第112話◇蝕む呪いの対策


 一通り説明したところで皆を見る。

 シノスハーティルは途中から付いてこれなかったみたいだけど、そこは後で解りやすく説明しとこうか。


「貨幣経済の問題点が解ったところで、その対策として重要なのが、生きていく上で必要な物を貨幣以外で入手できる手段を無くさないことだ」


 これは俺達には当たり前のことだが。

 シュトール王子が腕を組む。


「我々には神の加護がある。そこは人間ヒューマンよりも恵まれているから、拝金風土マネーカルチャーには簡単には飲まれない。我らが加護神に感謝するばかりだ。だが、知らねば危ういところだったかもしれん。これは兄上と話さねばならん」


 多種族国家ドルフ帝国では、貨幣に頼る部分も大きいからな。

 ノスフィールゼロが発言する。


「もうひとつ話しておくことがありまスノ。これはテクノロジスを信奉する黒浮種フロートの意見なのでスガ」


 ソミファーラが申し訳なさそうに困った顔で、


黒浮種フロートの叡智には教えてもらうことばかりでありがたいです。忌憚なくなんでもおっしゃってください。このお礼は必ずや」

叡智守護者スプリガンを名乗る我々の知識と知恵がお役に立てるなら、それは黒浮種フロートの誇りとなるのでショウ」


 それを聞いてついノスフィールゼロを見る。なんだか誇らしげで嬉しそうだ。


「ノスフィールゼロ、今の言い回しってエルフか人馬セントールみたいだな」

「真似してみましタノ。これはなかなか気分が良くなる言い方でスノ。また、黒浮種フロートがこれで皆さんのお役に立てるなら、今後、叡智守護者スプリガンとしての黒浮種フロートの地上活動への支援を皆さんにお願いしたいところでスノ」


 お、なかなかしっかりしてる。


「それについては後程、お話するとしテ、話を戻しまスノ。黒浮種フロートの提案としテ、税を貨幣で集めることは止めた方がいいということでスノ」


 シュトール王子が、


「理由を教えてもらえるか?」

「ハイ、税を貨幣で集めるようになれば拝金風土マネーカルチャーへと加速していきまスノ。国や社会の礎となるものが貨幣だということを国家が認めるということになりまスノ。その結果として貨幣を集めやすい者達が権力を握るようになりまスノ。その先は生産者と消費者の負担ばかりが増エ、流通と市場を支配した商人の為の社会となりまスノ。結果として同族の社会への貢献度の高い者が蔑ろの社会になりまスノ」


 ソミファーラが眉を寄せる。


「もう少し解りやすく説明してもらえませんか?」

「ハイ、まずは赤鎖レッドチェイン人間ヒューマン中央領域の商人の情報ですガ、リアードさん、お願いしまスノ」

「あぁ、えーと、エルフ同盟とドワーフ王国はシード暴落までは人間ヒューマンの商人と交易があったわけだが、エルフ同盟もドワーフ王国も人間ヒューマンに売った物が人間ヒューマン中央領域でいくらで取り引きされてるか、調べたことは?」


 レスティル=サハが、


「いや、知らない。別に興味が無い」


 ディレンドン王女も、


「どのように使われてるかは聞いてはみたいですが、わざわざ調べるほどのものでは無いですわね」

「そうだろうなぁ。ドワーフ王国の武器、あとは刃物などはドワーフ王国で買った値の20倍から50倍ぐらいで取り引きされている」

「は?」


 驚くディレンドン王女。


「エルフの森で取れた木の実や保存のきくキノコとか干した薬草の類いは、エルフの森で取れた不老長寿の薬として、中央まで持ってくと50倍から100倍の値がついてる」

「「はあ?」」


 なにそれ? という感じで声を揃えるエルフ同盟の3人。

 ルドラムが赤鎖レッドチェインが調べたリストをボードに貼る。


「商人にしてみたら、安く買って高く売れば利益がでるから」


 ノスフィールゼロがボードのリストに目を通す。


「これが搾取というシステムでスノ。流通が更に1段階進化シ、生産者と消費者が直接取引ができれば問題は無いのでスガ。間に入る中間取引者が買値と売値を操作できる権力を持てば、こうなりまスノ」


 ディレンドン王女には解ったようだ。


「なるほど。貨幣を稼ぐには自分で作るよりも、他者を支配して作らせたり、ときには奪ったりしたものを横流しする方が利益が出るというのですわね。人間ヒューマンが中央領域で犬鬼コボルト小鬼ゴブリンを奴隷にして、更に異種族を拐うのも貨幣経済の為ですか」


 ルドラムが補足する。


「それでもまだ足りないから、身分階級の低い同族の売買もして労働力にしてます。人間ヒューマンの大規模農業で食料を作っているのが、実のところ奴隷なんですよ」

「食料が人間ヒューマンの命を支えているのに、それを作っているのが奴隷なんですの?」


 ノスフィールゼロが応える。


「ソコが我々、黒浮種フロートが気に入らないところなんでスノ。我々はテクノロジスの信奉者。新しい物、楽しい物、生活を便利にする物、暮らしを支える物を作ることを生き甲斐とする種族。同族の暮らしを支える物を作る者ガ、不当に扱われるのは気に入らないのでスノ。

 税というものヲ、国ヲ、社会を作る根幹とするならバ、その税を貨幣で集めるということハ、その国は貨幣を集めることを主体とする社会が作られまスノ。

 その結果として作る者よりも商う者が裕福となり権力を持つようになりまスノ。貨幣を大事にする文化カルチャーの中では、作る者が蔑ろにされまスノ」

「では、何で税を集めるのが良いと?」

「それは種族ごとの在り方で変わるのでショウ。我々黒浮種フロートであれバ、今の我々のテクノロジスを支える魔晶石を集めたいところでスノ」


「種族の性格、となれば私達ドワーフは鉱石や宝石、山の恵みというのが相応しいですわね」

「エルフは森の恵みというところか」

「ハイ。その上で貨幣が必要なときは品物で税を集めた国ガ、その品物を売って貨幣に変えれば良いでスノ。そこを手軽で便利と安易にしてハ、その負債を未来に残しまスノ」

「なるほど、嘘を得意とする人間ヒューマンが思い込みで価値を支える貨幣を税とし、社会の根幹とすることで拝金文化マネーカルチャーが産まれる、か。ふーむ、これは戦闘種の多いドルフ帝国には難しいところがあるか」


 俺もそこは考えた。人馬セントールが王族となる多種族国家ドルフ帝国。

 もともとが人間ヒューマンに対抗するために創られた多種族連合軍。俺の1案をシュトール王子に話す。


「多種族国家である以上、ドルフ帝国に住む種族が共通して価値を感じる物。こういうところで、貨幣は便利なんだ。ただ、ドルフ帝国には戦闘種が多い。1案としてドルフ帝国の兵隊を白蛇女王国メリュジーヌで雇えないか? 白蛇女王国メリュジーヌ地上区の守りと治安警備に」

「それがどういうことに、あぁ、兵役を税とするということか? なるほど戦闘種らしくその力で国を支えると」

「あとは人馬セントールの機動力を活かしたもので。種族間の運送とか、赤鎖レッドチェインと協力しての種族間の連絡網強化とかどうだ? それに対して白蛇女王国メリュジーヌ、エルフ同盟、ドワーフ王国がドルフ帝国に代価を支払う。白蛇女王国メリュジーヌからはテクノロジスと新貨幣スケイルとか」

「検討してみよう。だが、ドルフ帝国では税の1部を貨幣で集めている。これはすぐには変えられない」

「すぐで無くていい。ただ、税の全てを貨幣で集めるようになれば危険だ、ということを知っていて欲しい」

「解った。それを知れば兄上なら何か方策を考えるだろう」


 既に1度広まった貨幣をどうにかするなんてのは、一朝一夕ではどうにもならない。

 黒浮種フロートのように種族すべてが知恵と賢さを育て、文明そのものが進歩すれば貨幣経済からは脱却できるかもしれないが、それもまた難しい。


「対策としてすぐにというのは難しいけど、単純に貨幣を手に入れる為に同族を売るのはおかしいって、皆が知っていればいい。それを忘れたのが人間ヒューマンだから。あとは人間ヒューマンの親異種族派、聖教国アルムシェルには新貨幣スケイルを広めていく。これで中央領域の貨幣リーフには飲まれないようにして、俺達の盾になってもらう、と」

人間ヒューマンから貨幣を取り上げてしまうのは?」

「それも考えた。ただ西方領域の混乱を見たところ、人間ヒューマンの貨幣中毒は深刻だ。酒精中毒、麻薬中毒と同じで急には止められん。いきなり取り上げると発狂して暴れだす。だったらこっちでコントロールできるもので、少しずつ治療するしか無い。ただ、聖教国アルムシェルでは、税は穀物で集めるように指導する」

「ふむ」

人間ヒューマン中央領域が戦場にならなかったからこそ、戦争を利用する経済に忌避感が無い。だったら次は中央領域を戦場にして、人間ヒューマンにはいろいろと学んでもらわらないと。聖教国アルムシェルがアルマルンガ王国を滅亡させ、新しい西方領域の盟主となる。そこからアルムス教とユクロス教の戦争で、これまで平和にやってた中央領域の奴らには、俺達に押しつけてたものをその身で味わってもらおうか。ダラダラと殺しあって自分達で人口調整してもらおう。そのためには聖教国アルムシェルが力をつけないとな」


 レスティル=サハが、


「前にドリンが言っていた人間ヒューマン同士の対立構造の確立か。それで奴らがこちらに来なくなればいいのだが」

「あとは多種族との協調路線で、智者憲章を遵守する人間ヒューマンは、俺達と交易してもいい。ただし、人間ヒューマンの貨幣では無く俺達の貨幣で。貨幣とは便利だが、その貨幣には呪いが潜んでいる。ただその危険性があっても、便利は便利なんだよ。その便利さに溺れると呪いにドップリと嵌まる。それでも貨幣というのはただの道具だ。俺達は道具の使い方を間違えない。そして道具には使われない。貨幣を手に入れる為に同族の子供を売り払うような真似はしない。そこを忘れると危うくなる。貨幣を扱い発行する国の首脳部には、これを再確認して欲しい」


 ディレンドン王女が微笑む。


「まるで、毒のあるところを丁寧に取り除いて食べると美味しいお肉のようですわね。同族を売り渡すなどドワーフの誇りを忘れた者は、加護を失うでしょう。それを忘れる者など我が国にいないでしょうが、貨幣の呪いについては父上と姉に話しておきますわ」


 レスティル=サハは、


人間ヒューマンの貨幣よりは白蛇女王国メリュジーヌのスケイルは信用できる。今後、扱う上での気をつける部分を聞けたのはなかなかいい。酒と同じで飲み過ぎには注意しろと」

「そういう言い方もあるか。量を間違えなければ薬にもなる、か」


 これまで静かに聞いていたリアードが手を上げる。


「ドリンよ、貨幣にしろ戦争にしろ、作り出しては他所に迷惑をかける。そんな人間ヒューマンはいっそ滅ぼしてしまった方がいいんじゃ無いのか?」


 ディストレックもそうだ、と言う。


「奴らがいなくなればアルムスオンは平和になるんじゃないのか。人間ヒューマンは繁殖力旺盛でやたらと数が増えるから、すぐに全滅させるのは難しいだろうが」


 そういう話は、出るだろうと思っていた。人間ヒューマンが嫌いな奴らにも、たまに聞かれたりしていた。

 人間ヒューマンをなるべく殺さないという方針を決めたのは俺だ。

 だけどそれは溢れた人間ヒューマンを利用する目処があるから。そこから希望の断罪団ができた。アルムス教は予想外だったけど。

 もうひとつは難民として人間ヒューマン領域に追い返す。自分達のことは自分達でケリをつけるのが当然だと思う。

 そうやって戻った人間ヒューマンがアルマルンガ王国に不満を爆発させて、旧マルーン街は自滅してくれたようなもんだ。


 問題を起こす原因となる人間ヒューマンの完全消滅。それは俺も考えた。

 だけど、


「これは俺の考えなんだが、人間ヒューマンはアルムスオンに、俺達に必要な種族だと考える」

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