第111話◇貨幣に潜む呪い
「例えば建築を生業とする者がイル、としまスノ。彼は家や建物を作って売ることで貨幣を得て生活しまスノ」
みんなが手元の資料を見ながらノスフィールゼロの説明を聞く。
セプーテンとトリオナインがボードに資料を貼っていく。
リアードが質問してきた。
「この資料のイラストの、ドワーフ? が大工なのか? トンカチ持ってるし」
そこに突っ込むのか?
「えーと、
「これ、ドリンが描いたのか?」
「解りやすくなるようにイラストを入れてみたけど、無い方が良かったか?」
がんばって描いたんだがなぁ。ちょっと練習してみようかな。
「可愛い大工さんですね」
「ソミファーラ、ありがとう。でもこれは本題じゃ無いから、気を使わなくていいから」
「建築家が家を作って売るにハ、家を貨幣で買って欲しがる者がいなけれバ、売れまセン」
「それはそうですね」
「腕のいい建築家が街の人達全てに百年持つ頑丈な家を作りまシタ」
「素晴らしいですわ」
「その結果、大きな災害も無く戦争も無く壊れる家がありませんでシタ」
「平和な街でしたのね」
「新しい家を欲しがる街の人がいなくなったノデ、仕事をなくした建築家は貨幣を入手する手段を失い餓死しまシタ」
「え? あれ? そうなってしまうのですか?」
軽くパニックになるソミファーラ。
ノクラーソンが暗い笑みを浮かべる。
「ここからが
ディレンドン王女が呆れたように言う。
「なんですのそれは? 職人のプライドは無いんですの?」
「職人のプライドを抱えていては、
「下劣ですわ。職人の風上におけません」
「安定した収入の為には、安定した崩壊が必要になる、ということです」
俺はお茶を一口飲んで唇を湿らせて、
「建築家の場合はこうなる。次は薬売り、または治癒術を生業とする者の場合だが。例えば平和な時代が長く続き、治癒術、薬学が進歩して病人怪我人が少なくなった場合、薬を買う者が少なくなって、薬売りが薬が売れなくて貨幣を入手しずらくなったとする」
ディストレックがハッと気がついたように、
「おい、まさか」
頷いて続きを話そうとしたら、ノクラーソンに止められた。これは自分の役割というように話し始める。
「ディストレックは察しが良いですな。薬売りが仕事を増やして薬を売るのに1番いいのは、病人を増やすことです。自分で作った病気を街の中で流行させて、その病気の特効薬を売れば貨幣は稼げます」
「外道にも程がある。呪われろ
「そこまで行かなくても、マルーン街の貴族に人気のあった薬は、飲めば寿命が伸びる、飲めばあの病気にかからなくなる、といった効果の不確かないいかげんなものです。また、健康な者に『あなたは病気です』と嘘の診断をして、しなくてもいい治療を施し、治療費と薬代を稼ぐ詐欺も流行したりしました」
「最低だ」
ノクラーソンを敵のように睨むディストレック。その眼差しに歯を食いしばって耐えるノクラーソン。
「ノクラーソン、
みんなを見回して続ける。
「貨幣を入手する手段を失っても生きていける俺達には、
レスティル=サハが腕を組む。
「いや、この話のおかげで
目をつぶってウーンと唸るレスティル=サハ。
ノスフィールゼロが話を続ける。
「ですガ、
シュトール王子が右手で眉間に触れて考える。
「平和な時代が続くとバランスが崩れる。家を作る者には家を災害などで失う者が増えて欲しい。薬を売る者には病人と怪我人が増えて欲しい。作物を育てて売る者には餓える者が増えて欲しい。欠乏と飢餓が需要の本質か? となると需要を増やす方法というのは?」
「戦争でスノ」
ノスフィールゼロの言葉に皆が静かになる。これが百年に1度の戦争の正体。
「これが俺と
「車輪のようなものでスノ。軸の両端、片方の車輪は貨幣経済、片方の車輪は戦争。ふたつが揃って転がっていくものでスノ」
「この
「この社会でハ、個人の利益の為に同族を破滅サセ、自国の利益の為ニ、隣国が戦争状態になるようニ、工作、画策する社会になりまスノ」
「常に需要が供給を少し上回るくらいが、貨幣経済において望ましい状態だ。
需要を増やすための消費の増加、そのための戦争。同族の命も異種族の命も、その消費の中へと入れてしまって。
貨幣のある便利な暮らしを守るためだけに、無駄に資源と命を浪費する。
種族の未来よりも誇りよりも、貨幣の在る便利な生活を守ることを選んだ
シュトール王子がこめかみを揉む。頭痛がしてきたのかな?
「つまり
「俺達から見ればバカバカしいことだが、貨幣の価値そのものが
「
「無理だろうな、それだけ奴等の生活に深く浸透している。これは麻薬の中毒のようなものだ。シードの価値が暴落したことで
「今もいろんなところで暴動が起きている。シードに代わる貨幣が出るまで、略奪と暴動は終わらないんじゃないか?」
「この
「貨幣に潜む呪い、か」
「そうだ。便利だからと使っているうちにジワジワと浸透していき、ドップリと首まで使った時にはすでに手遅れ。そうなると貨幣なしでは社会を維持できなくなっている。そしてその社会を維持する為には、戦争が必要になってくる」
ノクラーソンがため息をつく。
「戦争を回避し続けた場合は、供給が需要を大きく上回り、経済が破綻します。そうなれば内乱が起きるでしょうが、国はそれを回避するために適当な理由をつけて戦争を選ぶ。又は破滅を先に引き伸ばすために無駄な消費を増やすことで、経済を保とうとする。その状態が長く続けば、税金だけは高くなり民は貧しくなり、餓えて死ぬものが増えるでしょう。戦争前の
ディストレックが苦い顔をする。
「
ノクラーソンは首を振る。
「誰も知らないでしょう。知らないまま使って、知らないままに振り回されているのでしょう。貨幣経済の恩恵を受ける
巨大になり入りくんだ貨幣経済では、その恩恵を受ける者達が、知らない者にそのツケを払わせることができる。それが
「よくもこんなおぞましいものを作ったな、
苦々しく呟くディストレック。
「確かに貨幣を作ったのは
ノクラーソンが右手でカイゼル髭を触りながら、思い出すようにテーブルに視線を落とす。
「貨幣の始まりにはいくつかの説がありますが、小噺のひとつとして伝わるものに。
あるところで、腹の空いた男が貝殻を拾った。そこに釣った魚を何匹もぶら下げた男が通りかかった。
拾った貝殻しか持ってない男は、その貝殻を魚と交換してくれ、と頼んだ。しかし、相手は中身の無いただの無価値な貝殻と、釣った魚を交換してくれなかった。
なので男は嘘をついた。この貝殻は妖精に貰ったもので、持っているだけで幸運が訪れる。幸せになる。
ここに魚を持ってきたあなたが来たのは、実はこの貝殻のおかげなのだ。私も本当は手離したくないのだが、お腹が空いて死にそうなんだ。だから、その魚と交換して欲しい。
魚をぶら下げた男はそれを信じて、魚を貝殻と交換した。
この貝殻が貨幣の始まりというのです」
「最初っから嘘の出任せかよ」
鼻で笑うディストレック。気持ちは解る。
これが貨幣の始まりというなら、嘘で騙された男は損をしたくないので、その嘘を次の奴に、そいつに騙された奴がまた次の奴に。次に次にと嘘がまわり、やがてみんなでその嘘に騙されることにした。それが今も続いてるとしたらなんとも壮大なことだ。
ソミファーラが待って、と言う。
「ちょっと待ってください。さっきのノクラーソンの話に、
「ハイ、
「それは
「
「そこは
「貨幣のシステム自体ハ、文明が次のステップに上がるために必要なハシゴのようなものでスノ。そして上に登ればもう必要の無いものでスノ。なぜなら全ての者が物の価値を正確に把握シ、信頼できる相手と正しく取り引きができレバ、物々交換と
「まぁ、それができるのは
「コレハ
「対策は無いんですの? ドワーフ王国でも貨幣は使っています。その貨幣に潜む呪いには、どう対策を打てばいいんですの?」
ディレンドン王女が少しイライラしている。ちょっとヒマしてるサーラントに合図して、ポットのお茶を交換してもらって。
「対策については、今のところ俺達が
「生きていくのに最低限必要とする物資ヲ、貨幣以外で手に入れることができない社会ガ、末期の状態なのデスノ」
「なので、神の加護を受ける領域を守り続けることが対策になる」
シュトール王子が新しく淹れ直したお茶を飲む。
「
ノスフイールゼロが合図してセプーテンとトリオナインがボードに資料を貼る。
「貨幣への対抗策、それは貨幣に頼らない生活。つまり自給自足でスノ。
ソミファーラがウンウンと頷く。
「自給自足というのが、私達にはとても当たり前のようなのですが?」
「そこが当たり前だからこそ、エルフの森へのシードの浸透が遅くなった訳だ。だが
「
「いろいろとごまかし切れなくなったときに、税が払えなくなった
ソミファーラが、ふぅとため息をつく。
「なんだか、嘘がばれそうになったら暴れて泣きわめく幼い子供のような」
「規模は違うけれど、中身は同じか。
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