第74話◇パリオー主役回◇褐色の閃光 前編

◇◇部隊パーティ灰剣狼のひとり、小妖精ピクシー亜種邪妖精インプ、パリオーの視点になります◇◇


「わっほーーーい!」


 テンション上がって思わず叫ぶ。ネオールが腹につけたバッグから顔を出して下を見る。

 雲に届きそうなこの高度にこの速度、さっすが鷹人イーグルス、大草原を遥か上空から見下ろすこの絶景。小妖精ピクシーでもこの高度を飛べるってのはまずいないだろ。

 これからしょーもない放火じゃなけりゃ気分最高の空中散歩だ。

 雲の高さをスイスイ飛べるってのはやっぱスゲェ。

 全てを見下ろす視点、人間ヒューマンが大草原に彷徨くのが、犬とか猫の毛の中に蠢くダニのようにも見える。


「パリオー、あんまり乗り出すなよ」

「大丈夫だって、ネオール。しっかし凄い景色だなコレ。小妖精ピクシー限定だけど、ネオール、遊覧飛行で客がとれるぞ」

「かなり頑張れば小人ハーフリングも持てるぞ」

「今回、鷹人イーグルス大活躍じゃないかよ、ネオール?」

「代わりに戦闘とか力仕事はイマイチだけどな、俺」

「そりゃ欲張りってもんだ。そっちの活躍どころは他の種族に譲ってやれって。それ言い出したら小妖精ピクシーの中で魔術へたっぴで、羽も無くて空も飛べない邪妖精インプの俺はどーすりゃいいってんだよ」

「それこそなに言ってんだ。隠れ里の戦闘訓練で始めて知ったけど、パリオーがあんなに強いなんてのは」

「すばしこいだけで攻撃力無いから、地下迷宮の対魔獣戦じゃあんま役に立たないけどなー。それに俺は灰剣狼のマスコットが役目だし」


 ネオールとお喋りしながら、空から地上を眺める。ほんとにいい景色だ。これで地上で人間ヒューマンと悪魔が暴れてなけりゃ言うことは無いんだがなー。

 あちこちで逃げてたり追っかけてたり火をつけたり死体の身ぐるみ剥いでたりとか。

 まぁ人間ヒューマンだから仕方ないか?

 ネオールも地上を見下ろして、


「ドリンの目論み通りになるのか? これ見てると上手く行く気がしないんだが」

「なんとかなるんじゃ無いか? もしくは隠れ里みたく、俺達でなんとかしてやるとかさ」


 人間ヒューマンの共食い体制の確立ね。ドリンもよくもまぁあんな、同族殺ししないと世界の敵だ、全面闘争にするぞーと脅すようなこと思い付くもんだ。

 ネオールはため息ついて、


「上手くいったらいったで、人間ヒューマンは悲惨なことになるのか」

「俺はそれでいいと思うけど。どっちかが全滅するまで殺しあうなんてーのよりはずっといい。もともと嫌われてる人間ヒューマンが、これで1部でも俺達と仲良くできるってなりゃ、ノクラーソンもちっとは喜ぶだろ」

「ノクラーソンねぇ。あいつはほんとに人間ヒューマンなのか?」

人間ヒューマンにも、あーいうのがいるってゆーのは救いなんじゃね?」


 なーんかノクラーソンも昼は元気に仕事してるけど、夜にはやたらと酒飲んでて鬱々してるって、お付きの白蛇女メリュジンが心配してたしなー。


「俺、隠れ里でノクラーソンと飲んで愚痴を聞いてたんだけどさー」

「パリオーにしろシャララにしろ、そういうとこマメだよな。小妖精ピクシーって」

「そこができるのが小妖精ピクシーの人気の秘密なんだぜー」


 明るく元気で可愛いお喋り大好き種族の小妖精ピクシー。魔術は得意でも種族的に直接攻撃魔術は苦手な種族だったりする。

 で、他の種族に守ってもらおうなんてちゃっかりしてるんだけど、非力でちっちゃいことを利点とするならそういうことになるわけだ。

 それが芸人気質とか言われたりするけれど、持ち前の愛嬌で他の種族よりはお悩み相談役になることも多かったりする。

 小妖精ピクシー相手には話しやすいって言ってくれる奴も多いし。

 内気な奴のラブレターを小妖精ピクシーが代わりに運ぶってサービスが流行したこともあったっけ。

 で、隠れ里の人間ヒューマン、ノクラーソンのことなんだけど。


「ノクラーソンなー。あいつマジメ過ぎてけっこうキてるわ」

「あの隠れ里で人間ヒューマンはノクラーソンひとりだから、ストレスもあるか?」

「んーどうだろ? 逆にひとりだからまだマシなんかも。今のノクラーソンが人間ヒューマンと顔を会わせたら、ノクラーソンの耐久説教マラソン大会だ。他の人間ヒューマンがバカに見えて我慢ならないみたい」

「なんで他の人間ヒューマンにはノクラーソンのおもしろいところが解らんのかな?」

「それが解らんから追い出したんだろ? そのノクラーソンが深酒して悪酔いしてボロボロ泣きながら言うんだよ。『人間ヒューマンはいったいどうすればいいんだ? どうすればこの世界で他の種族に恨まれずに生きていけるんだー?』って」


 ネオールが、あー、と疲れた声を出す。


「なんだかなぁ。昔の徴税所の所長のときのノクラーソンは、査定にがめつい人間ヒューマンだ、ぐらいにしか思って無かったのに」

「俺も。そのノクラーソンが長々と徴税所で働いてたのって、もとのマジメさもあるんだろうけど、異種族の探索者が気にいってたんだろうなぁ」


 ほぼ毎日、異種族の探索者を相手にするわけだし。人間ヒューマン以外の種族を亜人と蔑む人間ヒューマンにしては、ノクラーソンはもとから異端だったんだ。

 あいつ異種族の探索者が好きだったんだ。

 そして今は人間ヒューマンと他の種族の共存に悩んで、いい方法が見つからなくて嘆いている。

 そんなノクラーソンを見ていれば、俺達も人間ヒューマンとの関係なんてものを考えたりする。

 ドリンの思惑までは解らんけど、サーラントは襲われてる弱い人間ヒューマンを助けてやりたいみたいだし。


「もうどっかの町で町長でもやればいいんだノクラーソンは。それで人間ヒューマンと他の種族が共存できる町とか作ればいいんだ」

「お? ネオール。そのアイディアいいんじゃないか? ドリンが親エルフ派の人間ヒューマンの傀儡国家を立ち上げるっていうなら、その国の村か町をノクラーソンに仕切ってもらおう。うん、そりゃいい」


 ノクラーソンみたいな人間ヒューマンは珍しいんだろうけど。

 でも今の大草原で喚いて暴れてる人間ヒューマンの中にも、探せばノクラーソンみたいな奴がいるのかもな。

 そんな人間ヒューマンとこれから仲良くしようとするなら。


「今回の大草原での人間ヒューマンの不始末を早いとこ上手いこと片をつけないと、全面戦争になっちまう」

人間ヒューマン皆殺しにした方がアルムスオンは平和になるって言うのも多いからなぁ」

「それも解るけどなー。でも豚鬼オークがいなくなったことで、人間ヒューマンの天敵がひとついなくなったことで人間ヒューマンの人口増加が加速したんだろ? だったら人間ヒューマンが完全にいなくなったら、これはどんな問題が出てくんのかな?」

「どうなんだろ? 俺にはさっぱり解らんけど。人間ヒューマンがいない方がいいって理屈は解るけど、人間ヒューマンがいなくなったら困るって事態が想像できん」

「いやー。俺にもぜんっぜん解らんけど? 実際にいなくなって何十年とか百何十年とか経てば解るのかもしれないけどなー。そのときは既にいなくなってて取り返しつかないって事態なんだろうし」


 どんな奴でもいないよりはいた方が賑やかでいいんじゃないか? こっちが予想できないバカなことをするってことでは人間ヒューマンに勝る種族はいないし。

 後先考えずに悲惨なことやらかして、後始末なんてできないから誰かやっといてー、なんて泣き言いう種族はアルムスオンには人間ヒューマンしかいないし。

 そこまで捨て身のギャグをかませる奴らなんて、いなくなったら清々するだろうけど、それはそれでさみしいだろ。

 見守る加護神がいないとあーなるんだろか? 種族を見守る神に、恥ずかしいとこや情けないとこ見せたくないって、考えないようになるんだろか?

 でも加護神のいない黒浮種フロートは違うし。考え事してるとネオールが、


「そろそろ到着するぞ」

「お、じゃ準備するか」


 ネオールのバッグの中に潜りこんでリュックを背負ってベルトを締める。準備なんてこれだけだけど。再び顔を出して大草原を見下ろすと、


「なんだありゃ?」


 壊れた馬車から散乱した荷を奪いあって人間ヒューマンが群れていた。

 バッグから出した望遠鏡――なんと小妖精ピクシーサイズ! ドルフ帝国製、あの国のテクノロジスもすげーな――で地上を見る。

 戦闘というか奪いあいの殺しあい。袋を掴んで走ろうとした奴が後ろから槍で刺されたり、既に死んでることに気がついてなくて、馬乗りになって逆手に持ったナイフで死体をメッタ刺しにしてたりと。

 うーわ、食料が大量に必要で食事の加護の無い種族は悲惨だなー。

 小妖精ピクシーなら花の咲いてるところで祈れば1日の食事は足りるし、1日で必要な分量だって少ない。

 飢えに悩むことなんてまず無い。

 飛びながら見下ろすネオールが口にする。


「俺達も神の加護が無ければ、ああなるんかな?」

「それはどうだろ? 神の加護の食事だとメニューが代わり映えしないから、邪妖精インプでも食事を楽しむために他の種族と共同で畑を作ったり、料理を研究してるのがいたりするし。それに加護神に頼りっぱなしは良くないってて方が多いだろ」


 それでエルフとドワーフが作り過ぎたのを人間ヒューマンに売ってたら、それはそれで別の問題になるし。

 野良にエサを上げたらいけませんってのは、人間ヒューマンが教えてくれたようなもんだ。

 壊れた馬車のその先の方には、無事な6台の馬車。ただし馬は逃げてて1匹もいない。人間ヒューマンが手で引いたり押したりして、えっちらおっちら移動している。騎士らしいのも徒歩で回りに歩いている。

 あの積み荷を持って帰ろうとしてるのと、襲って奪おうとしてるのがいるってことか。


「前に見たときより数は減ってるか。3分の1くらいになってる。馬もいないし」

「ふーん。ただの逃げ遅れが食い物取り合ってるだけか」


 ここは召喚が行われた界門からは離れている。界門まわりの方に悪魔が集まっているらしく、見える範囲に下位悪魔はいない。


「じゃ、行ってくるか。ケンカの原因取り上げて燃やして無くしてくるか」


 そうすればあいつらもさっさと国に逃げ帰れるだろ。またはドリンに唆された、もとエルフもどきと合流するのかもな。


「空の旅ってのはいいもんだ。ネオール、また俺を乗っけてくれよ」


 言ってネオールを見ると不安そうな顔で俺を見てる。


「パリオー、ほんとにここから落として大丈夫なのかよ?」

「あれ? ネオールは知らないのか? 邪妖精インプは羽根の無い小妖精ピクシーで空を飛べないけど、その代わりの神の加護があるんだぜ? どんな高いとこから落ちても無傷だ。せっかくだから高いとこから落としてくれ」

「デタラメだな。邪妖精インプの加護って」

「あのなー、この高さをスイスイ飛べるって鷹人イーグルスの加護も大概だと俺は思うぞ?」

「そういうもんか?」

「ネオールが飛べるのが当たり前ってのと同じで、俺が高いとこから落ちてもダメージが無いのも当たり前だ。じゃ、行ってくる。終わったら界門に向かうからそっちで合流な」

人間ヒューマンにやられるなよパリオー」

「誰に言ってる? この褐色の閃光を止められるのは乙女の愛だけだぜ」


 ネオールのバッグからリュックひとつ背負って飛び降りる。

 上空約1500メートルから混沌とした大草原に大落下だ。ひゃっほい。


「いーーやっはーーーー!」

 

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