第80話◇ゼラファ主役回◇古代魔術鎧を攻略せよ、後編
◇
ちょっと後悔している。
うん、調子に乗ってた。ゴメン、私。
よし、反省終了。
「おぉらあっ!」
白い金属樽が声を上げる。白い
白い方は単純で避けやすい。身を沈めて避けながら背面に回り込み、金属の四角いリュックを背負った背中を長ドスで斬りつける。
これがぜんぜん斬れない。イラッとする。
干した布団を棒で叩いたような手応え。長ドスの刃が金属樽に届く前に止まる。
空気の固まりでポフンと柔らかく止められるような感じ。
これが
なるほど、これは勝てないわけだ。うん。
白い金属樽が調子に乗ってハルバードを繰り出してくる。当たれば一撃で終わりそうな重さだけど、大振りで大雑把で簡単に避けられる。
「なかなかよくかわすじゃないか、猫ちゃん」
「まじめにやれこのバカ」
黒い方の金属樽が相方に文句言いながら私に追撃してくる。こっちの方がやっかいだ。
大剣を背中に背負ったまま使わず、ギュアアと大きな音を立てて周囲を回るように走る。スキを見て両手の甲から伸びるカギ爪で細かく攻撃してくる。
もとの大きさと筋力が違うからこのデカイカギ爪に軽く引っかけられるだけでも終わりだ。
見切れるからヒヤリともしないけれど。
白い方が全長2メートル50センチ、黒いほうがちょっと低くて2メートル20センチくらいか。
白い方が足を止めてハルバードをブン回し、そのスキを突いて黒い方が爪を振る。
私がまだ草原でこいつらと闘りあってるのは、こいつらの見た目に騙されたっていうところ。
なんというか、なんて言えばいいのか、強そうに見えなかった。事実、戦闘技術において闘いの技量において、こいつらふたりはまったくたいしたことが無い。
そこそこできる、という程度。他の
だから2体同時に相手にしても避けるのは簡単。雑な攻撃はこのまま避け続けることができる。
問題はこれ。こちらの攻撃がまるで効かない。
「チッ」
つい舌打ちが出る。黒い金属樽を刺そうと伸ばした長ドスが、その装甲10センチ手前で止まる。攻撃を無効にする対物理攻撃防壁。
お互いに無傷のまま闘いは続く。
このまま動力の魔晶石が切れるまで持久戦か、
「猫ちゃんはいつまで体力がもつかな? いつまで避けられるかな?」
「遊んでるんじゃない、さっさと片付けるぞバカ」
「いちいちバカって言うな。相棒がやる気を無くしたらどうすんだ?」
「うるさい、無駄口叩くなバカ」
ずいぶんと余裕のある2人組だ。それもそうか、対物理攻撃防壁に対魔術防壁。
おそらくはそのせいなんだろう。
絶対防御に頼った闘い方に慣れている。誰も攻撃を当てられないから、自分だけは安全という慢心が、こいつらの戦闘技術を落としている。錆びつかせている。
だから避けもせず守りもせずに雑な攻撃を繰り返すだけ。これまではそれで勝てたのかもしれないけれど。
相手にしておもしろく無い。
こいつらの闘いには真剣さが足りない。間合いの取り方、武器の使い方に慎重さが足りない。命を賭ける心構えができちゃいない。命のやり取りをする相手に対しての想いが足りない。それでこのふたりの技量は錆びている。
昔はそれなりにできてた、という感じと気配はある。
なるほどね、武装だけが強くなって中身がそれについていけないと、こんなに無様になるのか。
武装を使いこなせず、武装の方に使われる。道具を使ってるつもりで道具の方に振り回されている。
こいつら、それに気がついていないのか?
これは新しい武器を使うようになった私も、この先、戒めないといけないことか。うん。
白のハルバード、黒のカギ爪を跳ねて伏せて駆けてかわす。白い金属樽は普通に歩いて連続で攻撃してくる。
「そらっ! どうしたっ!」
黒い金属樽はギュアアアアアと高速移動しながら、隙を見て走り抜けながら攻撃してくる。
「クソッ! よく避ける奴!」
避けることはできる。できるけど、だけどこのままじゃ埒が明かない、イラッとする。
イ埒だ。
ベルトポーチに手を入れて札に触る。使ってみるか、ドリンの札。
魔術回路を乱す効果があるという練精魔術の札。
「どうした猫ちゃん? 降参か? そらそらそらっ!」
「どこに私が降参する理由があるんだ?」
闘う相手のことをちゃんと見ていないのか、こいつらは。
連続のハルバードの突きをふたつ避けて、腰の高さを凪ぎ払う一撃を車輪跳びで回避しながら接近、白い金属樽の懐に潜り込む。
ポーチから取り出した札を白い金属樽の胸、大きく描かれた紋章のところに貼り付ける。手のひらが札を挟んで金属の装甲を叩く音がパァンと鳴る。
「なんだ?」
驚きながらもハルバードを振る白い金属樽。それを後方に宙返りしてかわしてバックステップ、間合いを離して様子を見る。
動きを止める2体の
さて、ドリンの札の効果は、どんなものか?
ここでドリンの作った札に頼るというのもちょっと嫌だけど、私ひとりでなんとかしたかったけど、どうにもなりそうに無いし。
「なんだこれは?」
ドリンの言う通りなら魔術回路がまともに動作できなくなり、動きが止まるか暴走するはず。
白い金属樽が右手をハルバードから離す。ゆっくりおそるおそる右手を札に近づける。
金属の指で札をつまんでペリリと剥がして、
「なんのつもりだ? 脅かしやがって」
札を地面に叩きつけて足で踏みにじる。
あー、ぜんぜん効かないじゃないか、ドリンの嘘つき。
「この
言いながら気を取り直した白い金属樽が攻撃を再開する。ハルバードを跳んで回避。
動きが変わったようには見えない。やっぱりぜんぜん効いてない。
あの札、失敗作だ、欠陥品だ。
ドリンは試作品でどれだけ効くか解らんとも言ってたか?
装甲ひっぺがして中身の魔術回路に直接貼り付けないとダメなのか?
あとでドリンには文句を言っておこう。
しかし、なんだろう?
長ドスの攻撃は防壁に止められた。だけど私は
素手なら触れるのか?
何を攻撃としてあの対物理攻撃防壁は弾いているんだ? 金属の武器がダメなのか?
周囲から多数の足音が聞こえる。
この
先行する金属樽に後続が追い付いたところか。
「いいかげん諦めろよ、猫ちゃん」
お喋りだ、この白いデカブツは。黒い金属樽は私と白い金属樽との闘いの周囲を高速移動しながら様子を伺い、隙を見てはカギ爪で攻撃してくる。
近づいてくる
金属樽どもは気づいて無さそうだけど、闘いながら
ここは一旦退くとしようか。
そう考えていたところにまたここに近づく足音。この足音は
金属樽も足を止めて、近づく
斜め前方、私から見て金属樽の向こう、後続の
あれ? 軽
「シイィィッ!」
そいつは掛け声と共に
――この声は。
「応援に来ましたぞ。ゼラファ」
黒く染めた
「ここはワタクシに任せるですぞ」
蟻のような頭部に4本腕の
「
いや、応援に来てくれたのは嬉しいけれど
黒い金属樽がなんか怒っている。
「脅かしやがって、
白い金属樽が続けてのんきに、
「ここで
あ、こいつら
エルカポラは囲む
「ワタクシを虫1匹と侮るとは。ではここで宣言しますぞ」
エルカポラは得物を持ってない右下腕で金属樽を指差して言い放つ。
「お前達は侮った虫を相手に、無様な敗北を晒すことになるのであります」
4本腕で
黒い方がカチンときたのか、号令ひとつ。
「虫が言葉を喋るな! かかれ!」
「こっちは決着をつけようか? 猫ちゃん?」
白い方が私を見てハルバードを構え直す。何を言っているんだこいつは。
私は
「私を相手にするより、お前の仲間を心配しろ。
「はぁ? 笑ってんのか? あれは」
こいつには
エルカポラを乗せて来た
「ゼラファ、無事ですか?」
「見てのとおり無傷で無事だ」
ローゼットの部隊の
その
「エルカポラが巻き込まれないように離れろ、と言うのですが。本当にひとりで大丈夫なのですか?」
「エルカポラが大丈夫と言うなら大丈夫なんだろ。
「ネオールの報せを受けた者が向かってるはずです。しかしエルカポラが『
あいつ私と同じこと考えてたのか。
肩に長ドスを乗せてエルカポラを見る。
「あまり見かけない種族だから知らないんだろうけど、
エルカポラをついっと指差すと金属樽は釣られてそっちを見る。
取り囲んで迫る
派手なところは無いが堅実で冷静。的確で反応が速い。
「まず、囲んでも無駄」
そして4本腕。それぞれの腕が武器を持ち扱う。右上腕に長剣、左上腕に盾、左下腕にメイス。今は右の下腕はなにも持っていないが、この右下腕が厄介なんだ。
右下腕が状況に応じてよく動く。剣を右上腕と右下腕の両手で持てば、独特の器用さと力強さがある。
弓矢と下位の投射攻撃魔術も、盾を左上腕と右下腕で持ち、力強く受け止め受け流す。腕力があるからシールドバッシュも威力がある。
堅い相手には左下腕のメイスを使い、盾や鎧の上から衝撃でダメージを与える。
剣とメイスと盾を同時に使う戦士。
更に接近すれば空いた右下腕で掴んでの投げ技を狙ってくるし、離れた相手には投剣を投げてくる。
「遠距離以外、全ての間合いが
その上、武器も盾も状況に応じて持ち手が変わる。それもしまったりしないで装備したままで。
2本腕では対応しづらい変幻自在の4本腕の戦闘技術。
戦闘種というのはいろいろいるし、特長もそれぞれにある。
個人の強い
その中で
広い視界の複眼と4本腕というのは、
「個人での対集団戦闘が強い、それが
そしてエルカポラは40層級、灰剣狼のひとり。群れてるだけの
「よほど速いか、力が強くなければエルカポラの守りは越えられない」
ここにいる
歩みを止めずに悠然と金属樽に進むエルカポラ。かかってくる
なるべく殺さないようにと手加減しながらやっているのだから。
なんだか後からやって来たエルカポラにいいとこ持ってかれた形。まぁいいか、私ひとりじゃどうにもならなかったところだし。
呆然と見ている金属樽のふたりと
「クソ! 調子に乗りやがって! 先にあの虫を潰すぞ!」
「おお!」
エルカポラに突進する黒と白の
「ゼラファ! 手出し無用ですぞ!」
エルカポラに止められた。あの絶対防壁をなんとかできるのか? 魔術師でも無いエルカポラに?
エルカポラは右上腕の剣を鞘にしまい左下腕のメイスも後ろ腰に納める。左上腕の盾の後ろから筒状の容器を取り出す。
あれがエルカポラと
突進する黒い金属樽のカギ爪を跳び上がり避けるエルカポラ。そのまま黒い金属樽の頭に片手をついて側転する。
側転中に黒い金属樽の頭上で逆立ちのまま容器の蓋を開ける。4本腕ならではの軽業、真上から容器の中の白い粉を金属樽の頭にバサリとかける。
着地したところを横凪ぎにする白い金属樽のハルバードを地面に伏せて回避。
もうひとつの容器を取り出して、白い金属樽の腰の辺りに白い粉をぶっかける。
エルカポラはそこから前転して起き上がり私のところに走ってきて、
「ゼラファ、動くなですぞ」
鎧の下から取り出したのは、香水容器? レバーを押してシュシュッと私に振りかける。辺りに漂う花の香り。爽やかで少し甘い香りがする。
……なにやってんだ? 戦闘中に香水? エルカポラ、さっきの白い粉はなんだ?
戻ってきた白と黒の金属樽が目の前に立つ。
「なんのつもりだ? こんなの目眩ましにもならんぞ!」
「この
私も続けて、
「おい、エルカポラ。その秘密兵器、効いてないみたいだぞ?」
「慌てるなですぞ、ゼラファ。最早、勝敗は決まっているのですぞ」
自信満々のエルカポラ、ほんとか?
「
左下腕と右下腕で腕を組み、右上腕の香水容器を振って語るエルカポラ。もう武器を構える気は無いようだ。
闘いは終わったものとして、勝者の余裕を見せている。
金属樽の怒気が膨らむ。
「ヘンな粉かけただけで勝ったつもりか? あ痛!」
「まだ勝負はついてないぞ? 痛っ?」
ん? なんか様子がおかしい。エルカポラをじとっと見ると、
「では解説しますぞ。
「確かに素手なら触ることができた。そういうことだったのか?」
「素手の攻撃や木製と石製の武器では装甲にキズもつけられ無いので、それで良かったのでしょう。力自慢の
「それに直線移動は速いから、
改めて古代魔術鎧を見る。黒い方も白い方も武器を落として、
「痛っ? ちくちくする?」
「あっ? なんかムズムズする?」
ビクッビクッとおかしな動きをして両手がワタワタしている。それに構わずにエルカポラは余裕で続ける。
「つまり生物の素手なら
生物なら? 金属の武器じゃ無い素手なら? エルカポラの言葉から考える。
うん? 生物?
それじゃエルカポラがぶっかけた大量の白い粉って、まさか。
私の想像がそれに行き着いたとき、顔から血の気が引いた。尻尾がブワッと膨らんだ。
え? あの、白い粉、全部?
「エ、エ、エルカポラ? ささっきの白い粉の正体って?」
「ドリン発案でワタクシとセプーテンが密かに研究した秘密兵器であります。研究して飼育して増やしたシラミですぞ」
「「ひいぃっ!?」」
シラミだって? あの白い粉?
「おや? ゼラファにしては可愛い悲鳴を出すものですな?」
「く、私も思わず悲鳴が出るなんて初めてだっ」
あれが、全部シラミ? シラミを養殖して山盛りに増やしてぶっかけたっていうのか? 聞いてるだけで気持ち悪い。
「安心するのですぞ。この虫除けをつけていればシラミは逃げていきますぞ」
エルカポラが見せるのはさっきの香水容器。あれは香水じゃ無くて虫除けだったのか。
しかし、
黒い金属樽は頭のあるところを手で押さえてゴロンゴロンと草地を転がり、
「ひわあっ? 耳の! 耳の穴がモゾモゾムズムズするうっ!」
白い金属樽はお尻を両手で押さえてビクンビクンと跳ねる。
「お尻のー! お尻の穴がー! 痛っ? ふわー!」
エルカポラは不審な挙動を繰り返す
「言ったはずですぞ。お前たちは虫を相手に無様な敗北を晒すことになる、と。そしてワタクシが飼育して調教したこのシラミは、穴を見つければそこに潜り込んで噛みつくのですぞ」
聞いてるだけで鳥肌が立つ。背筋がゾワッてなる。身体中の穴という穴に潜り込んでくる大量のシラミ。想像するだけで膝が震える。ひいぃ。
あお向けに倒れた黒い金属樽は、頭のあるところを両手でガンガン叩きながらガションガションと腹筋を繰り返す。
頭部のレンズが割れて破片がキラキラと散る。
「いやぁーーッ! 鼻の穴の中にーーッ! 耳の穴の奥でーーッ! やめてやめてーーッ! アーーッ! 口に入ったの噛んじゃったーーッ! エアーーッ!」
白い金属樽も倒れて左手でお尻を、右手で股間の前を押さえて、足をバタンバタンと開いたり閉じたり、腰がビクンビクンと跳ねたり。丸くなったり反り返ってブリッジしたり。
「入ってくるーーッ! お尻の穴にーーッ! ウソーー? 前の方にもーーッ! おちんちんの先からーーッ! ダメーーッ! そんなとこ入ってきちゃダメーーッ! ダメなのーーッ! アヒーーッ! 奥までーーッ!」
うわあああ。気色悪い。
こんなに怖い兵器は見たことが無い。シラミ兵器、間違いなく現時点でアルムスオン最恐の兵器だ。怖すぎる。
エルカポラは筒状の容器を高々と持ち上げて、
「さあ、同族に惨めな姿を晒したい者から、かかってくるがいいですぞ!」
悲鳴を上げながらギッタンバッタンと暴れる
ドリンが言ってたけど、骨の髄まで恐怖を叩き込めとか言ってたけど、これはなんか違う。
勝つには勝ったけどカッコ良くない。
あと、このシラミ兵器、ドリン発案って言ってたな、エルカポラは。
くそ、この私が恐怖で震えるなんて。なんて恐ろしいものを思い付くんだあの
「ふむ、完全勝利ですぞ」
こうなってしまえば
あひぃ、とか、ひあぁ、とか、らめえ、と泣き声を上げる惨状から目をそむけると、
金属の樽の中で大量のシラミに全身を弄ばれるという悲惨な目にあう、
「「ンアーーーーーーッ!!」」
……まあ、勝ちは勝ち、か。誇れる勝ち方では無かったけど。
こんな背中がモゾモゾ痒くなるような勝者の気分は、初めてだ。
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