第79話◇ゼラファ主役回◇古代魔術鎧を攻略する、前編

部隊パーティ猫娘衆のひとり、猫尾キャットテイル希少種豹種、ゼラファの視点になります◇



 肩に長ドスを乗せて草原を走る。先端は小剣ほどの短いドスをつけた長柄の武器。形状はグレイブっぽい。切断特化で重量があるドスは今までの武器とは使い勝手が違うから、扱いを覚えるまでは手間取った。

 よく切れる包丁なんて折れやすい武器で地下迷宮の魔獣と戦うわけが無い。なんというか折れにくくて頑丈で重い包丁って感じなんだ、ドスって。

 慣れてみるとドスは猫尾キャットテイル狼面ウルフフェイスには相性が良さそうな武器だ。

 ドワーフと大鬼オーガは重さが物足りないとか言ってた。

 この長ドスで人間ヒューマンの騎馬兵の集団、その先頭を狙う。


 グラねぇが全部片付けて私は出番が無いか、と心配してた。

 来てくれてありがとう人間ヒューマン、そしてさようなら。

 新しい武器、長ドスに、白蛇女メリュジンが豪華に仕立てた新しい戦舞衣ウォードレスがカッコいい。

 派手でキラキラしててステキだ。背中には青地に金と銀の刺繍で、獲物に飛びかかる大きな猫がいる。うん、これは故郷の一族に見せて自慢したい。

 

 本音を言えば弱い人間ヒューマンはさっさと片付けて悪魔と闘りたい。

 なのでサクッと終わらせよう。小人ハーフリングの集落跡地に進む騎馬兵に走って追いついて飛びかかる。

 馬もかわいそうに、背中に人間ヒューマンなんて乗っけてなけりゃ、私から逃げられたかもしれないのに。うん、かわいそうだから馬は殺さないようにしよう。

 ジャンプして長ドス一閃。駆ける馬に乗る人間ヒューマンの首を切り落とし、旋回する長ドスの石突きで切った首を高く空へと打ち上げる。

 駆ける馬の上には首を無くして血を噴水のように上げる人間ヒューマンの身体。

 私はズザッと着地してから、長ドスをクルリクルリと身体の周囲を縦に横に回してから、背中越しに両手でビシッと止めて立つ。

 打ち上げて高く飛んだ首がクルクル回って、血を撒きながらドサリと地面に落ちる。

 うん、決まった。

 人間ヒューマンの騎馬兵の動きが止まる。頭の無い死体がひとつ、ズルリと馬から地面に落ちる。

 それ見て動きの止まる騎馬兵士の一団。


「うわあああ!?」

「た、隊長おお!!」


 ドリンがあんまり殺すな、ということなので相手の戦意を無くそうかな。と、先頭のひとりを派手に無惨に殺してみた。怯えて逃げたら死人は減るから。

 これ見て逃げずにヤル気を出すようなら、皆殺しも仕方無いということで。


「うわあああ!」

「この亜人があ!」

「相手はひとりだ!」

「包囲して潰せ!」


 効果は半々。半分が反転して逃げて、半分がヤケクソになってかかってくる。避難が終わるまで小人ハーフリングの集落跡地に近づけなければいいので、これはこれでよし、と、しとこう。うん。


「死ねぇ!」


 馬の上から私に剣を振り下ろす人間ヒューマンを見て、カチンとくる。死ね? それで?


「バカにしてるのか?」


 剣を長ドスで払って、馬に乗った人間ヒューマンの顔面に跳び膝蹴りをかます。鼻を折って馬から落とす。そのまま馬の背に立つ。


「おい、なんだそれは? 馬に乗って武器を振って、人馬セントールのマネか?」


 ぜんぜん怖くない。上から武器を振り下ろすという利点だけで、ただでさえ鈍い人間ヒューマンが馬を操作しながら戦うから更に鈍い。

 バカなのか? 私を相手にするなら馬から下りた方がマシだ。

 それに草原の人馬セントールってのは怖いんだぞ。それを知ってるから、人馬セントールのマネしておいて遅くて弱いってのは、見てて腹立つ。イラッとする。


 戦闘訓練で正面から完全武装で突撃するサーラント。それを目の前にしたとき、全身の毛穴が開いた。ランス突撃に種族の誇りがあるのか、足音高く迫ってくる、その迸る気迫に、この私がビビった。


 速度には自信のある希少種豹種だけど、あの速さは違う。質が違う。速さの戦闘での使い方がまるで違う。

 原っぱで突進を繰り返すサーラントに勝てなくて、追いつけなくて、追いつきそうになっても後ろ足で蹴られそうになって、悔しい思いをした。

 得物を小剣から槍に変えて、リーチの差で回避しながら攻撃を当てるようにしてサーラントに勝てるようにはなったけど。

 それでも私と違う速さの使い方をする人馬セントールに、サーラントに思うところのある私から見ると、こいつらは、


「遅くて鈍い人間ヒューマンがハンパに人馬セントールのマネしてかかってくるってのは、私をバカにしてんのか? 殺すぞ?」


 ひとり馬から蹴り落として、逃げずにいるのが残り8人。主を無くした馬の背に立って見下ろす。


「でも、あんまり殺すなってことだから、死にたい奴だけかかって来い」


 左手の人指し指を立ててチョイチョイと誘う。


「なめるな! 亜人!」

「なめてんのはどっちだ人間ヒューマン。立ち姿で実力の差ぐらい読み取れ」


 それができなきゃ簡単に死ぬ。戦士として、武人として、基礎の基礎だこんなこと。

 ひとり目の首が飛んだのを見て逃げる奴等の方が見所がある。これ見てかかって来るのは逃げられない理由があるか、私に匹敵する実力の持ち主か、相手の力量も読めないバカか。

 残ってる8人は全員バカのようだ。鍛え直して出直して来い。生き残れたら。


 更にふたりをざっくりと斬り殺したところでやっと残りは逃げ出した。死体のズボンに長ドスをあてて付いた返り血を拭う。

 これはつまらない。人間ヒューマンなんて殺したところで魔晶石も金粒も銀粒も出さないし、戦闘技術に見るところも無い。

 早く小人ハーフリング集落跡地の人間ヒューマンの避難が終わらないかなぁ。界門近くに下位悪魔がいるなら、さっさとそっちに行って闘りたい。


 他に別動隊がいないかと草原を見渡してみる。グラねぇもおもしろくない闘いでイラ立ってんじゃないか?

 草原にこちらに向かって飛んでくる影が見える。鷹人イーグルスのネオールだ。見てるとぐんぐん近づいてくる。なんだか慌てている?


「ゼラファ! ここから逃げろ!」

「なんだネオール。なにかあるのか?」

「こっちに古代魔術鎧アンティーク・ギアが向かってる!」

「なんでここに?」

「俺が知るわけが無いだろう?」

「数は?」

「2体、その後ろから人間ヒューマンの部隊も来てる」

カノンは?」

「今から人馬セントールの軽カノン持ってる奴を呼んでくる。だけどその前にここから逃げろ。人間ヒューマンの避難誘導してるのも皆、中止して一旦逃げた方がいい」


 古代魔術鎧アンティーク・ギアが2体、か。ドリンがひとりで撃退したのも2体だったっていうし。それなら、


「じゃあ、ネオール。それをネスファに伝えてからさっさと軽カノン持ってる人馬セントールを呼んで来て。私が古代魔術鎧アンティーク・ギアの足止めをするから」

「あ? なに言ってんだ? ゼラファ?」

「まだ人間ヒューマンの避難が終わってない。防衛するのが私らの仕事。時間稼ぎぐらいはできるから」

「いや、ゼラファが強いのは知ってるけど、相手は古代魔術鎧アンティーク・ギアで」

「ドリンがサシで相手できる程度なんだろ? だったら私でもなんとでもなる」

「あのなぁ、ゼラファ。それはドリンの練精魔術があって10層ボス部屋限定の裏技だったって」

カノンが来るまで遊んでやるだけだ。無理ならさっさと逃げる。この希少種豹種の速さは知ってるだろ。じゃ、そういうことで」


 チャッと手を振りネオールの返事を聞かずに走り出す。

 古代魔術鎧アンティーク・ギアか。ドリンが倒して部隊パーティ双鬼が持ってきた青い奴をこの前初めて見た。でも動いてるとこを1度見てみたかったんだ。丁度いい。


「あーもう! この戦闘狂! 無茶するなよ! すぐに応援呼んでくるからな!」


 ネオールの激励を背に受けて草原を走る。

 ドリンが古代魔術鎧アンティーク・ギアを単独撃破して、先を越されたと感じてたけど、この機会に私も挑戦してみよう。うん。

 カノン持ちの人馬セントールが応援に来る前に片付けられるか?


 長ドスを肩に乗せて走る。昔は長柄の武器なんてのは速度を生かすには邪魔だと思ってた。

 触るな凸凹を見るまでは。

 あのコンビの利点はサーラントの背に乗ったドリンが魔術を使うってだけじゃ無い。

 それもそれでかなりの脅威なんだけど。

 アムレイヤとスーノサッドが試してみてたけれど、戦闘中のサーラントの背に乗って魔術を使うのは難しいらしい。

 ドリンが軽くこなすから、そんなに難易度が高いようには見えなかった。

 右手でサーラントの鎧につけた取っ手を握って、サーラントの馬体に立ち乗りして左手で魔術触媒を使っていたドリン。

 疾走するサーラントの背で飛んでくる魔術攻撃を全て防いで水弾、氷槍を飛ばしてくるドリン。

 これだけでも、なんだそれヒドイと思う。


 大角軍団のときは30層ボスの骸骨百足を倒した後に大角軍団との連戦だった。

 だけど大角軍団を壊滅させたのは、実質あの触るな凸凹のふたりだ。

 魔力補充回路とかで、信じられない量の魔術を乱射するドリンを背中に乗せたサーラント。

 両手持ちの大型フレイルが、筋力自慢の大鬼オーガ2本角バイ種を駆け回りながらぶっ飛ばす。

 骸骨百足のいなくなった30層ボス部屋に新しいボスが誕生したかと思った。

 いくら相手が大角軍団とはいえ、これはヒドイと皆が引いて見ていた。

 そのあと魔力酔いしたドリンが戦意を無くした大角軍団に、笑いながらさらに攻撃魔術を撃とうとするのをサーラントが襟首つかんで、殴って気絶させて止めるのを見て、さらに引いた。

 それを見て苦笑してるのはグラねぇだけだった。

 あの1件で『凸凹コンビ』の呼び名が『触るな凸凹』にランクが上がった。


 ただ、ふたりのコンビネーションを成り立たせる技術については、気がついてる奴は少ない。

 この前シャララが身を持って体験してケロケロ吐いた。それを解ってるのはグラねぇ、あとはカゲンとヤーゲンあたりか?


 重量のある人馬セントールのサーラントが疾走しながらも妙に小回りが効く。そこを不思議に感じて観察して気がついた。

 サーラントの背中に乗るドリンがサーラントの移動に合わせて身体を傾けていた。サーラントの背中から落ちそうな程に重心を動かしていた。

 サーラントにとって背中に乗せたドリンはただの魔術の発射台じゃあ無い。

 ドリンはサーラントの動きを先読みして自主的に動くカウンターウェイトの役割もこなしていたんだ。

 なんなんだあのふたりは? 面と向き合えばおかしな口ゲンカばっかりのくせに。

 一心同体というか、二心一意同体というか。

 シャララが『ふたりはもういっそのこと結婚してしまったら?』と口走って『ホモ疑惑を広めるな!』とふたりに追いかけられて怒られてたけど、うん、私もそう思ったぞ。


 私が槍を使うようになったのはサーラントのせいで、長柄武器の利点に気がついたのは触るな凸凹のおかげでもある。

 槍の遠心力をカウンターウェイトに使う戦闘移動。石突きで地面を突いての急制動に方向転換、跳躍補助。今までとちょっと違う闘いの中で生かす速さの使い方。

 これならグラねぇに追いつけるかもしれない。小手先の速さなんてものは簡単に見切るグラねぇの強さに。

 私の目標、私の姉貴。

 小さい頃からずっと追いかけていたあの背中と獅子の尻尾に。


『ゼラファが私を目標にして、私に勝ちたいって追いかけて来てくれるから、私は私でゼラファの姉貴分としてカッコをつけたい。いいとこ見せたい。私が強く在れるのは妹分のゼラファに簡単に負けたくないからさ。ゼラファに追われるからこそ私は強くならなきゃ、と思える。それが強さへの求心に繋がる。私が強くなれたのはゼラファのおかげだ、愛してるよ』


 グラねぇはこの世界に愛してるものが多すぎる。そんなところも大好きだけど。うん。


 正直、ドリンとサーラントが何ををしたくて隠れ里で白蛇女メリュジン黒浮種フロートに手と口を出すのか、最初は解らなかった。

 他の種族になんでそんなに関わるのか、と疑問もあった。

 自分が強くなるために地下迷宮で修練できればそれでいいと思ってたから、時間の無駄のような気もしてた。

 それが新しい武器、ドスができて、新しい鎧、複合装甲鎧ハイブリットアーマーなんてものができた。

 セラミクス製の軽い鎧は猫尾キャットテイルにはありがたい。新しい甲冑組手、対甲冑剣術も研究のしがいがある。

 私自身、自分が未熟でまだまだだって思ってたのに、白蛇女メリュジンの戦闘訓練の練習相手とかしてたりした。

 白蛇女メリュジンに戦闘技術を教える中で、自分自身が技術の基礎を見詰め直すことができた。

 忘れていたこと、改めてその意味に気がついたこと。

 強くなるのにこんな方法があるなんて、知らなかった。教えることで教えられるなんてことは。

 触るな凸凹、グラねぇが気に入るだけはある。


 あいつらのおかげで私の戦闘技術は1段上に上がったという実感がある。ならばこれはその礼だ。

 私もひとりで古代魔術鎧アンティーク・ギアを撃退してやろう。

 ドリンに先は越されたが、サーラントはまだやったこと無いだろう。サーラントには負けたく無い。

 私と違うタイプの戦闘の速さを使う男。なんだかあいつにだけは負けたくない。

 パリオーも素早さを得意にしているけれど、戦闘技術としてはまだ甘い。速くても前動作を隠しきれてないから読みやすい。

 私はサーラントの突撃になかなか勝てなかったときがあるからか、サーラントのことは妙に気になる。

 1度走るサーラントの背中に乗せてもらったときは、なんだかドキドキした。

 高い視界に揺れる景色。たぶん人馬セントールに初めて乗ってテンションが上がったからだろう。

 自分が走ってないのに風を切る速さで移動する。身を任せる不安と安心の混ざったような奇妙な気分。

 あれはなんだったんだろう?


 軽く走りながら考えていたら、もの思いを切るように前方からギュアアアアアと異音が聞こえる。

 前方から大鬼オーガサイズの全身鎧が来る。金属の樽に手足をつけたような見た目。黒と白、2体の古代魔術鎧アンティーク・ギア

 本当に手足を動かさないで走るんだ。ずんぐりとした見た目のわりには速い。こんな変わった移動方法はちょっと見切りにくいか。

 人間ヒューマンの最強戦力と噂の古代兵器武装騎士団アンティークナイツ


「これでちょっとは楽しめるか?」


 唇をペロリと舌で舐める。

 戦闘狂、そう言われても仕方無いか。ただ単に言葉を使わないやり取りが、斬り合いが好きなだけなんだけど。

 長ドス構えて行く手を塞ぐ。

 カノン無しでの古代魔術鎧アンティーク・ギアの撃破。ドリンに続けての第2号に挑戦してみるとしよう。うん。


「さぁ、ろうか」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る