第73話◇この窮地を好機と変えるには?


 ネオールの発言に場が沈黙する。俺も一瞬呆気にとられた。さすが人間ヒューマンというところか。これはあいつらの精神攻撃の1種なんだろうか。

 あまりのバカバカしさに疲労を感じるという種類の。訳が解らない。正気を疑うという類いのおかしな言い訳。

 俺が切り出そうとすると、ラァちゃんに先を越された。ラァちゃんはちょっと優しげな声で言う。


「のぉ、ネオールよ?」

「なんだい、ラァちゃん?」

「その悪魔の召喚術。使った魔術陣形の規模はいかばかりかや? かなりの大きさになったのではないのかや?」

「そうだな。だいたい直径で10メートルってとこだったな」

「ほぉ、その規模の儀式構成の集団魔術ともなれば、人数も必要であろうの?」

「魔術陣形で呪文を唱えていたのが、20人くらいだったかな? その補佐をしてるのが回りでウロチョロしてるのも入れると、全部で40人くらいで、それを護衛する兵士と騎士もいたっけ」

「ほほぉ、それをネオールはどうやって見つけたのかの?」

「青い光が見えたから気になって、そこに近づいて。その光は魔術陣形に組み込まれてた巨大魔晶石の光だったんだけど、かなり遠くからでも見えたんで」

「なるほどのお。人間ヒューマンの軍に潜り込んだ悪魔崇拝者が、こそこそと見つからないように直径10メートルの魔術陣形を大草原に作って?」

「その魔術陣形の回りを人間ヒューマンの軍がガッチリ守ってたけどな」

「その悪魔崇拝者が人間ヒューマンには見つからないように隠れて? 40人規模の集団魔術をじっくり時間をかけて? 遠くからでも見える青い光をピカピカ放ちながら?」

「えぇと、ことが起きるまで、誰も悪魔崇拝者のすることに気がつかなかった、と人間ヒューマンの使者はそう言ってた」


 半目になったラァちゃんがネオールを見据える。可哀想にネオールは額に冷や汗をダラダラと浮かべて、起立直立したまま硬直している。背中の翼だけが落ち着かないようにワサワサしてる。


「のぉ、ネオールよ?」

「なんだい、ラァちゃん?」

「それはこのラァを、コケにしておるのかえ?」


 ラァちゃんの8枚の羽根が、ネオールと話してる途中から赤と黄色に色を変えながら点滅して、今は光を放っている。ラァちゃんが乗ってるテーブルがビリビリと振動している。ラァちゃんの怒りがぶり返した。あー、またかー。


「待った! ラァちゃん待って! 俺が言ったんじゃないからな? 言ったのは人間ヒューマンの使者だからな? あれに人間ヒューマンが気がつかないわけないだろ! これを聞いた奴は全員、は? 人間ヒューマンなに言ってんの? バカなの? 頭おかしいの? って言うし! 人間ヒューマンがまた責任逃れにテキトー言ってるだけだから!」


 ネオールが必死にラァちゃんを宥めようとする。

 せっかく鎮まってたラァちゃんの怒りが復活した。テーブルにいた小妖精ピクシー達とノスフィールゼロは威圧されて硬直してしまってる。

 なんとか動けるシャララと蝶妖精フェアリー族長ソミファーラがラァちゃんにハーブティーを運ぼうとしてるが、ビリビリと振動するテーブルの上で全部こぼれてしまってる。

 パリオーだけがいち早くテーブルから飛び降りて、テーブルの下に逃げている。

 このままだと震えるテーブルが割れそうだ。なんとかしないと。


「あの、ラァちゃん? あのな、カゲンの尻尾はな、灰色のところより裏側の白いところが毛が細くて柔らかいんだ、知ってたか?」

「なんと?」

「ドリンお前!」

「おぉ、ふぅわふわなのよ、白いのよ、なんとやわいのよぅ」

「ぐぉうおうっ」

「兄貴ー!」


 ラァちゃんのことはカゲンに任せて、と。

 これからやることは決まってる。界門を完全に閉じてアルムスオンに来た悪魔を全て追い返す。

 そのための方法。

 窮地こそ好機と言ってたじーちゃん。それは窮地をどうにかする機転と魔術に自信があったじーちゃんだから言ってた言葉。

 ピンチを楽しむ性格っていうのもあったんだろうけど、俺はまだまだじーちゃんの域には達しては無いか。

 だが、それでも、

 この状況っていうのは使えるか?


「クワンスロゥ」


 背高ハイエルフ、神聖森警護団、団長に呼びかける。


「なんだ?」

「捕らえたエルフもどきはどうしている?」

「丁重に扱え、ということで聞くだけ聞いたら飯も食わせて好きにさせている。それが気にいったか逃げ出す者もいない。そのせいで食料が減っていく」

「どういう奴等か解ったのか? なぜ付け耳と覆面なんぞつけられて隠れ開拓村を襲っていたのか」

人間ヒューマン領域で山賊をしていて捕らえられたという奴等だ。同族を襲って暮らすなど共食いとしか思えんが。捕らえられた後は人間ヒューマンの国に利用されたという」

「なるほど。もともと人間ヒューマンを襲うことに慣れてて、それを使われたのか」


 人間ヒューマンの異種族への戦意高揚に使い捨てにされた、もと山賊の人間ヒューマンのエルフもどき。


「そいつらを使って計画の前倒しといこうか」

「なにか思いついたか?」


 問いかけるサーラントを横目で見上げる。


「思いついたが、協力してくれる奴等が必要だ。まずはディレンドン王女、レスティル=サハ、ミトル」


 ドワーフ王国第二王女、グレイエルフ族長、ドルフ帝国の小人ハーフリング

 みんな真剣な表情で頷く。


「ドワーフ王国とエルフ同盟とドルフ帝国にお願いしたい。これはアルムスオンの危機なので協力して欲しい。大草原の人間ヒューマンを一ヶ所に集めるんだ。下位の悪魔を倒してもその魂が他の人間ヒューマンに憑依するなら、散らばった人間ヒューマンをどうにか集めないといつまでも終わらないぞ。ラァちゃんに送還してもらうにしてもラァちゃんの負担を減らさないと」


 ディレンドン王女が立ち上がる。


「すでにお父様には援軍を要請していますわ。トンネル工事は開通後の仕上げを一時中断、職人技術集団『穴堀一徹』から臨時の戦士団を編成してすぐに行けますわよ」


 なんだかワクワクしてるんだけど、このドワーフの王女様。

 エルフの方は? レスティル=サハは?


「森の方から大草原中央に追いやるようにして、進めるか。かなりの人員が必要になる。対悪魔戦もあるから腕の立つ者でなければならんか。クワンスロゥとエイルトロン、頼めるか?」

「やるしかないでしょう。悪魔が出たら無理はしないで、人間ヒューマンを集めるのが目的ですね?」

「それならばなんとかなるだろう」


 ふむ、でドルフ帝国は? ミトルが、


「シュトール王子に伝言しましょう。エルフ同盟の戦力と合同で人間ヒューマンを包囲して一ヶ所に集めるようにする、と」


 これで散らばる人間ヒューマンと下位の悪魔を集められるといいんだが。


「次にカゲンとヤーゲン。サポートに魔術師が必要か、アムレイヤ、いいか? 3人はラァちゃんのサポートだ。ラァちゃんを界門まで送るんだ。人間ヒューマンが邪魔するようなら叩き潰せ。古代種エンシェントのラァちゃんには悪魔以外に手は出させないようにしてくれ」


 ぐったりしたカゲンはテーブルに突っ伏してて、代わりにアムレイヤが聞いてくる。


「私達3人だけで?」

「他の面子はやることやったらラァちゃんの援護に回る。次にパリオー、火付けセットは持って来てるな?」


 テーブルの上に戻ったパリオーが少し嫌そうに。


「マルーン西区で使った奴なら持って来てる。だけどまた放火か? 大草原に火をつけるのか?」

「まさか。ネオールに運んでもらって人間ヒューマンの逃げ遅れた輜重隊。その荷物を燃やしてしまえ。食料奪い合って争うくらいなら、ケンカの原因を取り上げてしまえ」

「そういうことか、解った」

「ローゼットの部隊には猫娘衆と灰剣狼を運んで欲しい」

「わかった。シャララに聞いてたけど、本当に美人揃いだな猫娘衆は。背に乗せられるとは光栄だ。人馬セントールの機動力を見せようじゃないか。もと激駆隊の隊員もセルバンに頼んでこっちにまわしてもらおう」

「で、ネオールは助けられそうな人間ヒューマンを見つけたらローゼットに伝えてくれ」

「俺にできるのは飛んで見つけることだからな。了解」

「そしてグランシアとシャララとスーノサッドには頼みがある」

「ここで改めて頼みってなんだい? ドリン」

「狂乱した人間ヒューマンに徹底的に恐怖を刻み込め。骨の髄までたっぷりと。2度と異種族相手に戦う気を無くすぐらいに。その上で、あまり殺さないように」

「それはまた無茶を言う」

「今後の為に必要なんだよ」


 スーノサッドが慌てて言う。


「いや、グランシアとシャララの合体技ならそういうこともできるだろうけど、俺には無理だぞ」

「何言ってるスーノサッド。専用の魔力補充回路が完成したっていうのに。あっとそれだ。シュドバイルこれ頼む」


 包みをシュドバイルに渡す。


「ドリン、これはなに?」

「スーノサッドの魔力補充回路作るのにグローブを白蛇女メリュジンに頼んだら、みんなで魔術先生を素敵にコーディネートするって盛り上がったんだよ。その包みの中のグローブとマントは白蛇女メリュジンみんなで刺繍してある。シュドバイルが最後の1針入れたら完成なんだと。できたらスーノサッドに渡してくれ」

「わかったわ。すぐに仕上げる」


 シュドバイルがスーノサッドににこりと微笑む。


「俺をコーディネート? なんでそんなことになってる?」

「魔術先生スーノサッドへのお礼の気持ちって言ってたぞ。で、ガディルンノはスーノサッドが魔力酔いしないようにサポートして欲しい」

「おう。臨時の即席コンビじゃな」

「エルカポラは万一、古代魔術鎧アンティーク・ギアが出てきたときには頼む」

「解りましたぞ。ローゼットの隊の軽カノンは隠れ里に置いてきましたからな。出番があるかと秘密兵器は用意してきましたぞ」

「カームとゼラファとネスファは、人間ヒューマンを襲う人間ヒューマンを見つけたところから潰していってくれ。徹底的に。怪我人は増やして死人は少なくして」

「解った」

「いいだろう」

「えーと、私は相手が人間ヒューマンでもあんまり非道いことはできないかな」

「ネスファは優しいな」


 復活したカゲンが聞いてくる。


「俺達がすることは解ったが、ドリンとサーラントは何をするんだ?」

「俺はもとエルフもどきの人間ヒューマンを説得してくる」

「説得?」

「本当は俺とサーラントとシャララで助けた人間ヒューマンの親子。その兄と妹のふたりの子供をじっくりと教育して、親エルフ派の人間ヒューマンの盟主に育てあげるつもりだったんだが。状況の方を人間ヒューマンの軍が作ってくれたからこれを利用しよう」

「ドリンが何を言ってるのか、いまいち解らんのだが」

人間ヒューマンを集めるにはその旗頭が必要だろう。それは人間ヒューマンにやってもらうしかない。もとエルフもどきにそれをしてもらうということだ」

「集めた人間ヒューマンになにかさせるつもりなのか?」

「目的は悪魔退治なんだが、理由があれば人間ヒューマンも集まりやすいだろうよ。人間ヒューマンが戦争の戦力のひとつに悪魔を使おうとしたのは確定だ。これで人間ヒューマンはアルムスオンの全種族に古代種エンシェントを敵に回したも同然。だがそのために人間ヒューマン人間ヒューマン以外の種族との全面闘争という泥沼は避けたいところだ」

「ドリンの言いたいことも解るが、今回の人間ヒューマンのしたことを野放しにはできんぞ」

「カゲンの言うことももっともだ。おそらくその意見の方が多いだろう。だが人間ヒューマンが、自ら悪魔を召喚した人間ヒューマンを断罪するなら、筋は通る。悪魔を呼んだ者を倒すというなら、俺達はその人間ヒューマンには手を貸してもいい」

「エルフもどきにそれをさせようって言うのか?」


「もともとは親エルフ派の人間ヒューマンの傀儡政権国家を立ち上げて、人間ヒューマン同士で戦争してもらうつもりだったんだが。今、大草原に餓えた人間ヒューマンが数だけはいる。それをもとエルフもどきにはまとめてもらって、アルマルンガ王国の町のひとつでも奪ってもらおうか。人間ヒューマンの人口調整は本来、人間ヒューマンの問題なんだ。それに付き合わされて千年、もういいだろうよ」


 静かになった皆を見渡す。


「エルフもどきは山賊で、人間ヒューマンを襲うのに慣れてるっていうなら武器と食料を援助して、人間ヒューマンの国を襲ってもらおうか。住む土地が、農地が欲しいというなら、異種族を襲って奪うよりも同じ人間ヒューマンから奪う方が簡単だってことを教えてやるんだ。そのためにも今回は、異種族を相手に戦っても敵わないことを人間ヒューマンに教えてやろう。そのあとは人間ヒューマン同士で土地を奪い合って戦争して人口調整してもらおうじゃないか」


 ん? みんなちょっと引いてる? かまわずに続けて。


「そのためにも今回、襲われる人間ヒューマンを俺達で守ってやろうじゃないか。人間ヒューマンを襲うのはアルマルンガ王国の人間ヒューマンの兵。助けるのは俺達、人間ヒューマン以外の種族。悪魔を召喚したのはアルマルンガ王国で、これから界門を閉ざして悪魔を送還するのは古代種エンシェント。これで人間ヒューマンが自らアルマルンガ王国を断罪しなければ、人間ヒューマンという種族全てがこの世界の敵だ。そこに人間ヒューマンを追い込んで人間ヒューマン人間ヒューマンを戦わせてやれ。そして人間ヒューマンには、人間ヒューマンの過ちを正す機会を、1度与えてやろうじゃないか」


 俺が案を説明すると、みんながドン引きだった。なんでだ? くだらない戦争を終わらせるいい案じゃないか?

 レスティル=サハが腕を組む。


「言ってることは非道だが、確かに人間ヒューマンが共食いすれば問題は片付くのか」

人間ヒューマンの侵略欲が人間ヒューマンに向けば、百年おきの戦争も無くなり、人間ヒューマンをその領域に閉じ込めることも可能、ですか。共食い推奨とは非道ですが」


 ディレンドン王女も追従する。みんながザワザワと俺の案について話をする。

 非道い非道い言うけどな、先に非道いことしてきたのは人間ヒューマンだからな?


「今の案は今後こうなったらいいなっていうついでのものだからな。確認するけど、第1目標は界門の完全閉鎖。第2目標は全悪魔の送還だ。その際、悪魔王を発見したらすぐに逃げてラァちゃんに報告だ。ラァちゃん、それでいいか?」

「うむ、ではすぐにでも界門に向かうかや」


 カゲンが待ったをかける。


「ドリン、悪魔王の狙いはなんだ? 何故姿を隠す? まだ大草原にいるのか?」

「それが解るほど悪魔の事情に詳しくないから全然解らん。界門と悪魔王についてはラァちゃんにお願いするしか無い」


 5千年前の暗黒期、そこで起きた悪魔との戦い。だが敗北したという悪魔が全滅したのでは無く、悪魔界という異界で今も生きている。

 過去の戦いの決着に悪魔王と古代種エンシェントの間に、なにか約束か約定でもあったのではないだろうか。

 そう考えると、召喚された悪魔王が界門を閉じようという行動も、そこに理由があるのかもしれなき。

 これはラァちゃんの為にも、ここで口にはできないか。


「ともかく、全員で大草原の下位悪魔の掃除といこう。俺はエルフもどきに説明して説得してくる。あいつらが命の恩人の為に働く殊勝な奴等ならいいけど。そのあとはサーラント」

「俺とドリンで下位悪魔を潰してまわればいいのだな?」

「壁のある地下迷宮じゃないから、存分に駆け回っていいが息切れするなよ」

「誰に言ってる。俺が息切れするよりドリンが魔力切れする方が早い」

「再調整した魔力補充回路に、魔晶石をたっぷりと用意してるんだが?」

「また酔っぱらったら殴り倒してやるか」

「そうしてくれ。作戦の流れは説明したとおりで、指揮は激流姫ディレンドン王女。よろしく」

「……え? わたくし?」


 いきなりの指名で驚くドワーフ王国のディレンドン王女。


「多種族連合軍のシュトール王子と共同で、ひとつよろしく。俺とサーラントは下位悪魔潰しながら悪魔王を探すから」


 サーラントが頷いて、


「なるほど、緊急時には会議制のエルフよりも、多少強引にでも決めて進むリーダーがいた方が早いか」

「ディレンドン王女が指揮してまわりがサポートすれば上手くいくんじゃないか? ということで」

「わかりましたわ! みなさんよろしくお願いいたします!」


 赤いドレスを翻し、ディレンドン王女がバッと手を振る。金髪を靡かせ、チャーミングな金の口髭震わせて号令する。


「大草原悪魔掃討作戦、開始ですわ!」


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