第114話◇次の策の準備


 人間ヒューマンの邪悪さ、それこそが人間ヒューマンの特徴であり俺達には無いもの。故にその脅威こそが俺達を進歩させるのに必要。

 この結論を言ってみたところ。

 何人かチラチラと気遣うようにノクラーソンを見る。

 ノクラーソンは手を振る。


「私は人間ヒューマンですが、お気遣い無く。それにドリンの考えは私は前に聞いております。人間ヒューマンがアルムスオンで他の種族と共存するにはどうすればいいのか、とドリンと話したことがありまして」


 ノクラーソンがゴホンと咳払いする。


「私も概ね、ドリンの考えに賛同します。ただ、これは今の状況のことであり、未来に置いては違う形になることを期待して、というものですが」


 ノスフィールゼロも、


「私もドリンの考えには全面的に賛成ではありまセン。私は人間ヒューマンという種族はまだ幼ク、いち種族として学ぶべきことを学習して無いだけだと考えまスノ。そのため考察無き盲信に走るのでは無いでスカ? 我々、黒浮種フロートにも加護を与える神はいまセン。人間ヒューマンもマタ、技術テック論理ロジックを積み上げたナラ、黒浮種フロートのように物事を考えられるようになるかも知れまセン。未来に置いては不明デスノ」


 まぁ、ノクラーソンとノスフィールゼロの言いたいことも解る。未来においては全ての可能性はゼロじゃ無いからな。

 ソミファーラが困ったように。


黒浮種フロートから見ると私達全て、幼き種族に見えてしまうかもしれませんね」

「イイエ、そんなことはありませンノ。人間ヒューマンという種族がアルムスオンの中では特殊なのでスノ」


 シュトール王子は、うむぅ、と唸る。


人間ヒューマンの邪悪さ、卑劣さを学んで強くなるというのか? その人間ヒューマンのやり口にいつまでも付き合え、というのか?」

「俺たちが奴らに合わせる必要は無い。これは以前にサーラントがセルバンと激突戦をした時に言ってたんだがな。『相手の奇策も卑劣も思惑も全て知って見切った上で人馬セントールらしく真っ正面から正々堂々と踏み潰す。これが理想だ』だったか?」


 サーラントを見る。


「あぁ、セルバンにそんなことを言ったか」

「そういうことだ。人間ヒューマンが何をしてこようが、俺達は奴らと同じことはしない。人間ヒューマンのやらかすこと全てを、俺達は俺達の種族の誇りを胸に、真っ向から叩き潰す。俺達の在り方は変わらない」

人間ヒューマンが俺達を鍛えるのに都合が良い、とでも?」

「実際、奴らは害悪だ。その害悪から身を守ることで今の俺達の強さがある。他の種族との協調がある。奴らが襲うなら返り討ちにする。奴らが騙すならその嘘を見抜く知恵を育てる。奴らが盗むなら、盗まれないように見張って守る工夫を凝らす。奴らが拐うなら、誘拐対策をして注意するし取り返す。そして、対人間ヒューマンのために協力できる種族とは、種族の違いを越えた信頼関係を築く。それを俺達に相応しいやり方で」

「そうして鍛えた先に、外来者アウターが来たときに対抗できるようになるくらい強くなる、その可能性ができるということか」


 これが俺の考えた人間ヒューマンが俺達に必要な理由だ。

 何をするか解らん奴ら、だからこそこちらも様々なやり口について学ぶことができる。

 そこで俺達が全滅しないように気をつけなければならないが。


「俺の考えは今、言ったとおりだ。それでも現状で増えすぎた人間ヒューマンをどうにかしないといけない、という問題がある。人間ヒューマンの対立構造も立ち上げたばかりで、勢いはあっても聖教国アルムシェルにはまだまだ力が足りない。そこで次の策だ」


 俺は青いケースをテーブルの上に出して開く。


「正確には次の策の準備というところか。これを持ってきてくれたのは、赤鎖レッドチェインだ」


 青いケースの中から出るのは人間ヒューマン中央領域で使われる貨幣。

 神聖王国ロードクルス発行貨幣〈リーフ〉。

 シードに似た丸い貨幣で葉っぱが繋がり輪となった絵が彫られている。

 そのリーフの金貨、銀貨、銅貨を並べる。

 赤鎖レッドチェインの副リーダー、ルドラムが説明する。


「この貨幣リーフもシードと同じで中に含む金や銀の量は少ない。そしてシード暴落から西方領域の商人が、シードをリーフへと変えている。今の中央領域でも価値の落ちたシードを掴まされた者や、西方領域にリーフを持ってかれて中央領域で貨幣が少し足りない状態で、少しではあるけどシード暴落のパニックの影響が中央に出ている」


 次に俺は赤いケースをテーブルの上に置く。中から出すのは同じリーフの金貨、銀貨、銅貨。


「こっちがその策になる訳なんだけど」


 見てる皆は首を捻る。

 そりゃそうか。見て簡単に解る訳が無い。

 説明しようとしたとき、


「お待ちになって!」


 ディレンドン王女に止められた。

 え? もしかして一目で解った?

 ディレンドン王女は机の上の2枚の金貨ゴールドリーフを右手と左手に持って、じっくりと見比べる。

 テーブルにコンコンと当てて音を聞いたり、金貨同士をカチカチと当てたりして、


「こちらが本物、こちらがニセ物、ですわね?」

「流石はドワーフ王国の王女でスノ!」

「ふふん。ただ、私から見ればどちらもニセ物ですが。こちらは僅かですが金が入っています。片やこちらは金はまったく入っていない」

「こんなにあっさり見破られるとは思わなかった」

「かつての人間ヒューマンがドワーフ王国貨幣を偽造した1件以来、鉱物の価値を確かめるための真贋判定はドワーフの得意技ですのよ」


 他の皆も真贋当てゲームに挑戦したが、ディレンドン王女以外に解るのはいなかった。


「このニセ貨幣で今度は人間ヒューマン中央領域を混乱させるつもりですのね?」

「その予定だ。ただしそれは何年か先の話になる」

「すぐにかかる訳じゃ無いんですの?」

「今のところシード暴落で人間ヒューマンは信用できる貨幣がリーフしか無くなって困っている。ここを聖教国アルムシェルが新貨幣スケイルでもって、中央領域に対抗する経済圏と新西方領域を作ってもらう予定なんだ」


 俺は赤鎖レッドチェインのリーダー、リアードを見る。リアードは頷いて。


赤鎖レッドチェインはいくつか人間ヒューマン西方領域の商会と伝手ができた。更には聖教国アルムシェルで商会を1つ建てる予定だ。そこから中央領域を調べる予定なんだが。そこで中央領域、神聖王国ロードクルスで新貨幣が発行されたなら、その情報と現物をすぐに持ってくるようにする。偽造貨幣作戦はその新貨幣でやる、ということだ」


 ディストレックが首を捻る。


「新貨幣って、どういうことだ?」


 リアードが説明を続ける。


「十数年おきに偽造貨幣対策と、貨幣の総量の管理のために貨幣のデザインを変更するんだ。偽造貨幣作戦を起こすなら、新貨幣が発行された直後が狙い目だろう。大量の偽造貨幣で人間ヒューマン中央領域を大混乱させる」


 俺はちょっと考える。


「新貨幣発行から使ってる奴らが新貨幣に慣れたところが、タイミングとしていいかな。それまでに西方領域経済圏をスケイルで再生させて、アルムス教に取り込む人間ヒューマンの国を増やしといてもらわないと」


 シュトール王子が笑う。


「かつての人間ヒューマンがドルフ帝国とドワーフ王国にやったことを、大規模にやり返してやるわけだ」


 ディストレックが手を上げる。


「偽造貨幣を大量に出すとどうなるか、具体的に教えてくれないか?」


 ノスフィールゼロが説明する。


「必要以上に大量にあるものはその価値を下げまスノ。ドワーフで無ければ本物と見分けがつかない貨幣が大量に出回レバ、貨幣はその価値を落としまスノ。昨日までは銅貨で買えたパンが、今日は銀貨で無ければ買えなくナリ、明日には金貨で無ければ買えなくナル、という事態になりまスノ」


 レスティル=サハが納得したように頷く。


「次はこの偽造貨幣作戦で人間ヒューマン中央領域を崩壊させるつもりなのだな?」

「偽造貨幣作戦はかなり先のことになるが、これで中央領域が弱体すれば、中央と西方の対立が完成するんじゃないか」


 俺はテーブルの上の金貨を1つ手にとる。


「俺としてはこの策は、中央領域の混乱はついでで、人間ヒューマンに知って欲しい、というか、思い出して欲しいんだ」


 金貨を指で弾いて真上に飛ばす。


「やっぱりおかしいだろ? こんな金属の欠片が同族の子供よりも大事で大切なんていうのは。俺はそういうのは気持ち悪い」


 クルクル回る金貨はテクノロジスの白いあかりでキラキラ光る。

 落ちてくる金貨を受け止めて。


「だったらまだ子供を守って戦って死ぬ方が、スッキリしてまともな気がする。こんなものが種族の未来よりも、同族の誇りよりも、子供の命よりも、大切大事なお宝か? そこを人間ヒューマンに問い質してやろう」


 親指と人指し指で摘まんだ貨幣を見る。

 人間ヒューマンがこれに何を夢見ているのか、これの何処を信じているのか。

 そんなことはもう知ったことじゃ無い。

 気色悪いものは気持ち悪い。

 気分悪いものは気に入らない。

 同族を仲間を大事に思えない奴らというのは、カンに触る。


人間ヒューマンがその命よりも貨幣が欲しいというなら、いっぱいに、多量に、これでもかと大量に押しつけて、偽の貨幣に埋もれた奴らの返事を聞いてみようじゃ無いか」


 パチリと音を立てて金貨をテーブルに置く。


「これに賛同してくれるなら、協力して欲しい」


 こうして偽造貨幣作戦は赤鎖レッドチェインを中心に、密かに進みはじめた。

 この後は貨幣のことでちょっと話し合い。


「交換レートが同じになるように、金貨、銀貨、銅貨はその含有量をオーバルとヘキサに合わせて見たのでスガ」

古代種エンシェントドラゴンの鱗と交換できるなんてのはズルいですわ! その分スケイルは人気でますわよ」

「可愛い貨幣なんて初めてだから、そこでもドルフ帝国で人気がありそうだ。使わずにしまってしまうかもしれん」

「その付加価値は予定外だ。上手く落ち着いてくれるといいけど」


 加えて黒浮種フロートの地上活動での支援のお願い。


人間ヒューマンへの誘拐対策の為に、地上では黒浮種フロートっていうのを隠す訳か」

叡智守護者スプリガンというこれまで未発見の希少な種族、ということにしようカト」

「金属の塊の奇妙な種族と見られるだろうが、あの大鬼オーガサイズの全身鎧を拐うのは一苦労だろう」

「支援というのは、中に黒浮種フロートが乗っていることを秘密にすればいいのですか?」

「それもありますガ、可動するための魔晶石の補充についても協力して欲しいのでスノ」

「それト、黒浮種フロートはケンカもしたことない種族デス。戦闘訓練の指導などもお願いしたいのデス」

「そこは闇牙が相手をしようか。しかし、叡智守護者スプリガンはカッコいいよな」

「「解る!」」

「これまでのアルムスオンには無いカッコ良さですよね」

「ズションズションと動いて目がポウッと光ると、おおお! となる」

「シュトール兄貴、黒浮種フロートに頼んで複合装甲鎧ハイブリッドアーマーのオーダーメイドを作って貰うか?」


 今後の国家間の外交とか、それぞれの協力体制なんかも話し合い。

 とは言ってもここで慌てて決めることでも無く、ディレンドン王女もシュトール王子も国に帰ってそれぞれの国の首脳部に話してからなんだろうけど。

 それでみんなが、こうなったらいいなって言うのを好き放題口にしてた。

 中の幾つかは出来そうなんでメモしておく。


 チラッと見るとシュトール王子とサーラントが話している。

 シュトール王子が俺を見てサーラントと話してるから、コンビの相方の俺についてなんか言ってんのかな。


「あれが、サーラントの相方か?」

「あぁ、いつの間にかコンビと呼ばれるようになった」

「あれならば人馬セントールと組むに相応しいかもしれんな」


 なんか楽しそうだ、シュトール王子は。

 サーラントは苦いものでも噛んだような顔で言う。


「あのひねくれた小人ハーフリングは何を思い付くか解らんから、目が離せんだけだ」


 だから、サーラント、お前が言うなと。

 シュトール王子がサーラントと俺を交互に見る。


「かつては俺と兄上とミトルが、サーラントが何をするか解らんから目が離せん、と思ってたのだが。サーラントがそれを口にするのを聞くことになるとは」


 ほらな。解る奴には解るんだよ。


「ドリンの発想と思惑には妙に惹かれるものがある。だが、確かに大概ではある」


 どうして皆、俺を非常識な狂人のように扱うんだ? それなのに大概とか酷いとかやり過ぎとか言いながら、みんなで俺の策に乗ってくるし。

 そうやって乗った奴らが調子にも乗って、予定より規模が大きくなったりするんだからな。

 思い付いた俺ひとりのせいにするのもどうかと思うんだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る