第65話◇サーラント主役回◇森のエルフもどき狩り、前編

◇◇エルフの森に残った人馬セントールサーラントの視点になります◇◇



 エルフの森から黒装束覆面の怪しい奴等が大草原へと走り出す。その数は8人。よたよたと力無く森から大草原へと追われて出てくる。


 森の中は小妖精ピクシーの魔術戦隊と、その司令官ネルカーディに任せてある。

 こちらは森から追われて出て来たあいつらを、


「できるだけ殺さずに捕獲するとしよう」


 と、俺の背中に乗るライトエルフの森の守護隊隊長エイルトロンに一声かけて駆け出す。弓を持ったエイルトロンが落ちないように、いつもより速度は落として慎重に。

 ドリン以外を背に乗せての戦闘は久しぶりだ。落ちないように、俺の鎧の背中につけた取っ手を握りしめてエイルトロンが応える。


「解りました。エルフもどきからは、生かして聞き出したいこともありますからね」


 揃いの黒装束、黒覆面の者達は森から出たところでバラバラに逃げ惑っている。小妖精ピクシーの魔術にやられたのかケガをしている者がいるが、ふらついているのも中にいる。


「どうも消耗しているようだ」

「そのようですね。逃げ損なって隠れていたのでしょうか?」

「その辺りもまとめて聞き出すとするか」

「それでは」


 俺の背中から、キリリと弓を引き絞る音がする。エイルトロンの射界を広くするために、右前方へと進路を変えて、左前方に弓を射ちやすくする。

 大草原を走る黒装束の男二人が、エイルトロンに足を射たれて悲鳴を上げて転ぶ。

 揺れる俺の背中から続けて2射。外すこと無く的確に足を射る。弓に優れるというライトエルフ、エイルトロンの技量は隊長だけあって高い。


「流石だ、エイルトロン」

「どういたしまして」


 この程度はたいしたことはないですよ、という感じでエイルトロンが応える。

 前方では逃げるのを諦めた黒装束のひとりが、振り向いて指を組む。呪文を唱える。魔術師か。

 構わずに速度を上げて真っ直ぐにそいつに突っ込む。人間ヒューマンには魔術を使える者は多い。だが、小妖精ピクシーやエルフほどに魔術適性の高い者は少ない。実戦レベルで使えるほどに魔術式構成の速い者は更に少ない。

 それに空を飛べない種族の魔術師で、人馬セントールが正面から突撃してくるプレッシャーに耐えてまともに魔術を使える者は、更に少なくなる。あまり出会ったことが無い。頭の線が1本切れたドリン以外には。

 草原の草を蹴り、駆けて一気に接近する。動揺して魔術を撃ちそこなった黒装束の腹を、突進の勢いをのせた前足で蹴りあげる。


「うぼおっ!」


 あ、しまった。やりすぎたか? 黒装束の魔術師はどうやら体重の軽い奴だったらしく、かなり高く飛んだ。これでは落ちてくるのに少し時間がかかる。

 エイルトロンが後ろからポツリと、少し怯えた声音で言う。


「うわ……、大草原で人馬セントールを敵にしたくは無いですね」

「これがランスならば、この程度ではすまん」

「いえ、ランスじゃ無くても今のは死んだのでは?」


 高く宙を舞う黒装束を見上げる。空は青く、雲は白い。いい天気だ。大草原を駆け回るにはいい日和ひよりだ。その青空の中でもがく覆面の黒装束。


「このまま頭から地面に落ちたら死にそうだ。受け止めるか。落下地点に走るから、エイルトロンがキャッチしてくれ」

「え? ちょっとそれは無茶なんじゃ、うわっ」


 落下地点を目指して走る。軟弱な人間ヒューマンを生け捕りにするのは難しい。急に走り出したからか、背中のエイルトロンがバランスを崩して驚いている。


 こういうときにドリンのことを思い出す。これも長い付き合いなのか、腐れ縁というものか。背中に乗せたのがドリンだと、俺の行動を先読みして落とす心配が無い。俺が動きやすいようにと重心を移動させてくる。

 いちいち右だ左だと口に出さなくても、俺の行きたい方向へと俺に合わせてくる。

 初めて俺の背に乗るというエイルトロンに、俺に合わせて重心を移動させろというのは難しいことか。


 黒装束の落下地点へと。落ちてくる黒装束をエイルトロンが受け止めるのは無理そうだ。それならばと走りジャンプしながら、頭から落ちてくる黒装束の背中を張り手でバンと叩く。

 空中で4分の3回転して腰からゲショッと落ちる。これで頭から落ちてないから死んでいないだろう。


「容赦ないですね」

「死なないように気をつけたつもりだが?」


 他の黒装束を追いかけていたドルフ帝国の人馬セントール兵士が駆け寄ってくる。俺の悪ガキ時代からの友、ローゼットだ。


「サーラント、そっちはどうだ?」

「ふたりはエイルトロンが足を止めた。今、降ってきたひとりは骨折してはいるが、まだ死んでいないだろう。そっちは?」

「部下が追っているが、また森に逃げ込まれた。捕獲できたのは2人だ」

「森の中はエルフと小妖精ピクシーに任せよう」


 人馬セントールでは木々の生い茂る森の中は動きが鈍くなる。ローゼットは頷く。


「どうやら、話に聞いた古代魔術鎧アンティーク・ギアのいる遊撃隊は、今回は来ていないか」

「そのようだ。やはり目的を果たして早々に引き上げたか」

「念の為に持ってきたが、コイツは出番無しか」


 ローゼットが両手に持つ軽カノンを見る。ドルフ帝国で開発された、人馬セントールが個人で装備できる携帯用小型カノン。小型といいながらも武器としては大きい。人馬セントールが両手で抱えて使うもので、エルフでは持ち運ぶのも難しいだろう。全体を黒く塗装した武骨な金属の大きな筒。火精石を動力にして鋼の砲弾を発射する対魔術戦武装。古代の魔術兵器アンティーク殺し。カノン

 軽カノンと呼ばれても重カノンに比べて軽いというだけであり、重量は小人ハーフリングひとり分ぐらいある。ローゼットの持つ軽カノンを見ながら、


「そのカノンがあるからここまでエルフもどきを探しに来れる。出番は無くとも、有るだけで役に立っている」


 古代魔術鎧アンティーク・ギア対策にドルフ帝国からは兵団黒の小隊が灰エルフの町に応援に来た。ローゼットが率い、軽カノンを装備して。


 捕獲した息のある黒装束を集める。生きているのは5人か。やつれているところを見ると、あても無く逃げたした逃亡兵か? まともな作戦行動中では無さそうだが。

 エイルトロンとその部下が治癒の魔術と加護で黒装束のケガを治す。ついでにロープで拘束して呪文詠唱防止に口に枷を嵌める。


「サーラント、これが噂のエルフもどきか?」

「そうだ。覆面を剥がすと死ぬぞ。気をつけろ」

「それは聞いている。まったく人間ヒューマンは同族に酷いことをするもんだ。こいつらは捨て駒にされるのが嫌になって、森に逃げ込んだのか?」

「俺もそう思うが、決めつけるのはまだ早い。人間ヒューマンは俺達では思いつかないような事をしでかす。連れ帰っていろいろと吐かせよう」


 上空から辺りを見ていた小妖精ピクシーの魔術戦隊のひとりがパタパタと下りてくる。


「辺りに騎馬兵の姿無し。というか、誰もいないわ」


 その小妖精ピクシーが俺の頭にちょこんと腰掛けて話す。


「森の中に入り込んでいるかは、うちの司令官が探してるから、すぐに見つかるはずよ」


 黒装束の拘束が終わったエイルトロンが小妖精ピクシーに応える。


「森の中ならライトも手伝いましょう。ローゼットさん、捕獲した彼らをグレイの町に運んでくれませんか?」

古代魔術鎧アンティーク・ギアもいなくて森の中では人馬セントールの出る幕じゃ無いか。じゃ、そいつらを背中にのせるから、落ちないように縛ってくれないか?」


 黒装束の5人をローゼットの部下、3人の人馬セントールと手分けして背に乗せる。ここまで背に乗せていたエイルトロンは仲間のライトエルフと共に、小妖精ピクシーの魔術戦隊と合流して森の中へ。逃げ込んだ残りの黒装束を探しに。

 エイルトロンが俺達に礼を口にする。


人馬セントールの皆さんのおかげで大草原の移動が助かりました。ありがとうございます。では、私たちは残りを見つけてから戻ります。それまでローゼット隊長、グレイの町をお願いします」

「任された。じゃ、サーラント戻るとするか」

「そうだな。ここを彷徨いてもあの古代魔術鎧アンティーク・ギアのいる人間ヒューマンの遊撃隊はいないようだ。エイルトロン、念のため、人間ヒューマンを侮るなよ」

「心得ています。ですが森を荒らされたくもありませんし。我らが神に敬意を持たないニセ物のエルフに、森をうろつかれたくもありませんから」


 森はエルフにとって神の加護を受ける神聖なる土地。人馬セントールにとっては草原と同じ大切なもの。

 とち狂った人間ヒューマンに焼かれたりしたくは無い。


「追い込んでヤケになって訳の解らないことはしないように、降伏を勧めることにしましょう。聞かなければ殺すしかありませんが」


 ローゼットが森を見る。


「聞くかねぇ。ユクロス教の信徒は異種族の話を聞かないから。隠れ開拓村の人間ヒューマン相手には苦労させられた」

 

 ローゼットの部下3人と手分けして、背中に縛った黒装束を乗せて駆ける。軽カノンで装備の重いローゼットに重荷を担がせる訳にはいかない。俺が黒装束を2人背負いローゼットの部下がひとりづつ背負う。

 あっち向いてホイで負けてしまったから仕方無い。

 俺を含めて5人の人馬セントールグレイエルフの町に駆け出す。

 日が落ちる頃には到着するだろう。

 並んで駆けるローゼットが話す。


「サーラントは戦争の方に行きたかったんじゃ無いのか?」

「できればな。蜘蛛女アラクネの一族が暴走しないかと心配もある。それに百年に一度の祭りのようなものでもあるし」

 

 人間ヒューマンの侵略に対抗すべく、俺の御先祖が草原に住む種族と近隣のエルフとドワーフに呼び掛けて多種族連合軍を作った。

 様々な種族の力を集め大草原への人間ヒューマンの進行を食い止めたのが、ドルフ帝国のもとになった。

 今では星来者セライノシャロウドワーフが開発したカノンもあり、容易に人間ヒューマンの撃退ができる。

 それもあって人間ヒューマンの無謀な進行を撃退するのは、百年に一度の増え過ぎた人間ヒューマンを駆逐するイベントのようになってはいる。

 俺もドルフ帝国の王子として、戦争に参加しようかと考えてはいたのだが。


「今回、俺の次兄が多種族連合の総指揮に出てきたから、遠慮することにした。ひとつの軍に王子が二人で頭がふたつというのは良くないだろう。周りが混乱する」

「あのシュトール王子ならサーラントと兄弟並んで戦に出るというのは、喜びそうだけど。指揮系統を1本にするにはその方がいいのか」


 俺の代わりといってはなんだが、今ごろ鷹人イーグルスのネオールは戦場に向かっている。ダークエルフ、ディストレックが率いるダークエルフの戦闘集団、闇牙と共に多種族連合軍と合流している頃だろう。

 それに俺の本来の目的はトンネルの開通。

 それまでトンネル工事現場を守るとしよう。俺がドルフ帝国の兵士の集まる軍に行けば、ただの1兵卒というには顔を知っているのが多すぎる。


「あの場で俺が身分を隠すのは難しいだろうし」

「難しいというより無理だ。ドルフの3兄弟王子は人気があるから。男女問わず種族問わずたらしこむのはドルフの王族の血統なのか?」

「たらしこんだ憶えは無い。おかしなことを言うな。俺はドルフの王族として人馬セントールとして、恥ずかしくは無いようにと行動していたら、応援してくれる者が増えただけだ」

「サーラントのはちょっと違うぞ。何をやらかすか心配でほっとけなくなるだけだ。それで女が寄ってくるのをモテるとか勘違いするんじゃ無いぞ」

「それもまた人徳というものだろう。俺の周りには男を見る目のある女が自然と集まってくる」

「サーラント、昔より口が達者になったよな。コンビの相方の影響か?」

「む? あいつの口の悪さがうつったかもしれん」

 

 少し気をつけねば。

 ドリンは隠れ里に戻った頃か、止める者が近くにいなくて、また何かやり過ぎているかもしれんな。

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