第75話◇パリオー主役回◇褐色の閃光、後編

◇◇部隊パーティ灰剣狼のひとり、小妖精ピクシー亜種邪妖精インプ、パリオーの視点になります◇◇


 

 高空から飛び降りて全身を風にもてあそばれる感覚。なんかなつかしい。故郷の森では木に昇ってダイブするのが子供の邪妖精インプの遊びなんだけど。

 ネオールが俺の故郷に行ったら子供にせがまれて、地上と空の連続往復になるだろな。

 地上1500メートルからの自由落下。これはなかなか楽しいぞ。

 この高さの木は無かったから落ちる時間も長い。少しずつ地上の大草原が近づいて、小さいのがだんだんと大きく見えてくる。


 さて、身長50センチ8ミリの俺が人間ヒューマンにどれだけ警戒されるかな?

 すぐ近くに落ちたら流石に見つかるんで、姿勢を変えて空気抵抗使ってちょいと離れたところへと。


 ぐんぐん迫る大草原。遠くには細くなったという界門、黒い影の柱が地上から天にそびえてる。そのまわりに下位悪魔がいるというから、カゲン達は激戦か? 早いとこ終わらせて応援に行かないと。

 ところところで煙が上がるのは、やけになって火でも着けたか、火系の魔術の影響か。

 ま、俺には俺のやれることを。


 バカな子供のケンカを止めるのも大人の役目だろ。人間ヒューマンは俺達の半分以下の寿命で、この大草原で今暴れてる奴等の中でも俺より年上の奴は、あんまりいないだろ。

 48歳の俺より老けて見えるなんて、人間ヒューマンは老化が早いなー。

 溜めた知識を経験で知恵にできる賢さなんてのは、百年以上の人生経験積んでからの話。

 寿命が短く生きている時間も短い、そんな人間ヒューマンに、賢さを求めるなんてのは酷な話なのかもな。

 だったら強引にケンカの原因を取り上げて捨てるとしよう。


 人間ヒューマンと悪魔の混迷窮まる大草原に足から着地。ポスンと音を立ててゴロゴロ転がって受け身をとって立ち上がる。どんな高さから落ちても怪我しないのが邪妖精インプってものさ。

 この高さの草の中なら見つかりにくいか?

 テテテと走って人間ヒューマンが引いたり押したりしてる馬車の一団に近づく。結構な人数、200人ぐらいいるか?


 暗い顔で馬車を引いたり押したり。それを剣で脅してるのと周囲を警戒しているのと。

 どこに運ぶつもりか知らんけど、草の中を頑張って移動している。ご苦労様なこと。

 馬車が重そうで道では無いから苦労してる。

 隙を見て駆け寄って幌をレイピアで切り裂いて馬車の中に進入。よっと。木箱と麻袋の山の間に潜り込む。


 リュックの中から火付けセットを取り出して、黒浮種フロートのテクノロジス製の火付けセット。灰色の粉の入った袋に薄青い液体の入った容器。これ割れない素材でできてて指で押すとへにょって凹む。

 なんでもお弁当に入れるソース入れの容器として開発したっていうから、黒浮種フロートのテクノロジスって使い方しだいでけっこう怖いよな。

 麻袋に灰色の粉をかけて薄青い液体をかけると白い煙が上がって火がポッと点く。

 全部の馬車を燃やすためにも、先に俺の強化をしとこうか。


 リュックから愛用の塗料の入った容器を取り出す。蓋を開けて指にとって太股につける。俺の褐色の肌に映えるのはやっぱ白だよなー。ちょっとだけ赤を混ぜたうっすら赤い白い色。指で伸ばして俺の肌にまじないを描いて、と。

 ドリンの錬精魔術の知識を借りて効果を上げるように、銀の粉末に乾燥させたエキナセアの葉の粉末入り。


「足が速くなるなーる。力が強くなるなーる」


 ふとももと二の腕、ヘソの回りとわき腹に首と頬。紋様を描きながら魔術構成。

 邪妖精インプの得意な自己強化。他者にも使えるけど効果が落ちるんだよね。自分専用だから。

 こいつで筋力強化、反応速度強化。治癒力上昇に持久力増強。更には血の強化で息切れ軽減に疲労軽減と。

 戦闘準備良し。麻袋がけっこう燃えて、なんだか美味しそうな匂いもする。干し肉でも入ってたか?


 さて残りの馬車にもさっさと火を点けてまわるか。

 しっかしなー。小さくてすばしこくて見つかりにくいからって放火担当っていうのはちょっとなー。

 いや邪妖精インプの利点ってそうかもしれないけど。

 俺が火を点けるのは乙女のハート。このパリオーは恋の放火魔なんだ。本当の放火魔になったつもりは無いんだ。

 こんなとこ俺のファンには見せられないなー。


「おい? なんか燃えてるぞ?」


 流石に気づくよな。


「火を消せ! 早く!」


 させないよっと。

 人間ヒューマンは貴族中心に学校っていうので魔術を教えてるから魔術師は多い。実戦レベルで使えるほどに早い使い手ってのはほとんどいないけど。

 水系の魔術を使おうとしてる人間ヒューマンを見つけて、その身体を駆け昇って肩に立って頬をレイピアで切り裂く。


「ぎゃあぁあぁぁぁあ!?」

「なんだ!?」


 血の出る頬をを押さえて地面に転がる人間ヒューマンの魔術師。

 草の中を駆け回り、キョロキョロしてる他の人間ヒューマンの魔術師優先で頬や口に切りつける。

 改良型単分子製のレイピアは切れ味良すぎる。さっきなんて頬を突いたら貫通して歯茎にまで刺さって抜くのに苦労した。

 頬に刺さったレイピアを抜くのに、その男のこめかみ辺りを蹴りつけて引っこ抜いたりとか。


小妖精ピクシーだ! 草の中から小妖精ピクシーが襲ってくる!」


 じゃ、襲われたくなかったらケツまくって逃げちゃえよ。


「うわぁぁぁぁぁぁ!」

「そっちに行ったぞ!」

「目が! 目がぁぁあぁあ!」

「くそ! どこに隠れた?」


 トロい人間ヒューマン相手だから捕まることも無いけれど、非力な邪妖精インプなのでやり口が残酷になってしまう。

 あんまり殺すなって言われてもいるし。

 まぶたに鼻に口といった顔面を切り裂いては草に隠れるヒット&ウェイ。


「この!」


 おっと、危ない。兜をつけた騎士が俺に剣を振り下ろす。横にステップして回避。

 勢いがついて地面に先端の刺さった剣が目の前にあるので、ちょうど良いから剣の上に跳び乗ってそのまま鍔もとに駆け上がる。


「うお?」


 おっそいな。反応遅いぞ。

 剣の上を駆け上がるついでに、そいつの剣を持ってる手の親指を切り落として、鎧で守れない脇の下を切りながら腕の下をくぐり抜ける。


「俺の指があぁぁぁ!」


 早く拾って治癒術師にくっつけて貰えよー。無くすなよー

 馬車の周囲を駆け抜けて、消火活動の邪魔をする。水系の魔術を使おうとしてるのと、草原の地面を掘って土をかけて火を消そうとするのを見つけては、襲って怪我人を増やしていく。

 駆け抜けた後の背中の方から人間ヒューマンの悲鳴が怒声が聞こえる。


 まぁ、相手が人間ヒューマンだけだから俺ひとりでもこのくらいはできるけどさー。

 灰剣狼のマスコット。男くさくてむっさい灰剣狼の愛敬担当としては、こういう残酷なやり口の、弱い者イジメみたいなとこは女の子には見せられないなー。

 俺のファンが減ってしまうので。

 草の中をサササと走りつつ人間ヒューマンの膝の裏側を切ったりとか。

 身体を駆け上がって面防のスリットにレイピア差し込んで額を突いたりとか。

 もとの筋力が低いからそういうやり方になってしまう。なるべく殺さないようにすると、なおさら酷いことしてるみたいになっちまう。

 馬車にはけっこう火が回って燃えてきてるから、そろそろ諦めて逃げてくんないかなー。無駄な抵抗は無駄だから疲れるだろ。


「なんで小妖精ピクシーがいきなり襲ってくるんだ?」


 そりゃ、お前らがこんなとこでもたもたしてるからで。


「もう嫌だ! もう戦争は終わりだろう?」


 終わったっていうなら、なんでお前らは少ない食料取り合ってここで戦闘したりしてんの?


「亜人連合の残党狩りか?」


 さっさと大草原から出て行けば、お前ら襲う奴なんていないんだけど。


「嫌だっ! もう嫌だっ! 助けてくれっ!」


 俺だってヤだよ。こんな弱い者イジメみたいなことはさー。戦ってる気がしない。


「神様! 唯一神ユクロス様ー!」


 いやー、その人間ヒューマンの神様はなんの加護も無いことで有名なんだけど。

 もしかしたら人間ヒューマンは嘘つきじゃ無いのかもしれないな。

 ただ自分が口にしてることと、自分がしてることがズレてるってことが、解らないだけなのかも。


「そこだっ!」

「おおっと」


 なかなか鋭い突きが連続で来た。跳ねて避けて見てみると、突いてきたその長剣を持ってる女騎士と目が合った。


「よくもやってくれたな! 邪妖精インプ!」

「おやまぁ」


 柳眉を逆立てて睨んでいるのは銀髪振り乱す人間ヒューマンの女の騎士だ。なかなか可愛い。


「可愛い女の子がこんなとこで土と草に汚れて何やってんの?」

「愚弄するな!」


 両手持ちの長剣で切る突く凪ぐの連続攻撃。おー? なかなかやるじゃん? 他の奴らよりは腕が立つみたい。だけど軽い挨拶でそんなに怒らなくても。

 人間ヒューマンでも可愛い女の子だとやりにくいな。


「このちびすけが! ちょこまかと!」

「そのはしっこさが俺の持ち味」


 ビュンビュンビュンと長剣が俺を狙って振るわれる。燃える馬車の消火を諦めた奴らが俺と女騎士を囲むように包囲を作る。

 お、これはちょいと本気出さないとマズイか?


「もう逃げられんぞ!」

「いやいや、ここから逃げた方がいいのはお前らの方じゃ無いの?」


 肩で息する銀髪ちゃんが、息を調えるために離れて俺を睨む。回りはすっかり人間ヒューマンの騎士に囲まれた。

 とは言ってもこんな包囲は、俺なら簡単に抜け出せるけれど。

 あ、ドリンが言ってたか、人間ヒューマンが異種族にビビるようにしとけって。

 銀髪ちゃんが俺を見下ろして吠える。


「他に何匹の邪妖精インプがいる! お前の部隊の規模は!」

「ん? 俺がひとりでやったんだけど」

「ふざけるなよ! そんなはずが無い!」

「ちびすけの邪妖精インプひとりに好き勝手されたってのは認められないか?」


 今まで本気の邪妖精インプの相手をしたこと無いのか? 

 それならちょっと見せて、いや、魅せてあげようか。右手のレイピアは銀髪ちゃんに向けて剣先をクルクル回す。左手で両方の膝をパパンと叩いて眉間に触れる。


 身体に塗料で描いた紋様は支援系の強化。ただし効果時間長めで強化率は低い。今、使っているのはこっちの方。

 念のために描いておいたもうひとつの方は効果時間は短めで、その代わりに強化率は最大。

 銀髪ちゃんがじりっと近づいて、


「これが邪妖精インプ一匹でできることか!」

「わりと簡単にできるけど、邪妖精インプなら。そして本気を出せば、」


 俺様アレンジの強化率最大の刻印系統魔術の自己強化、こいつを今、


「俺には影も追いつけない」


 発動させる。




「ほい、動くなよ」


 俺は銀髪ちゃんの左肩の上に座って、銀髪ちゃんの左目にレイピアの剣先を突きつける。


「動いたら、これが目に刺さっちゃうから」

「な……、」


 銀髪ちゃんが絶句した直後。


「うわぁぁぁぁぁぁ!」

「鼻がぁ!」

「ぎゃあぁあぁぁぁあ!」


 銀髪ちゃんの左側の男3人が血の吹き出る顔を押さえて地面に転がる。顔なんで出血が派手に見えるか? 銀髪ちゃんが驚いた顔で目を見開いている。綺麗な紫の目。


「……なにを、した?」

「そう言うってことは見逃したのか? 説明すると俺を囲んでたそいつの身体を駆け昇って、ヘルムの顎紐と頬を切って、隣の男の肩にジャンプして鼻を切って、次の奴の頭に飛び乗って額を切ってから、銀髪ちゃんの肩に着地して座ったところ」


 3人の人間ヒューマンの男が顔を押さえて転がるのを見て、全員が硬直している。銀髪ちゃんが震えているのが座ってる肩から伝わってくる。

 素早いと評判の邪妖精インプが、俺がアレンジした刻印系統魔術を上乗せすればこんなもんだ。


「……そんな、バカな」

「ま、俺が本気出したらレイピアの残光しか見えないってんで、ついた渾名が褐色の閃光。この渾名はけっこう気に入ってるんだぜ」


 それなのにこれを見切るグランシアとかゼラファってなんなんだよ、あの戦闘狂は。あと逃げられないように面で範囲攻撃魔術してくるドリンとスーノサッド。そんなの相手に戦闘訓練してたから、この銀髪ちゃんの反応ってなんかひさびさだ。

 うん、近くで見るとそのビックリキョトンが可愛いね。


「銀髪ちゃんもなかなかやるけど、それじゃまだまだだ。邪妖精インプを侮り過ぎ」

「……侮ったのは、お前だちびすけ!」

「え?」


 銀髪ちゃんは両手で持ってた長剣から右手を離して、そのままの姿勢で右の拳で俺を殴ろうとする。

 女の子の顔は切りたくないので、慌ててレイピアを下ろして銀髪ちゃんの左肩を蹴って後方に跳ぶ。

 あっぶなー銀髪ちゃんの目を傷つけるとこだった。だけど左目を犠牲にしても殴りつけるとか、銀髪ちゃんも覚悟決め過ぎ。ヤケになって女の子が顔を傷物とかしちゃダメだって。


 後方に跳び退いて拳はかわしたものの、銀髪ちゃんは空中にいる俺を振り向き様に、左手1本で持った長剣で横凪ぎにキメようとする。

 度胸も良くて腕もある。その上可愛いときた。

 これはあとに残るケガもさせられないし、殺せないなー。

 空中で落下中の逃げられない状態の俺を追いかけて、銀髪ちゃんの長剣が迫る。

 右足を下から上に振り上げて、迫る長剣を下から蹴る。空中で踏ん張るところの無い軽い蹴りでは長剣の軌道は変えられないが、長剣の軌道の下に俺の身体を潜らせることは可能。

 仰け反った俺の身体の上を長剣がブンと通過する。

 長剣を蹴った反動で地面に落下。

 着地したら即ダッシュ。目標は銀髪ちゃんの左足。俺は左手の肘の内側で銀髪ちゃんの脚甲ソレレットの足首あたりに巻き付けるように抱え込む。


「よいしょっと」


 支援魔術の強化が効いてる間に、銀髪ちゃんの足を引いてバランスを崩して真上にジャンプ。銀髪ちゃんの左足を抱えたまま高々と。


「うあぁっ?」


 右足1本で立ち、左足を自分の頭より高く上げられた銀髪ちゃんは体勢を崩す。変則的な股割きのような姿勢。耐えきれず長剣を手離し倒れていく。

 ドサッと仰向けに倒れた銀髪ちゃんの胸鎧の上に俺はスタッと着地。ん、金属の鎧かー、残念。ふにっ、とはならない。

 ステップして起き上がる前の銀髪ちゃんの額に立つ。鼻の頭をレイピアで押さえて動くなよ、のサイン。


「ぐくっ」

「はい、動かないように。まわりのお前達も」


 額を踏みつけるってのはヒドいけど、こうでもしないとこの子止まらないみたいだし。レイピアを銀髪ちゃんの鼻にあてて、周りの奴等も牽制しとく。

 銀髪ちゃんが涙ぐんでるけど、かまわずに。


「悔しいんだろうけど、これが種族の差。人間ヒューマンが5万集まっても多種族連合軍1万に手も足も出なかったろ。それで悪魔を呼ぶってのはどうかしてるけど」

「あれは、亜人同盟の罠だと」

「なんだそれ?」


 また責任逃れにテキトーな話をばらまいてんのか人間ヒューマン


「銀髪ちゃんは、それを信じてる?」


 銀髪ちゃんは負けたのが悔しいのか、後頭部を打って痛いのか、紫の目からポロポロ涙が出てるけれど、歯を食いしばってなにも言わない。

 そんな銀髪ちゃんを見下ろして、


「それならあの黒い柱ができる直前に人間ヒューマンの軍が後方でやってた大規模集団魔術ってなんなんだよ?」


 俺達を見ていた騎士のひとりが、剣を地面に落として俺に応える。


「あれは、新型の魔術とかで俺たちは詳しいことは何も聞かされていない」

「グリスノンっ!」


 銀髪ちゃんがそのおっちゃんを止めようと声を上げる。おっちゃんは首を振る。


「お嬢、もういいでしょう。運ぶ物資も無くなったことだし。だいたい馬も無しで運べって命令ですがね、俺達を囮に逃げようって魂胆にいつまでもつきあう義理も無い。もう俺達の役目は終わってます」

「黙れグリスノンっ!」


 レイピアの腹で銀髪ちゃんの鼻の頭をペンペンする。


「銀髪ちゃんは少し静かにして。しかし、お前ら別の部隊を逃がす囮だったのか。それでもたもたしてたのか?」

「命令は物資をアルマルンガ王国に持ち帰ること、ということになってはいる。おい、お前らも武器を捨てろ」


 おっちゃんの言うことにまわりの奴らはポトポトと剣やら槍を地面に落とす。この銀髪ちゃん、どうも大事にされてるようだ。お嬢、とか言われてたし。この男は話ができそうだ。


「物資が燃えて無くなったから、もうその命令は無効だろ。それでお前らはこれからどうする?」

「このまま邪妖精インプの捕虜になるのか?」


 捕虜? そんなめんどうなことするわけ無いだろ。こっちは忙しいんだから。


「お嬢だけでも見逃してはもらえないか? 俺達はどうなってもいい」

「おー、男前なこと言うね。俺は馬車さえ燃やせばあんたらに用は無いんだ。だから捕虜にもしない。みんな好きにしたらいい、まずはケガ人の手当てをしたら?」


 足の下から銀髪ちゃんが聞いてくる。


「どういうことだ? 邪妖精インプ

「俺はこれから古代種エンシェントと悪魔退治で忙しいの。そのために大草原で暴れる人間ヒューマンが邪魔だからあの馬車燃やしたんだ」

「悪魔はお前達が召喚したんじゃ」

「本気でそれを信じてるのか?」


 銀髪ちゃんが再び黙る。うーん、どうやらバカな子では無いようだ。

 グリスノンとか呼ばれたおっちゃんが代わりに喋る。


「あれはアルマルンガ王国の魔術研究局の実験だろう。この実験の失敗をどうするつもりかまでは俺達は知らん。今のところは敵の罠だった、という話になってるが」

「多種族連合軍の方には、人間ヒューマンの軍に潜入した人間ヒューマンの悪魔崇拝者の仕業って、アルマルンガ王国軍の使者が言ってたぞ」


 その場しのぎであっちではこー言って、こっちではあー言って、そんなんだから何言ってんの人間ヒューマン? バカなの? って言われるんだろうに。


「これから大草原で古代種エンシェントが悪魔界に繋がる門を閉じて悪魔退治だ。人間ヒューマンの召喚したしるし付きの悪魔王を追い返さないとならない」


 悪魔王、と聞いてこの場の人間ヒューマン全員がザワリとする。


「悪魔王だと?」

「銀髪ちゃんも事の大きさが解った?」

「それが本当ならば、直ぐに王国に報告しなければ」

「それは止めといた方が身のためなんじゃないか?」

「どういうことだ?」


 こいつらは大草原の事情が解ってないから仕方ないか。ろくに状況も知らないままに置き去りにされてるみたいだし。さて、どう説明するか。めんどうだなー、説明するのも時間もかかるし。


「俺は俺でこれから仲間の援護に行かなきゃいけない。のんびり話してる暇は無いんだけど」

「何が起きてるのか教えてくれないか。悪魔が出てきてから上の連中はさっさと逃げて、この有り様だ。少しでも情報が欲しい。頼む」


 おっちゃんに頼まれた。うーん、おっちゃんをチョイチョイと手招きする。首を傾げておそるおそる近づいて来るおっちゃんに大事なことを聞いておくか。


「グリスノン、だっけ? さっきの男前なセリフが気に入った。お前がこの部隊の隊長?」

「いや、その、団長はさっきから貴君が踏んづけているお嬢で」


 あ、銀髪ちゃん、団長だったのか?

 見下ろすと銀髪ちゃんが赤い顔して俺を見上げてた。


「何か知っているなら全部話せ。そしていいかげんに私の額から下りろ!」

「銀髪ちゃん、俺から話を聞きたかったらもうちょっと可愛くお願いしてみたら?」

「こ、この、ちっちゃいくせに」


 まだ頭に血が上ってるのか? 俺は銀髪ちゃんの額に立ったまま鼻の頭をレイピアでペチペチして、今の俺達の関係を思い出してもらう。

 おっちゃんを見上げて大事な事を聞く。


「お前達はこの銀髪ちゃんを愛しているのか?」

「はぁ?」

「お前達の心に乙女への愛はあるのか?」

「あ、愛ぃ?」


 そう、愛。大事なのは愛だ。

 おっぱいも素敵だが、おっぱいとの触れ合いには愛が無いとさみしい。

 おっぱいとはただの肉の塊では無いのだ。

 そこには無限の慈悲と慈愛が詰まっている。

 胸に挟んだ俺を見る乙女の可愛い笑顔。

 恥ずかしそうに目をそらして頬を染めるのもいい。

 俺のいたずらを微笑んで受け止めてくれると、もうたまらない。

 アムレイヤのように女の武器として使うのもアリはアリだ。俺は乙女とおっぱいを愛している。

 だから俺をおっぱいで挟んでくれる乙女の為なら、俺は死ぬまで戦ってもいい。

 それが俺がアルムスオンと隠れ里の為に頑張る理由だ。だから、


「種族の違いとか関係無く、お前達の胸に乙女への愛があるのなら、俺の知ってることを教えてやる」


 グリスノンは膝を地面につけて、頭の高さを近づけて俺を見る。


「お嬢は大恩ある前団長の娘だ。何があっても守ると誓った。これで答になるか?」


 まわりの奴らもそれぞれ目を合わせると、頷いたり、そうだ、その通りだ、と口にしたりする。

 この銀髪ちゃん限定か、だが、それはそれで良しとするか。


「合格だ。お前らな、アルマルンガ王国に戻ったら死ぬかもな。あの王国はこれから無くなるぞ」

「なんだと?」

「悪魔王をアルムスオンに呼び込んだ人間ヒューマンを、古代種エンシェントが、多種族連合軍が許すと思うのか? 俺達は俺達の領域を守るためには戦うが、人間ヒューマンの領域に侵略はしない。だが今回は、アルムスオンに危機を招いた奴らを見逃すつもりは無いんだよ。これまでの戦争と同じように人間ヒューマンが引いて終わりにはできない。まだ戦争は終わってないんだ、悪魔騒ぎで中断しただけだ」


 絶句して無言になる人間ヒューマンを見て考える。

 俺はレイピアの汚れをハンカチで拭ってクルリと回して鞘に納める。

 ドリンが説得するって言ってた、もとエルフもどき。説明というか誘導というか洗脳というか、ドリンならどんなテを使ってもその通りにするだろう。

 それに実際のところドリンの案以外では対人間ヒューマンとの全面闘争は避けられない。だから、


「この先、アルマルンガ王国が滅亡するのは決定だ。しかし、それをするのが俺達多種族連合軍がするのか、人間ヒューマンが自ら行うのかで、未来が大きく変わる。今、この大草原はその分岐点にある」


 ちょっとマジメモードでカッコつけて話をする。こいつらの人間ヒューマンの王国への忠誠心がどれ程かは解らないが、こいつらを、もとエルフもどきと合流させるのはアリか?


「銀髪ちゃん、戦争を終わらせて人間ヒューマンという種族の未来を救おうという気はあるか? それとも第2の豚鬼オークのように、人間ヒューマンがアルムスオンからいなくなる未来を望むのか?」


 腕を組んで額の上から見下ろす。銀髪ちゃんは驚いているし、動揺している。それでも銀髪ちゃんは1度深く呼吸してから、紫の目が俺を睨むように、


「そこに私の部下を、父の残した団を救う方法はあるのか? この混乱する状況から抜け出すすべはあるのか?」

「このまま滅亡するアルマルンガ王国に戻るよりは、遥かにマシだろうよ」

「ならばその、戦争を終わらせる方法を教えろ。いや、教えてください。お願いします」


 丁寧に言い直してお願いしてきた。それなら応えてやらないと、可愛い銀髪ちゃんのお願いだし。

 銀髪ちゃんのおでこから降りる前に、


「ずっと踏みつけにしててごめんな」


 膝をついて銀髪ちゃんのまぶたにチュッとキスをする。


「俺の知るこの大草原の状況を教えよう。そのあとどうするかは、お前達でよく考えて決めろよ」

 

 もとエルフもどきとこの銀髪ちゃんの騎士団が合流して、人間ヒューマンの王国を断罪させる組織の中核に、と、上手くいくかな?

 ドリンの案だと、もと山賊の罪人というエルフもどきが頭となる予定、なんだけど。

 大草原の人間ヒューマンに悪魔の魂が憑いてバラけないように、ひとつ所に纏めるためにも、銀髪ちゃんに手伝ってもらおうかな。

 

 さて、さっさと終わらしてカゲン達の援護に行かないと、俺がカッコ良く活躍するとこが無くなりそうだ。

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