第66話◇サーラント主役回◇森のエルフもどき狩り、後編

◇◇エルフの森に残った人馬セントールサーラントの視点になります◇◇




 夕刻、グレイエルフの町へと着く。出迎えに来たのは金髪に金の口髭のディープドワーフの王女。


「サーラントお……、こほん、サーラント、お帰りなさいませ」


 ドワーフ王国の第二王女、激流姫、ディレンドン王女。その後ろに控えているのがディープドワーフの護衛、もと探索者の女戦士シュディナ。ディレンドン王女の側には王女の副官になってしまったメッソ。

 ディレンドン王女は真っ赤なツナギの作業着に身を包み、その身体からはやる気と気合いがはみ出しているように元気に見える。


 ディレンドン王女がドワーフ王国から職人の一団を連れて到着し、早々にトンネル工事に取りかかった。

 ドワーフ達はトンネル工事の現場の周囲にテントを張り、このグレイエルフの町は各種エルフ達にディープドワーフ、小妖精ピクシー蝶妖精フェアリーが集まり、そこに大草原から避難してきた小人ハーフリング。ドルフ帝国からはローゼットの部隊の人馬セントールと、かつてのマルーン西区のような多種族が賑わうところとなった。


 ディレンドン王女がローゼットと俺達に駆け寄ってきて、戦果を聞く。


「首尾はいかがでしたか? その背に乗せているのが噂のエルフもどき?」

「そうだ。5人捕獲した。族長のレスティル=サハは何処にいる?」

「リムレイルとトンネル工事の現場にいますわ。呼んできましょうか?」

「いや、こちらから行こう。ノスフィールゼロは?」

「レスティル=サハかリムレイルがいつも抱いていますわ。ノスフィールゼロの護衛も兼ねて。黒浮種フロートを抱いていると肩凝りが取れるとグレイエルフには人気ですわね」


 グレイエルフの女性は肩凝りに悩まされる者が多く、肩凝りから来る頭痛を治すために治癒の系統の魔術の使い手が多いと聞いたことがある。これも種族特徴というものか。

 あの豊満な胸を押しつけて男をからかうのは、アムレイヤだけでは無かったというのが、ちょっと困る。


 トンネル工事現場に向かう途中、町で遊ぶ子供を見かける。グレイエルフの子供と小妖精ピクシーと遊んでいるのは人間ヒューマンの子供の兄妹。

 エルフもどきに襲われているのを俺達が助けた。その親子だ。母親の方は子供達を見ながらグレイエルフの女性と話している。遊んでいる子供の母親同士で、和やかな様子。

 種族の違いなど関係無く、子供達はすぐに仲良くなったようだ。人間ヒューマンの子供達、特に妹の方は父親が目の前で殺されたショックから、ぼうっとしているか、急に泣き出したりしていた。だが、最近は落ち着いてきたようだ。

 その兄妹が俺に気がついて、手を繋いで走ってくる。


「サーラント! そいつらは?」


 兄の方が俺達の背中の黒装束に気がついた。この人間ヒューマンの子供から見れば、住んでいた村を襲った奴と同じ格好の男達だから警戒するか。黒装束の方は騒ぐとめんどうなので身動き取れないように縛り上げて、魔術も使えないように口枷もつけている。


「森に逃げ込んでいたのを俺達で捕まえてきた。今からレスティル=サハに引き渡すところだ」

「また悪い奴等をやっつけたんだ。サーラントってやっぱりすごいんだ」


 俺とドリンとシャララでこの親子を助けたからか、この兄と妹は俺をまるで英雄を見るような目で見る。

 人間ヒューマンの親子を襲う人間ヒューマンから人間ヒューマンを助けて、そしてその後、エルフに化けた人間ヒューマンを殴り倒して拐ってきたことを人間ヒューマンの子供に尊敬される。人間ヒューマンとはいったい……。

 人馬セントールとしては、少し複雑で微妙な気分になる。


「ねぇ、サーラント。また妹を背中に乗せてやってよ」

「あとでな」


 何となく兄妹ふたりの頭を右手と左手でクシャクシャと撫でる。妹の方が目を細めて、くすぐったそうな嬉しそうな顔をする。人間ヒューマンでも子供はかわいいものだ。

 用事が終われば遊ぶと兄妹と約束して、レスティル=サハのもとに向かう。

 ローゼットが1度兄妹をチラリと見て、


人間ヒューマンも子供は素直で可愛いものなんだがなぁ。育つとどうしてこうなる?」


 ローゼットが俺の背でぐったりとなる黒装束を見て言う。環境が悪いのだろうか?


「しかし、サーラントは随分となつかれたもんだ」

「あの親子にとっては、俺は命の恩人ということになるらしい」


 聞いたディレンドン王女が楽しそうに、少し悔しそうに言う。


「どうして私の手紙を届けてトンネル工事の話をするだけの道中が、エルフもどきという人間ヒューマンの新たな戦略に出くわして、子供達を助ける英雄談になってしまうのですか? サーラントはいったいどうやって事件の匂いを嗅ぎ付けていらっしゃるの? 本当になんて羨ましいのかしら」

「ディレンドン王女、俺はたまたまそういう事態に出くわしただけだ」

「いや、サーラントは出くわしたら自分から首を突っ込んで突撃して行くだろ」


 ローゼットの言葉にあのときのことを思い出して少し考えてみるが、


「ローゼット、人馬セントールがあの場に出くわしたら皆、俺と同じことをするのではないか?」

「ん? まぁ、子供が襲われてたら助けに行くか」

「でも、私は子供が襲われているところになかなか遭遇できませんわ」

「ディレンドン王女、それはドワーフ王国が平和だということで、嘆くところでは無い」


 この王女様は英雄願望が強いらしい。はなしかながらトンネル工事現場の近くへと行く。ドワーフ職人達のテントがひしめいているところ。

 背中の黒装束をドサドサと地面に落として一ヶ所にまとめておく。

 黒装束の様子を見ていたローゼットが言う。


「サーラント、こいつらは尋問する前になにか食わせてやった方がいいか。随分とやつれている」

「そうだな。森に逃げ込み食料が無かったのか? 痩せている。だが、その前に覆面を安全に剥がす方法か」

「そいつらがエルフの猿真似をする人間ヒューマンか?」


 声の方を向けば身長2メートル、背の高い骨太のエルフの男がいる。背高ハイエルフのクワンスロゥが来ていた。

 嫌いな食べ物を出されたような顔で黒装束を見ている。


「5人、これで全員か?」

「いや、森に逃げ込んだのがいる。そっちはエイルトロンとネルカーディに頼んだ」

「忌々しい。いったい何人いるんだ?」

「わからん。今の人間ヒューマンは人数だけは多いからな」


 グレイエルフの族長レスティル=サハ、トンネル工事のエルフ側の監督リムレイル、黒浮種フロートノスフィールゼロ、部隊パーティ白髭団の小妖精ピクシーリックルが合流。

 ノスフィールゼロはレスティル=サハの胸に抱かれて、リックルはリムレイルの肩に座る。

 レスティル=サハが黒装束を見下ろして礼を言う。


「ネルカーディが見つけたのを捕まえてくれたか、ありがとう。本来ならエルフがしなければならないことなのだが、ドルフ帝国の協力に感謝する」


 ドルフ帝国兵団黒の部隊長、ローゼットが応える。


カノンはドルフ帝国の兵以外には触らせられないから仕方無い。できれば古代魔術鎧アンティーク・ギアを見つけてこいつを撃ち込んでやりたかったとこだが」

「エルフの森の外に古代魔術鎧アンティーク・ギアがいるかもしれないとなると、正直言うと恐ろしい。エルフも小妖精ピクシーも魔術は得意だが、その魔術が効かない相手というのは厄介だ」

「俺の隊で軽カノンが2門ある。ここの防衛には頼ってくれていい」


 俺は黒装束の5人を見る。3人は気絶してるのか眠っているのか目を閉じて動かない。ふたりは目を閉じて気絶した振りをしているが、恐怖なのか呼吸が早くなっている。

 静かに大人しいと思えば狸寝入りか。


「さて、どうやって覆面を剥がしてやろうか」


 無理矢理剥がせば覆面の中の仕掛けの毒針でこいつらは死んでしまう。

 レスティル=サハに抱かれたままのノスフィールゼロが話す。


「前回の覆面を調べましタノ。剥がす前に仕掛けの中の毒液を抜いテ、針の作動を止めまスノ。そのための道具を作りますノデ、明日まで待ってもらえまスカ? 念のために魔術での解毒ができる方に立ち会ってもらいたいでスノ」


 レスティル=サハが頷いて胸に挟んだノスフィールゼロを撫でる。


「ではノスフィールゼロ、よろしく頼む。治癒の加護で解毒のできる者を呼んでおこう。それまでこいつらを逃がさんようにクワンスロゥ、頼めるか?」

「いいだろう。背高ハイエルフから治癒の魔術の使い手も出そう。覆面を剥いだら、そのつけ耳を引きちぎって治療させるためにも」


 黒装束を見るエルフの目には嫌悪が浮かぶ。念のために一言。


「生かして捕らえたのだから、なるべく殺さないように」

「知っていることを吐かせた後は殺した方がめんどうが無さそうだが」

「クワンスロゥ。生かしておくことで利用もできる。ドリンが『次の策で駒として使えるかも』と言っていた」


 レスティル=サハが頷く。


「あの小人ハーフリングがなにか思いついたなら、そのようにしよう。そのために先ずは食料を用意しないとならないか。あの親子も良く食べるが、人間ヒューマンは本当にエルフの3倍の食料が必要なのだな」

「こいつらは大人で男だから更に食うだろう。1日あたりエルフから見たら4倍から5倍は用意しておいた方がいい」

人間ヒューマンがやたらと開拓して畑を作ろうとする理由が解った。神の加護の無い種族とはこうも違うものか。人間ヒューマンが更に増えたなら大草原も我らが森も食い潰されそうだ」

「今頃は大草原で、戦争でその人間ヒューマンの数を減らしている頃だろう」

 

 今回の人間ヒューマンの軍勢は4万を越えているという。大草原がどれだけ血に染まるのか。

 いつまで人間ヒューマンは戦争に死にに来るのか。いつまで俺達は人間ヒューマンを殺して間引くための戦争を続けるのだろうか。

 この世界を守るためには俺達で人間ヒューマンの数を調整し続けなければならないのだろうか。

 ローゼットがレスティル=サハに、


「この町の防衛で少し話したい」

「わかった。なにかあればローゼットのカノンに頼らせてもらう。警戒はエルフと小妖精ピクシーでするから人馬セントールは少し休んでいてくれ。グレイの娘達に世話をさせよう」

「ありがたい。だけど部下にはグレイエルフに骨抜きにされないように注意しておくか。この町の娘は魅力的すぎる」

「こんな機会が無いと人馬セントールと会うことも少ないから、そのたくましい背中に乗ってみたいグレイは多いぞ。何人かうちに婿に来てくれてもかまわないが?」

「ドルフの兵士の寿退職者を増やすつもりか? あぁ、サーラントこっちはもういいぞ。子供のとこに行って相手をしてくるといい」

「そうしよう。ローゼット、人妻を口説くなよ」

「俺は美しさと可愛らしさを誉め称えるだけで、口説いた憶えは無いんだけど」


 テントに戻りフレイルを置いて鎧を脱ぐ。上着を変えて、一応用意するか。念のためにロープを持って子供が遊んでいるところに行く。すぐに人間ヒューマンの兄妹とグレイエルフの子供達に囲まれた。

 俺はロープをたすきがけにして背に乗せた子供がロープを掴めるようにする。落ちてケガをされては困るのでロープで輪をつくり、これを身体にかけるように子供達に注意をする。

 ふたりずつ順に背に乗せて、軽く駆ければキャアキャアと騒いでやかましい。 


「高い、速い、サーラント凄い」


 人間ヒューマンの妹の方が駆ける俺の背ではしゃぐ。リムレイルの真似をして俺の背に立ち乗りするので、落ちないように俺の肩に回した手を握って駆ける。こうして見ると子供は、人間ヒューマングレイエルフも変わらんな。


 森の中を走って木々の間をすり抜けるのがスリルを感じるのか、子供には人気だ。

 1周して戻り待っている子供を順に背に乗せて走る。いつのまにか中には大人のグレイエルフも混ざって待っている。また増えた。

 スカートを穿いたグレイエルフの美少女がいて、良く見ると族長レスティル=サハの夫のハーニーフートだった。

 男で旦那と聞いているが、どう見ても女の子にしか見えない。しかし、背中に跨がらせた感触で間違いなく男だと確認はできた。


 背中にハーニーフートを乗せて駆ける俺を、人間ヒューマンの兄と妹がやたらとキラキラとした目で見ている。

 人間ヒューマンに襲われ、住んでいた隠れ開拓村と父親を失い、グレイエルフの町に保護されたこの人間ヒューマンの子達は、これからどうなるのだろうか?

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