロー気取るには安い賞金か? ま、そんなわけで探索者は隠れ里に身を隠しながら、人間ヒューマンの探索を妨害してる。百層大迷宮で人間ヒューマンの即席部隊パーティと歴戦の探索者部隊パーティが戦ってるとこだ。人間ヒューマンの方は10層の転送部屋を占拠して、今頃は20層の転送部屋を占拠してるところだろう」


 ディストレックが手を上げて、


「それを聞くと、かなり人間ヒューマンに攻め込まれているみたいじゃないか?」


 ネオールはニヤリと笑って。


「まぁ聞いてくれ。小迷宮と中迷宮なら5層毎にある転送陣のある部屋。これが大迷宮には10層毎にしか存在しない。古代魔術で作られた転送陣は登録した転送アミュレットが無いと使えない。で、転送アミュレットに階層登録できるのは、その転送部屋の前のボスを倒した部隊パーティのメンバーだけだ」


 ネオールは自分の首にかけている転送アミュレットを取り出してみんなに見せる。ネックレスの先についてる小さな金属板に青い石が嵌め込まれたもの。


「30層ボスは1度討伐すると復活するのに約30日かかる。俺達で30層東側の骸骨百足は倒したから、あと15日は骸骨百足は復活しない。復活したところで俺達が先に倒せば、人間ヒューマンは30層登録ができないから、奴らに30層転送部屋は使えないし使わせない」


 ネオールは転送アミュレットのネックレスを首にかけ直して、指でピンと弾く。のって来たなネオール。


「ドワーフがいたら洞窟内で食事の加護もあるが、人間ヒューマンは加護も無い上に俺達の3倍の食料が必要になる。地下迷宮探索には、毎回大量のお弁当を持ち込まなきゃならないからたいへんだよなぁ」


 背高ハイエルフのクワンスロゥが腕を組んだまま、ムスッとした声で、


「つまり、まとめるとどういうことか、簡潔に説明しろ」


 調子にのってきたところに水を差されて、ネオールがクワンスロゥを見下ろす。


「まとめるとだな、1層、10層、20層の転送部屋は人間ヒューマンが押さえ、30層の転送部屋は俺達が押さえた。地下迷宮の戦闘で俺達が人間ヒューマンに遅れをとることは無いので、20層からの探索に手こずる人間ヒューマンは隠れ里を見つけられないし、たどり着けない、ということだ」


 レスティル=サハがネオールを見上げる。


「流石は百層大迷宮に挑む歴戦の探索者だ。それならばトンネル開通まで防衛することも可能というところか?」


 ネオールはレスティル=サハの胸に下りかけた視線を素早くもとに戻して、


「あの地にいる探索者は、並じゃない。トンネルの方は140キロまで進んでいる。あと60キロ掘るまで守りきれるだろうよ」


 ダークエルフのディストレックが、ほう、と


「頼もしいことだ。ネオールよ、トンネル開通したら百層大迷宮について教えてくれ。メンバー募集してる部隊パーティとか」

「いいとも。ま、向こうにはダークエルフの探索者もいるから、同郷の同族から聞くのがいいかもな。灰剣狼のスーノサッドなら白蛇女メリュジンの戦闘用の魔術指導で顔もきくし」

「は? スーノがいるのか?」

「なんだ、知ってんのか?」

ダークエルフの若手で1番の火系魔術の使い手で有名だ。他の魔術はイマイチなんだが火の系統に関しては天才で、火炎のスーノって呼ぶ奴もいる。火系を極めるって言ってたが、百層に挑んでいたか」

「今じゃ百層大迷宮でトップクラス、40層級の部隊パーティ灰剣狼の一員だ」

「そいつはいい。ダークの自慢になる」


 俺は手を上げて発言する。


「盛り上がってるとこ悪いが、念のために。人間ヒューマンが本気になって数で大迷宮に攻めてきたら、防衛は難しくなるぞ。あとは単体で最強の戦力、古代兵器武装騎士団アンティーク・ナイツが来た場合もだ」


 ネオールが翼をすくめて、


「それについては警戒してはいるんだが。ただ、人員と古代魔術鎧アンティーク・ギアは地上の戦争に回すんじゃないかな? こっちに飛んでくる途中で上から見たが、人間ヒューマンの侵攻軍隊が大草原手前に集結中だ」


 サーラントがネオールに、


「トンネル開通は間に合わないか。人間ヒューマンの軍隊の数は?」

「ウジャウジャいてよく解らん。3万くらいか? さらに増えそうだった」

カノン対策はあったか? ミトルの話では大盾を運んでいたということだが」

「見つからないように接近しなかったからなぁ。武装とか細かいとこまでは解らん」

「そうか。今回は3万以上か」

「すまん、サーラント。俺は戦争用の偵察とかしたこと無いんだ。今回も見つからずにここまで来ることを優先してたし。役に立てなくて悪い」

「いや、ネオールのおかげで助かってる。ドルフ帝国はどうだ?」

人馬セントールは足が早いよな。大草原中央で集まってる。後続は遅れてるみたいだけど」

「重カノンは重いから仕方無い。先行したのがドルフ帝国の兵団赤なら軽カノン装備だから、古代魔術鎧アンティーク・ギアも敵では無い」


 ディストレックが立ち上がる。


「それが分かったら俺が『闇牙』連れてその兵団赤の応援に行くとするか」


 ライトエルフのエイルトロンが手を上げて、


「それならライトも出ましょう」

「いや、ライト背高ハイは森の守りを頼む。ドリンの話では人間ヒューマンの遊撃隊は人間ヒューマン領域に戻ったっていう可能性が高い、とはいえまだ森の近くにいる可能性も無いわけじゃ無い。それにエルフもどきのこともある。ライト背高ハイでそっちを頼む」


 俺はこのあたりの地形を頭の中に描く。


「そうだな、もしもあの人間ヒューマンの遊撃隊が複数いて潜んでいて、大草原中央にいるドルフ帝国部隊を前後から挟撃するつもり、という可能性もあるかもな」


 サーラントが後を続ける。


「いるかどうかも解らんが、念のために探した方がいいのか」


 小妖精ピクシーのネルカーディがテーブルの上に立ち上がる。


「エルフの森の周辺調査は小妖精ピクシーの魔術戦隊でやろう。隠れながら探すのなら俺達に任せてくれ」

「ネルカーディはエルフもどきとそれに追われた者も探してくれ」


 レスティル=サハがテーブルに身を乗り出す、その胸がテーブルに乗っかって形を変える。むにゅん。


「ネルカーディの魔術戦隊だけで足りないところは、大草原から避難してきた小人ハーフリングに協力を頼もう。ライト背高ハイはエルフの森とこの町の防衛を頼む。リムレイルはグレイの魔術が得意な者を20名連れて闇牙についていってくれ」

「解った。メンバーは私が選んでいいのね?」

「そこは任せる」


 ディストレックが慌てて、


「おい、レスティル=サハ。俺達はグレイを戦場に連れていくつもりは無いぞ」

グレイだけが危険を侵さずにのうのうとはしていられん。それにこれで闇牙の戦力強化になる。グレイの女が応援すればダークの男は1.5倍くらい強くなるだろう?」

ダークを侮るなよ? グレイの女を守る為に戦うのなら、ダークの男に敵はいない」


 いや、カッコつけて言ってるが、それってダークエルフの男はグレイエルフの女にメロメロってことだよな。

 大丈夫なのかダークエルフ?


「ドリン、私達はどうしようか?」


 シャララが聞いてくる。どうしようかと言われても、


「地上の戦争となれば俺達には出番は無い。エルフの森からのトンネル工事の目処がついたら、百層大迷宮に戻るつもりだったんだが」

「ネオールの話じゃ大迷宮入り口に入れそうに無いんだけど?」

「そうなんだよなぁ。ところでネオール、西区の住人はどうした? 商人で残ってるのは故郷に帰ったのか?」

「あぁ、西区は全員街の外に出た。レッドの地下通路のおかげで脱出完了だ」


 ん? 脱出完了?


「ちょっと待て、脱出完了ってどういうことだ? 異種族が団結して暴れないように人間ヒューマンが追い出したんじゃないのか?」

「言ってなかったか? マルーンの街は門を閉じて異種族を閉じこめようとしたんだ。それで探索者の精鋭で西区の残った住人を街の外に逃がしたんだ。そのときに迷宮入り口でバトルしたんで警備が厳重になっちまった」

「いや、妙だろ。なんで人間ヒューマンが異種族を街に残そうとするんだ?」

「俺に聞かれても。妙っていうなら西区の住人が何人か行方不明なんだ。家族や友人に黙っていなくなるような奴じゃ無いってのが、10名ほど消えてる。それもあって住人の脱出を急いだんだけど」

「なんか人間ヒューマンが何をしたいのかが解らんのが気持ち悪いな」

「前に人間ヒューマンが探索者を傭兵にしようって、言ってたやつなんじゃないか?」

「いなくなった種族は解るか?」

「えーと、エルフだろ、小人ハーフリングだろ、あとは小妖精ピクシーか」

「それ、エルフ以外は傭兵として戦力としてどうなんだ?」

「そういやそうだな。共通してるのは、人間ヒューマン中央領域で人気があって高く売れそうな種族か。暗部商会が出張ってきたのは誘拐しての金稼ぎとか?」

「「ほーぅ」」


 そこにいるエルフ全員が目を細めてネオールを見る。


「待て待てまって、俺は可能性を言ってるだけで俺が拐ってんじゃ無いからな? エルフと小妖精ピクシー人間ヒューマンに高値で取り引きされてるって、噂でも聞いたことあるだろ? 俺を睨むなよ」


 エイルトロンが半目のまま、


「大草原周辺の人間ヒューマンの国では、智者憲章を守ると誓約してるはずですが?」

「あいつら戦争が終わる度に誓約して、戦争前にはいつも忘れてるじゃないか。人間ヒューマンが隠れて異種族拐ってんのはたまに見つかってることだし。触るな凸凹が誘拐組織潰したりしてるし」


 サーラントが拳を顎に当てて考え込む。


「ここで異種族を拐って何をしたいのかが解らん。調べてみたいところだ」

「あ、なーんか嫌な想像しちゃった」


 シャララが苦いものを口にしたように顔をしかめる。


「食料不足解決のために異種族を人間ヒューマンが食べようとしてるんじゃ無いの? 昔、人間ヒューマン豚鬼オークを豚肉って言って食べてたときみたく」

「奴らならやりかねん。食用に研究するつもりで拐っていったのかもしれんな」


 ディストレックが眉を吊り上げて、


「エルフもどきといい、まったく気色悪いな人間ヒューマン。拐われたのなら取り返せないか?」

「待った。拐われたかどうかも解らん。それを調べる為にもマルーンの街に戻るとしよう。俺とサーラントとシャララでマルーン西区を調べてみるか」


 ネオールが口を出す。


「触るな凸凹でも今のマルーンの街を調べるとか無理だろ。あの街はもう人間ヒューマン以外の種族はいないんだぞ? レッドの地下通路で西区に入れても、迷宮の入り口は守られてて入れそうに無い」

「ここにいてもすることも少ないし、迷宮入り口なんてのは、砦を突破すればいい」


 どうにも人間ヒューマンの目論見が読めないことが、なにか危険な気がするんだよなぁ。それに戦力強化のためにカノンの設計図を黒浮種フロートの研究所に持っていきたいし。


「エイルトロン、魔晶石あるだけ分けてくれないか? それと水精石を少し。強引でもなんでも、1度隠れ里に戻ってみるか」

「なら、ラァもついていくかや。ただ、戦闘には手を貸さぬよ」

「ラァちゃん、ついていくるのか? やめといた方がいいんじゃないか?」

「むーちゃんに会うだけよ。なんぞあればひとりで逃げるゆえ、気にすることは無いわ」

「まぁ、それならそれで」


 古代種エンシェント、旧きものというのもいろいろあるみたいだ。八枚羽のラァちゃんはニコニコ笑っているけれど。

 神への誓いなのか、今の世界に影響しすぎないように気をつけているようだし。

 悪魔に関わること、またはアルムスオンの危機であればその限りでは無いのだろうけど、古代種エンシェントが全力を出すような場面なんてのには関わりたくない。

 全力の古代種エンシェントの相手なんてのは戦盤の盤上だけで十分だ。


 さて、準備ができたら戻るとするか。

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