第59話◇空から潜入、マルーン街降下作戦


 サーラントの背に乗り、大草原を越え、マルーン街へと向かう訳だが。


「これ、どうやって越えて行くんだ?」


 呟くのは鷹人イーグルスのネオール。

 見えているのは人間ヒューマンの軍隊。3万は越えてまだ集まってくるのか?

 ミトルが言ってたが、人間ヒューマン領域では大きな災害も疫病も無かったということで、ずいぶんと数が増えたもんだな。

 あぶれた人間ヒューマンを集めて特攻させるつもりらしい。


「どうしたもんかな、これは」


 ため息混じりに呟いてみる。

 グレイエルフの街を出て、2日。

 ダークエルフのディストレックが率いる戦闘部隊、闇牙も街を出た。闇牙はドルフ帝国の兵のいる大草原中央に向かい、俺達はマルーンの街に向かって。

 大草原の中、人間ヒューマンに見つからないように、離れた遠いところから集まった人間ヒューマンの軍隊の様子を眺める。

 ここさえ越えればマルーンの街までは近いのだが。


「迂回するか?」


 サーラントの提案、だけど、


「時間がかかる上に、あいつらどこまで広がってるんだ? 障害物も無い大草原であれを迂回するには、どれだけ遠回りをしなきゃならないのか」


 まったく面倒な。シャララが両手の指で丸い輪を作って覗いている。魔術の遠見で様子を見ている。


「鎧も着てないのがぞろぞろいる。人数集めてるけど、戦えるのってどれくらいいるんだろ? 槍は持ってるけど。奥の方には立派な鎧をつけてて、馬に乗ってるのがいる。ちょっと大きいのが……あれは前に馬車の上で見たのに似てる。古代魔術鎧アンティーク・ギアだね」


 さて、どうしたものか。俺とサーラント。ネオールにシャララにラァちゃん。そしてノスフィールゼロ。

 サーラントとネオールの機動力ならちょっとは無理もできるんだが。

 ネオールがフワフワと浮かぶラァちゃんを見て、


「ラァちゃん、なにかこう、俺達をひょいっと隠しエリアに運ぶ魔術とか無いの?」


 8枚の羽を揺らめかせて、空中であぐらをかいているラァちゃん。ぼんやりと人間ヒューマンの軍勢を見ながらラァちゃんは、


「ラァは何もできぬよ。ご先祖から古代種エンシェントのことを聞いとらんのかえ?」

「聞いてはいるけどさ。増えすぎた人間ヒューマンていうのもアルムスオンの危機ってことにならない?」


 そういう解釈ってありなのか? それで古代種エンシェントの力が借りられるなら、いろいろ期待するんだが。

 ラァちゃんはため息ついて。


「ラァの如き古代種エンシェントは、本来ならば役目を終えてこの地より去っておるのよ。かつての暗黒期の争乱の後、ラァ達が守りし愛し子の行く末を見守りたいと、その我が儘を許されて古代種エンシェントはアルムスオンにおるのよ。目立つような派手なことを致せば、亜神として神の国に召されてしまうでなぁ」


 古代種エンシェントは今の種族に関わらず、ただ見守るのみ。伝承通り、ということか。


「悪魔に関わることのみ、古代種エンシェントは力を使うことを許されおる。まぁ、その為にアルムスオンにおるのじゃがの。誰ぞが悪魔をこの地に呼び出したなら、召喚された悪魔を相手に力を使うこともできようが」


 シャララが振り向いて、


「えー、人間ヒューマンの悪魔崇拝者がたまに呼び出したりして悪さしてるじゃ無い? それはどうなの?」

人間ヒューマンの教会が悪魔崇拝者を処罰、処分しておるでな。人間ヒューマン全体の総意として、悪魔の召喚を認めてはおらんということゆえ、これは人間ヒューマンの内部事情にて干渉するのはよろしく無きことよ」

「んー、スッキリしないなぁ」


 このあたりが人間ヒューマンの偽装なんじゃないかって、俺は疑っている。

 サーラントがシャララの頭を指で撫でる。


「シャララもネオールも無理を言うな。かつてこの世界を守ってくれた古代種エンシェントには敬意を払え。そして今の世界のことは俺達でどうにかする。古代種エンシェントに迷惑ばかりかけるな」

「そうだな。紫のじいさんも地上に出てちょっとなんか派手なことしたら、神の世界に送られるんだろう。地下の隠れ里でひっそりとしてるから、今もアルムスオンにいることができるんだろうな」


 ラァちゃんが俯いて、少し寂しそうに。


「そういうことよ。ラァは古代種エンシェントの中では好きにやってる方だがの。それでも種族間の争いにおんしらが巻き込まれて、死ぬことになるとしても、手助けできんのよ。そこは知っておいておくれや」

古代種エンシェントと出会えて話ができただけで、俺は満足だよ。ラァちゃん。細かいことは気にするな。面倒なことは若い連中に任せて、年寄りはそれを見て楽しんでるといい」


 俺が手を伸ばすとラァちゃんはフワリと飛んで俺の手のひらの上に座る。


「それに俺達がこんなとこで死ぬようなことにはならない。ラァちゃんが守ってくれた種族の子孫てのはタフなんだ」

「ほぉ、ならば見せてくれるかえ?」

「まぁ見ててくれ。さて、これからだけどネオール」

「ん? なんだ?」

「何、ぼーっと見てんだ?」

「いや、ドリンがずいぶんと自然にラァちゃんを手に乗せてるのがすげぇなって。ドリンは相手が古代種エンシェントでも女ならさらりと口説くんだな」

「なにバカなこと言ってんだ。それに小妖精ピクシーは手を出したら乗ってくるし、すぐに肩とか頭に乗ってくるだろうに」

「いやぁ? ラァは相手を選ぶのよ?」

「シャララも誰でもいいって訳じゃないよ?」


 あれ、そうなのか?


「まぁいい。で、ネオール、俺を持って飛べるか? ここから人間ヒューマンの軍隊を越えてレッドの地下通路まで」

「シャララとラァちゃんならともかく、ドリンを、か。どれちょっと持ってみるか」


 ネオールが俺の脇の下に手を入れて、地面を蹴って羽ばたいて。


「ちょっとキツいがなんとかなるか。小妖精ピクシー以外じゃ誰かを持って飛んだことは無いけど、小人ハーフリングひとりならギリギリいけそうだ」

「それなら飛行中には筋力増加の支援魔術をかけるとして、ん、下ろしてくれ」


 俺ひとりがギリギリか、そうなると。


「一旦、ここから離れようか。そこで説明して準備しよう」


「見つかって打ち落とされたくは無いので、夜を待とう。暗くなったらネオールは俺とシャララを運んで人間ヒューマンの軍隊を飛び越えてくれ。シャララは念のため、幻覚系で隠蔽を頼む。ノスフィールゼロは設計図を俺に預けてくれ。俺が黒浮種フロートの研究所まで運ぶ」 


 サーラントが草の上に座って腕を組む。


「やりたいことは解ったが、それほど急ぐ必要があるのか?」

「考えすぎに終わればいいけどな。どうも嫌な予感がする。ここまで順調に来てるが、だからこそここでコケたくは無い。黒浮種フロートの研究所で対古代魔術鎧アンティーク・ギアの秘密兵器は作っているけど、効果は未知数だし。早いところカノンで武装したいところだ」

「ずいぶんと人間ヒューマンを警戒しているな?」

「侮ってやられるのは腹が立つからな。それにサーラントも言ってたろ。50センチ魔晶石、あれで何をするのか。ただの大きい魔晶石だと思ってたから売っぱらったんだが。魔術研究局が後になって50センチ級を探し始めた。それはあのサイズのものが必要になったってことだ」

「50センチ級魔晶石で人間ヒューマンがなにかやらかすとでも? なにをするのか解ったのか?」

「解らん。可能性としては、超巨大古代魔術兵器アンティーク人間ヒューマンが発見した。または、大規模な集団魔術の儀式発動を人間ヒューマンが開発に成功した」

「どっちも、本当なら怖くて背筋がゾクゾクするんだけど」


 シャララが赤い蝶の羽根を震わせる。サーラントが少し考えて。


古代魔術兵器アンティークなら大きさが変わろうとカノンの集中でどうにかなるだろう。集団魔術はその種類と規模が解らねば対処はできんが、発動の遅い集団魔術にもカノンを叩きこめれば潰せる」

「あと懸念しているのは、悪魔の召還か」

人間ヒューマンの悪魔崇拝者か?」

「あぁ、悪魔召喚の系統は人間ヒューマンにしか使えないとか、聞いたことはある。調べてみてもよく解らん。生け贄が必要ということだけは伝わっている。それでマルーン西区でいなくなった住人は大規模な悪魔召喚の魔術の贄にされたのかも知れない、と考えてみた」


 ネオールが眉を寄せて、


「いくらなんでもそれは無いだろう。上位悪魔の召喚なんて手を出したなら、その種族はアルムスオン全ての敵ってことだ。いくら人間ヒューマンもそこまでバカなことはしないんじゃ無いか?」

「悪魔崇拝者は人間ヒューマンの下層階級が多い。で、悪魔崇拝者が下位の悪魔を召喚して事件を起こしたら、人間ヒューマンの教会がその悪魔崇拝者を処分してた。下位悪魔絡みの事件は人間ヒューマンの内輪揉めってことで古代種エンシェントもお目こぼししてた。人間ヒューマンは種族の総意としては悪魔崇拝者では無い、というのが人間ヒューマンの言い分で主張」


 ラァちゃんは首を傾げて。


「はぐれた悪魔も見つければラァや他の古代種エンシェントが潰しおる。だが、悪魔を召喚しよる者は人間ヒューマンの極一部の崇拝者どもでは無いのかえ?」

「そういうことになっている。俺もそうだと考えていた。アルムスオンに住む種族がアルムスオンに危機を呼ぶことなどしないと。だけど、人間ヒューマンだからな。例えば悪魔召喚を研究する組織があるとして。そこで実験の失敗やらで悪魔が外に出たときには、教会に悪魔を処分してもらうとしたら? 悪魔を召喚したことを、でっち上げた悪魔崇拝者のせいにして、組織的に隠蔽していたら? 教会ぐるみで悪魔召喚の系統を密かに研究していたとしたら? 悪魔崇拝者とは実は人間ヒューマンの隠蔽工作なんじゃないか? ということが考えられるんだ」


 俺の話を聞いてたラァちゃんの目が、スッと細くなる。


「ほぉ、それは1度人間ヒューマンの教会を調べてみねばならんよなぁ」

「簡単に証拠が見つかるとも思えないけどな。調べるにしても、奴らが異種族の俺達を教会に入れることは無い。いずれ忍び込んで探すにしても、今のところ俺の推測というだけで確証は無い。とにかく、地上の戦場でも地下迷宮でも人間ヒューマンの意図が解らんのだから、守りを固めるしか無いだろう」

「解った。となるとネオールとドリンとシャララがマルーンに向かうということだな」

「いや、ネオールは俺を運んだら戻ってサーラントと動いてくれ。地上の戦場でネオールの高空からの偵察は有効だろうから。ノスフィールゼロはグレイエルフの町でトンネル工事に協力して欲しい。早いところ開通してもらわないとな」

「解りましタノ。こちらで削岩機が作れないか試してみまスノ」


 リュックからロープを取り出して、と


「ネオール、どう固定したら俺を運びやすくなる? ちょっと試してみてくれ」

「ほいよ。シャララとラァちゃんはリュックの中か? それとも俺かドリンの上着の中か?」


 人間ヒューマンとていつまでもバカでは無いだろう。逆に小狡いことにかけては小人ハーフリング以上。

 上位の悪魔なんぞを呼び出して、それをエルフもどきのせいにして、『このエルフが悪魔を呼んだ。人間ヒューマンは無関係だ』とか言い出すことも有り得る。

 もしかして拐った異種族に何事かの責任をなすりつけるつもりなのだろうか?

 なにを思い付いて何をしようとしているのか。エルフもどきを見ると、俺の予想とはまるで違うことを企んでいるのかも知れない。あんな策は俺には考えつかないから。

 

 遠く離れたところでは人間ヒューマンの軍隊のいるところから、細く煙があがっている。食事の用意でもしているのだろう。

 人間ヒューマンの特性として、個人ではまともな者であっても、集団になると残虐性や狂暴性が高まり狂気に走るというのがある。

 3万人以上集まった人間ヒューマンとなれば、それは狂暴な魔獣の群れとも変わらんか。

 人間にしか使えないというふたつの魔術の系統。集団魔術と悪魔の召喚。

 本来、失われたはずの悪魔の召喚の系統が何故、人間ヒューマンに伝わっているのか、その謎も解らないまま。


「強いぞ、速いぞ、すっごいぞ。風に負けない元気な子」


 シャララが筋力増加の支援魔術をネオールにかける。シャララとラァちゃんは俺のチョッキの中に潜りこんで、俺の肩から脇の下にかけてはロープがたすきがけに巻かれている。

 ネオールがそのロープを腰に巻き付けてる。俺の後ろに立つネオールが俺の肩のロープを掴んで、


「そんじゃ、行くぞ」


 夜の闇の中、空に向かって飛ぶ。俺は上から見下ろして、


「サーラント。俺がいないからって暴れ過ぎるなよ」

「ドリンこそ加減を間違えるんじゃ無い」


 グレイエルフの街、トンネル工事の方はサーラントとノスフィールゼロに任せて、俺達はマルーンの街に行く。

 おぉ、ここまで高く飛ぶとけっこう怖いもんだな。

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