第113話◇この世界に人間が必要な理由


「これは俺の考えなんだが、人間ヒューマンはアルムスオンに、俺達に必要な種族だと考える」


 皆が注目、俺を見る。中にはけっこう驚いているのもいる。

 人間ヒューマンがいなくなればいい、と言うのはいても、人間ヒューマンが必要と言う奴はまずいないから当然か。

 シュトール王子が口を開く。


「聞かせてもらおうか」

「あぁ、俺も最初は人間ヒューマンがいなくなればいいと考えていた。だが、黒浮種フロートの過去を聞いてその考えが変わった。シュトール王子なら黒浮種フロートの過去について、聞いているんじゃないか?」

「知っている。だが、それについてはセラ……、黒浮種フロートのことであり、人間ヒューマンと結びつかないが?」

「ちょっと聞いて欲しい。他の皆は知らないことだろうが、それがここ、星渡る船の中に皆を呼んだ理由でもある。ノスフィールゼロ、いいか?」

「ハイ。これは黒浮種フロートの過去の恥の記憶でありまスノ」


 全員が頷いたのを見て、ノスフィールゼロは語り始める。


 黒浮種フロートという種族。過去に遠くの星から来た種族。

 テクノロジスを信奉する彼らの持つ、俺達では想像することも難しい卓越した技術。

 それを侵略欲のある別の種族に利用された。

 黒浮種フロートが初めて出会った知恵持つ種族。そいつらに同胞を人質にされ、道具を作り、作ったテクノロジスを操作するための奴隷とされていた過去。

 暗黒期よりも前、6千年前にその種族がアルムスオンに現れ、この地に侵略を行ったこと。それを黒浮種フロートが手伝っていたこと。


「このアルムスオンでは祖先のテクノロジスは動作不良をおこしますスノ。古代種エンシェントと戦う我らが主人の種族ハ、まともに動かないテクノロジスに混乱シ、不利な戦争を続けましタノ。その隙に黒浮種フロートは逃げ出しましタノ」


 そのときに古代種エンシェントに保護された。その後、黒浮種フロートはアルムスオンでの報復を恐れて隠れて潜んでいた。

 他の種族との共生が難しいと考えて引きこもっていた異種族喰いの種族、白蛇女メリュジンもまた古代種エンシェントに保護されていたという。


古代種エンシェントの慈悲により救われた我ら黒浮種フロートハ、紫のおじいちゃんと白蛇女メリュジンと共ニ、この地下迷宮隠しエリアで生きてきましタノ。後で古代種エンシェント小妖精ピクシー、ラァちゃんから聞きまシタ。かつての我らを支配していた主人の1族は古代種エンシェントとの戦いで滅亡したということでスノ」


 黒浮種フロートが語る6千年前のこと。長い語りになる間、俺とサーラントでお茶のお代わりとお菓子を用意する。

 新しい情報が次々と出るから、皆疲れて無いかな、と。

 ここで少し休憩挟むのもアリか?

 振り向くとソミファーラがノスフィールゼロにひしっとしがみついている。

 立ち上がったレスティル=サハがセプーテンとトリオナインを、その巨大胸に埋めるように抱いている。

 何やってんだろ。

 ソミファーラは青い蝶の羽根をパタパタさせる。


「故郷より遠く離れ、奴隷として種族の誇りを汚され、それでもその子孫がその叡知で私達を助けてくれる。黒浮種フロートはなんと高潔で慈愛に満ちた種族なのでしょう。ノスフィールゼロ、我ら蝶妖精フェアリーと共に遊びましょう。そして我ら蝶妖精フェアリーの友になってください」

「ありがとうございまスノ。どうか黒浮種フロートの過去の罪を赦シ、共に在ることを許して欲しいでスノ」

黒浮種フロートに罪などあるものですか」


 なんだか盛り上がってる。黒浮種フロートの先祖には同情するよなぁ。

 レスティル=サハもセプーテンとトリオナインをギュムーと抱いて、黒浮種フロートは1度グレイエルフの町に来い。グレイが癒してやる、とか囁いている。

 

「一旦、ちょっと休憩にするか?」


 俺が提案するとシュトール王子が、


「いや、続けてくれ。6千年前の侵略戦争と、それが今にどう繋がるのか興味がある」

「繋がる、というか黒浮種フロートの話を聞いて俺が懸念したのは、黒浮種フロートのかつての主人のような種族だ」


 話でしか聞いたことの無い、遠い遠い星の向こうにいる別の種族。


黒浮種フロートを奴隷として使い、星から星へと侵略する領土欲溢れる種族。そんな奴らをとりあえず世界の外から来る者、外来者アウターとでも呼ぼうか。そんな奴がまたアルムスオンに来たら俺達はどうやって対抗すればいい? こんな金属の船で空を飛び、月に渡り、星から星へと旅する力を持つ種族相手にはどうすればいい?」


 俺が言うと皆が星渡る船の艦橋内部を見渡す。理解不能の技術、俺達では到達不可能な技術の塊。

 ノスフィールゼロが言う。


「デスガ、星間距離など鑑みて外来者アウターがこのアルムスオンを発見する確立は極めて小さいのでスノ。また、法則の違いからこのアルムスオンに降りれば満足に戦うこともできませンノ」

「ノスフィールゼロはそう言うけどな、1度過去に有ったということには警戒してしまう」


 シノスハーティルが怖々と、


「こんなのが大量にやってきたら、どうにもならない気がするのですが?」

「そこでさっきのノスフィールゼロの話を思い出して欲しい。黒浮種フロートがいた世界は知恵がある種族は黒浮種フロートだけだったということ。技術と論理を重んじるテクノロジス信奉者の黒浮種フロートには、競争はあっても戦闘、戦争の無い世界だったという。これまで戦うことの無かった黒浮種フロートには、テクノロジスはあってもそれを使って戦うという発想が無かった。それが黒浮種フロートの先祖が支配されてしまった原因なのだという」


 シュトール王子が、うむ、と。


「他の種族と出会わない単一種族の世界、か。それなら確かに戦いとは無縁となるのか」

「俺達はアルムスオンしか知らないから、多種多様な種族がいるのが当たり前で想像しにくいけどな。ただ、俺達も人間ヒューマンが居なければ黒浮種フロートと同じだったのではないか?」


 レスティル=サハが首を傾げる。


「どういうことだ?」

「俺達は人間ヒューマンよりは恵まれている。ほとんどの種族が寿命は2百年以上。ドワーフと小妖精ピクシーが約3百年で、エルフと白蛇女メリュジンが約4百年。魔術適性の高い種族ほど寿命が長い傾向があるが、人間ヒューマンの60から70年と比べて3倍以上だ。そして老化も殆ど無い。神の加護のおかげで食事の加護もあり、1日に必要な食料も人間ヒューマンの3分の1。人口がやたらと増えて困ることも無い。これがどういうことか解るだろうか?」


 ソミファーラが、


「我らとしては当たり前のことで、改めてどうかと問われると。そうですね、人間ヒューマンという種族より生きることに苦労の無い種族が我らですね」

「そうだ。つまり人間ヒューマンのようにひたすら他所に侵略して奪う必要が無いんだ。人間ヒューマンがいなければ俺達は、神の加護を受ける領域を守って、外に出ないまま他の種族と交流も少なく生きていただろう。好奇心の強い小人ハーフリングとか変わり者が他所に遊びに行く程度だったんじゃ無いかな」


 必要が無ければしなくなる。交流が無ければ寂しいが、触れなければ余計な軋轢からいさかいも無い。


人間ヒューマンの侵略に対抗するために、人馬セントールが呼びかけてテクノロジスのカノンを武器に多種族国家ドルフ帝国が興った。ドワーフ達も団結を強めて地下城塞都市を作りドワーフ王国となった。人間ヒューマンの脅威が無ければ、エルフの森も同盟とかして無かったんじゃないか?」


 敵がいなければ守るために団結することも、どうするかと考える必要も無い。

 シュトール王子は頷く。


「そう言われると、確かに人間ヒューマンの脅威が無ければ人馬セントールは国を作ることも無く、草原で自由に暮らしていたことだろう」


 ディレンドン王女は、


「ドワーフも人間ヒューマンがいなければ、今のような都市は作ってなかったかもしれませんね。ドワーフも王国とはなってないかもしれませんわね」


 レスティル=サハは、


「エルフ同盟も同じだ。人間ヒューマンからエルフの森の住人を守るため協力するためのエルフ同盟だ」


 ソミファーラは、


「私達蝶妖精フェアリーはエルフ同盟に参加し、森の奥にいるからこそ人間ヒューマンに狩られずにいられます。人間ヒューマンがいなければ、今より自由にあちこちに行ってますよ」

「ソミファーラの不満も解る。俺も小人ハーフリングだし。だけど、共通してることは、人間ヒューマンに対抗するために団結して防衛を固めたこと。ドワーフの砦や城塞といった建築も発展した。エルフ同盟はエルフ亜種間の協力体制を作り、魔術戦闘を進化させた。ドルフ帝国はテクノロジスのカノンを使い、何度もの戦争で多種族連合軍の運用が洗練された。大草原を守る戦いの先頭に立つドルフ帝国は、一声かければ独立して暮らす戦闘種が集まるようにもなった。

 俺達がこうして強くなったのは、これは人間ヒューマンのおかげとも言える」


 ディストレックが腕を組む。


「あー、まぁ、確かに。人間ヒューマンに対抗するために強くなったことを、人間ヒューマンのおかげと言えなくも無い」

人間ヒューマンの行いが、俺達が知恵と強さを鍛えて、種族間の信頼関係を作るのに役立っている。また、人間ヒューマンのような種族を相手にしていれば、いつ来るか解らない外来種アウターに対しても、どこまで対応できるか解らんが心構えはできるってものだ。言葉は通じても論理の通じない相手のめんどうを見るって意味じゃ、おんなじだから」

「だけど、人間ヒューマンの対立構造の確立で、もう人間ヒューマンは大草原には攻めてはこないんじゃ無いか?」


「ディストレック、人間ヒューマンを甘く見るなよ。あいつらは常に予想の下から攻めてくる。何より、俺達と違ってその日その日を生きることが必死の種族だ。生きるためにはどんな非道も外道もやってしまう種族だ。同族を拐って売り買いするとか、そんなことは俺達には思いつかない。思いついてもする訳が無い。だが人間ヒューマンは違う。思いつくし、やってしまう。

 力で負けるからって禁忌の上位悪魔の召喚を、戦争で実験しようとする奴らだ。

 そして、力で敵わず、悪魔の召喚も使いこなせ無かった。この後の人間ヒューマンが何をしてくるか? 奴等はなんでもするぞ」


 最初はカンだった。安易に滅ぼして無くしてから、存在の重要性に気がついても遅い。

 考えてみて人間ヒューマンの存在、それがある場合の未来と、無い場合の未来を想像してみた。

 その結果に出てきた、俺たちに人間ヒューマンが必要な理由。

 皆を見回して言う。


人間ヒューマンには俺達と違って加護を与える神がいない。俺達は神の加護を失うことを怖れて、種族の恥となる行動はせず、同族を守ろうとする。

 だが人間ヒューマンには加護が無い。失うことを恐れたりはしない。それこそが人間ヒューマンの利点だ。

 だから何でもする。何でもできる」


 沈黙する一同を見回して、言葉を続ける。


「奴らは力で勝てなければ違う手で来るだろう。嘘をつく、騙す、盗む、拐う、奪う、掠める、裏切る、いずれも人間ヒューマンが得意な手法だ。

 奴等は生きるためには何でも必死にする。同族を売買し、ときには共食いのような行いも仕方無いとやってしまう。このアルムスオンで、神の加護を失う恐れも無く、平気で非道も外道も行い、禁忌を犯すことのできる、最も邪悪な種族。それが人間ヒューマンだ。

 だがその邪悪さこそが、俺達には無い発想を産み出す。俺達はしないようなこと、できないようなこと、それを思い付きしてしまう人間ヒューマンの命汚さが、俺達を鍛えるのに役に立つ。

 人間ヒューマンの邪悪さこそが、俺達を、強く賢くし、他の種族との信頼を結び、成長させるのに必要なんだ」

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