第62話◇激闘! 深緑色の古代魔術鎧


「錬精魔術の決戦装備で古代魔術鎧アンティーク・ギアに一騎討ちを挑むなんてドリン、カッコいい……ってつい惚れそうになったシャララの気持ちを返してよ! ドリン!」

「いや、仕方ないだろ! あんなにデタラメだとは!」


 全力で走る。百層大迷宮の中を。

 今、俺は左肩にシャララ、右肩にラァちゃんを乗せて再び大迷宮1層を走っている。

 正しくは逃げている。いや逃げるしか無いだろ? 反則だあんなの。

 背後からはギュアアアと凶悪な軋み音を鳴らして古代魔術鎧アンティーク・ギアが追いかけて来ている。身体を固めた前傾姿勢で。足を動かしてないのになんだあのスピードは。くそったれ、速いわしつこいわ、いいかげんにしてくれ。


 小部屋で古代魔術鎧アンティーク・ギアと戦ってはみたのだが、なんというか、ひどいなあれは。流石、人間ヒューマンの奥の手だ。

 直線の移動速度が早い。ぶっとい足の裏に何を仕込んでいるのか解らんが、ギュアアアと音を立てて地面の上を滑るように移動する。

 突進と大剣の攻撃は大振りでなんとか回避できるものの、1発でも当たればミンチになりそうな一撃をかましてくる。シャララの反応速度強化の支援が無ければ死んでたかな。


 高さ2メートル以上の金属の塊の古代魔術鎧アンティーク・ギアは、身長120センチの俺の2倍近い大きさ。

 それが訳の解らん移動方法で突っ込んで来て、俺よりデカイ大剣をブン回すんで胆が冷えた。

 奴から見たら小さい敵がチョコマカ回避してるのが、やりにくかったのかもしれないが。

 近接戦闘の訓練に付き合ってくれた大鬼オーガのディグンに感謝だ。今度いい酒を奢ってやらないと。

 俺の魔術攻撃の連射で古代魔術鎧アンティーク・ギアの魔術防壁を潰せないか、物量で押しきれないかと試したものの、


「水弾100発以上に氷槍約50発叩き込んで! なんでピンピンしてやがる!? なんだあの防壁は! ふざけてやがる!」

「じゃが、向こうもその分は消耗しとるはずよ?」


 ラァちゃんが冷静に分析してくれるが、奴と俺、どっちが先に魔晶石切れするかまるで読めん。


「これじゃ、作ってみた対古代魔術鎧アンティーク・ギア用の札も、接近して鎧に貼ることもできないし」

「ドリン、あれの懐に飛び込むなんて、グラねぇかゼラファじゃないと無理なんじゃないの?」

「それに、どれだけ魔術を撃ち込めば防壁突破できるかも不明で、どれだけ動けば魔晶石切れするのかも読めないとなると、ここは逃げる方がまだましだ。それに古代魔術鎧アンティーク・ギアの特性も少し解ったから収穫はある」

「負け惜しみ?」

「違う、次に対処するための情報収集だ。まだ捕まってないし死んでないから負けてない」


 とにかく今は走って逃げる。やってみて解ったのは、あれに真っ正面から相手するのは無理だってことだ。あの手足の生えた深緑の金属樽には。

 小部屋の戦闘で動きを止めようと、創水で作った水で床を濡らし、古代魔術鎧アンティーク・ギアが水溜まりに足を入れたところに氷結をかけてみた。凍らせて動きを止めようと。

 結果は失敗。あいつの魔術防壁の範囲外の水は凍ったものの、防壁の中に魔術は通らなかった。

 それどころか古代魔術鎧アンティーク・ギアの魔術防壁に触れた水も分解されて消された。その魔術防壁で錬精魔術で作った水をはね飛ばしながら奴は移動していた。

 魔術で作り出したものは、触れたものから弾いて消すのがあの魔術防壁の特性。

 あれでは魔術で作った酸の霧とかも効果は無いだろう。樽の中に魔術を通すのは無理だ。

 そんな考え事をしながら走っていたら直線の通路に入ってしまった。後ろから古代魔術鎧アンティーク・ギアが迫る。


「追い付かれるよ! ドリン!」


 わかってる、走りながら魔術構成、


「氷槍連射! 8!」


 大剣で突き刺そうと走ってくる古代魔術鎧アンティーク・ギアの左肩をかすめるように一点集中して8発の氷槍を連続発射。

 自慢の魔術防壁に氷槍が当たって防壁表面の空間に波紋が広がる。真っ直ぐに走ってたはずの古代魔術鎧アンティーク・ギアはこれで進路が逸れて、通路の石壁に左肩をガリガリと擦ってからスピン。クルクルと二回まわって停止。


「くそ! けなかったか」

「え? 魔術が効いた?」


 シャララは驚いているが、奴が停止してる間に俺は走って距離を開ける。


「魔術が効いたわけじゃない。あの防壁は魔術攻撃を消すが、瞬時に打ち消せるわけじゃない。受け止めてから消すまでに少し時間がかかる。質量が多いほど消すのに時間がかかるらしい。だから魔術攻撃が消されるまでのわずかな時間、魔術攻撃で魔術防壁そのものを押すことができるっていうのは解った」


 それを利用して、真っ直ぐ走る奴の左肩を押すように氷槍をぶつけてみたわけだ。


「他には? なにか弱点とか解った?」

「それが解ったら走って逃げてないって。あとあいつの足に仕込まれた高速移動は、どうやら前と後ろにしか走れないようだ。足を止めての戦闘中の歩行は人間ヒューマンの足と同じように動いていた。あの気持ち悪い移動方法では横方向には動けない。馬車みたいだな」

「それでどうするの? このままだとずっと追いかけられるよ? そのうち捕まるよ?」

 

 背後から聞こえるギュアアアという軋み音。まだ追いかけて来るのか、しつっこいな。

 走りながら更に魔術構成、水の幕を凍らせて作る氷盾、これを増幅強化させての、


「氷壁!」


 通路を塞ぐ氷の壁を作ってやる。


「質量が多いほど消すのに時間が必要だった。これならどうだ?」


 氷の壁の向こう、白く濁った氷を透かして微かに見える古代魔術鎧アンティーク・ギアは、手に持った大剣を振りかぶり氷壁に叩きつける。

 派手な破砕音をガシャンガラリンと立てて、一撃で氷の壁が砕かれた。あっけない。


「そっちかよ。くそう」


 物理攻撃で壊された。隙が無いなちくしょう。

 だが壊す為に少しでも足止めできるのは解った。走りながら後方に氷壁を作る。魔晶石から魔力補充、いかん頭がクラクラしてきた。魔力酔いの症状だ。


「ちょっとドリン! 不味いんじゃないのコレ!」

「は! この40層級探索者が地下迷宮の中で人間ヒューマンに負けるものかよ!」


 なんかハイになって気持ち良くなってきた。小部屋の戦闘で魔術を連続使用した分、魔晶石から魔力を補給したのが頭に回ってきてる。おかげでエールを一気飲みしたような感じになってしまった。

 しかもずっと走ってるから魔力酔いがまわるまわる。楽しくなってきたぞ、こんちくしょう。


「ちょっと魔術が効かない程度で調子に乗りやがって! 古代の遺産に威を借りての最強気取りか? 俺を侮ったなら後悔させてやる!」


 地下迷宮を走り、目の前の十字路を左に曲がり、走る勢いで通路を大きくジャンプ。シャララの筋力強化の支援のおかげでかなりの距離を跳ぶ。

 着地して振り向いてからのお、


「氷壁!」

「それ、すぐに壊されるって! ドリン!」


 シャララの言った通りにあっさり大剣で砕かれる。キラキラする氷の破片の向こうには古代魔術鎧アンティーク・ギアの緑の鋼の巨体。中にいる人間ヒューマンの顔は見えないが、足を止めた俺を見てどんな表情をしているのだろうか。

 諦めてヤケになったとでも思ってるのか、罠か仕掛けがあると警戒しているのか。

 顔が見えないしお互いに話しもしてないからぜんぜん解らんな。


「来るなら来てみろ! 氷壁、氷壁、氷壁! 三枚重ねでどうだ?」

「ドリン? 魔力酔いしてるの? しっかりしてー!」


 シャララが半泣きでわめいているが、そんなときは治癒系の精神安定をかけてくれって言ったはずだが忘れてんな。

 赤い蝶の羽根をパタパタさせて、ちっちゃな手で俺の頬をペチペチ叩く。

 ラァちゃんは黙って俺と古代魔術鎧アンティーク・ギアの様子を見守っている。


 古代魔術鎧アンティーク・ギアが大剣を振り回す度にバゴン、バキンと氷の壁を割る音が聞こえる。その中で耳をすます。破砕音と大剣を振り回す音の中で、小さくガコンと音が聞こえた。これでよし。


「なんとかなったか」

「あっさり氷壁壊されてどうにもなってないじゃない! あ、最後の1枚が! 壊れる! あー! ドリン逃げてー!」

「いや、もう逃げる必要は無い」


 目の前で無言で立つ深緑色の古代魔術鎧アンティーク・ギアに向けて、俺は拳を握って突き出す。立てた親指でビシッと下を差す。


「鬼ごっこはもう飽きた、落ちろ金属樽!」


 古代魔術鎧アンティーク・ギアの足の下の石の床がパカンと開く。砕いた氷の欠片と一緒に、古代魔術鎧アンティーク・ギアが手足をバタつかせて暗い穴の中へと落ちていく。


 地下迷宮の、名物と言えば、落とし穴。


「マッピングを怠ったのがお前の敗因だ」

「はー、なんとかなった。だけど、ぜんぜんカッコ良くないよドリン」

「なるほどの。何やら考えておったのはこれが狙いかや」

「俺が無策で逃げるだけのはずが無いだろ? シャララもここに落とし穴があることくらい憶えてるだろうに」

部隊パーティ猫娘衆はずっと30層から下を攻めてるんだから、今更1層のことなんて憶えてるわけ無いじゃない」


 それ、自慢気に言うことか?


「じゃ、ドリン。あの古代魔術鎧アンティーク・ギアが戻ってくる前に転送部屋に行こう」

「待った。ちょっと休ませてくれ。魔力酔いで頭がクラクラする」


 背中を壁に預けて、片手で頭を押さえてズルズルと座り込む。流石に魔術を連射し過ぎた。魔晶石から補充した魔力がグローブを通して全身に回って、酒を飲み過ぎたような目眩がする。


「シャララも魔力回復の為に少し休んだ方がいいんじゃないか?」

「のんびりしてていいの?」

「迷宮1層に凶悪なトラップは無い。あの落とし穴も下の階層に落とすだけだ。地下二層に落ちたくらいであの金属樽が壊れるとも思えない」


 今頃は1層に戻る階段へと走ってるだろう。落とし穴と言ってもここにあるのは、知ってる探索者は地下2層へのショートカットに使ってるような代物だ。


「あの古代魔術鎧アンティーク・ギアの機動力で真っ直ぐに1層転送部屋に向かったら、奴の方が先にたどり着きそうだ。それに徴税所付近の混乱が収まったら、転送部屋の守りを固めるだろうし」

「じゃあ、どうするの?」

「ちょい考える。迷宮の魔獣が来ないか見ててくれ」


 古代魔術鎧アンティーク・ギア1機は1層転送部屋を守っていた。10層と20層の転送部屋にも1機ずつ配備されてたりするのか? この百層大迷宮に何機いる?

 人間ヒューマンの探索部隊が20層から下を調べているのなら、今のところこの付近にいそうなのは、シャララの幻影を追いかけたあの10人か。


 徴税所の騒ぎを聞き付けて、地上の砦の人員が俺を包囲して捕まえようとするか? するだろうなぁ。

 隠れ里を探しに下に降りるというのは、深い階層で魔獣の他に灰剣狼や猫娘衆や白角を相手にするわけで、だったら小人ハーフリング蝶妖精フェアリーを捕まえる方が簡単そうだもんな。

 それに俺を捕まえたら1万cs 貰えるし。

 俺とシャララのふたりで古代魔術鎧アンティーク・ギアを出し抜いて転送陣に行くにはどうするか?


「まぁ、そのためにエイルトロンから水精石もらってきたんだし、10層転送部屋の前のボス部屋に行くとするか」

「ねぇ、ドリン。もしかして今、けっこうピンチ? ここに古代魔術鎧アンティーク・ギアがいるとは思ってもいなかったし」

「いや、俺はいるかもしれんと考えてはいたぞ?」

「え? シャララとドリンのふたりであの緑の樽はどうにもならないじゃない? 私の幻覚系がぜんぜん効かないしぃ」

「こっちは地下迷宮の地形が頭に入ってんだ。地の利はある。最終手段もあるにはある。これはできれば使いたく無いけどな」

「あれだけ必死に逃げてて? どうにかなるのドリン?」

「10層ボス部屋限定でどうにかなるテがひとつ有る。さんざん追い回してくれたんだ。そこでリベンジさせてもらおうか。じゃ歩いて下に降りるとするか」


 軽く頭を振って立ち上がる。地形を思い出して、ここから近く、なおかつ下に落ちたあの金属樽が使わない位置にある階段の方に。


「シャララとドリンのふたりで10層まで降りるの?」

「俺とサーラントならふたりで30層まで行けるぞ?」

「シャララを触るな凸凹といっしょにしないでよ。なんだか不安になってきた」

「俺も古代魔術鎧アンティーク・ギアをちょっとなめていた。だがこれでだいたいの性能は解った」


 ラァちゃんがフワリと浮いて、


「解ったからとゆうて魔術師があれをどうにかできるとも思えぬが、策があるとゆうなら先に聞かせよ。ラァも少し不安になったゆえ」

「じゃあ歩きながら話すとしようか」


 策を話しながら地下迷宮を下へと降りる。1層から10層までは大した魔獣はいない。武器を持たない骸骨兵に大ネズミにスライム程度。下の階層へと降りる階段もひとつの階層につき2つから3つとあるので、人間ヒューマンの部隊とか1階層に戻る古代魔術鎧アンティーク・ギアと出会わないルートを選んで進む。


 下に降りる階段がひとつしかない階層は階層ボスのいる10層から11層。20層から21層といった10階層刻みのところ。

 階層ボスのいる部屋の奥に転送陣のある部屋があり、その奥に下に降りる階段がある。

 そこだけは10層ごとにいるボスの部屋を抜けないと下に降りる階段が無い。

 人間ヒューマンから見れば1層と10層の転送部屋を守りながら、上と下から俺達を包囲しようとするんじゃ無いかな。


 雑魚の骸骨兵を水弾で倒して魔晶石をちょい補充。休憩するときにリュックに入れていたお菓子を3人で分けて食べる。


「お土産にするつもりだったのにねー」

「あーぁ、リュックに入れたまま戦闘で転がったりしてたから、ボロボロだ」


 グレイエルフの町で貰ったお菓子『キノコの里』は、もとはキノコの形をしたクッキーだったのだが割れてしまっている。名前に反してクッキーの中にキノコは入ってなかった。


 魔力回復しつつ、雑魚魔獣はなるべく相手にしないで、下へ下へと降りていく。

 丸1日かけて10層ボス部屋近くまで到達。

 どうせ人間ヒューマンは奥の転送部屋を守っているのだろう。だったらそこにあの緑の金属樽がいて欲しいもんだ。

 目論見が破れたとはいえ、やられっぱなしで逃げてばっかりだったっていうのがちょっと腹ただしい。俺が逃げ足だけの小人ハーフリングじゃ無いってとこを見せてやるとしよう。

 錬精魔術師、2代目『無限の魔術師』として、単独古代魔術鎧アンティーク・ギア撃破をやってやろうじゃないか。

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