第60話◇フル装備『2代目無限の魔術師』


 マルーンの街の外。街に通じるレッドの地下通路の入り口にたどり着く。見つからないように高く飛んだからか、まだ耳の奥がキーンと鳴ってるんだが。


「ドリンの重量なら行けるのか。て、ことは『空のデートに行かないか?』って女の子を誘うことができるかも知れないのか」

「エルフにしろ白蛇女メリュジンにしろ俺よりは重いんじゃ無いか? 俺は小人ハーフリングなんだから」

「うーん。そうだ、黒浮種フロートの重力場とかいうのでなんとかならないかな? 重量軽減とか」

「それができたらネオールは配達業として大人気になるぞ」

「俺は荷物が運びたいんじゃ無いんだ。女の子にカッコいいとか、ネオールさんステキーとか言われたいんだ」

「じゃ俺達はレッドの隠れ家に行くか。ネオールお疲れさん」

「おい、いきなり捨てるなよ」


 木の根本、草むらの中。草を乗せて偽装した蓋を上げて、ハシゴを下りる。さすがレッド、こんな秘密の通路を作っていたのか。


「なんでネオールも来るんだ? もう戻ってもいいぞ」

「待て待て、ちょっとくらい休ませろ。けっこう疲れてんだから」


 地下通路を通ってマルーン西区、酒場の地下のレッドの隠れ家に。一通り見回って、あたりに人気は無し。どうやらここは人間ヒューマンには見つかってはいないようだ。

 ネオールが部屋のひとつで寝るというので、俺はその隣の部屋でシャララとラァちゃんと作戦会議。


「それで、教会を調べに行くの?」


 シャララが聞いてきて、ラァちゃんも近づいて来る。


「ラァちゃんは調べてみたいんだろうし、おれも調査してみたくはあるんだけど。調査に偵察ならパリオーかカームにいて欲しいとこだ。俺は魔術専門で忍び歩きとかできないし、魔術以外で隠されたものを探すのも苦手だ」

「行くならシャララの魔術で姿を消していく?」

「それもありだけどな。今のこの街で人間ヒューマン以外の種族が彷徨くのは危険だろ」


 なんせ今のマルーンに人間ヒューマン以外の種族はいない。西区は空っぽで誰もいないのだから。

 魔術での偽装は肉眼で見えなくなるが、魔術で感知もされやすくなる、という欠点もある。ネオールくらい高く飛べれば探知範囲外だが、街の中となればそうは行かない。

 手にもった金属の筒を見る。

 ドルフ帝国の機密、カノンの設計図が中に入っている。

 サーラントが加護を失う危険を犯して、ミトルとセルバンが持って来たもの。

 どうやらサーラントは加護を失うことは無かったようでピンピンしてる。なんだか心配した俺がバカみたいだ。

 人馬セントールの神はサーラントのことが気に入ってるみたいだな。


「ノスフィールゼロから預かったこいつを黒浮種フロートの研究所に運ぶことを、まずは優先するとしよう」


 金属筒に紐をかけて首にかける。

 サーラントと離れて今の俺には前衛がいない。今の相方は幻覚系統魔術のエキスパート、蝶妖精フェアリーのシャララ。

 これはこれで頼もしいことだが。


「シャララは分解盾、使えるようになったか?」

「ドリンの錬精魔術? 教えてもらったけど、ドリンみたく速くはできないよ」

「魔術攻撃対策だからスピードが必要なんだが、魔術適性が高すぎるシャララは感覚で魔術を使うから術理の学習は難しいか? 呪文も毎回、気分で適当だし」

「しょうが無いじゃない。それが蝶妖精フェアリーっていうものなんだから」


 隠れ里でスーノサッドとの約束もあったし、ついでにアムレイヤとシャララにも錬精魔術を教えてみた。戦力強化にもなるかな、と。

 アムレイヤがスーノサッドの火系魔術を強化できたらいいかと、アムレイヤには効果増幅とか、スーノサッドには発動速度短縮に命中精度と射程の変更など。魔術式に組み込む方法など。

 威力と精度を下げる代わりに速くしたり、逆に制御難度は上がるけど、射程と命中精度を上げる方法とか。

 シャララには他者の魔術を乱して身を守る分解盾を。

 俺は代わりに3人から魔術を教えてもらったけど、研究したり練習する時間が無い。

 本当はじっくりと魔術研究に打ち込みたいところだ。


 アムレイヤは器用でさらっと憶えたもので、スーノサッドは火系以外は苦手なのにじーちゃんの奥義だってよろこんで特訓してた。

 シャララも相性のためか幻覚系以外は苦手ということで、分解盾は実戦で使えるかどうか。


「分解盾とはなんぞや?」


 ラァちゃんがシャララに聞いている。


「ドリンの錬精魔術のひとつで、魔術攻撃から身を守る防壁みたいな魔術。でも、相当速く使えないとダメだよね、あれは。相手の魔術を受け止める訳だし。なんだか小難しいし」

「シャララ、ちょっとやってみや」

「うん。えっとー、こうして、こうなって、結んで、開いて分解盾!」


 シャララの作った分解盾に俺が水弾を撃つ。分解盾に当たった水弾は分解され、飛沫を飛ばして消滅する。

 ラァちゃんはその様子をじっくりと見て、にっこり笑う。


「なるほどの、錬精魔術。ラァの知らぬ新しい系統かや。それはシャララも使いにくかろう。シャララの得意な系統に絡めて改造しいや」

「えー? そっちの方が難しそうだよ?」

「ラァが指南するゆえ、やってみや」

「ラァちゃんに魔術教えてもらえるなんて、羨ましいぞシャララ。だけど、いいのかラァちゃん?」

「シャララにはラァの魔術を受け継ぐ素質があるでな。特別よ」


 古代種エンシェントの魔術を受け継ぐなんてのは、俺達魔術師にしたら夢のような話だ。俺も教えて欲しい。

 失われた古代の魔術。伝説の古代の叡知。


「ドリンよ、そんな目で見るでないわ。これもラァの役目のひとつよ。ドリンにも素養が有ればラァが教えても良いが」

「それは是非とも教えて欲しいとこだ。でもそういう言い方をするってことは、俺にはその素養が無いのか?」

「この系統を使える者はなかなかおらぬゆえ、シャララにはまだまだ上達してもらわんとなぁ」

「シャララが古代種エンシェントの魔術の継承者とは知らなかった。シャララの素質ということは古代の幻覚系統とかなのか?」


 シャララはむにゅむにゅ唸りながら分解盾を空中に展開してる。ラァちゃんはそれを見守りながら小声で呟く。


「ラァが教え伝えられるのは、悪魔滅殺の系統よ」


 ずいぶんとまた物騒な名前の系統だった。

 悪魔滅殺の系統だって?


「悪魔は不死身、アルムスオンに呼ばれた悪魔は肉体を滅ぼせば魂は魔界に帰還するが、アルムスオンに縁を持ちし悪魔の魂はこちらに出やすくなる。その縁を絶つのが悪魔滅殺の系統よ。上位には悪魔の魂を滅ぼし殺し尽くす魔術もあるが、アルムスオンと悪魔界のふたつの世に干渉するでな。危険な系統でもあるのよ」

「それはまた、怖い魔術だ。対悪魔との戦闘用に開発された古代の魔術の系統か」

「そうよ。シャララならば悪魔滅殺の系統、下位の悪魔の送還が使えるようになりそうでな」

「なるほど。魔術の適性の高い小妖精ピクシーの中から悪魔滅殺の系統を継げる者を探しているのか。それで小妖精ピクシーみんなのおばあちゃんなのか」

「まぁ、その役目を言い訳にして、このアルムスオンに残っているでな」

「悪いことしてるんじゃ無いんだから、寂しそうに言うなよラァちゃん。そういうことならシャララの魔術の練習に俺も手を出そう。古代の魔術というのも見てみたいし、ひとつシャララには試してもらいたいこともあるからな」

「ちょっとー。ドリン、今度は何を企んでるのよ」

「前にシャララがサーラントの頭にくっついてたのを見て思い付いたことがある。大丈夫、シャララもこれは楽しめるはずだ」


 地下迷宮入り口の砦を突破するために、久しぶりに錬精魔術のフル装備といくか。

 上着を脱いで上半身裸になる。グローブを両手に嵌める。指が出ていて肘まで覆う黒いグローブは、2重になっていて中には銀線で作った魔術回路が仕込まれている。

 ウェストポーチを取り出して中の魔術回路を確認。腰に装着して中にライトエルフのエイルトロンから分けてもらった魔晶石をぎっしりと詰めて蓋をする。

 グローブから伸びるコードを腕に添わせて、腰に着けたウェストポーチに接続する。

 何度か腕を動かしてコードの長さを調整して、と。

 服を着直して、次は抗精神浸食の護符を取り出す。バンダナに仕込んで護符が額に当たるように頭に締める。

 グローブの甲と甲を合わせて作動テスト。頭がクラッときて、うん、問題無し。接続良し。

 シャララは俺が装備を着けて確認してるのを見て、


「ドリンがその装備をするとこ見るのは、大角軍団以来だね」

「あのときは30層ボスの骸骨百足の後に大角軍団と連戦だったからな。魔力切れ対策だ。今回は俺とシャララだけで前衛がいない。なのでコイツの出番になる」

「なんでいつも着けないの?」

「ひとつだけ欠点があるんだよ。魔力酔いでハイになってしまう。やり過ぎると酒で酔っ払ったようなのと似た状態になるし、最悪、頭の中の神経が焼き切れる。なのでシャララ。俺が魔力酔いでヤバイ状態になったら治癒系の精神安定を俺にかけてくれ」

「シャララは治癒系、苦手なんだけど。そんな危ない装備だったんだ。そのグローブ」


 それもあって使うには抗精神浸食の護符が欠かせない。催眠ヒュプノ魅了チャームといった精神攻撃に対抗する護符だが、魔力酔いの状態異常も緩和できる。

 この装備はその欠点から、赤線蜘蛛とやったときのような俺が指揮とかする団体戦では使えない。

 疾走するサーラントの背中に乗って魔術を乱射するのが、今のところベストな使い方だったりする。

 俺が酔っ払ったらそのまま運んでもらえるし。最悪、サーラントが俺を殴って気絶させるという手段もとれる。


 ベストのポケット各所に魔術触媒を仕込んで、今回は水精石も仕込む。グローブの魔術回路と合わせれば水精石で水系の魔術の増幅が可能になる。


「あー、けっこう背中にきてるな。やっぱ小人ハーフリングでも抱えて長時間飛ぶと筋肉痛になるか」


 肩を回しながらネオールが入って来た。


「お、ドリン珍しいカッコしてるな。なんだそれ?」

「ネオールは見たこと無かったか?」


 俺は黒い指ぬきグローブを握ったり開いたりして動きを確かめる。外からは見えないが、手の甲から手首の下まで銀線で作った魔術回路が入っているので、少し動かしにくい。


「これは俺のじーちゃんが無限の魔術師って呼ばれるようになった、そのネタだ。じーちゃんがこの百層大迷宮、43層から下の雪原を攻略した装備なんだ」

「お? じゃ、それがあれば遊者の集いみたく50層まで行けるのか?」

「それは無理。じーちゃんが火系が得意だったからできたことであって、俺は火系は苦手なんだよ。代わりに水系が得意なんだけど」


 魔晶石で古代魔術の品の魔力チャージができる。それと同じように魔晶石で魔術師の魔力を回復できないか、とじーちゃんが開発したもの。

 ただ、魔術師の体内魔力というのは様々な個性がありそれぞれ質が違う。魔術で個人ごとに得意な系統や苦手な系統があるのはその為だ。その質の違いから他者の魔力で自分の魔力を回復とかできない。本来ならば。

 血液に例えると解りやすいだろうか。誰もが赤い血液を身体に持っているが、足りなくなったからと他人の血を入れると死んでしまう。まれに同じ性質の血を持つ者であれば、理論的には可能というのは、未だに机上の空論。

 古代魔術の品の魔晶石に繋がる魔術回路、それをじーちゃんと黒浮種フロートが研究して魔晶石を動力にするテクノロジスが完成した。

 その魔術回路をじーちゃんが自作して、魔晶石の魔力を調整して取り出すことができるようになった。

 このグローブにはその魔術回路が入っている。魔晶石の魔力を俺の体内魔力に近づけて、俺の身体に入れる魔力の補給回路。

 これもまた魔晶石に介入することで可能とした錬精魔術。

 じーちゃんはこの魔力補給回路を使い、得意の火系の魔術を乱射して43層から下の雪原を攻略した。

 アイスゴーレムやスノウウルフを魔晶石で魔力補充しながら火系魔術の連射というゴリ押しで突破した、というのがじーちゃんが無限の魔術師と呼ばれる原因だったりする。

 リュックを担いで手をパンと合わせて、


「行くか、シャララ、ラァちゃん」

「3人、いや、実質ふたりであの砦を抜けるのかよ?」

「転送部屋まで行けば、30層はこっちが押さえてるんだろ?」

「その転送部屋までが行けるかどうかなんだけど。まぁドリンのことだから何か策があるんだろ」

「まぁな。なんとかなるだろ。魔晶石も用意できたし、これを着けた俺は2代目無限の魔術師だ」

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