第64話◇隠れ里への帰還、ちょっと休息


 久しぶりに戻ってきた隠れ里。白蛇女メリュジン黒浮種フロート古代種エンシェントドラゴンの紫じいさんの住む地下迷宮30層の隠しエリア。

 来た、というよりは、お帰りなさいと出迎えられるとなんだか帰って来た気分になる。


 対古代魔術鎧アンティーク・ギア戦のあと、30層でグランシア率いる部隊パーティ猫娘衆と部隊パーティ双鬼に合流して隠れ里に戻った。

 俺は体力も精神力もけっこう限界に近くて、グランシアにおんぶしてもらって帰還。その途中に気絶するように寝てしまったのが、ちょっと情けない。

 丸1日寝込んで、魔力酔いをアムレイヤの治癒魔術とガディルンノの治癒の加護で癒してもらった。


 久しぶりに見る隠れ里はいつの間にか設備が増えて建物が増えて、何より探索者がやたらと増えていた。マルーン西区の賑やかさがそのまま移ってきたように。

 久しぶりに会う狼面ウルフフェイスのカゲンに聞いてみると、


「ボランギとルノスの連れて来たドワーフの職人達が、黒浮種フロートのテクノロジスに影響を受けて張りきっている。それに白蛇女メリュジンの族長シノスハーティルに神官シュドバイルが探索者を上手くまとめている」


 お、白蛇女メリュジンがちゃんとやってるのか。今後はこの隠れ里の代表としてエルフ同盟の族長会や長老会、ドワーフ王国にドルフ帝国と外交してもらわないといけないからな。他の種族とのやりとりに慣れてもらいたい。

 そのシノスハーティルは、なぜかカゲンのそばに寄り添うようにいる。


「私は探索者をまとめるとか、できません。探索者の皆さんが私達のお願いを聞いてくれるのでなんとかなっているだけ。いつも助けられてます。それにカゲンがアドバイスをしてくれるので」


 んー? なんだか目隠しで解りにくいがシノスハーティルのカゲンを見る表情が、あれはただの尊敬だけじゃ無いな。


「流石はカゲン。なかなかやるな」

「なんのことだ?」


 そこでとぼけるところが天然モテ男という奴だ。カゲンも勇者の仲間入りをしたのか?


 ふらついて戻ってきたせいか、今は宿屋のベッドで寝かされている。ベッドに上半身を起こして話をしている。俺の叔母さんのミュクレイルが腰にしがみついて離してくれないが、そのままにして話を続ける。

 部屋にいるのは狼面ウルフフェイスカゲンに白蛇女メリュジンシノスハーティルとミュクレイル、猫尾キャットテイル希少種獅子種のグランシア。

 皆にエルフ同盟からのトンネル工事が上手くいきそうだ、と伝えてから、


古代魔術鎧アンティーク・ギアが地下迷宮をうろついているなら、探索者は全員隠れ里に引っ込めた方がいい」

人間ヒューマンの調査を妨害しなくてもいいのか?」

「カゲン、やってみて解ったけどな、カノン無しでは厳しいぞあれは。やりあえば損害が出る。それにこっちの戦力強化もしたいし」


 グランシアが頷いて、


「そうだね。見かけたときは地下迷宮走って逃げて、迷宮の灰色熊と大カマキリけしかけて、迷宮のトラップに嵌めて逃げたし。あいつらが隠れ里に来るには、隠しエリアに繋がる壁を壊さなきゃいけない。そこに気がつかないうちに、黒浮種フロートカノンを作ってもらうってことだね」


 カノンがあれば古代魔術鎧アンティーク・ギアの魔術防壁は破れる。そのカノンの設計図は黒浮種フロートのセプーテンに渡してある。ドルフ帝国からの贈り物ということで。

 サーラントが持ってきたということを、ノスフィールゼロが秘密にしたい、ということで。金属筒にはカノン設計図以外に、ノスフィールゼロがセプーテンとトリオナインに宛てた手紙も入ってる。

 その金属筒はすでに黒浮種フロートの研究所にある。俺が寝込んでいるうちに研究が始まっているらしい。


カノンに関しては、火精石の代わりに水精石か氷精石か他の精石で作れるか試してみるって聞いたけど。なんでそんなに水精石と氷精石があるんだ?」


 俺が聞いてみるとカゲンが腰の武器を俺に見せて、


「この新しい剣、ドスを試してみたところ、アイスゴーレムが斬れたんだ。それが面白くなったのか、グランシアとゼラファが寒さに弱いのに43層からの雪原で狩りまくってな」

「金粒銀粒集めのついでだよ。カゲンとヤーゲンもザクザク斬りまくってたじゃない。でもこれで切断特化武器、ドスの操方もだいたい解ってきた。クセがあるけど強いよ、この新型剣は」


 グランシアがニヤリと笑う。いつの間にそんなドスなんて剣ができてたのやら。

 ドスを見せてもらうと、これまで見たことも無いような輝きの片刃の剣。黒と銀の2色、その境目がグラデーションになって波のような模様になってる。


「なんだこの剣は。このまま美術品とか言っても通用しそうだ」


 それぐらい綺麗というか美しいというか。刀身は濡れたように光を反射している。銀色の薄い刃先なんてその部分が光を放っているようだ。カゲンとグランシアが教えてくれる。


「トリオナインとボランギの自慢の一品で、1本作るのにドワーフの職人でもかなり時間がかかるところが、唯一の欠点か」

「欠点というなら切れ味良すぎて下手くそが使うと自分を切ってケガするっていうのも欠点かな。上級者向けと言うところ」

「はー、そのドスって剣と新しい鎧で調子に乗った探索者が狩りまくってたのか? 預かり所の外まで財宝と武器が溢れていたぞ。ミスリルの武器が草の上にゴロゴロ転がってる光景なんて初めて見た」

「そりゃ地下迷宮ダンジョン税が無いとなれば、みんな喜んで探索するって。ここはちょっと歩けばすぐに30層だし。白蛇女メリュジンの戦闘訓練にもなるし」


 グランシアが得意気に言うのにカゲンが補足する。


「あぁ、白蛇女メリュジンのほとんどが魔術師として戦士として、30層級くらいに強くなっているぞ。もとから戦闘種として素質のある種族だからこそだ」


 カゲンの視線にシノスハーティルが、目隠しの下の頬を少し赤くして、


「それも兄先生と弟先生のおかげです。何より魔術先生がいろいろ丁寧に指導してくれましたし」


 兄先生はカゲンで弟先生はヤーゲン。魔術先生はスーノサッドの呼び名。スーノサッドは教えるのが苦手とか言ってたわりに、ちゃんと先生できてたみたいじゃないか。

 で、問題は、


「その預かり所で見たんだが、いつの間にかノクラーソンがいて鑑定の仕方を白蛇女メリュジン黒浮種フロートに教えていたな。ノクラーソンは上手くみんなとやってるのか?」

「ノクラーソンが頑張っているし、それを理解してる探索者も多い。まぁ、それでも人間ヒューマンなので毛嫌いしてるのもいるが、ノクラーソンを部隊パーティ小姐御ちいさなあねさんに誘った小妖精ピクシーのロスシングが、ノクラーソンのめんどうを見てくれている。あとノクラーソン本人はここから逃げる気は無いらしい」

「あの、そのことですが」


 シノスハーティルがおずおずと手を上げる。


「ロスシングに相談されたんですけど、ノクラーソンが思い詰めてるみたいで。昼は財宝鑑定とか魔術の解析を白蛇女メリュジンに教えてくれるのですが、夜にお酒を飲む量が多いと。やはり同族に対しての背信というのが堪えているのか、娘にもう会わないと決めたことが心を痛めているのか。監視役のフラウノイルも心配してて」

「ふーむ。どーするかな。1度ノクラーソンと話してみるか。ノクラーソンも俺に文句言ったらスッキリするかもしれんし」


 まったくあのカイゼル髭は、もっと人生を楽しめよ。こんなにおもしろいところ他に無いだろうに。

 グランシアがミュクレイルの尻尾をくすぐりながら言う。


「ノクラーソンはけっこうここの生活には慣れたよ。気分転換になるかなって、紫のじいさんのとこに引っ張っていって戦盤の相手をさせたりとか。ただ、ここにいるたったひとりの人間ヒューマンだからかね、人間ヒューマンと他の種族との未来とか考えて悩んでるみたい。そんなのノクラーソンひとりではどうにもならないのにね」

「あいつそんなこと悩んでんのか? まったく。なんかこう、ノクラーソンが他の種族と協力してする仕事とかやらせてみたらどうだ? 酒が好きならバングラゥと一緒に酒でも作らせてみたら?」

「それでノクラーソンには、白蛇女メリュジン黒浮種フロートに解析の仕方の指導とか、鑑定のやり方とか、あと商取引とか契約関係とかの先生をやってもらってるんだけどね」

「頭を使って思い悩むなら、ちょっとは身体を動かして発散させてやれば? まぁノクラーソンのことは後回しだ。先にやりたいことがある」


 話を続けようとすると、立ち上がったグランシアが俺の頭を押さえて強引に押さえ込む。バフンと音を立ててベッドに倒れる。


「なんだよグランシア?」

「ドリンは今日は1日寝てるのが仕事。アムレイヤが言ってたろ? 魔力の補充回路かなんか知らないけど、体内魔力の流れが乱れてグチャグチャだって。あとでまたアムレイヤが来るから大人しく寝てな。ミュクレイルはドリンがフラフラしないように見張ってて」

「まかせて」


 それでミュクレイルはずっとしがみついていたっていうのか。いや、まだ俺の調子が悪いってのは本当だけど。

 魔力補充回路のグローブも1回調整しなおさないとな。じとっと俺を見るミュクレイルに、降参したと俺は両手を上げる。


「解った、今日は大人しくする。だが俺のいない間のこと、秘密兵器開発状況とか、隠れ里に増えた施設とか聞きたいことがある」


 カゲンが椅子から立ち上がる。


「じゃ、それぞれの班長にここに順番に来てもらうようにするか。シノスハーティル、連絡を回してくれ」

「では、そのように。ドリン、トンネル工事など班長が変わっているところも多いので、シュドバイルにリストを用意させますね」


 お、いつの間にかシノスハーティルがしっかりしてる? もう泣いたりはしないのか。

 カゲンとシノスハーティルが連れ立って部屋の外に出る。ふたりを見送ったあとにグランシアに聞く。


「あのふたりなんかあったのか?」

「シュドバイルに聞いたんだけど、シノスハーティルって予想外の事態には頭がテンパりやすいんだってね。それが白蛇女メリュジンにとっては五千年ぶりの大事件で、しっかり族長しなきゃってプレッシャーにまいってたみたいよ。それをカゲンがサポートしてたらあんな感じに。カゲンはいつも通りなんだけど、シノスハーティルがカゲンの男前っぷりにメロってる」


 ミュクレイルが続けて、


「族長、わかりやすすぎる。でも探索者の中の族長ファンクラブがカゲンこのやろーとか、カゲンを目標に頑張ろうって言ってた」


 けっこう長い期間いなかったから、いろいろあったってことか。族長ファンクラブとか聞き憶えの無い単語が出たけど。

 グランシアがベッドに腰掛けて俺の頭を撫でる。子供じゃ無いんだが。


「探索者にはいくつか派閥みたいのができたよ。族長シノちゃん派とかシュドお姉さま派とかミュクたんを妹に派とか」


 なんだそれは。探索者にノリのいい奴等が揃ってるのは知ってるけど。


白蛇女メリュジンもそう。1番人気がカゲン兄とヤーゲン弟。あとはインテリスーノ先生に、パリオー抱っこし隊、ファーブロンお持ち帰りし隊、グランシアに抱かれ隊、アムレイヤに包まれ隊、いろいろあるよ」


 ミュクレイルが教えてくれる。楽しんでんなぁ。

 白蛇女メリュジンはもともと女同士で子供ができてたっていうから、両方いけるのか。仲良くやっていけるならなんでもいいや。

 グランシアに隠れ里のことを聞いてみたとこ。


「小さいトラブルはあったけど、そこはカゲン、ヤーゲン、ガディルンノがなんとかしてくれた。ドリンのいない間に来た蟲人バグディスのパルカレムがトンネル工事をかなり進めてくれたし」

「理想は地上の戦争前に開通させたかったんだが、それは流石に無理だったか」

「欲張りすぎじゃない? あとあの青い古代魔術鎧アンティーク・ギア部隊パーティ双鬼に頼んで黒浮種フロートの研究所に運んでもらったよ」

「30層転送部屋で合流できたのは幸運だったな」

「幸運じゃ無いよ。30層ボス部屋は人間ヒューマンにとられるわけにはいかないから、定期的に巡回してたし。あのときは耳がザワザワッとしたから何かありそうだなってボス部屋にいたんだよ」


 グランシアの野生のカンって、もしかして希少種獅子種独自の神の加護だったりするのか? 

 ミュクレイルが這い上がってグランシアと一緒に俺の頭をなでる。対抗してんのかふたりで俺の頭をクシャクシャにしてる。


黒浮種フロートは今、たいへんなことになってるよ。ドリンの持ってきた金属筒とあのヘンテコな鎧で、テクノロジスって叫びながら。白蛇女メリュジンで睡眠不足で目が濁ってきた黒浮種フロートを見つけたら、捕まえて寝かしつけてるけど」


 黒浮種フロートにとってはいい玩具だろうなあ、あの金属樽は。

「これで第3の秘密兵器開発が大きく進みマスってセプーテンが言ってた」

 第3? なんだそりゃ? 秘密兵器はその1とその2までしかやってなかったハズ。

 なんか新しいこと思いついたのか?

 やっぱり寝てられないと起き上がろうとしたら、グランシアとミュクレイルのふたりがかりで押さえ込まれた。

「ドリンは1日大人しくしてな。ミュクレイル、巻きつけ」

「任せてグランシア」


 その後、ミュクレイルの蛇体にぐるぐる巻きにされたまま、シュドバイルにセプーテンやパルカレムの各班長に笑われながら話を聞くことになった。

 探索者にはカノン完成まで隠れ里に引っ込んでもらって、その間の防衛態勢のことなどを話して。

 計画首謀者としてカッコがつかないので、ミュクレイルに解放してくれと頼んでも離してくれない。

 相当おもしろい絵面だったらしい。最後に来たノクラーソンは俺を指差して大笑いしやがった。このやろう。


 



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