第72話◇いにしえの暗黒期の真実の片鱗


 ネオールの説明で現状がだいたい解った。サーラントが何をしたいかってのも解った。わからんのは人間ヒューマンが何をしたいのかだ。


「悪魔ってのは想定外だが、大草原全域が混乱して混沌としてる中で、弱い奴等がいたぶられてるのを止めたいというのがサーラントの望み、か」

「まぁ、それもあるが、大草原を荒らされることを止めねばならん。それに戦争がうやむやに終わった今は、今後の為にも人間ヒューマンの無駄な死者は増やさん方がいいのだろう、ドリン?」


 サーラントの言うことにみんなが首を傾げる。

 人間ヒューマンを殺すための戦争が中途半端に2日目で終わり、生きているのが多い。

 その人間ヒューマンが大草原をあちらこちらに迷走して、その中には下位悪魔がいたりする。

 だったら人間ヒューマンは殺した方がいいんじゃない? という空気の中で、無駄な死者は増やさない方がいいというサーラントの言葉は疑問を感じるか。

 今後の策、そのための案はサーラントには話したが、他の奴等にはまだ話してないからな。

 まじめな話だから俺の頭の上のノスフィールゼロにはちょっと下りてもらって。両手で持ってテーブルの上に座らせる。


「まずは悪魔だ。ネオールの説明で下位悪魔がかなりの数がいるってのは解った。だが集団魔術の規模から見て、下位だけということは無いだろう。上位以上の悪魔が召喚されてるのは間違い無い。そうだろう? ラァちゃん」

「そぅ、よの」

「ラァちゃんとしては悪魔の知識なんて俺達に教えたく無いのかもしれないけれど、ことがことだけにそういう訳にもいかんだろ。今から話すことは俺の推測で、間違ってたらラァちゃんに訂正してもらう」

「それならラァも話しやすかろうと? 気を使わせるのう」


 悪魔の知識なんてものは禁忌だろう。広まった情報はどこで誰に利用されるか解らない。ラァちゃんが慎重になるのも仕方ない。


「御先祖様に頼りっぱなしの情けない子孫ではいたくないからな。さて下位の悪魔は知能が低く、話ができる知恵があるのが上位以上、という大雑把なのが悪魔の分け方なんだが。今回の人間ヒューマンの集団魔術で上位の悪魔が召喚された、とする。今、大草原にいるのはそのついでに付いてきた下位悪魔の群れ、なんじゃないかと」

「その上位の悪魔はどこにいる?」

「サーラント、それがすぐに解ったら俺達は困っていない。上位悪魔が暴れてるってのは脅威だが、その脅威がそこにあると解れば、そいつを倒して終わりにできる。今の1番の脅威は、身を隠している上位悪魔の居所が解らないことだ」

「なぜ上位悪魔が身を隠す必要がある? 悪魔がアルムスオンに顕れたならば、召喚者に従うか暴れるだけではないのか?」

「下位の悪魔が召喚されたならばそうなるって話だな。しかし、それは召喚したあとの従属まで成功したとき。さっきグランシアが言ってたろ、自分の身を贄にした悪魔崇拝者。従属を諦めて召喚するだけ、という自滅攻撃手段というのも悪魔の召喚の系統にはあるわけだ」

「ハタ迷惑なことだ」


 後先を考えない手段であり、実に人間ヒューマンらしい手口でもある。


「精霊の召喚の系統、神獣の召喚の系統にも似たような手法はある。どちらも召喚して従属までが大事なんだが、従属不可能な精霊を召喚して好きなだけ暴れさせる。そのあと用が済んだら、殴って黙らせてから送還するっていう精霊の召喚の系統の使いかたをする魔術師がいる」


 じーちゃんと同じ部隊パーティにいた精霊魔術師のことなんだが。


「今回の悪魔の召喚で呼ばれた上位悪魔が、人間ヒューマンの従属に抵抗して逃げたのではないか、というのがひとつめの推理」

「なるほど、悪魔の召喚には成功したものの従えることができずに失敗。今の状況には沿っているか」

「おいそれって、上位悪魔がどこに逃げたか解らないってことか?」


 ネオールが青い顔をする。尻尾を撫でまわされてぐったりしていたカゲンが、なんとか復活して、


「アルムスオンの危機じゃないか。その上位悪魔を早いうちに見つけねば」


 この程度の推理なら俺以外でも魔術を知ってる奴なら予想済みだろう。問題はその上位悪魔の見つけ方だ。しかし、この推理には引っ掛かるところがある。上位悪魔と聞いてざわつく中で、俺の話を続ける。


人間ヒューマンが悪魔の従属に成功していたなら、悪魔を戦力にして喜んで戦争に使ってたところだろう。そうなって無いからさっきの推理は大筋では間違って無い。だけど、界門が細くなった説明がつかない」


 集団魔術の発動から2日目までは大草原に聳えていたという黒い柱。それが3日目に細くなったという。


「悪魔の従属に失敗した人間ヒューマンは混乱していた、と言ってたよなネオール。その状況で界門に干渉するような集団魔術の行使は不可能だ。界門になにかしたのは人間ヒューマン以外の何者か。そうなると界門を閉じようとしたのは、向こうの悪魔界にいる悪魔か、こちらに召喚された悪魔ということになる」

「悪魔が界門を閉めようとした、というのか?」

「悪魔の事情を俺達は知らないからな。ここにラァちゃん以外の古代種エンシェントがいて界門を閉じようとしてたなら、ラァちゃんがあんなに怒り狂うことも無い。そうだろ? ラァちゃん」

「その通りよ。異変に気付きここに向かう者もいようが、まだラァ以外はたどり着いておらぬよ」

「そうなると、現場には悪魔以外にはいないんだよ。そして大物を呼ぼうとしてでっかく門を開いた人間ヒューマン。その人間ヒューマンが従属できない程の大物が召喚されてしまってこの有り様。その大物がアルムスオンの古代種エンシェントを怖れて隠れてるっていうなら、界門を閉じたりしないで悪魔界に帰るかどこかに逃げるかするんじゃないか? それがどういうわけか界門を中途半端に閉ざそうとした。なにがしたいのかは不明だが、その行為には意図を感じる。まとめると、上位悪魔を召喚しようとした人間ヒューマンの想定以上の大物悪魔が来た。しかもそいつが界門に干渉するほどの力を持ってることになる。また、そこに何らかの意図があることから、その悪魔はかなりの知恵がある。それらから今回アルムスオンに来た悪魔は、ただの上位悪魔以上のもの、と推測する」


 大きく開ければ大きいのが来る。それが予定外の大物が来てしまった。これが今回の騒動の原因なんだろう。故に。


「召喚されたのはしるし付きの悪魔王。その1柱」


 その身に神の封印を刻む72柱の悪魔王。

 古代種エンシェント、つまりあのドラゴンの紫じいさんとか、このラァちゃんと互角に渡り合ったとかいう神話の怪物。

 かつてアルムスオンを滅ぼそうとした悪魔の王達。

 俺とサーラントのコンビがたまに論外とか言われたりするなら、そいつらは枠外というか盤外というところか。同じ盤の上で戦う存在じゃない。

 なにを召喚してんだ人間ヒューマンは?

 とりあえず人間ヒューマンはこの世界に生きる者全てに深く謝罪しろ。まぁ、謝ったところで現状は変わらんが。


 回りがシンと静まる中でグレイエルフ族長、レスティル=サハが片手を額に当てて苦しそうに言う。


「悪魔王の召喚など、有り得るのか? 本当ならば暗黒期の再来では無いか」

「いや、これは考えようによっては幸運だ」


 腕を組んで成り行きを見守るラァちゃんを見ながら口にする。

 ラァちゃんも古代種エンシェントとして悪魔に関わる禁忌の知識なんて、今の時代を生きる俺達に教えたく無いんだろうけど。


人間ヒューマンの狙い通りの上位悪魔が出てきて、戦争用の兵器に使われていたなら最悪で、ここで作戦会議もできてなかったんじゃないか? 従属に失敗した上位悪魔が大草原で無差別に暴れ回っても悲惨なことになってたろう。それが今は界門は完全では無いが細くしてもらってるし、そいつがどこにいるか解らないが問答無用に無差別に暴れてる訳でも無い」

「確かに人間ヒューマンの思惑通りに進んでいれば最悪ではあるか。今はその最悪の1歩手前というところか」

「悪魔王の狙いが解らんところが不気味なんだが」


 界門を閉じようとしたのが悪魔王なら、なぜせっかく開いた界門を閉じるのか。閉じるにしても中途半端で完全に閉じてないのは何故か。

 半端な閉じ方で古代種エンシェントを誘ってる? それとも界門を閉じてる最中に邪魔でもされたか?

 悪魔界にいるという72柱の悪魔王。

 暗黒期、神の使いと古代種エンシェントが共に悪魔の軍勢と戦った。そして悪魔を閉じ込める為の異界を作り、悪魔をその異界へと送りこの世界、アルムスオンを守った。

 伝承ではそう伝えられている。

 悪魔の魂が不滅の為に殺すことができず、それゆえに異界に封印したという。


 俺はそこに疑問を感じていた。

 何故、悪魔を滅ぼしてしまわなかったのか、と。

 今も悪魔崇拝者が召喚する下位悪魔がたまに騒動を起こしている。悪魔が皆殺しになっていればそんな事件も無いのでは?

 何故、暗黒期の戦いで神の使いと古代種エンシェントは、悪魔を滅ぼしてしまわずに異界に送り封じるという面倒なやり方を選んだのか?

 これはただの思い付き。裏付けも確証も無い発想でしか無いが。

 悪魔の魂は不滅。だけど、もしかして。

 悪魔王の魂を滅ぼすことができないんじゃ無くて。

 悪魔王の魂を滅ぼすわけにはいかない事情があるんじゃないのか?


〈やめよ、ドリン〉


 頭の中にラァちゃんの思念の声が響いた。


 テーブルの上のクッションの上、座ったラァちゃんが泣きそうな顔で俺を見ている。


〈それを口にするでない。ドリンよ〉


 ラァちゃん? さては俺の頭の中を読んでいるな?


〈すまぬ。しかしの、ドリンとグリンの発想と好奇心に怖いところがあるから注意しておこうと、むーちゃんと相談しておってな〉


 あー、紫のじいさんには目をつけられているか。心配させてしまってるか。


〈ドリンよ、何故に気がついたのかや?〉


 いや、前から疑問はあったんだ。悪魔の存在には。

 人間ヒューマンにしか伝わっていないという悪魔の召喚の系統。

 それは悪魔の召喚の系統の魔術が人間ヒューマンにしか使えないから、ではないのか? とか。悪魔と人間ヒューマンにはなにか繋がりがあるんじゃないのか? とか。

 ラァちゃんの魔術、悪魔滅殺の系統の上位には、悪魔を殺して滅ぼし尽くす魔術があるって聞いてたし。


〈あぁ、口が滑ったかや。それで気づいてしもうたかや〉


 ラァちゃんは悪魔をどうにかする方法と手段があるって、教えて伝えるのも役目なんだろ。ラァちゃんのおかげで今の俺達がいる。ラァちゃん達には感謝している。

 ただ、悪魔を殺せるなら、それならなんで悪魔は今も悪魔界で生きてるのか? とか疑問が次々に出てきてしまってなぁ。


〈このアルムスオンに住む者がやがて知ることにはなろう。だが今はまだ早いのよ〉


 俺以外にも思い付く奴はいるんじゃないのか?


〈その思い付きを、今この場で口にされたらラァはなんと答えればよいのかや? ドリンよ、その気づきは口にせず、今はラァに合わせよ。ドリンには後で話がある〉


 解ったよラァちゃん。今は目の前の問題を片付けるのが優先だ。世界の謎は後回しだ。

 みんなには余計なことは言わない。それは俺の頭の中に閉じ込めておこう。その代わり後でちょっと教えてくれ。


〈よかろ。それと勝手に頭の中を覗いてすまなんだ。許してくりゃれ〉


 気がつくとみんなはシーンと静かになっていた。黙って見つめ合う俺とラァちゃんを緊張しながら見てた。

 ラァちゃんはぷぅ、と小さく息を吐いて話し出す。


「ドリンの言う通り、今回召喚されたのは印付きの悪魔の王よ。残る気配に憶えがあるわ」


 ラァちゃんの言葉にみんながざわめく。


「ネオールよ、贄にされたのが幾人か解るかえ?」

「え? えーと、魔術陣形の中に入れられてたのがエルフ4人に、小人ハーフリングふたりだった、ような。遠くてハッキリとはわからないけれど」

「?おかしいの、人間ヒューマンの贄は?」

「いなかった、と、思う」

「そのエルフと小人ハーフリングの様子は?」

「魔術防止に口枷をつけられてて、身動きしてなかった。気絶してるのか白目を剥いていた」

「……下衆が」

「ちょ、ラァちゃん怖い」

「これから下位悪魔と戦闘になるであろ。ラァからの警告よ、みんなよくお聞きや。下位の悪魔はその肉体を滅ぼせば魂は悪魔界に帰る。しかしの、中には元気のいいのがおっての、そういうのは肉体を無くした後、近くの者に憑依して肉体を奪うで気をつけるのよ」

「そんなのはどうやって気をつけるんだ?」

「神に祈りや。神の加護ある者には簡単には憑依できぬでな。贄というのは悪魔がこのアルムスオンで使う肉体の材料となるもののことなのよ」

「じゃあ、さっきの贄にされたエルフと小人ハーフリングは? 神の加護は?」

「薬か魔術で意識を混濁させられたかの、神に祈ることもできぬように。悪魔の贄というのは加護神のおらぬ人間ヒューマンが適しておるのよ。今回現れた下位の悪魔は、人間ヒューマンの兵か戦場の死体に憑依しておるのだろうの」

「ん? ということはラァちゃん、加護神のいない黒浮種フロートも危険じゃないのか?」

「おぉ、そう言えばそうよの。黒浮種フロートは決して悪魔に近づいてはいかぬのよ」


 テーブルの上のノスフィールゼロをみんなが注目。つぶらな黄色い目がパチパチしてる。


「悪魔の魂……。つまり寄生する精神生命体の恐怖でスノ?」

「えーと、たぶんそれで合ってる。こっちにも加護神のいない種族がいたなー」


 とりあえず悪魔対策のひとつは種族の加護を神に祈ると。黒浮種フロートは近づいちゃダメと。


「で、ラァちゃん。悪魔はどうする?」

「まずは界門を完全に塞ぐ。そののち大草原の悪魔を全て送還する。さすれば残る悪魔の気配を辿ればそれは悪魔王よ」

「俺達が悪魔王を発見、遭遇したら?」

「すぐに逃げよ、そしてラァに報せよ。決して戦ってはならん。ラァに任せよ。1柱ならばラァが送還してくれよう」

「ラァちゃんひとりでいいのか?」

「ラァも古代種エンシェントよ。居所さえ解ればなんとでもなるのよ」

「界門を閉じるには、やっぱりあの黒い柱のとこに行かなきゃならないよな」

「そうよ。邪魔だてするものは全て蹂躙するのよ。今回、人間ヒューマンが戦争のために悪魔を召喚したことは明白。大草原におりし人間ヒューマンは全て、悪魔をアルムスオンに呼び込みし世界の敵として、このラァの敵として排するのよ」

「あ、それなんだけど、ラァちゃん。怒らないで聞いてくれないか?」

「なんぞ?」


 ネオールが手を上げてラァちゃんの言葉を遮る。なんか額に冷や汗が浮かんでラァちゃんに怯えてるんだが。


人間ヒューマンのアルマルンガ王国からの使者が来て、シュトール王子に申し開きというのか言い訳というものがあってだな」

「言うてみよ」

「えっとだな『今回の悪魔の召喚騒ぎは人間ヒューマンの軍に潜り込んだ悪魔崇拝者の仕業。アルマルンガ王国が起こした訳では無く、人間ヒューマンが世界の敵になったのでは無く、あくまで一部の狂信者がしでかした自爆テロである。その証拠にこの件で1番被害を受けたのが人間ヒューマンの軍である。アルマルンガ王国が世界の敵となったのでは無い』というもので」


 は? 空耳か? なんだその妄言は?

 皆を見渡すとポカーンとしている。

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