第77話◇グランシア主役回◇2体の悪魔と悪魔使い

◇◇部隊パーティ猫娘衆リーダー、猫尾キャットテイル希少種獅子種グランシアの視点になります◇◇



「ぎゃあああっ!」


 人間ヒューマンの男のたまげる悲鳴。軽く跳んで馬の手綱を握る手を手甲ガントレットごと切り落とせば、人間ヒューマンは泣き声上げて馬から落ちる。

 草原に着地した私の足のまわりに花が咲く。乱れ咲くは赤、白、青のシャララの幻覚の花々。

 次々跳ねて馬に乗る人間ヒューマンを切る。背に乗る主人を無くした馬の尻を蹴り走らせる。

 草原の中に花が咲き、手足から血を流す人間ヒューマンたちが草の中に倒れ、馬は何頭か遠くへと駆けて逃げてゆく。


 人馬セントールの真似のつもりなのか、馬に乗った人間ヒューマン人馬セントールよりも鈍くて遅い。

 馬を操作するために片手も塞がる。そんな人間ヒューマンをなるべく殺さないようにして、手綱を切り、手足を切り、足で蹴り、馬から落とす、次々に落とす。


 辺りに漂う幻覚の花の甘い匂いに血の臭い。人間ヒューマンの痛みに泣く悲鳴、怒る声、馬のいななき。

 騎馬兵をあらかた馬から落として、次は続く歩兵に歩いて近づいて。


「火よ、つぶてとなり敵を射て! 火弾!」

「風よ、刃と化して切り裂け! 風刃!」


 人間ヒューマンの魔術師が攻撃魔術を射ってくる。気にせず歩いて近寄る。だってこっちにはシャララがいるからね。


「花盾、2」


 シャララの声で空中に現れるのは8枚の白い花弁の大きな花。直径約1メートルの大きな花がふたつ咲く。シャララの幻覚系統と混ぜてアレンジしたという対魔術防御の分解盾。

 火弾も風刃も白い花が受けて止めてかき消してくれる。私は宙に花開く白い花弁の脇から出て、驚く人間ヒューマンの兵士にドスを振るう。


「なんだ? この花は!」

「幻影だ! 惑わされるな!」

「くそっ! 続けて射て!」

「相手は一人だ! 囲め!」


 人数だけは多いね、人間ヒューマンの群れは。目前には上からの攻撃を防ごうと頭上にシールドを構える人間ヒューマン。そのシールドを持つ腕を横から切って落とす。

 シールドを握ったままの手がドサリと落ちて草を揺らす。草を赤く染める。切られて肘から先の無い腕、何が起きた? と驚いた顔で自分の腕の切り口を茫然と見つめる人間ヒューマン兵士。

 そいつの傍らを通り過ぎて次の相手に、次に次にとドスを振るう。通り過ぎた後ろからは、遅れて悲鳴と驚愕と絶叫が響く。


 誰も私を止められないね。

 それもそうか。練習でもカゲンとヤーゲンがこれを見切れるようになるには、けっこうな回数が必要だったし。

 ふらりとゆらりと歩きながら、両手に持つ2本のドスを軽く振り抜いていく。当てて引く、又は当てて押すのがドスを使うコツ。

 空中に放り投げるように振り、切るときにだけクッと握る。切れ味の良いドスは独特の刃の当たりの感触を手のひらに返してくれる。

 剣、槍、腕、足をサクサクと切りながら歩いていく。

 人数が多いからスタミナ温存。無駄に飛び跳ねないで歩いているから優雅には見える? 返り血で新しい戦舞衣ウォードレスを汚さない程度には移動して。


 私の動きを憶えたシャララの新しい幻術。私の両腕とドスを透明化。その上に幻影のドスを持った腕を重ねる。

 見える腕とドスは幻、見えないドスが敵を襲う。

 幻の腕とドスは相手に触れると消える。本物の透明化したドスは、相手に当たると透明化が解除されて見えてしまう。

 だから相手には私の両手とドスが急に消えたり現れたり、ときには3本腕、4本腕になって見えてるだろうね。

 発想は単純、だけど複数の幻影を細かく操作できるシャララにしか使えない魔術の使い方。

 幻の攻撃を防御しよう回避しようと隙を見せたところを、見えない刃物が襲いかかる。


 43層からの雪原のアイスゴーレムの手足さえ切断するドスは、剣を切り落とし鎧も切り裂く。

 私は寒いの苦手な猫尾キャットテイル。だけど、硬くて手強くて、打撃系のメイスに持ち代えても手こずってたアイスゴーレムが、スパッと切れるのがおもしろくて、ゼラファと狩りまくった。流石のドスも長ドスも無茶な使い方で何本かダメにして怒られた。

 これで集めた水精石と氷精石で黒浮種フロートカノンを造ってるハズ。ついでにドスの操剣技術も研究できた。

 アイスゴーレム相手に練習してたものだから、人間ヒューマン相手なら縦でも横でも真っ二つにできそう。

 ドリンがあまり殺すな、ということで試してはないけど。


 花の匂いの幻覚は嗅覚の鋭い奴等への対策。私の歩いたところに花が咲くのはシャララの趣味。だけどこれはこれで相手の心理が動揺してる。

 幻覚の花が咲き乱れる中、魔術攻撃を無効にして、幻影の攻撃に反応した隙を突き、見えないドスで切る。

 うーん、この戦法に慣れ過ぎると私の戦闘技術が鈍ってしまうかもしれない。これは注意しないとね。


 人間ヒューマンの魔術師が幻影を消しても、ひとつ消す間にシャララはみっつよっつと作れる。


「ふふん、ノッてきた! ノッてきたよー! 地に咲け! 空に咲け! 彩る花の笑みに包まれて!」


 正面から縦に振り下ろしてきた人間ヒューマンの長剣を横に跳んでかわす。

 右と左に。


「増えた!?」


 見て驚く人間ヒューマン、片方は幻影だよ。その人間ヒューマンの長剣を根本から切り肩を突く。更に増える私の幻影。

 シャララが細かく操作するには4体が限界。本体の私を含めて5人に増えた私たちが人間ヒューマンの集団の中へと踏み進む。

 幻影は攻撃を受けたら消える。だけど、私の動きを私の頭の上で、ケロケロと吐きながら憶えたシャララの幻影は人間ヒューマンの攻撃をヒラリとかわす。

 よく見れば攻撃して傷をつけるのは本体の私しかいないのだけどね。

 魔力感知しようとする魔術師にはドスの柄で顎を打って気絶させる。治癒が使えるのが生きてれば後でケガ人を治せるだろうし。


 ヘッドギアに乗るシャララが膝を私の後頭部に当て、足の爪先で首に触れる。両手で印を描き呪文を口にしながら膝と足の指で私に合図を送る。


(グラねぇ、なるべく受けないで回避してね)


 解ってるって。私がシャララの作った私の幻影に紛れるには、本体の私が相手の攻撃を受け止めない方がいい。

 しかしこれでは私の練習にもならない。百層で言えば10層ボスの青猪ブルーボアにも勝てないような相手では。

 手足を切った人間ヒューマンが草の上で泣きわめく。他の人間ヒューマンがそれを見て怯えが広がる。もう一押しというとこか。

 退屈に感じてきたところに、ゾワリと妙な気配。


「来たよグラねぇ。悪魔だ!」


 おや、こんなところに悪魔がいた。

 ということはこの人間ヒューマンの集団は悪魔を連れて歩いてる?


「どけ! お前たち! ザンマ! ロズマ! その猫を殺せ!」


 灰色のローブを着た人間ヒューマンの魔術師が指示を出すと、2体の悪魔がこっちに向かってくる。

 両方とも足は2本。1体は右手が2本で左手が太くて1本、背中からは毛に覆われた大きな腕が1本生えている。黒い犬のような顔には赤い目がみっつ。みっつある目の瞳孔があるのはひとつだけ。

 もう1体はずんぐりとしてて人間ヒューマンに似た顔、だけど口のあるところが目になっている。そして目のある部分はのっぺりとしててなにも無い。胸にも大きな目がひとつある。両手はタコのような触手が左右1本ずつ。

 前に猫娘衆でやった奴に比べると、まだ人型に近いか。あれは大きな芋虫に人間ヒューマンの手足がぞろぞろ生えたようなものだったね。

 さて、この2体、どっちがザンマでどっちがロズマなんだろ?


「ぼおおおおおおお!」

「おぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!」


 独特なかけ声だ。ただ、


「見た目の割りには、」


 独楽コマ飛びで2体の間に入り2本のドスを振るう。


「たいしたことは無さそうだ」


 2体の頭と腕と触手を切って落とす。


「な? ザ、ザンマ! ロズマ! 何をしている、さっさとその猫を殺せ!」


 ズズズズズ、とか、ブチュグチュ、と音を立てて悪魔が身体を再生させてゆく。ふん、悪魔ならそのくらいはできるか。


「グラねぇ、読めたよ」


 頭の上からシャララが囁く。


「あいつらの身体に魔術刻印が見える」

「へぇ、それってどういうこと?」

「贄にあらかじめ魔術刻印をつけておくことで悪魔を従属しやすくする、ということなんじゃないかな? 界門が開いてるうちに下位悪魔を召喚して従属させるつもりなんじゃない? 小人ハーフリングの集落跡地の人間ヒューマンを拐って、魔術刻印つけて贄にするつもりなんだよ、きっと」

「まだ悪魔を兵器にしようって、諦めてない人間ヒューマンがいたんだ」

「ただ、魔術刻印で呪縛しての従属だから、その悪魔も全力が出せないみたい」

「どうりで前のあの芋虫悪魔よりも弱っちいわけだ」


 私達の話が聞こえていたのか人間ヒューマンの魔術師が顔を赤くして叫ぶ。


「よ、弱っちいだと? 悪魔だぞ! 悪魔に勝てる奴などいるものか!」

人間ヒューマンの基準で語られてもねぇ」


 タコの触手を4本に増やして頭を再生した悪魔が魔術で水弾、風刃を射つ。全てシャララの花盾が受け止める。

 その間に3ツ目の犬頭をドスで切り裂く。

 悪魔退治にやることは、再生する元気が無くなるまで細切れにすること。

 切り落とした腕は拾ってくっつけ無いように、足で遠くに蹴り飛ばす。頭を落とせば反応が少し鈍くなる。頭のあるところが解りやすいとやりやすいね。

 あのときの芋虫悪魔はどこが脳か解らないから手こずったねえ。

 胴体を輪切りにして上半身と下半身に分ける。立ってる下半身を縦に切って右と左に分けて倒す。落ちた首の無い上半身にドスを刺して宙に放り投げ、落ちる間に8つに切り分ける。

 それを見てなんかうろたえてる灰色ローブの魔術師。


「あ、悪魔だぞ? 下位とはいえ悪魔なんだぞ?」


 悪魔なら倒したことはあるけどね? 1回だけ、だけどね。

 タコ悪魔が離れて魔術で攻撃してくるけど、シャララの花盾を破れない。シャララの足が私の首をツンツンとつつく。


(タコ触手はシャララが押さえるから、先にその犬頭をやっちゃおう)


 幻影の私がひとり、タコ悪魔をからかうように現れる。なんて頼れる相棒。ふふ、愛してるよ、シャララ。

 灰色ローブの魔術師がわめく。


「ただの剣で悪魔を殺せるものか! 悪魔は不死身よ! 名付けし主が命ずる! ロズマよ再生せよ! その猫を殺してしまえ!」

「その悪魔も下手な従属で弱体されてなかったら、もうちょっとは強かったのかもね」


 再生しようとして肉の動いたところから容赦無く切り刻む。切って刻んでぶつ切りに細切れに。ドスを刺して持ち上げ投げて肉を骨ごとサクサクと。バランバランに。

 肉の触手をにゅるりと伸ばして切れた肉同士が合体しようとすれば、蹴って千切って邪魔をする。ふむ、この悪魔は血が赤い、ちょっと黒ずんでるけど。


 足元に散らばる肉と骨と臓物の破片。まだ肉片がモゾリモゾリと動いているけど、どうやら再生は諦めた様子。再生する速度が遅かったからバラバラにする方が速かっただけ。

 悪魔だからと警戒してたのにたいしたこと無いの。つまらないね。


「シャララ、魔術刻印ごとバラしたらどうなるの?」

「うーん、解んない。1度刻んだ刻印が悪魔の魂にどんな影響が出るかも解んないよ。私の専門外だもん」


 悪魔が私を倒すことを期待してまわりで見てた人間ヒューマンたちの顔には絶望がある。

 え? 悪魔ってこの程度なの? 前の芋虫の奴はけっこう強かったのに。


「グラねぇ、油断しないで。たぶん従属の実験に下位悪魔の中でも弱っちいので練習してたんだよ」

「そういうことなの?」


 わめいて騒ぐのは灰色ローブの魔術師。こいつがこの悪魔の従属の主っぽい。


「う、嘘だ! こんなの嘘だ! 悪魔だぞ? 異界の悪魔、不死身の怪物なんだぞ?」

「悪魔になんの夢を求めてるかは知らないけどさ、それは苦労に合った代物なのかねぇ」


 シャララが私の頭の上から言う。


「つまらない実験でみんなに迷惑かけるのやめてよね」


 まったくだ。この世界は私の修練場なんだから、勝手に荒らすんじゃない。

 細切れになった肉片から黒いモヤが湧いて出る。目の前に集まった黒いモヤは暗い炎のように揺らめく。

 これが悪魔の魂、見るのは2度目。


「芋虫のときはフワッて消えたんだけどね」

「ラァおばあちゃんが、元気な奴なら贄を求めてとり憑くって言ってたよね」


 宙にユラユラと漂う黒い炎は、1番近くにいる私に向かって飛んでくる。


「チッ」


 舌打ちひとつ、後方にステップしながらドスを振る。なんの抵抗も無くドスは黒い炎をすり抜ける。実体が無ければドスでは無理か。

 更に接近する黒い炎のような悪魔の魂。近くで見ると中の方は悪魔の目のように赤い。

 私にとり憑くつもりか? 私は私の神に祈る。猫尾キャットテイルを見守る加護神に。

 気まぐれ者の母神よ、バスティーラよ、私に加護を。ほら、あなたの娘が気持ち悪いのにヤられそうですよ。

 バチンと音を立てて黒い炎が弾かれて離れる。頭上のシャララも祈っていたみたいで、


「ラァおばあちゃんの言ってた通りだね」

「ラァちゃんの言うとおりだとこの後は?」


 弾かれて離れた暗い悪魔の魂は、今度は右足から血を流し草の上に転がってる人間ヒューマン兵士にフワリフワリ近づいていく。


「お、おい、やめろ、来るな、やめて、来るなー!」


 あお向けに倒れて手をブンブン振る人間ヒューマン。その胸に黒い炎がくっついて、染み込むようにその身体の中に入っていく。


「やめて助けて来るな入って来るなー! あがっ、あががっ」


 両手で空を掻きむしり全身でビク、ビク、と痙攣して、


「あが、あがが、嫌っ、嫌だっ、あうっ、痛いっ、痛くないっ、寒いっ、うがぅっ、えうっ、助け助けて、お、お、おぎゃ、おぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!」


 全身から黒い毛が生えて顔は犬のような形に変わり額が割れて赤い目が出てくる。

 目がみっつある犬のような頭をした、毛むくじゃらが立ち上がる。


「おぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!」

「うわ、これが続いたら確かに不死身だ。終わらない」


 3ツ目の悪魔が私を狙う。もう1体のタコ悪魔はシャララのつくった幻影の私を相手に赤い触手をふるっている。

 さして強くも無いがこれは相手にするのがめんどうだ。


「さて、どうしたもんかね」

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る