第116話◇お告げに呼ばれて試してみよう


 目が覚めると周りが少し騒がしい。

 なんだ? と思い目にかかってる布を取る。

 プラン様が日除けにかけてくれた目隠しの布だ。『ウマウマ』と書かれている。

 どんな気分のときに着けるんだろ?

 バリエーション違いをいったいいくつ作ったんだ?

 天井は既に明るくなっている。太陽の位置が変わらないから時間が解らないのが、ここの欠点だよな。

 ラァちゃんがフワリと飛んで来る。


「よく寝てたの。今は昼を過ぎたくらいよ」

「ずいぶんと寝過ごしてしまったなぁ」


 辺りを見ると、ここの住人じゃ無いのがいる。お祭りに合わせて来た招待客だ。

 蟲人バグディスの一行に、小妖精ピクシーのネルカーディと魔術戦隊か。

 他にはディープドワーフ。

 くろがねセンドーのレジオンス=くろがね=バルトマーと奥さんのニルジーナ=くろがね=バルトマー。

 来てくれたか。だけどなんでこっちを見て戦慄してるんだ?


「ただの探索者では無いと思っていたが、古代種エンシェントドラゴンを枕に熟睡するなど、やはり只者では無かったか……」


 なんか額に汗が見えるレジオンス。


「……エルカポラが『触るな凸凹は他の探索者と一緒に考えてはならない』と言っていましたが、一見して理解したのである」


 触覚が細かく落ち着き無く動く蟲人バグディス。ネルカーディは納得したように深く頷いている。なんでだ?


「……えーと、ようこそ白蛇女王国メリュジーヌに。おかしな噂を気にしないでくれよ。俺は無害な小人ハーフリングだから」


 紫のじいさんを枕にしたぐらいたいしたこと無いだろう。白蛇女メリュジンは紫のじいさんの尻尾を滑り台にして遊んでるんだぞ。

 俺は紫のじいさんの手に寄り掛かって、足がなぜかプラン様の膝の上にあって、ふくらはぎをムニムニされてて、腹の上にラァちゃんが座ってるだけじゃないか。


 客人を案内してるのは白蛇女メリュジン。それにカームとシャララが付き添ってる。そのカームとシャララまで。


「初めてドラゴンを見る者には、無害な小人ハーフリングを主張するには無理のある衝撃的な絵面じゃないか? ウマウマってなんだ?」

古代種エンシェントドラゴンを枕にして、古代種エンシェントエルフの膝の上に足を乗っけて、ドリンは何者になるつもりなの?」

「だったら先に起こしてくれればいいのに」

「「できるかっ!」」

「なんでだよ、ふあぁ」

「ラァおばあちゃんに、ドリンが寝てるから静かにしてって言われたら、何も言えないでしょ!」


 そんなもん今さら気にするシャララじゃ無いくせに。ぜったいにおもしろいからそのまま見せ物にしてやれってなったんだろ。


「ドリンの心臓はいったいなんでできてるんだ? ミスリルか? アダマンタイトか?」

「カームが繊細なのは知ってるけど、俺が無神経みたいに言うのは、なんか違うんじゃ無いか?」

「ドリンの常識を一般論みたいに言わないでくれ、頼むから」


 寝起きから俺の常識を全否定された。どうしよう、寝直そうかな。

 カームがため息をついて言う。


「ドリンが寝てる間、古代種エンシェントの面会予定の客人には待っててもらってるから、そろそろドリンには移動して欲しいんだけど」

「解った解った。それなら起こしてくれたらよかったのに」


 今度は紫のじいさんを見ながら言う。


「すまんのー。なんだかグッスリ寝とるんでな、寝かしといてやろうかと」

「寝てるところは可愛らしいのに、これで頭の中身はなかなかに怖いのよ」

「それでも心根が奥底で真っ直ぐなところで、なんとかギリギリでバランスを保っておるゆえ」


 ラァちゃんに誉められた? のか? プラン様に誉められた? のか?


「あ、ドリン、シュドバイルが呼んでたよ」

「シャララ、何の用か聞いてるか?」

「解んない。でもドリンじゃ無いとダメみたい」


 なんだろ? 泉の水で顔を洗って、シュドバイルのところに行くとするか。

 レジオンスとネルカーディと初対面の蟲人バグディスがなんか恐縮してるので、小人ハーフリングスマイルで挨拶する。

 俺はたいした奴じゃ無くてただの探索者だから、と改めてアピールしとく。

 これ以上おかしな噂で持ち上げられてたまるか。なんかもう手遅れかもしれないけれど。


 白蛇女メリュジン居住区へと向かう。

 そこにはシュドバイルが居て、赤い胸隠しハイドブレストを着けたフラウノイルと話している。

 明日の夜には白蛇女王国メリュジーヌのお披露目を兼ねたお祭りが始まるというのに、ここでおかしなトラブル発生とかだったら嫌だな。


「あ、ドリン。こっちこっち」


 シュドバイルに呼ばれる。なんだか優しげに微笑んでいる。フラウノイルが姿勢を低くして、俺に勢い良く突っ込んで肩を掴まれる。


「ドリン! ドリン! あのね、あのね!」

「落ち着いてくれフラウノイル」

「あのねドリン! 白蛇女メリュジンの神様からお告げがあったの!」

「もしかして、ノクラーソンのことか?」

「解るの?」


 うーわぁ、やっぱりか。

 そうで無いと説明つかないし。でもなんで急ぐんだ? 白蛇女メリュジンの神様は?

 もしかして、頑張った子には心置き無くお祭りを楽しんでもらおうって? 慈愛が溢れ過ぎなんじゃないか?

 シュドバイルが嬉しそうに言う。


「ほんとはお祭りが終わって落ち着いてからしようと思ってたけど、我らが女神もウキウキしてるみたいなので、今晩やるわよ。ドリン」

「解った。立ち会いはどうする? 見たがるのは多そうだけど」


 シュドバイルとフラウノイルと話をして、夜までに準備を整えることにする。

 まさか白蛇女メリュジンの加護神から催促されることになるとは。準備を調えて夜を待つか。


 そして夜の白蛇女メリュジン居住区。

 ノクラーソンには水浴びして身を清めてもらって来てもらう。

 白蛇女メリュジンに合わせるなら全裸に飾り布だけど、ノクラーソンの全裸は誰も喜ばないので白い清潔な服で。

 髪はいつものオールバック、カイゼル髭も整えている。

 肩からはフラウノイルとお揃いの水色の飾り布をかける。


「ドリン、いったい何をするつもりなのだ?」

「ノクラーソン。緊張してるのか? それとも警戒してるのか?」

「両方だ。ここの探索者はドッキリも戦争も限度というものを知らん。娘夫婦がパニックから回復するのに、シュドバイルの治癒の加護に頼ったのを忘れたのか?」

「あー、マルーン攻略戦が無ければその、ノクラーソンの娘さんの『死んだハズのノクラーソンと再会してドッキリ』の現場を見れたのになぁ。いいとこ見逃したのは残念だ」

「ここの住人が限度を忘れたのは、ドリンの影響では無いのか?」

「もともとノリがいいのが揃ってるだけだ。ノクラーソンはこっちに来て座れ。白蛇女メリュジンが準備する間にリラックスしとこうか」


 シュドバイルが用意した一際豪華な敷物。

 銀の蛇と三日月、半月、満月が刺繍されてて、これまでの白蛇女メリュジン族長の名前も刻まれている。

 敷物の中心にノクラーソンを座らせて、その後ろにフラウノイル。

 前には俺とシュドバイルが座る。

 敷物の外には不安気な顔のノクラーソン一家ファミリー

 他にはノクラーソンを部隊仲間パーティメンバーにしてる部隊パーティ小姉御ちいさいあねさんのメンバー。

 ノクラーソンとはある意味付き合いの長い部隊パーティ、灰剣狼に猫娘衆。

 何をするか説明して無いので、ワクワクしてたり不安そうにしてたりする。


 ノクラーソンの心理状態も重要なので落ち着いてもらおうと、用意した赤い酒をグラスに注いでノクラーソンに渡す。俺とシュドバイルも1杯ずつ。

 瓶に入れて残しておいた、シュドバイルが白蛇女メリュジンの食事の加護に大魔法で介入した赤い酒。

 ほんのり血の味がするシュドバイルとじーちゃんが開発した大魔法、『美味しい血酒』の1品だ。


「じゃノクラーソン、かんぱーい」

「いったい何の乾杯なんだか」

「ここに来てからよく呑むようになったんだろ?」


 3人でグラスをカチンと合わせる。一口含んだノクラーソンが、旨そうに目を細める。


「ほぉ、独特な風味だが、旨い。なんだかクセになりそうな味だ」


 グラスに入った赤い酒を、疑似月光の月明かりに透かして見るノクラーソン。これからすることの前に話しておくか。


「説明ついでにノクラーソンに聞いて欲しい話がある」

「聞かせてもらおう」

「神の加護と、俺達の加護神のことだ」

人間ヒューマンにはいない、種族を見守る加護神についてか」

「俺達にとっては種族の加護神っていうのは身近なもんなんだ。どうも人間ヒューマンとは神の崇め方とか神への気の持ち方とか、いろいろ違うらしい」

「そのようだな。フラウノイルに聞いたが、加護神とは絶対なる存在というよりは、まるで敬愛するおばあちゃんかひいおばあちゃんのような感じらしいな。小妖精ピクシーの食事の加護も、シャララのを見せてもらったが。なんだか、『おなか空いたー。なんか食べたーい』と言ったら、ムシャムシャ食べられる花が咲くというのは、冗談のように見える」

「目に見えて加護があるから、おばあちゃんにねだるような感じになるのかな? なので有り難いと感じながらも、加護神に頼りっきりになるのは申し訳無い気分になる」

「それで治癒の加護以外は、余り積極的に使おうとしないのか?」

「それもあるけど、食事の加護はいつもメニューが同じでそればっかりだと飽きる、というのもある」

「贅沢な悩みだ。そうだ、治癒の加護を使える者と使えない者がいるのは何故だ?」

 

 シュドバイルがノクラーソンのグラスに赤い酒を注ぎながら応える。


「祈りが深い者は使えるようになるんだけど、解毒や癒病まで使えるようになるのは少ないわね。ただ、戒律を守って毎日祈ればいいってものじゃ無いのだけど。白蛇女メリュジンなら白蛇女メリュジンらしく生きられるかどうか。加護神の願う在り方をその身で体現できるかどうか。私達なら歌や踊りで皆を楽しませるのも祈りの内よ」


「祈りの形も種族ごとに違う。小妖精ピクシーが身体を張って笑いを取ったり捨て身のギャグをかますのも、あれも小妖精ピクシー流の祈り方なんだろ」


 俺の説明にシャララとパリオーが抗議する。


「ちょっとドリン。小人ハーフリング小妖精ピクシーのこと言えるの?」

「そうだぞ。『好奇心が小人ハーフリングを殺す』を地でやってるドリンが言えるのか?」

「シャララはウケを取るために、古代魔術鎧アンティーク・ギアとか印つきの悪魔王に突っ込んだりできないよ」

「思い付きで国を興したり滅ぼしたりなんて、流石の小人ハーフリングの神様も引いてるんじゃないか?」


 まさかシャララとパリオーに突っ込まれるとは。

 俺は俺なりにアルムスオンで皆が楽しく暮らせるようにしたかったんだけど。

 えーと、気を取り直して。


「加護の形が必ず治癒の加護というふうに現れる訳じゃない。その有り様が加護神に気に入られるといろんな形で出てくる。サーラントのランス突撃の破壊力が異常なのも、たぶん神の加護だろうな。おかげでますます脳筋になる」


 離れて見てるサーラントが、フンと鼻を鳴らす。


「草原を駆ける人馬セントールがランスを持てば破壊できないものなど無い。それに俺程度では未だセルバンには届かん」

「サーラント、そういうことを真面目に言うと、人馬セントールはみんな突撃バカ野郎って勘違いされるからな。またお前の兄貴に怒られるぞ」


 ノクラーソンが考えながら赤い酒をチビリと呑む。


「ということは、加護の形にも種族の個性があるのか?」

「そのあたりは戦闘種に治癒の加護を使えるのが少ない理由でもある。カゲン、狼面ウルフフェイスはどうだ?」

「どうだ? と言われてもな。そうだな、戦闘で役に立つものが多い、これは戦闘種に共通だろう。嗅覚が鋭くなったり、耳が良くなったり、あとはケガの治りが良くなったりとかだ。あとは囁き、か」

「囁き、とはなんだ?」


 ノクラーソンが問う。


「己に何が足りないのかを教えてくれるんだ。強くなるために次はどう鍛えるといいか、とか。ただ、これはどう言えばいいのか解らん」


 カゲンが腕を組んで悩む。グランシアが頷いて。


猫尾キャットテイルにもあるよ。だけど、神様が具体的に言葉で教えてくれるものじゃ無い。なんとなーく感じとれるようなもので、あー、なるほどねー、って感じがするものを神の囁きとか、神のお告げって言い方するときもある」


 今回、フラウノイルがそのお告げを聞いたってことなんだけど。

 シノスハーティルが鏡を持って来る。俺とシュドバイルの間に立ってノクラーソンに鏡を向ける。

 首を捻るノクラーソンに聞いてみるか。


「さてと、ノクラーソン。最近の身体の調子は?」

「前も聞いていたが、すこぶる良い」

「白髪が無くなって、顔の皺も少なくなったよな。娘さん夫婦が驚くくらい」

「テクノロジス食材の栄養が良いからでは無いのか? それにここに来てからは規則正しい生活で、毎日が楽しいというのもある」

「最近は昼飯を食わなくなったって聞いてるけど?」

「机仕事が多いからでは無いのか? 確かに食べる量は少し減ったが。私に神の加護など、ロスシングの冗談では無いのか?」

「俺も初めは冗談だと思ってた。あと美人の嫁さんと毎日ハッスルして若返ったんだと思ってた」

「ぐむ、いや、そんな毎日は、体力が」

「そこで照れるな。気持ち悪い」

「ドリン、貴様」

「落ち着いて鏡を見ろよ、ノクラーソン」


 ノクラーソンの変化に気がついたのはフラウノイルで、その後、観察してたロスシングが言い出した。

 ノクラーソンが白蛇女メリュジンとつがいになって、白蛇女メリュジンの加護神に気に入られたんじゃない? と。

 鏡に映る顔を見て眉を寄せるノクラーソン。


「……異種族と結婚したら、その種族の神の加護を得られるというのか? そんなの聞いたことも無い」

「俺もそんな前例は聞いたことが無い」

人間ヒューマン中央領域では拐ったエルフを、その、性奴隷のようにしてると聞いたことはある。だが、エルフの神の加護を得た人間ヒューマンなどいない」

「それを言うなら、白蛇女メリュジンに婿入りして、族長にして女王のシノスハーティルが白蛇女メリュジンの一員と宣言した人間ヒューマンは、ノクラーソンが史上初だ」

「異種族と結婚した人間ヒューマンというのは珍しいが、これまでにはいたのでは無いか?」

「いたとしても嫌われものの人間ヒューマンを一族に迎え入れた、なんていう話は聞いたことが無い。人間ヒューマンへの偏見が無い白蛇女メリュジンだからこそ起きた珍事だよな。なので俺とシュドバイルで調べる事にした」

「調べるとは、どうやって?」


 シノスハーティルが持ってる鏡をシュドバイルが受けとる。

 シノスハーティルが笑みを浮かべて言う。


「ノクラーソン。今から食事の加護の祈りを」


 白蛇女王国メリュジーヌの女王として命令する。

 ノクラーソンの前に空っぽのスープ皿を置いて、言われて混乱するノクラーソン。


「私が、加護を祈るだと?」

「まぁ、ダメ元でやってみろよノクラーソン。白蛇女メリュジンも応援するし」


 ノクラーソンを囲むのはノクラーソンと一緒に仕事してる白蛇女メリュジン達。

 もう手を組んで祈りの歌を歌いはじめる。

 ノクラーソンはキョロキョロと見回してから、


「……やってみるか」


 自信無さそうに呟いて、姿勢を直して跪いて手を組む。


 

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