第111話◇貨幣に潜む呪い


「例えば建築を生業とする者がイル、としまスノ。彼は家や建物を作って売ることで貨幣を得て生活しまスノ」


 みんなが手元の資料を見ながらノスフィールゼロの説明を聞く。

 セプーテンとトリオナインがボードに資料を貼っていく。

 リアードが質問してきた。


「この資料のイラストの、ドワーフ? が大工なのか? トンカチ持ってるし」


 そこに突っ込むのか?


「えーと、人間ヒューマンのつもりで描いたんだけど、ドワーフに見えるのか?」

「これ、ドリンが描いたのか?」

「解りやすくなるようにイラストを入れてみたけど、無い方が良かったか?」


 がんばって描いたんだがなぁ。ちょっと練習してみようかな。


「可愛い大工さんですね」

「ソミファーラ、ありがとう。でもこれは本題じゃ無いから、気を使わなくていいから」

「建築家が家を作って売るにハ、家を貨幣で買って欲しがる者がいなけれバ、売れまセン」

「それはそうですね」

「腕のいい建築家が街の人達全てに百年持つ頑丈な家を作りまシタ」

「素晴らしいですわ」

「その結果、大きな災害も無く戦争も無く壊れる家がありませんでシタ」

「平和な街でしたのね」

「新しい家を欲しがる街の人がいなくなったノデ、仕事をなくした建築家は貨幣を入手する手段を失い餓死しまシタ」

「え? あれ? そうなってしまうのですか?」


 軽くパニックになるソミファーラ。

 ノクラーソンが暗い笑みを浮かべる。


「ここからが人間ヒューマンの業となります。家を欲しがる人がいてこそ、建築に携わる者には仕事があります。つまり建築家が仕事を続ける為には長持ちする家ではダメなのです。100年持つ家を50年で壊れるように作れば、仕事が2倍に増えます。25年で壊れるように作れば4倍に増えます」


 ディレンドン王女が呆れたように言う。


「なんですのそれは? 職人のプライドは無いんですの?」

「職人のプライドを抱えていては、人間ヒューマンの社会では餓死してしまいます。さらには木造の家ならばこっそりと白蟻を巻いたり、チンピラを雇って放火などすれば、家が壊れて次の仕事が入ってきます」

「下劣ですわ。職人の風上におけません」

「安定した収入の為には、安定した崩壊が必要になる、ということです」


 俺はお茶を一口飲んで唇を湿らせて、


「建築家の場合はこうなる。次は薬売り、または治癒術を生業とする者の場合だが。例えば平和な時代が長く続き、治癒術、薬学が進歩して病人怪我人が少なくなった場合、薬を買う者が少なくなって、薬売りが薬が売れなくて貨幣を入手しずらくなったとする」


 ディストレックがハッと気がついたように、


「おい、まさか」


 頷いて続きを話そうとしたら、ノクラーソンに止められた。これは自分の役割というように話し始める。


「ディストレックは察しが良いですな。薬売りが仕事を増やして薬を売るのに1番いいのは、病人を増やすことです。自分で作った病気を街の中で流行させて、その病気の特効薬を売れば貨幣は稼げます」

「外道にも程がある。呪われろ人間ヒューマン

「そこまで行かなくても、マルーン街の貴族に人気のあった薬は、飲めば寿命が伸びる、飲めばあの病気にかからなくなる、といった効果の不確かないいかげんなものです。また、健康な者に『あなたは病気です』と嘘の診断をして、しなくてもいい治療を施し、治療費と薬代を稼ぐ詐欺も流行したりしました」

「最低だ」


 ノクラーソンを敵のように睨むディストレック。その眼差しに歯を食いしばって耐えるノクラーソン。


「ノクラーソン、人間ヒューマンだからってここで似合わない悪役とかするな。ディストレック、落ち着いて俺の話を聞いてくれ。さて、ここまで聞いて解ったかもしれんが、俺達は人間ヒューマンのことを嘘つきと呼んでいた。さっきの家を建てる建築家にとっては、街の家がぶっ壊れて仕事が増えると嬉しい。だけどそいつは丈夫で長持ちする家を作ります、と口では言う。薬売りは病気にかかる者が増えると儲かる。だが、薬で人を健康にするのが生き甲斐です、とか言う。そしてそいつらには嘘をついてる自覚が無いんだ。時には本心からそう言ってたりする」


 みんなを見回して続ける。


「貨幣を入手する手段を失っても生きていける俺達には、拝金風土マネーカルチャーの中でしか生きていけない人間ヒューマンの考えも気持ちも理解できん。貨幣を手に入れなければ生きていけない、だから生きるためには何をしてもいい、それが人間ヒューマンの日常。神の加護のおかげで、生きていくのに人間ヒューマンより余裕のある俺達には、人間ヒューマンは理解できん生き物だ」


 レスティル=サハが腕を組む。


「いや、この話のおかげで人間ヒューマンがそういうものだと、少しは理解した。なぜ奴等を嘘つきだと感じるのか、その理由も見えた。拝金風土マネーカルチャー、か」


 目をつぶってウーンと唸るレスティル=サハ。

 ノスフィールゼロが話を続ける。


「ですガ、人間ヒューマンにも知恵はありまスノ。平和な時代が続けば供給過多とナリ、経済は機能不全となりまスノ。その社会では無理に需要を作るためニ、先程のノクラーソンの言ったようなことが横行しまスノ。需要と供給のバランスを保ち貨幣経済を維持するためニハ、需要を増やすことで解決できまスノ」


 シュトール王子が右手で眉間に触れて考える。


「平和な時代が続くとバランスが崩れる。家を作る者には家を災害などで失う者が増えて欲しい。薬を売る者には病人と怪我人が増えて欲しい。作物を育てて売る者には餓える者が増えて欲しい。欠乏と飢餓が需要の本質か? となると需要を増やす方法というのは?」

「戦争でスノ」


 ノスフィールゼロの言葉に皆が静かになる。これが百年に1度の戦争の正体。


「これが俺と黒浮種フロートとノクラーソンの行き着いた結論だ。戦争はありとあらゆる資源を浪費する、無限の需要を産み出す状況だ。拝金風土マネーカルチャーの社会では貨幣経済を維持するためだけに、定期的に戦争を必要とするようになる」

「車輪のようなものでスノ。軸の両端、片方の車輪は貨幣経済、片方の車輪は戦争。ふたつが揃って転がっていくものでスノ」

「この拝金風土マネーカルチャーの社会のやっかいなとこは、自分の国は平和でいて欲しい。しかし、需要を増やすためには交易のある国、取り引きのある国には戦争をしていて欲しい、というところだ」

「この社会でハ、個人の利益の為に同族を破滅サセ、自国の利益の為ニ、隣国が戦争状態になるようニ、工作、画策する社会になりまスノ」

「常に需要が供給を少し上回るくらいが、貨幣経済において望ましい状態だ。人間ヒューマン中央領域はその状態を作るために、人間ヒューマン西方領域に定期的に戦争をさせるように仕向ける訳だ」


 需要を増やすための消費の増加、そのための戦争。同族の命も異種族の命も、その消費の中へと入れてしまって。

 貨幣のある便利な暮らしを守るためだけに、無駄に資源と命を浪費する。

 種族の未来よりも誇りよりも、貨幣の在る便利な生活を守ることを選んだ人間ヒューマンの結論。


 シュトール王子がこめかみを揉む。頭痛がしてきたのかな?


「つまり人間ヒューマンは自分達の命よりも貨幣という金属の塊が大切で、その価値を守るために百年に1度、大草原に集団で死にに来るというのか?」

「俺達から見ればバカバカしいことだが、貨幣の価値そのものが人間ヒューマンの盲信と信念で支えられている。貨幣経済の中で生きる奴等は、その信念に殉じて戦争を起こしては同族を殺す」

人間ヒューマンから貨幣を取り上げることは?」

「無理だろうな、それだけ奴等の生活に深く浸透している。これは麻薬の中毒のようなものだ。シードの価値が暴落したことで人間ヒューマン西方領域が混乱した。これが俺の予想以上の大混乱だ。まるで麻薬の禁断症状のような狂乱が起きている。麻薬中毒の奴から無理矢理その薬を奪ったようなものか」


 赤鎖レッドチェインのリーダー、リアードが手を上げる。


「今もいろんなところで暴動が起きている。シードに代わる貨幣が出るまで、略奪と暴動は終わらないんじゃないか?」

「この人間ヒューマンの西方領域がどのように落ち着くのか解らない。この貨幣に潜む呪いを知る前は、新貨幣スケイルをシードの後に広めて、親異種族派の人間ヒューマンの勢力強化に使う予定だったんだが。ちょっと修正しないと」

「貨幣に潜む呪い、か」

「そうだ。便利だからと使っているうちにジワジワと浸透していき、ドップリと首まで使った時にはすでに手遅れ。そうなると貨幣なしでは社会を維持できなくなっている。そしてその社会を維持する為には、戦争が必要になってくる」


 ノクラーソンがため息をつく。


「戦争を回避し続けた場合は、供給が需要を大きく上回り、経済が破綻します。そうなれば内乱が起きるでしょうが、国はそれを回避するために適当な理由をつけて戦争を選ぶ。又は破滅を先に引き伸ばすために無駄な消費を増やすことで、経済を保とうとする。その状態が長く続けば、税金だけは高くなり民は貧しくなり、餓えて死ぬものが増えるでしょう。戦争前の人間ヒューマン中央領域がこの状態でした。拝金風土マネーカルチャーは貨幣の価値を維持するために、常に生け贄を必要とします」


 ディストレックが苦い顔をする。


人間ヒューマンはそれを知ってるのか? 知ってて使ってるのか?」


 ノクラーソンは首を振る。


「誰も知らないでしょう。知らないまま使って、知らないままに振り回されているのでしょう。貨幣経済の恩恵を受ける人間ヒューマン中央領域の民には、大草原で悲惨な死に方をする同族がいることすら知らない者がいます。

 巨大になり入りくんだ貨幣経済では、その恩恵を受ける者達が、知らない者にそのツケを払わせることができる。それが拝金風土マネーカルチャーが浸透する理由です。私も黒浮種フロートの考察と、黒浮種フロートの遠い過去にあったという、似たようなシステムの話のおかげでやっと解りました」

「よくもこんなおぞましいものを作ったな、人間ヒューマン


 苦々しく呟くディストレック。


「確かに貨幣を作ったのは人間ヒューマンです。由来としては」


 ノクラーソンが右手でカイゼル髭を触りながら、思い出すようにテーブルに視線を落とす。


「貨幣の始まりにはいくつかの説がありますが、小噺のひとつとして伝わるものに。

 あるところで、腹の空いた男が貝殻を拾った。そこに釣った魚を何匹もぶら下げた男が通りかかった。

 拾った貝殻しか持ってない男は、その貝殻を魚と交換してくれ、と頼んだ。しかし、相手は中身の無いただの無価値な貝殻と、釣った魚を交換してくれなかった。

 なので男は嘘をついた。この貝殻は妖精に貰ったもので、持っているだけで幸運が訪れる。幸せになる。

 ここに魚を持ってきたあなたが来たのは、実はこの貝殻のおかげなのだ。私も本当は手離したくないのだが、お腹が空いて死にそうなんだ。だから、その魚と交換して欲しい。

 魚をぶら下げた男はそれを信じて、魚を貝殻と交換した。

 この貝殻が貨幣の始まりというのです」

「最初っから嘘の出任せかよ」


 鼻で笑うディストレック。気持ちは解る。

 これが貨幣の始まりというなら、嘘で騙された男は損をしたくないので、その嘘を次の奴に、そいつに騙された奴がまた次の奴に。次に次にと嘘がまわり、やがてみんなでその嘘に騙されることにした。それが今も続いてるとしたらなんとも壮大なことだ。

 ソミファーラが待って、と言う。


「ちょっと待ってください。さっきのノクラーソンの話に、黒浮種フロートにも似たようなシステムの話がって、それはなんですか?」

「ハイ、黒浮種フロートにも遥かな過去に貨幣経済と似通ったシステムがあったのでスノ」

「それは拝金風土マネーカルチャーとは違うのですか?」

黒浮種フロートにとっての貨幣でスカ? 物の価値を数値化し、取り引きを便利にする利点は良いものでシタ。しかし、それは短期的なもので長期的に見れば欠点の多いものでスノ。貨幣の価値、物の価値を吊り上げる金遊戯マネーゲームが流行したものノ、それはただ物の価値を維持するために資源、人材、時間を浪費するシステムでしタノ。テクノロジスの信奉者たる黒浮種フロートにとってハ、テクノロジスの進歩にとって百害あって一利無しと消えたシステムでスノ」

「そこは技術テック論理ロジックの探求者、黒浮種フロートらしいところだ」

「貨幣のシステム自体ハ、文明が次のステップに上がるために必要なハシゴのようなものでスノ。そして上に登ればもう必要の無いものでスノ。なぜなら全ての者が物の価値を正確に把握シ、信頼できる相手と正しく取り引きができレバ、物々交換と情報データで充分でスノ。全ての者が知恵と知識と鑑識眼を持てばいいだけのことでスノ。それができれバ、貨幣を作るための資源も設備モ、貨幣システムの維持と管理をするための人材モ、そこに浪費する時間も労力も無駄なものでスノ。あとは足りないものは自分で作ればいいだけでスノ」

「まぁ、それができるのは黒浮種フロートだけかも知れないけど。他にできそうな種族はドワーフかな」


「コレハ黒浮種フロートの寿命が5百年だからかもしれませンノ。長期的に良い取り引きを行うには信頼と正確さが必要でスノ。生存と時間に余裕がアリ、長期的な視野を持チ、種族の未来を考える者ならば良いデスガ。この貨幣経済で短期的に利益を上げるニハ、奪う、騙す、盗む、といった手段が有効になってしまいまスノ。寿命が短く、日々の生活に余裕が無い人間ヒューマンの中ニハ、こちらを選んでしまう者がでてきまスノ」

「対策は無いんですの? ドワーフ王国でも貨幣は使っています。その貨幣に潜む呪いには、どう対策を打てばいいんですの?」


 ディレンドン王女が少しイライラしている。ちょっとヒマしてるサーラントに合図して、ポットのお茶を交換してもらって。


「対策については、今のところ俺達が拝金風土マネーカルチャーに飲まれることは無い。神の加護のある俺達は、加護を受ける種族の領域を守ることができれば、食事の加護を得られる。そこが俺達と人間ヒューマンの違いだ」

「生きていくのに最低限必要とする物資ヲ、貨幣以外で手に入れることができない社会ガ、末期の状態なのデスノ」

「なので、神の加護を受ける領域を守り続けることが対策になる」


 シュトール王子が新しく淹れ直したお茶を飲む。


人間ヒューマンが神の代わりに信じて崇めるもの。故に拝金風土マネーカルチャーか。まさかちっぽけな貨幣にここまで踊らされているとは」


 ノスフイールゼロが合図してセプーテンとトリオナインがボードに資料を貼る。


「貨幣への対抗策、それは貨幣に頼らない生活。つまり自給自足でスノ。黒浮種フロートの場合、物の価値を数字情報デジタルデータ化しての等価交換。食料、衣料、などの生活必需品は配給制にすることデ、無駄に物的資源と人材を浪費する経済活動から移行シフトしましタノ。この経済システム移行時期、貨幣で買うものは贅沢品や嗜好品に限定されましタノ」


 ソミファーラがウンウンと頷く。


「自給自足というのが、私達にはとても当たり前のようなのですが?」

「そこが当たり前だからこそ、エルフの森へのシードの浸透が遅くなった訳だ。だが人間ヒューマンは貨幣の奴隷になることを選んで、当たり前のことを忘れて、自給自足を諦めた。貨幣を使った便利な生活の為に、種族として弱体化したんだ。これは過去の人間ヒューマンが貨幣経済のツケを未来の人間ヒューマンに払わせた結果でもある」

人間ヒューマンの貨幣経済は目先の利益の追求を求めまスノ。その結果として未来に負債を残しまスノ。その負債を戦争で定期的にリセットする必要が生まれまスノ」

「いろいろとごまかし切れなくなったときに、税が払えなくなった人間ヒューマンを集めて、大草原送りにするわけだ」


 ソミファーラが、ふぅとため息をつく。


「なんだか、嘘がばれそうになったら暴れて泣きわめく幼い子供のような」

「規模は違うけれど、中身は同じか。人間ヒューマンはそれを種族全体で百年おきに繰り返しているんだ」

 

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