第61話◇百層大迷宮、転送部屋への突撃


 誰もいない昼のマルーン西区を抜ける。あれだけ様々な種族が賑やかにやってた街が寂しくなったもんだ。誰もいなくなった静かな西区。地下迷宮を探索させる為に、人間ヒューマンから見た亜人を受け入れる西区。異種族を嫌う人間ヒューマンは監理局以外では西区に入ってこない。そしてここに住んでいた住人達はいなくなった。その代わりに地下の隠れ里が賑やかになったんだが。西区以外のマルーンの街には人間ヒューマンがいるのだろうが、ここは寂しい廃墟のようだ。


 ところどころに俺とサーラントの人相書きがあると、まるで俺とサーラントがこのマルーン西区が寂れた原因みたいじゃないか。

 見慣れた通りが静かで誰もいないというのは、なんだか妙な感じだ。

 さっさと西区を抜けて百層大迷宮の入り口を守る砦へと向かう。砦の徴税所へと入る門のところを遠目に見ると、門が無くなっていた。焦げてる、砕けてる。

 ここを通るのにグランシア率いる探索者がバトルしたってことは、ネオールに聞いていたが、ずいぶんと派手にやったらしいな。


「あの門、ふっ飛ばしたのか」

「スーノサッドの爆炎かな? 門があったところの回りの石壁も壊れてるね。ドッカーンとやったんだろうね」

「門を開く手間が省けていいな。みんなのおかげで楽ができそうだ」

「その代わりに柵があって鎧着た人間ヒューマンが待ち構えているんだけど?」

「あの程度ならどうにかなるだろ。地下迷宮で鍛えた探索者の実力の一端を見せてやろうか。じゃ、シャララ行くぞ。増幅」

「見つけられたらキスしてあげる。本物どーれだ?」


 相変わらず適当な呪文でシャララが魔術を使う。俺の錬精魔術でシャララの作る幻影を増幅する。右肩にシャララ、左肩にラァちゃんを乗せた俺が50人ほどズラズラと現れる。俺がいっぱいだ。

 どうせ魔術探知で警戒しているのだろう。姿を隠してもその隠蔽の魔術が探知されるのなら、逆に増やして混乱させてやろう。

 50人に増えた俺の集団が砦を目指して走り出す。そのなかに俺も紛れて走る、


「さあ、1万csの賞金首がいっぱいいるぞ。全部捕まえたらいい稼ぎになるんじゃないか?」

「幻影だから触れないけどねー」

「派手にやるのぅ。シャララも腕を上げたものよ」


 砦を守る騎士は慌てて笛を吹いて警戒体勢。槍に剣を持った奴等がぞろぞろ出てきて集まる。俺の集団に対抗しようと待ち構えている。

 シャララの幻影を消されたくは無いので、魔術研究局の青い制服を着てる奴から氷槍で狙撃する。

 倒れる青い制服の女を抱えた騎士が叫ぶ。


「魔術師だ! その集団、小人ハーフリングのくせに魔術を使うぞ!」


 騎士達は盾を構えて警戒体勢。そこに約50人の俺達が突っ込んでゆく。止められるものなら止めてみろ。

 騎士は剣で槍で攻撃するが、幻影なので空振りするだけ。混乱する騎士の中、幻影に紛れて俺は魔術を使う。水弾飛ばして攻撃する。


「幻影だ! みんな落ち着け! 術者をさがげはぁっ?」


 なんか冷静な奴がいたのでそいつのこめかみに水弾を撃っておく。兜に当たってカァンといい音を鳴らしてそいつはぶっ倒れる。魔術師を優先して水弾、氷槍で狙撃、狙撃、狙撃。

 柵を氷槍でドガンと壊して道を開く。まごつく騎士の間を幻影の俺達の集団が走り回る。


「幻影? 本物を探せ!」

「いや、術者がここにいるとは限らないぞ!」

「水弾を撃った奴がこの中にいたろうが!」

「このうっとうしい幻影をさっさと消せ!」


 騎士が手で俺の幻影を掴もうとしたり、槍を振ったりしてるのを横目に見ながら駆け抜ける。


「見えない見えない、見つけられない、シャララはかくれんぼが上手なの」


 シャララの透明化の魔術で姿を隠した俺達は、門のあったところの崩れかけた石壁のアーチをくぐって徴税所の建物の中へと入る。


 背後では両肩に小妖精ピクシーを乗せた、たくさんの俺が騎士と傭兵と魔術研究局の奴等をからかっている。

 その幻影の俺の顔は楽しそうにニヤニヤ笑っているのだが。


「シャララ、俺ってあんな悪そうな顔で笑ってるのか?」

「え? ドリンはひとりで考え事してるとき、あーいう顔してるよ。なんか企んでるときとか。グラねぇはドリンのあの顔が好きで、ドリンがあの顔をしたらなにか面白い事件が起きるって言ってた」


 鏡以外で自分の顔を見る機会なんて無いからなぁ。俺、あんな悪そうな顔して笑うのか? 口の左端だけでニヤリとニヒルに笑っている俺。うーん、可愛い小人ハーフリングのイメージを守るためにも、今後気をつけようかな。でも、グランシアがアレを気に入ってるんなら別に気にしなくてもいいか?


 木を隠すなら森の中と言うが、魔術の探知で幻影と透明化した俺達を見分けられる程の魔術の使い手がいないことを期待しての作戦。無数の俺の中に姿を隠した俺がいる。シャララの幻術があるからできる作戦。

 まぁ、幻影を消そうとしても、魔術を使おうとしてるのを見つけたら俺が水弾と氷槍で潰していったんだが。


 このテの防衛というのは隠れて侵入するのに対して警戒するから、シャララの透明化でコッソリ入るのも難しい。なので逆に正面から混乱させて突っ込んでみた。

 マルーン西区が空っぽだから、ここに地上から多数で攻め込まれるとは警戒してなかっただろうし。ここを防衛してる奴からみたら、地下迷宮のどこに潜んでいるか解らない探索者の方を警戒しているハズ。外より中に目が行ってるハズ。

 警戒は下に向いてる、と推測してたが、


「意外にあっさり抜けられたな。拍子抜けしたというか、手応えが無いというか」

「グラねぇが先に潰したんじゃないの? 強そうなのと魔術の使えそうなのを」

「そういうことなのか? 人数の割りに木偶のボーばかりだったのは。いや、防衛することを考えたらこの先の1層転送陣のある部屋か。そこに精鋭を集めているのかもな」


 シャララの視界から離れた幻影は制御から離れるとやがて歪んで霞んで消えていく。だがしばらくは残っているので、門の周囲の混乱はまだまだ続くだろう。

 人間ヒューマンの怒鳴り声を背後に聞きながら、徴税所を抜けて地下迷宮1層に下りて行く。


 出入り口から入って少し進み鉄の扉の前に。この先が転送陣のある部屋。

 大鬼オーガも通れる大きな扉を開けて、中を見たら、


「うわっと」


 素早く横っ飛びに回避する。


「やっぱりいるよなぁ」


 俺の立っていたところを火弾と風刃が通り過ぎて、石壁にバキメキャとぶちあたる。扉を開けるのを待ち構えて、中から魔術を撃ってきやがった。


「ここはダメだ! 10層の転送部屋まで行くぞ!」


 シャララに声をかけて、振り向いて走りだす。迷宮の構造を思い出しながら下に下りる階段まで突っ走る。


「ちょっとドリン! 私達だけで10層まで行くなんて無理だよ!」

「他に方法は無い!」


 大声あげてバタバタと、1層転送部屋に背を向けて迷宮の奥へと走る。背中から追う人間ヒューマンの声。


「例の小人ハーフリングだ! 殺すな! 生かして捕らえろ!」


 転送部屋の中から人間ヒューマン部隊パーティが俺達を追いかける。

 地下迷宮で俺達と人間ヒューマンの追いかけっこが始まった。


 と、思わせて。

 俺達はシャララの作った俺の幻影を追いかけて走っていく、人間ヒューマン部隊パーティの背中を見ていた。

 10人いて、騎士らしいのはひとりだけか。あとは傭兵なのか暗部商会か。青い制服の魔術研究局の奴がふたりいたな。

 ダダダダダと足音立てて、彼らは迷宮の奥へと走って消えていく。がんばって遠くまで行ってくれ。さて転送部屋へと。


 俺は扉を開けただけ。俺達はシャララの透明化の魔術で姿を消して、壁にピッタリとくっついていた。俺達はシャララの作った幻影の俺達の小芝居を見ていたというわけ。

 転送部屋の中にいた人間ヒューマンが、幻影を追いかけて走り去っていったあと、透明化を解除してシャララが呟く。


「あっさり引っ掛かったねー」

「シャララの幻影の作りの細かさが生きたな」

「こういう使い方があるんだ」

「幻覚系統は応用の幅が広い。他にも思いつき次第でいろいろできそうだぞ。隠れ里に着いたらシャララは特訓だな」

「うえー? ま、でもいろいろできるようになれば楽しいかな?」


 ラァちゃんは俺を見上げて、


「力ずくで押しきるかと思えば、なかなか楽しい手管よの」

「なるべく楽して無事に戻りたいからな」


 これでこの部屋の守りがいなくなれば、あとは転送陣で30層に移動するだけ。

 ずいぶんと簡単だったな。

 開けたままの扉を抜けて、部屋に1歩踏み込んで、

 足が止まって凍りつく。


 転送部屋の中にはまだ人間ヒューマンがいやがった。まったく数だけはいやがる。床に薄ぼんやりと光る転送陣、その前に。

 傭兵らしき剣を持った戦士が3人、騎士が2人、魔術師がひとり。

 これだけだったら問題無い。俺の魔術の連射でゴリ押しで突っ込んでもいい程度の人数。


 それを躊躇う理由がそこにある。

 目の前に立っているのは、大鬼オーガぐらいの大きさ、身長約2メートル30センチの横幅が大きい全身鎧。全身深い緑色で両肩だけが真っ赤。胸にはなにか紋章のような模様入り。

 頭の部分が胴体にくっついているのか、首が無いようにも見える寸胴なシルエット。樽のような胴体に太い足に太い腕。大鬼オーガで無いと持てないようなバカでかい大剣を右手に持っている。

 中に入ってるであろう人間ヒューマンの頭にあたる部分には、いくつかのレンズとスリットがある。なんのためについているのか解らない赤い光と青い光が、レンズの回りで小さく点いている。

 古代魔術鎧アンティーク・ギア

 しかも完全起動状態。

 ずいぶんと気合い入れて守ってるじゃないか。ちくしょう。


「甘く無いなぁっ!」


 俺はぼやきながら後ろに飛びすさって横に転がって回避。俺の後を追いかけて、古代魔術鎧アンティーク・ギアがギュオンと突進しながら大剣を突いてきた。ち、デカイ図体のくせに素早い。

 石壁の壊れるズガアッとかいう音に床からは小さな震動。

 転がって起き上がって振り向けば、転送部屋から飛び出た古代魔術鎧アンティーク・ギアは通路の石壁に大剣を半ばまで突き刺していた。なんだその突進力は?

 古代魔術鎧アンティーク・ギアが石壁に刺さった大剣を抜いてる隙に、迷宮の奥へと走る。ここはダメだ。


「シャララ! ラァちゃん! しっかり捕まってろよ!」

「早く早く! 急いで急いで! 逃げ切ってー!」


 俺の肩にしがみついたシャララが悲鳴混じりに支援の魔術をかける。

 反応速度強化、筋力強化。

 1階層の構造を思い出しながら通路を走る。さて、どうやって撒くとするか。


 背後からはギュアアアと聞いたことも無いような軋む音が響く。走りながら首だけで振り向くと、古代魔術鎧が追いかけてきていた。

 それも異常な速さで。


「なにあの走り方? 気持ちわるー!」


 シャララが言うのも解る。なんだアレ?

 手も振らずに両手で大剣を正面に構えて、膝を曲げた前傾姿勢。そんな姿で身体はピクリとも動かして無いのに、足元からギュアアアと奇妙な音を出しながらこっちに突っ込んでくる。

 これはただ走るだけじゃ追い付かれるか?


「シャララ、やってくれ」

「わかった、迷って廻ってあなたとわたし!」


 迷宮内での逃走も考えて用意しといた策がある。

 目の前の十字路を左に曲がる。そのときタイミングを合わせてシャララが俺達を透明化。更に幻影の俺達を作って真っ直ぐ前に走らせる。

 これで俺達を見失って幻影の方をを追いかけてくれたら簡単に撒けるんだが。どうだ?

 角を曲がってそのまま走り続けていると、俺の肩の上で後ろを見ていたシャララが、ぴい、と変な声を出す。


「え? シャララの幻影がぜんぜん効いてない? ドリン、幻影無視してこっちに来てるよー!」

「魔術が効かないって、幻影もダメなのかよ!」


 背後からは変わらずギュアアアと音を上げて古代魔術鎧アンティーク・ギアが迫る。迫ってくる。まずいかコレ?

 透明化が効いてる内に三叉路を右に、十字路を左に。折れて曲がって走る走る。


「ダメ! ピッタリついてきてるー。透明化も効いてないみたい。見えてるみたいー」

古代魔術鎧アンティーク・ギアに幻覚が効かないのは解った。だけどあの図体であの速度でどうやって通路の角を曲がってんだ?」


 こっちは筋力強化して走ってるんだぞ? 小人ハーフリングは歩幅は小さいが、それなりにすばしこいってのが売りの種族だっていうのに。

 なるべく真っ直ぐに走らず、何度も角を曲がるようにして逃げながら、肩に乗るシャララに後ろを見てもらう。


「あのデカブツ、角を曲がる度に手で石壁を殴ってる。それに曲がるときに足元からズガッて音がしてるよ」

「それで曲がり角の度に後ろからなんか砕ける音が聞こえてんのかよ。なに地下迷宮壊してんだよ」


 反対側の肩の上からラァちゃんが、


「じゃが、古代魔術鎧アンティーク・ギア以外に追ってくる者はおらぬようだの。足の速さでついてこれんのか?」


 古代魔術鎧アンティーク・ギアが1機だけ、それならやってしまった方が早いか?

 走りながら右手を額に当ててバンダナの抗精神侵食の護符に触れて発動キーワード。


「エイン」


 額の護符を発動させたあと、次に両手の甲と甲をカチンと合わせて、


「ソフオール」


 ウェストポーチの魔晶石とグローブの回路を接続起動、魔力補充回路、準備完了。

 ここでやるか、目の前の小部屋に駆け込み、突っ立っている骸骨兵の脇を抜けて足を止めて振り返る。

 小部屋に入ってくる古代魔術鎧アンティーク・ギアに先制攻撃だ。


「水弾連弾、10」


 噂に聞いた人間ヒューマンの最強兵器。古代兵器武装騎士団アンティークナイツ古代魔術鎧アンティーク・ギア。どれほどのものかちょっと試してみるとするか。

 

 俺の水弾は深緑の古代魔術鎧アンティーク・ギア、その表面の空間に波紋を広げて消失する。魔術防壁。無効化された。奴は突っ立っている骸骨兵を、大剣の腹をぶつける一振りで壁に飛ばして叩きつける。骨の砕ける異様な音を立てて、まるで爆散するように骨の欠片が部屋の中を飛ぶ。

 地下迷宮1層、石壁に囲まれた部屋の中。

 緑色の金属の樽に手足をつけたような不格好な鋼の巨人と対峙する。

 やってやろうじゃないか、古代魔術鎧アンティーク・ギア

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