第78話◇グランシア主役回◇幻花の舞闘姫


 人間ヒューマンたちは少しは逃げたのか、数は減っている。だけど、灰色ローブの魔術師とそれを守る戦士と魔術師の集団はまだ士気があるね。


「す、少しは腕が立つようだが所詮は亜人! 悪魔に勝てるものか!」


 なんか偉そうな灰色ローブに言葉を返す。


「勝つだけなら簡単。ここにいる人間ヒューマン全員、贄として使えないくらいにバラバラにしてから悪魔を刻めばいい」


 だけどその前にひとつ試してみようか。


「シャララ、悪魔2体の足止めできる?」

「できるよ」

「じゃ、お願いね。なに、すぐ終わる」

「待って、シャララが合図したらスタートで」


 部隊パーティ組んで長い付き合いのシャララだから、私の意図も言葉で説明する手間が無くていい。

 私も信頼してシャララの思惑に身を任せられる。いいねぇ、この頭にシャララを乗っける新戦法は。

 復活した3ツ目悪魔を左のドスで腕を落として右のドスで目をひとつ突く。後頭部のシャララの爪先が私の首の後ろをトトンと蹴るのに合わせて横に跳ぶ。そのまま走って灰色ローブのいる集団に横から回り込んで駆け寄る。

 誰もこっちを見ていない。全員、悪魔と私の幻影の戦いに釘付けだ。タコ悪魔も3ツ目悪魔も私の幻影と1対1で戦っている。

 灰色ローブがまた、わめいている。


「ザンマ! お前が相手にしてるのは幻影だ! そいつは無視して本体を倒せ! 本体は、本体は……、上?」


 魔力感知か、灰色ローブの男だけが私を見上げる。シャララの透明化で姿を消した私を見つけたけれどちょっと遅かったね。

 幻影を作ると同時に本体を透明化させるシャララの魔術。複数の魔術を同時に精密に操作する、幻覚系統の天才シャララの高等技術。

 ジャンプして、灰色ローブのまわりの護衛達を飛び越えて、落下しながらドスを振る。


「猫がぁ!」


 私に気づいたことには褒めてあげてもいいけど、


「1手遅い」


 右手のドスを灰色ローブの左肩口に置くように振り下ろす。

 とっさに身を守ろうとした灰色ローブの左手を切断。

 手元に寄せるように、左腰と左わき腹を後方に引きながら斬り下ろす。

 1振りで鎖骨を切り、肩甲骨を割り、肺を切り、心臓を両断し、鳩尾を通過、背骨を切り、胸骨肋骨を切り裂いて、右のわき腹からスルリと抜ける。斬り下ろしながら地面に着地。

 左から私を剣で突こうとする剣士、その左肩から肘までをドスで浅く薙ぎながら、その場から飛び退いて離れる。

 灰色ローブに攻撃して透明化が消えたとはいえ、なかなかいい反応をした剣士だね。

 両手のドスをクルリと回してドスについた血を払う。

 1拍遅れて灰色ローブの上半身が、ズルリと滑りドサリと落ちる。


「さて、悪魔の従属の主を殺したら悪魔はどうなるのかな?」


 2体の悪魔を見ると私の幻影を無視して灰色ローブに駆け寄る。慌てて飛び退く人間ヒューマンたち。

 タコ悪魔は棒立ちで、3ツ目悪魔は膝をついて倒れた灰色ローブを見ている。

 なんだか飼い主に駆け寄るペットみたいだ。

 倒れた灰色ローブは左肩つきの下半身と、右腕つきの上半身に斜めに両断したけど、まだその目に光がある。

 身体を両断したからと即死はしない、すぐに死ぬだろうけどまだ微かに意識はある。

 地面に落ちた灰色ローブは悪魔を見上げてなにか呟いたがここまでは聞こえなかった。

 悪魔を従えて何をしたかったんだろうね、こいつは。

 やがて灰色ローブの魔術師の目から光が消え失せて静かになる。離れた人間ヒューマンたちも佇む2体の悪魔に注目している。


 静かになった草原に小さくプチンとなにか切れるような音がした、2体の悪魔の方から。

 シャララが、


「あ、これマズイかも」


 と言うと同時に悪魔の気配がブワッと膨らむ。

 タコ悪魔は両肩から赤いタコのような触手を左右4本ずつの計8本にビュルルと増やす。3ツ目の犬頭は身体が少しゾワリと大きくなって背中の黒い毛が伸びて、たてがみのように揺れる。


「従属の呪縛が解かれて本気モードだよ」

「まぁ、そうなるか。これで少しは手応えあるかな?」


 さっきまでが居眠りしながら動いていたようなもので、今やっと目が覚めたというところか。

 それでも前に相手した芋虫悪魔ほどの存在感は無い。小物は本気出しても小物?

 従属が解かれて本来の力を取り戻した悪魔2体は、辺りを見回して、思い出したように、いきなり近くの人間ヒューマンに襲いかかった。


「おぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!」

「ぼおっ! ぼおおおおおおおおおお!」

「うわあぁっ!」

「ひっ! や、やめろおお!」


 襲って人間ヒューマンを食い始めた。うん、本来の悪魔の姿だコレ。

 慌てて逃げ出す人間ヒューマン。逃げる背中を追いかけて食い散らかす悪魔。

 離れて見てる私とシャララを置き去りにして悪魔の食事会が始まった。


「無理矢理押さえ込んでたから餓えてたのかな? グラねぇ、あの灰色ローブ以外に悪魔を従属できる術者がいないみたいだよ」

「逃げたの? これだと大草原にあと何人悪魔使いがいるのかも解らないね」


 3ツ目はガフガフと大口開けて人間ヒューマンの肩にかぶりつき、タコ触手はその触手で捕まえた人間ヒューマンをギリギリ絞る。どうやら触手から人間ヒューマンの血を啜っているようだ。

 ふと見ると近くに人間ヒューマンが座っている。灰色ローブの護衛の剣士か。

 灰色ローブが死んだあと悪魔からすぐに離れたことで助かったにしては、なんで草の上に座っているのやら。

 左肩から肘にかけて開いた傷口を右手で押さえているが、血は止まらず流れている。

 その目は虚ろに悪魔を見ている。

 覇気が無い、もう戦う気が無い。


「あんたは逃げないのかい? そんなとこに座ってたら悪魔に食われるよ」

「……どこに逃げろと言うんだ」

「どこでもいいだろう? 悪魔と敵のいないとこならさ」


 灰色ローブの護衛の中でも1番反応の速かった剣士。だからこそ私に切られることになったわけだけど、この中ではちょっとは見所がありそうな奴。


「死にたくなきゃさっさと逃げたら?」

「逃げてどうなる? 戦争に勝つ為に悪魔を使おうとしてこの様だ。王も魔術研究局もいったい何がしたいんだ? 俺は、俺はこんなことのために、剣を、剣を学んだ、訳では……」


 いきなり泣き出した。なんだこの人間ヒューマン


「これは神の天罰なのか? 悪魔を使役しようなどと、傲慢に思い上がった人間ヒューマンへの罰なのか?」


 メソメソと泣く人間ヒューマンにシャララが呆れて言う。


「あーのねー? 人間ヒューマンへの天罰でも報いでも因果でも応報でもなんでもいいけどさあ。関係無い他の種族には迷惑かけないでよね」

「あぁ……、まったくだ。すまない、本当にすまない。なんと詫びても取り返しのつかないことを……」


 何をウジウジと考えてメソメソ泣いてるんだか。ドスを返して刃の無い峰でその人間ヒューマンの頭をゴツンと叩く。


「今、謝られても役に立たない。これからしなきゃいけないことを間違えてない?」

「痛た……、あぁ、悪魔を兵器にしようなんてのが、そもそもの間違いだったんだ」

「違うって、間違えてるのはお前。いや、人間ヒューマン全員?」


 虚ろな目で見上げてくる男を見下ろす。

 離れたところでは悪魔が今も食事中。食われる人間ヒューマンの悲鳴が響く。走れる人間ヒューマンはほとんどが散り散りに逃げた。残っているのは手足を切られて動けない人間ヒューマンと気絶した人間ヒューマン

 それは私がやったんだけどね。


「同族が襲われてるなら、戦える奴は戦わないと。今、しなきゃならないことはそれだけだろ? 何を悩むことがあるのか」

「あの悪魔に勝てるわけないだろう……」

「だったら立って走って逃げたらいい。本当にお前たちはいろいろとカン違いしてるんだね。考え方も、生き方も、戦いへの心構えも」


 その剣士は虚ろな目で私を見る。こういうことは本来は、親が子に教えるようなことのハズなんだけどねぇ。


「ひとつ教えてやるから、よく見てな。シャララ、あの悪魔2体、片付けるよ」

「解った、一気に決めよ」

「いったい、俺に何を教えるっていうんだ?」


 虚ろな目で泣きながら訊ねる人間ヒューマン。こんな場面では戦うか逃げるの2択しかないけれど。

 敵が同族を襲うなら戦うとか、勝てそうに無ければ逃げるとか、逃げてもやがては勝てるように強くなるとか、そのために生き残るようにがんばるとか、命賭けて戦う楽しさとか、強くなる嬉しさとか、強い奴等を追いかける喜びとか、仲間と共に立つ幸せとか、私の強さに一族の誇りを感じる同族の笑顔とか、戦う意味も、逃げる理由も、言葉にすれば数限りなくあるんだろうけれど。


「それは私の背中と尻尾を見て、お前が自分で学び取るんだよ」


 子供が親の尻尾を追いかけるっていうのはそういうことだ。もっとも私はお前の親じゃ無い。それでも覚悟を見失って、迷子の子供みたいな目で見られると、つい。


「行くよ、シャララ」

「行こう、グラねぇ!」


 2体の悪魔に踊りかかる。

 新しく2体の幻影の私がそれぞれ悪魔に向かう。現れた多数の花盾が悪魔を囲む。

 魔術の得意な悪魔でもこれで魔術は使えない。悪魔の身体に触れた花盾は支援の強化も打ち消す。

 食事を止めて幻影の私に戦闘体勢をとる悪魔。まずは3ツ目の犬頭から。

 幻影に任せて回避と防御を捨て、手数に集中。3ツ目の犬頭が幻影の私に噛みついたところで横から切りつける。

 3ツ目の身体を中心に1周クルリと回りながら、両手のドスで切り裂き切り刻む。首を落とし頭を2つに割り手足を付け根から切り取り胴体を刻む。まずは1体目を細切れに。


 その間、シャララは次の魔術構成。

 反転して次はタコ悪魔。花盾の囲いから出て魔術を使おうとするタコ悪魔の触手を切り落として、腰を沈めて、私は頭をタコ悪魔の胸の目に近づける。


「眩んで失せる思いの欠片!」


 魔術構成を終えたシャララが両手から閃光を放つ。タコ悪魔の目を貫く光は幻覚系統の麻痺閃光。

 一瞬の白い光に見える閃光は幾つかの色の閃光を連続で続けたもので、相手によってはこの光を目に受ければ気絶する。

 気絶までいかなくても思考を鈍らせる効果があるとか。肉体の麻痺では無く意識の麻痺。詳しい理屈は解らないけど試しに身をもって食らってみた感想としては、一瞬気をとられてポカーンとしてしまう感じ。視界も眩む。

 射程が短くシャララが相手に近寄らないと使えないことが欠点。

 そこを私が移動する足となり補うことで実戦で使えるようになった魔術。

 一瞬でも動きが止まれば十二分、足を止め右手のドスと左手のドスでの切り斬り舞いだ。

 一息で右手11斬、左手10斬の斬撃、合わせて21連撃。21閃の直線で斬り分け、パン、と肉片になって飛び散るタコ悪魔。


「っと、これでどうかな?」

「グラねぇ、コレ、斬撃というよりは惨劇って感じ?」


 綺麗に切断するとくっつきやすくなるみたいなので、草の上の肉片を足で蹴って散らして再生の邪魔をする。

 あ、流石に返り血で戦舞衣ウォードレスが汚れてしまった。


 3ツ目悪魔とタコ悪魔、2体の肉片を注意して見る。再生したところでまた刻むだけ。

 問題は悪魔の魂が次の奴にとり憑くことだ。

 どちらも肉片から黒いモヤが滲み出て集まって黒い炎の形になる。


「グラねぇ、効くかどうか解らないけど、悪魔の魂を紫のおじいちゃんの牙で殴ってみようか」

「悪魔の仇敵、古代種エンシェントドラゴンの牙なら効くのかな?」


 そんな使い方があるなら、紫のじいさんも教えてくれればいいのに。

 右手のドスを地面に刺して代わりに剣帯にくくりつけていたドラゴンの牙を握る。

 悪魔の魂をドラゴンの牙で殴ってみるかと1歩踏み出せば、黒い炎はポフンと消えた。ふたつとも。


「ん? 悪魔界に帰ったのかな?」


 シャララに聞いてみる。


「ラァおばあちゃんなら解るんだろうけど、うん、いなくなったみたいだね。従属の影響とかもあるのかな? それとも勝てない相手に、何度も復活してやられるのが嫌になったのかな?」

「悪魔のことはよく解んないからねぇ。もしかしてこの紫のじいさんの牙を見て、ビビって逃げたのかも」

「ま、この程度じゃシャララ達の敵じゃ無いよね」

「悪魔の魔術には手こずるかと予想してたけど、花盾がずいぶんと使えるね」

「でも連続で使ってたからもう魔力が無いよ、ちょっと休憩させて」


 シャララと話をしながら紫のじいさんの牙を剣帯に戻す。ポーチから手拭いを出して、顔の汗と返り血を拭いてからドスを拭って鞘に納める。


 さて、気絶してる人間ヒューマンの魔術師を起こして、治癒が使えるなら生き残りの治療をさせるか。

 めんどうだから人間ヒューマンのことはさっきの人間ヒューマンの剣士にやらせて、運ぶのはローゼットの部隊に頼むとして。


 静かになった草原を歩く。いまいち物足りないからさっさとカゲンの応援に行きたいとこだけど。シャララの魔力回復も必要だし。

 メソメソ泣いてた人間ヒューマン剣士を見れば、草地に膝をつけたまま私を見上げていた。弱々しいけど目に光が戻ってる。

 なにかブツブツ呟きながら、眩しいものでも仰ぎ見る目で私を見ている。

 あ、なんかヤな予感。


「……勝てるものか、こんな、こんな者に……」


 こいつはこいつで精神メンタルやられてるみたい。悪魔に同族がボリボリ食われるとこを見たらそうなる?


「……幻想の花園に舞う百千の剣刃……微笑みながら花弁を散らし悪魔を屠る……」


 なんか言い出した。こいつ、剣士じゃ無くて詩人だったのか?


「悪魔殺しの、幻花の舞闘姫……」

「あ、それいいね」


 シャララが元気に食いついた。


「うん、『幻花の舞闘姫』、いいね。それいただきで」

「私は姫ってガラじゃ無いんだけど?」

戦舞衣ウォードレスのスカートでシルエットはお姫さまだって。うん、行ける行ける。これで勝てる!」


 負けるつもりは無いけれど、シャララは何に勝つつもり?


「幻花の舞闘姫、ねぇ……」


 何度か口にして呟いてみる。

 うん、まぁ悪くない、かな?

 

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