第63話◇古代魔術鎧にリベンジ! これでもくらえ!
地下迷宮10層のボス部屋、そこからちょっと離れた小部屋で仕掛けを作る。リュックの中身をひっくり返して中身を全部出す。
魔術触媒を入れた小袋に
「ドリン、これをシャララに預けるってことは」
「万が一の念のためだ。ちょいと無茶するからな。それとシャララにはこの魔術触媒でやって欲しいことがある」
リュックに仕込みをしながらシャララとラァちゃんに作戦の説明をする。
10層のボス部屋で俺が何をしようとしているか、作戦を説明する。話終えると何故かラァちゃんもシャララも変な顔をする。
「本気かえ?」
「頭、大丈夫?」
「なんで俺の頭が心配されるんだ? ふたりとも俺の話をちゃんと聞いていたのか?」
シャララもラァちゃんも俺を変なものでも見るような目で見る。なんでだ? これなら
「シャララはともかく魔術には詳しそうなラァちゃんにまで言われるとは、予想外だ」
「ラァは錬精魔術の系統なぞ知らんもん。じゃが理論上は可能かや?」
ラァちゃんはあぐらのままフワフワ浮いて、ぶつぶつ呟きながら考えている。シャララは金属筒の紐を腰に巻いて、
「錬精魔術で水の系統はドリンの専門分野なのは知ってるけどさー。できるの?」
「このテが失敗したなら、やりたくは無い最後の脱出手段をやるしかない。場合によっては俺を捨ててシャララとラァちゃんは逃げてくれ」
「ちょっとドリン」
「何事も予想外な事態になることもあるからな。とは言え
空っぽにして筒を刺したリュックを背負う。残りの魔晶石を全部ウェストポーチの中に詰めて蓋を閉める。リュックの中身はもったいないがここに捨てていく。無事に終われば取りに戻ってくるとするか。腰にロープを巻いて固く縛ってその端を垂らして、と。左手に水精石を握りしめて。
「シャララもラァちゃんも俺が始めたら、できるだけ上に飛ぶんだぞ」
ふたりが頷いたのを見て10層ボス部屋に向かう。
百層大迷宮の10層、大迷宮に潜って初めて会う1体目の階層ボスの部屋。扉は大きく開いている。
扉が開きっぱなしということは、ここの階層ボスの
毛皮が厚くて固く体力があるが、大きな身体で突進するしか能が無い。対処の仕方を知っていれば倒しやすいボス。百層大迷宮の最初の難敵。
転送部屋への出入りの為、防衛体制をつくる為に
「エイン、ソフオール」
バンダナに仕込んだ抗精神侵食の護符を発動。両手のグローブの魔術回路を接続、魔力補充発動。ウエストポーチの中の魔晶石から、魔力が引き出され、俺に馴染むように変質し、両手のグローブから腕の中へとジワリと入ってくる。準備良し。
開いた扉を抜けてボス部屋にゆっくり歩いて入る。腰に結んだロープをズルズルと引き摺りながら。その間も、増大、増大、と魔術の仕込みをしながら。
百層大迷宮のボス部屋は広い。身体の大きいボスがその力を発揮できるように。
部屋の向こう側、転送部屋に続く通路の近くには既に武器を構えた
騎士に傭兵に暗部商会に魔術研究局が20人くらい。その真ん中に深緑の金属樽がいる。あの
いてくれてありがとうよ。ケリをつけようじゃないか。
身長約2メートル30センチの深緑の鋼の巨人、肩だけは赤く染められている。さらにもう一機。そいつの隣にも同じようなシルエットで色違いの青色の金属樽がいる。その青い
どうやら俺が
相手が動く前に一気に決めてやろうとしたときに、緑の金属樽が声を出す。
「そこの
おや? 降伏勧告?
ズシン、ズシンと深緑色の金属樽が前に2歩進み、
「この
なんだかずいぶんとお優しいことで。それを聞いていた青い方の金属樽からは男の声。
「は? おい、何を言ってんだ? さっさとふん掴まえてしまえよ。おい、お前らあの
「待て」
青い金属樽の指示で動き出そうとした
「そこの
「あんたが間抜けなテに引っ掛かっただけで、そいつら持ち上げても失態は誤魔化せんだろに」
「うるさい黙れ。私の説得で投降しなかった時には、好きにしろ」
いきなり漫才が始まるとは思わんかった。説得で投降、ねぇ。
「
丁寧に言ってくれるので返事を返すか。
「そう言われてもな、いきなりそのバカでかい剣で殺そうとしてきた相手から、今さら手荒な扱いはしないとか言われてもな」
「殺すつもりは無かった。腕の1本でも落としてから捕まえるつもりだった」
「いやいや、迷宮の小部屋でやりあったときは、あんた全力で殺す気でかかって来てたろうが」
「それはお前がちょこまかちょこまか逃げるから、ついカッとな……。あー、えっと、お前の実力を認めたから私も本気にならざるをえなかった、うん。とにかく投降しろ。私はお前の知ってることを聞き出したいから、殺したくは無い」
なんだかおもしろい奴だな。鎧の中の顔を見てみたくなった。なので俺も少しは優しくしてやろうか。
「そっちがそう言うなら俺からも言わせてもらう。俺も無駄に殺したくは無いんでな。そこを退いて俺達に転送陣を使わせてくれ」
この状況で話を聞く奴はいないだろうが、ダメでもともとだ。
青い方の金属樽が声を上げて笑う。
「かははっ。亜人てのは頭が悪いな。こっちはバカに付き合ってる暇は無いっての」
青い金属樽が膝を曲げて高速移動の前傾姿勢をとろうとするので、俺も応えて返して始めるか。魔術構築。
「俺もだよ。氷壁! 2!」
俺の前方と後方に氷の壁を立てる。前方の氷壁は次の魔術のための時間稼ぎに。後方の氷壁は俺の後ろにあるボス部屋への出入り口を塞ぐために。後方に出した氷壁は厚みを増やして、扉のあるところを覆って食い込ませて塞ぐようにガッチリ立てる。
すかさずシャララとラァちゃんが上に飛び上がる。シャララは上に上にと飛びながら、俺の渡した魔術触媒をボス部屋に振り撒く。細かな粒がキラキラ舞う。
「てめえで逃げ道塞いでどうすんだ? おい
青い金属樽が大斧を振り上げ、俺の前方の氷壁に叩きつける。砕ける。こいつもこいつでバカっぽいな。
「どうすんだ?って、こうすんだよ!」
シャララが部屋にばら蒔いた魔術触媒は、エルフの森で集めたエルダーフラワーのドライフラワーにマロゥの葉。水系の魔術増幅仕込み。左手に握った水精石でさらに強化。そして重ねに重ねた増大の術式に、ウェストポーチの魔晶石の魔力を、グローブを通して全部ぶち込んでの、術式発動!
「これが俺のとっておきの最大級だ! 極!大創水!!」
瞬間、ボス部屋の中が青い世界に包まれる。
水系統魔術の基本、水を創り出す創水。下位の単純なもので効果を変化させるのも簡単だが、水精石を使い増大を多重にかけた上に魔晶石の魔力をありったけ注げば、俺が1度に生み出す最大水量は、
およそ100万リットル。
ボス部屋を埋める水。突然水中に放り込まれた
10層ボス部屋はこれで水没、巨大な水槽に早変わり。ここの天井は高く、空を翔べて上に逃げられるシャララとラァちゃんに被害は無い。
ボス部屋に繋がる道はふたつ。ひとつはボス部屋に入る俺の背後の扉。だがそこは俺の作った分厚い氷壁で塞いである。もうひとつは転送陣のある部屋に繋がる扉で、そっちは開いたまま。
転送部屋の先は下の階層に繋がる階段がある。水の流れる先はそのひとつだけ。
そこからどいつもこいつも溺れながら下の階層に流されてしまえ。
音を立ててボス部屋の中の水が下層への階段目掛けて、1ヵ所から流れ出して渦を巻く。
俺は腰に巻いたロープを垂らして、長く伸ばして引き摺りながらボス部屋に入った。そのロープの先はボス部屋入り口を塞いだ氷壁でガッチリ固定してある。
このロープが切れなければ俺は流されることは無いわけだ。
加速していく水流に流されて、水面に上がろうと泳ぐ
俺は水中の渦の中で浮き上がろうとするリュックを両手で掴み、手繰り寄せる。リュックから突き出た筒の先の栓をとって口にくわえる。
リュックの中には防水性の袋に空気を入れたものが入っている。激しさを増すボス部屋水槽の渦にグルグルともまれながら、リュックをしっかり抱き締めて筒をくわえて呼吸する。
水が引くまでならこの空気量で足りるハズ。空気の入ったリュックが浮き袋も兼ねて、俺は水流に揉まれながらも上に少し浮く。ロープの限界までなので、まだ水面は遠い。
まだ床で踏ん張っていた。流されてなかったとは、がんばるもんだ。緑の金属樽の方は足を開いて床に刺した大剣を握りしめて、水流に耐えている。
青の金属樽は水流で転倒してから無理矢理立て直したようで、片ヒザをついて、太い右腕から飛び出した金属の杭を床に刺している。
そんな仕掛けがついてるのか。
そして2機とも大きな空気の球体に包まれている。空気の球体の正体は、魔術で作った水をはね除けている
これであいつらは水に溺れることは無いのだろうが、この渦の中では動くこともできない。水流が魔術防壁を押すのに耐えているのがやっとというところ。
投射した攻撃魔術は受け止めて消失させる絶対魔術防御。だが全方向から押し寄せる大量の水には、どこまで耐えられる?
ゴウゴウと渦巻く水流の中、金属樽の魔術防壁の表面が歪んで、何重にも波紋が次々と現れる。
緑の金属樽は俺の方を見ているようだが。俺は俺でリュックを流され無いように必死で掴んで、筒をくわえてフコー、フコーと息をする。
ロープのおかげで流されてはいないが、渦の中なので身体があっちを向いたりこっちを向いたりで、
その上、魔晶石から大量の魔力を身体に流した後遺症で、なんだか凄く気持ちがいい。魔力酔いだ。気分がいい。
流される
金属樽の魔術防壁の表面にさざ波が立ち、球形だった形がところどころ歪んで形を変える。少しずつ球体が小さくなっていく。 緑の金属樽が何か言ってるようだが、ゴウゴウと唸る水の中では何も聞こえない。
魔術防壁が徐々に小さくなっていく中、緑の金属樽は床に刺した大剣を握る手を、自ら離した。そのまま床を蹴って水の流れにのってボス部屋から流されていく。
その顔にあたる部分のレンズが俺を見ている。なので俺は筒をくわえたまま、下の階層へと流れる緑の金属樽にバイバイと手を振ってやる。
このままこのボス部屋水槽で溺死するよりは、流れて下の階層に逃げた方がマシだと判断したのか。
青い金属樽も逃げるのかと見ていると、こっちはなんだか様子がおかしい。なにやってるんだ?
右手から伸びて床に刺してた金属杭は、腕に収納したのか見えなくなっている。
右の足の裏を床にくっつけて、仰向けになってじたばたしている。水流に押されて起き上がれないらしい。右手、左手、左足をバタバタと動かしたり、床を叩いたり殴ったり。右の足の裏が床に接着したみたいにピクリとも動いていない。
もがいてる間も魔術防壁はみるみる小さくなっていく。消えていく。俺の錬精魔術が
青い
右足が動かず、そこから起き上がれず、移動もできないままにジタバタしている。
俺の方は袋の中の空気が薄くなってきたのか、息が苦しくなってきた。腰に食い込むロープが痛い。頭がガンガンしてきた。
「ぶはぁっ!」
水面に顔を出す。水量が減って近くなった水面から顔を出す。空気を求めて何度も息をする。空気の大切さを思い知る。息ができるって素晴らしい。あー、視界が回る。
上に避難していたシャララが近づいてくる。
「ドリン! 大丈夫?」
「俺あ、大丈夫らろ?」
「ぜんぜん大丈夫じゃ無いっ! えっと、治癒系、精神安定、目眩に吐き気に二日酔いにサヨウナラ!」
シャララの魔術が効いて、だんだんと頭の中がクリアになる。
「ふー、青い
「上からじゃ水の中が良く見えないよ」
まだ水は3分の1ほど残っている。リュックから出た筒に栓をつけ直して浮き袋がわりにしがみつき、水面に浮く。
ラァちゃんもフワリと下りて来た。八枚の羽が揺れる。
「無茶をしたものよの。じゃが練精魔術の秘奥、見せてもろうた」
「まぁ、こんなもんだ。自分で作った水に溺れかけるのは間抜けな話だけどな。
「緑の方は逃げたようよの。しかし、下の階層が恐ろしいことになっておるのではないのかや?」
「それはまぁ、水びたしにはなっただろうな。どうなったか見てはみたいとこだが、緑の金属樽が戻ってくるかもしれんし、水が引いたらさっさと転送陣で30層に行こう」
水の流れに身を任せ、水面に漂いながらボス部屋の水が流れていくのを待つ。リュックの空気で息が持つのか、ロープが切れないかと不安はあったが、結果上等というところだ。
水が引いて床に足が着く。青い金属樽を見れば樽は開いていて中身が無かった。シャララが青い蝶の羽をパタパタさせて近づく。
「
「溺死するよりは脱出して、水の流れに乗って下の階層に行った方が生き残れるかもしれない。その賭けに挑戦したか。でもなんでこいつは動きがおかしくなった?」
残った
いろいろと仕掛けがついていて興味が湧くが、のんびりとはしていられない。
仰向けに倒れてバンザイしたような格好で、右足は膝を曲げて足の裏が地面についている。その右足を見てみると、太い足から金属の杭が伸びて床に刺さっている。
緑の金属樽のいたところ、床に大剣が刺さっている近くの床にも、穿った穴がふたつある。
「なるほど、足から出した金属杭を地面に打ち付けて踏ん張っていたわけだ。これであの水流に耐えていたのか。高速移動で角を曲がるときに、足元から聞こえたズガッて音の正体はこれか」
「あ、わかった。片方の足だけこの杭を使って止めて、走りながら無理矢理方向転換してたんだね。重たそうなのにあの速度で小回りが効くのは変だなって思ってた」
「この青いのは1度転んでから流され無いように、不安定な姿勢で杭を地面に打ち込んでいた。それで杭が抜けなくなったか、仕掛けが壊れて刺さった杭を戻せなくなったのか。右足が地面に縫い付けられたようなものだから、これは流されないか」
普通に立っていたなら左足で踏ん張って右足を持ち上げて抜けるとこなんじゃないかな。水流に押されて姿勢をもとに戻せなくてじたばたしていたし。
「こいつを持って帰りたいとこだが、俺じゃ運べないし。30層に下りたとこで誰かいないかな。この金属樽を運べそうな探索者とか」
「降りたら解るよ。早く行こう、転送陣から30層に行けばもう安全なんだよね」
「そうだな。俺はびしょ濡れだし、魔力切れと魔力酔いと酸欠で頭がクラックラするし、なんだか寒気がしてきたし」
「早く行かなきゃ!」
フラフラと水浸しのボス部屋から転送部屋へと。足首まである水溜まりを蹴飛ばしながら。
「ラァちゃんは転送アミュレット持って無いよな。俺にしっかりしがみついてろよ」
「地下迷宮の仕組みくらい知っとるのよ。しかし、30層に下りた方が安全だとはの。地下迷宮とは深く下れば下るほどに危険なもののはずじゃったのに」
「まぁ、時代が変わるといろいろ変わることもあるってことだろ」
「変えた当人がしれっと言いよるの」
転送陣に乗り、転送アミュレットで起動させる。薄く光る転送陣がその光量を増して、その光りに包まれる。
30層東側、階層ボスの骸骨百足のボス部屋、その奥にある転送部屋に転移する。
ここから西側端の隠れ里まで移動しないと。ポタポタと水を垂らしながら歩き出す。魔術で乾かす魔力も元気も品切れで、びしょ濡れのままだ。
フラフラと30層ボス部屋まで歩くと声が聞こえる。
「ドリーン!」
俺の名前を呼びながらこっちに走って来るのがいる。
ひとりは
ひとりは
グランシアとミュクレイルだ。ようやく戻ってこれた。
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