第115話◇アルムスオン創生神話


 星渡る船の中での会談は終わり。今後の方針なんてのも、大雑把に話した。

 あとは白蛇女王国メリュジーヌ、ドルフ帝国、ドワーフ王国、エルフ同盟で話し合ってもらうとしよう。


 お祭りの前にすることは終わらせてしまおうか。

 夜中に紫のじいさんの所へと。

 ひとりで魔術研究したいと言ったので、今はシュドバイルもミュクレイルも側にいない。


 前に夜にシュドバイルとグランシアがふたりで来たときは驚いたけれど。

 ふたりがかりで玩具にされたのもどうかと思うんだが、まぁいいか。楽しかったし。

 グランシアって姉御肌で女にモテるけど、意外と男相手の経験は少ないのな。

 グランシアの可愛いとこが見れたのは新鮮だった。


 そんなことを思い出しながら、古代種エンシェントトリオがいる泉へとプラプラ歩く。

 上を見上げると偽物の星空と疑似月光。

 天井に映る月も登ったり降りたりしない。いつも同じところで光っている。

 地上から見える本物の月とはリンクしているようで、満ちたり欠けたりする。

 もう少しで満月になる明るい疑似月光。

 満月の夜に合わせてお祭りしようということになってる。

 夜と月の女神の加護を持つ白蛇女メリュジンらしく。

 この地下の風景にもすっかり慣れたなぁ。


 泉まで来ると先客がいた。

 紫のじいさんとラァちゃんとプラン様。

 話しているのはサーラントだった。

 話が終わるまで散歩でもしようかと考えたが、プラン様がこっちを向いてちょいちょいと手招きしてる。

 生物の気配には鋭敏だったっけ。

 呼ばれるままに近づいていく。


「ドリン、まだ起きていたか。魔術研究でもしてたか?」

「サーラントこそ、昼型の人馬セントールが夜更かししてなにやってんだ?」

「少し古代種エンシェントに相談したいことがあった。もう終わったから戻って寝るとしよう」


 お前もか、サーラント。

 こういうのもコンビで似てきたのかもしれん。サーラントが古代種エンシェントに何を相談したのかまでは解らんけど。


「では、プラン様、よろしく頼む」

「はい、承りました。この身がドリンを叱責することで、ドリンが出会った古代種エンシェントには必ず怒られるという、伝説の勇者の称号を得られるというのですね」

「サーラント、お前はプラン様に何をお願いしてやがる? 俺の悪名が高まったらコンビの相方のお前も迷惑するんだぞ?」

「ただの冗談だ。それに探索者コンビとしては俺達より悪名の高い奴はまずいない」

「あのなー。そっち方面ばかり箔をつけてどうする? ボス戦で共闘してくれる奴がいなくなるだろうが」

「悪魔王を倒してその悪魔王に狙われてる、というだけでかなり引かれているんだが? もはや実力を売りにする以外あるまい」

「だからってなんでおれがプラン様に怒られなきゃならん? お前が代わりに怒られろ」

「紫のじいさんとラァちゃんに注意された探索者はドリンしかいない。ドリンは己が何をしたのかしっかり反省しろ」

「いや、サーラントもフールフールの頭をフレイルでカチ割ったのを紫じいさんに怒られたろうが。そのあとラァちゃんにも。お前こそ反省しろ」

「俺はまだ1回目だがドリンは2回目だ。いったい何回目でアルムスオンから退場させられるのだろうな?」

「そのときはコンビのお前も道連れだ、覚悟しとけ」


 立ち上がり、フンと鼻息ならして、おやすみと言って離れるサーラント。俺もおやすみと返す。

 振り向くと紫のじいさんもラァちゃんもプラン様もなんだかニコニコしてる。


「そんなに面白かったか?」


 聞いてみると紫のじいさんが目を細める。


「仲が良すぎて好き勝手言い合うのか、言うだけ言っても互いの信頼にキズもつかんという自負があるのか」


 ラァちゃんも嬉しそうだ。


「実は最所からネタ合わせしておるのではないかえ?」

「いや、俺とサーラントに漫才とかトークとか期待されてもなにもネタは無いぞ」

「なるほどの、フリースタイルかえ」


 改めて見る、古代種エンシェントトリオ。けっこう慣れてその存在感に圧倒されることは無くなった。麻痺してきたのかもしれん。

 紫じいさん、全長20メートルオーバーのドラゴン。全身の紫の鱗は疑似月光を反射するところだけ虹色に輝く。

 この前調整しなおしたオレンジ色の腰巻きの調子はどうだろうか。

 呪毒を受けて動かなくなったという後ろ足。魔術仕込みの腰巻きで暖めて、血行を良くして痛みを和らげている。

 暗黒期の戦いで、悪魔王の命懸けの呪毒は解呪できずに残り、紫のじいさんを蝕んでいる。

 そんなことを欠片も面に出さずに、ただの腰痛とか言ってた紫のじいさん。

 その頭だけでも俺より大きい。初めはその大きさに圧倒されていたが、慣れるとこの大きさの側にいることに、妙な安心感を感じる。

 大樹に寄り掛かるような心持ちだ。


「なんじゃ? ジロジロ見て」

「腰巻きの調子はどうだ?」

「あぁ、なかなか良い。腰巻きのおかげで楽になったもんじゃ」


 これがドラゴンの頂点、紫の御方、ねぇ。

 俺には優しいおじいちゃんだ。


「ここの探索者は皆、己の心に忠実なのよの」


 8枚の不思議な輪郭を持つ羽根からプリズムのように、いくつもの色を薄く光らせて微笑む身長40センチの古代種エンシェント小妖精ピクシー。ラァちゃん。

 桃色の髪を足首の長さまで伸ばして、空中にあぐらをかいて座っている。

 プラン様に説明するように話している。


「ラァちゃん、魔力に体力は回復したか?」

「順調にの。久しぶりに大技を使ったので、けっこう疲れたのよ。だからのんびり養生させておくれや」

「それはもちろん。お菓子でもなんでも用意できるものは用意する」

「ならばお酒が良いです。ここは果実の甘いお酒が何種類もあって、とても良いゆえ」


 古代種エンシェントエルフ、プラウンナンノウル。通称プラン様。

 心配して来てくれたのは嬉しいけど、特に何かしたわけでも無いような。

 金と銀と白のグラデーションという豪華な髪は、水の中を漂うように宙に浮く。

 耳は小妖精ピクシーの羽根を重ねたような青い水晶の耳。

 目が見えないということで、目隠しを着けている。包帯よりも白蛇女メリュジンの作った目隠しの方が気に入ったらしい。

 今の目隠しには刺繍で崩した文字で、『ニッコリ』と書かれている。

 その日の気分を表して、世話好き過ぎるエルフを牽制するために、目隠しには他にも『プンスカ』とか『シクシク』というバリエーションが揃っている。


「プラン様、この前はミュクレイルがすんませんでした」


 プラン様が頭に手で触れる。


「いえ、あれはこちらも油断してたゆえ」


 ミュクレイルがプラン様の許可をもらったとはいえ、プラン様の水晶の耳を触って、触りまくって、くすぐったくて暴れたプラン様がミュクレイルと頭をぶつけた。

 今はふたりともそこにたんこぶがある。


「ところで、ラァちゃんのその足は?」


 プラン様の金の髪が一房伸びてラァちゃんの左足首に巻き付いている。

 ラァちゃんが、


「ほら、ぷらんちゃん。また言われたのよ。ラァはどこにも行かぬから、そろそろ離しておくれや」


 プラン様はプイスと横を向いて、


「いやゆえ。ラァちゃんはすぐにフラフラ何処かに行ってしまうゆえ。しばらくはこの身と共にいて貰うゆえ」

「だからってこれではトイレも行けぬのよ?」

「一緒に行けば良いゆえ」

「ぷらんちゃんはいつもお付きと一緒にトイレよの? いったい何人でひとつのトイレに入るつもりよの?」

「ここのトイレは広いから4、5人は問題なく入れるゆえー」

「いいかげん、はーなーすーのーよー」

「いーやーゆーえー」


 プラン様ってさびしんぼで子供っぽいのな。


「む、何やら失礼な気配。この身はこれでもエルフみんなの御先祖としっかりとちゃんとやっておるゆえ。この身に心配は無用ゆえ」


 紫のじいさんの前足というか手に背中を預けて、今着けている目隠しの上にもうひとつ目隠しをつける。

 そこには『プンプン』と書かれている。

 ……確かにめんどうなお方のようだ。


 3人の前に腰を下ろす。すぐ近くには鏡のような泉が夜空を映し、水面に月を漂わせている。


「ドリンよ、なんの話じゃ?」

「前にラァちゃんと話したこと、その答え合わせ、というところかな。なのでここからは思念での会話に切り換えようか」

「ドリンの頭の中を読むことになるぞ?」

「構わない。まさか3人とも俺の恥ずかしいところをみんなに言いふらしたりはしないだろ?」


 ラァちゃんに口に出すのを止められた、世界の話。

 人間ヒューマンと悪魔の関係。

 俺達と加護神の関係。

 在母神アルムに時父神スオン。

 暗黒期と古代種エンシェント

 外来者アウターの到来と黒浮種フロート

 悪魔界と悪魔王。

 そこから導く世界の形。

 その答え合わせ。


 ラァちゃんの声が頭の中で響く。


『……ようもたどり着いたものよの』


 俺にはいろいろとヒントがあったからな。

 紫のじいさんの思念が、


『このアルムスオンで悪魔王と古代種エンシェントに出会う者は稀じゃが』


 その上、ラァちゃんとフールフールには話も聞けたし、それに前から疑問に感じていることはあった。


『それは如何な疑問?』


 プラン様の声に頭の中で考える。


 貨幣は人間ヒューマン人間ヒューマンの使いやすいサイズで作った。

 だから小妖精ピクシーには使い難い。

 では他の物は?

 長さの単位、センチ、メートル。

 重さの単位、キログラム。

 量の単位、 リットル。

 俺達は全ての種族で共通の単位を使っている。

 これって、身体の小さい小妖精ピクシーや身体の大きい巨人ジャイアントには、合わないんじゃないか?

 文字や言葉も同じものを共通で使っている。魔術言語は流派や系統で違うけれど、日常で普通に使う言語は全ての種族で共通。

 だけどこれは発声する器官の違う狼面ウルフフェイス蟲人バグディスは、喋り辛いんじゃないか?

 そして、黒浮種フロートは他の星から来た種族だけど、かつては独自の言語と文字があったという。

 これだけ多様な種族がいるアルムスオン。

 だけど文字と言葉は共通。おかげで交流しやすいけれど。

 もしかしたら言葉というのは、種族ごとに何種類かあってもおかしく無いのでは?

 意図的に1種類にされた、もしくは、

 独自の言語が作られる前に、その1種類が教えられた。

 または――、

 

『なるほどの、以前から世界の在り方に疑問を持ち、考えてたからこそ、少ないヒントでもこれに気がついてしもうたのかや』


 ため息混じりのラァちゃんの思念。

 と、いうことは当たっているのか?


『いえ、なかなかいいところは突いていますが、的のど真ん中よりは外れているゆえ』


 あ、あれ? それは――、

 自信あったのに、ちょっと恥ずかしいぞ?


『だが、そこまで踏み込んだならば、ほとんど解ったも同然じゃ』


 古代種エンシェントと思念で語り合う。この世界の過去の話を。

 遠い遠い昔のお伽噺を。

 アルムスオンが産まれた伝説を。

 古代種エンシェントの役割を。

 悪魔王の役割を。

 俺達とその加護神が産まれた理由を。

 世界に、幻想に、命を賭けた者の願いと執念。

 絶望と失望の果てから、

 正義と慈愛を、理想を、それを幻と諦めきれずに、希望にすがり、

 それが在ることを願った世界に。

 それが在り続けることを祈った世界に。

 それは確かに、いずれはこのアルムスオンに住むものが、自力で調べてたどり着くのだろう。

 世界の謎に挑む者が、

 過去の痕跡を調べあげて、

 未来の、いつの日にか。


 それでも、この真実は、この過去は、今のアルムスオンに生きる者にとっては。


「未だ、受け入れられるものでは、無い、か?」


 これを気にくわない、と言う者の方が多いことだろう。

 暗黒期より前の時代。

 五千年前より過去の歴史。

 世界改編の折に消えた伝承。

 そうなる理由もあったのか。

 ラァちゃんが顔を伏せて、


『ドリンよ、如何する? この部分だけ、記憶を消すかや?』


 ラァちゃん、それには及ばない。

 俺は知っても失望しないし絶望もしない。

 少し納得したところもある。

 それに成り立ちは過去のことだ。

 過去の無念と想いを知っても、

 今の俺はここにいる。

 だから――、


 膝を着いて姿勢を正す。

 力と意思を込めて声を出す。

 でも、夜中だから大声にならないようにして。


「イタズラ好きの神様よ、

 草原の旅人の守り手よ、

 小人ハーフリングの兄妹神、

 北の兄神リグよ、

 南の妹神ラグよ。

 俺の声を聞いてくれ。

 俺の話を聞いてくれ。

 このドリンはここで誓う。

 アルムスオン創世の秘密を守ることを。

 世界の成り立ちを秘密として、

 古代種エンシェント以外、

 誰にも話さないことを。

 小人ハーフリングの加護神、

 リグとラグの名のもとに誓う。

 俺がこの秘密を破り古代種エンシェント以外にこの秘密を知らせる事となれば、

 俺から加護を取り上げて、

 俺を殺してくれ、

 イタズラ好きの神様よ、

 草原の旅人の守り手よ、

 あなたの愛し子はここに誓う、

 ドリンは誓う。

 流石にこれは、

 気軽に広めていいものでは無いからな」


 これでいいか。神への誓いを破れば、俺は神の加護を失う。これでこの秘密は俺からアルムスオンに住む者には、漏れないということで。


『……気軽に、加護神に誓いを立てるなど、ドリンは愚か者ですか?』


 プラン様、サーラントになんか言われたのかもしれないけど、無理に俺を怒らなくてもいいんだけど?


『加護を失うかもしれない、ということを軽く考えているのでは? ならば愚か者と叱責しなければなりません。知らぬで行うことと、知って覚悟を決めるは別なのですゆえ』

『プランよ、ドリンも解っておるよ。しかし、ずいぶんとあっさり誓いを立てたものじゃ』


 俺が誰かに話さなければ、これに気がつく奴は簡単には出てこない。

 世界に疑問を持つ切っ掛けがあって、古代種エンシェント、悪魔王、黒浮種フロートと話す機会がある奴なら、いずれはたどり着くかもしれないけどな。

 そんな奴は、俺とサーラント以外にそうそういるもんか。

 サーラントの奴は今と未来のことで古代種エンシェントと話をしたんだろう。

 過去の謎解きはひねくれ者の俺の役目だ。

 これは誰かに教える為に考えて調べたものじゃ無い。

 ただの知的好奇心、ただの自己満足。

 だからこの世界創生の秘密は俺の頭の中に閉じ込めて、2度と外に出てこないようにしとこう。

 紫のじいさんも、ラァちゃんも、プラン様も、

 これで内緒話ができる奴がひとり増えたって訳だ。

 そんなことは5千年無かったことじゃないか?


「呑気なことを言いおるの」


 ラァちゃんがフワリと飛んできて、俺の頭の上に座る。

 片手で頭を撫でられる。

 小妖精ピクシー黒浮種フロートも頭の上に乗るの好きだよな。


 長々と話をしてたから、空がゆっくりと明るくなっていく。

 地下の偽物の空は太陽が登ったり沈んだりしない。

 空全体がゆっくりゆっくりと明るくなっていく。

 アクビをひとつ、ふあぁ、として。


「紫のじいさん、ここで寝てもいいか?」

「仕方無いのぅ」


 プラン様の真似をして、紫のじいさんの大樹のような手に背中を預けて目をつぶる。

 神への誓いなんて初めてだけど、これは誰にも話せない。

 あ、じーちゃんぐらいは古代種エンシェントと同じで例外ってしときゃ良かったかな?

 じーちゃんなら自力で辿り着いてもおかしくないか。

 紫のじいさんに寄りかかって寝る。

 ラァちゃんが優しく髪を撫でる。

 プラン様が小さく歌う。

 

 かつての世界が絶望に飲まれていたとしても、

 今の俺達が簡単に凹んだり諦めたりするもんか。

 それもまた、祈りと願いだというのなら、

 仕方無いから俺達が受け継いでやるさ。

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