第50話◇カーム主役回◇大迷宮の入り口の攻防戦、後編

◇◇部隊パーティ猫娘衆所属、人間ヒューマンレッド種、カームの視点になります◇◇


「おー、お帰り。どうだった?」

「なにも問題無し。抜け道の存在は人間ヒューマンに見つかってない」


 マルーン西区、酒場の地下のレッドの隠れ家で出迎えたグランシアに応える。


「これで街の外に出たいって奴等は全員脱出した」

「よし、じゃこっちもうち合せしとこう」


 ここに居るのは、シャララ以外の猫娘衆。猫尾キャットテイルの三人組、グランシア、ゼラファ、ネスファ。

 レッド種の私、カーム。

 グレイエルフのアムレイヤ。

 灰剣狼からはディープドワーフのガディルンノとダークエルフのスーノサッド。

 白角のディープドワーフ、バングラゥ。

 戻ってきた白髭団の小人ハーフリングルノス。

 レッドのリーダー、レッド種のリアード。

 全員を見回してグランシアが腕を組む。


「揃ったね。じゃ始めようか」

「パリオーはどうした?」

「パリオーには仕掛けを頼んでいる。後で合流するよ」


 グランシアがリアードを見る。


「まずはレッドにありがとう。抜け道のおかげで帰りたい奴等は、みんな街を出られた」

「こんなふうに役に立つとは思わなかったが。しかし、これでマルーン西区は気にせず地下に集中できるようになったか」

「なんで人間ヒューマンが探索者を閉じ込めようとするのか、いまいち解らないけどね。街中で暴れてほしいのかな?」

「探索者の地下での怪しい動きを知りたいだけだろう? そのためにこっちを捕まえようとする」

「そんなとこかな? で、皆が脱出手伝ってる間のこっちのことなんだけど。西区に隠れてた暗部商会とやり合ってきた」


 暗部商会、アルマルンガ王国の暗部。暗殺者ギルドとか闇の部隊とか言われてて、正式名称は知らない。

 人間ヒューマンの王国、アルマルンガ王国の裏で暗躍してるという組織。それがマルーン西区を探っている。

 金次第で暗殺や誘拐とかしてるという噂から、私達は暗部商会と呼んでいる。

 グランシアが机の上の細い木の筒を手に取ってクルクル回す。吹き矢のようだ。


「パリオーが見つけた暗部商会の奴等は、あたしとゼラファで片付けた。暗闇の狩りで猫尾キャットテイルに勝てる奴なんていないけどね。だけど、毒を使った吹き矢なんて持ってるから気をつけて。万一のときはすぐにガディルンノの治癒の加護で解毒してもらうようにして」


 暗部商会の暗殺者がどれ程の手練れかは知らない。だけど夜の闇の中で最強の双剣グランシアと最速の槍のゼラファの猫尾キャットテイルコンビを敵にするのは、相手の方が可哀想になってくる。


「予定通りなら朝日の昇るときに、灰剣狼が転送陣を使って大迷宮1層に来る。そのときに私らが入り口に向かって、大迷宮の中と外から挟んでかちこんで、みんなで転送陣から30層に転移する。そして白蛇女メリュジンの里に行く。この予定は変わらない。だけどまぁ、私らが西区に入るのに徴税所で暴れたからねぇ」


 獰猛に笑うグランシア。地下迷宮を出たところで、マルーンの騎士に囲まれた。そいつらが私達を捕まえようとしたので、返り討ちにして強引に徴税所を突破したわけなんだけど。


「それで、大迷宮入り口ではマルーンの騎士と魔術研究局の魔術師が、がっちり固めちまってる。今のところは古代魔術鎧アンティーク・ギアは出てきて無い」


 リアードが補足して、


古代魔術鎧アンティーク・ギアはおそらく戦争用に出払っているんだろう」

「ま、何が出て来ても相手にしないでど真ん中を突破して大迷宮の転送陣まで走る。それと西区が空っぽになったんで、パリオーには空き家に火を着けてもらってる」


 それでパリオーがいないのか。あのちっこい身体で西区を走り回って放火する邪妖精インプ。想像するとシュールだ。


「火事にどこまで気をとられるかは解らないけど、無いよりマシってことで。パリオーが戻って来たら大迷宮に行こうか。それまで小休止。今更、西区に忘れ物があったーとか思い出しても、もうマルーンの街には戻れないからね」


 休憩中に武器の確認をしておく。小剣は刃こぼれ無し、柄のガタも無し。投剣も皮鎧にセット良し。

 今回は敵の数も多い。猫娘衆が遅れをとることは無いだろうけど。

 膝をつき手を組み神に加護を祈る。


 気高い赤の神よ

 優しき赤の神よ

 街を出た者が無事に故郷に帰れるようにお守りください

 これからの戦いで仲間をお守りください

 私に怯えぬ勇気を

 仲間を守る力を

 かつてあなたの愛した愛し子のように

 誇り高い勇壮さを

 何者をも怖れぬ鋼の心を

 そして我等人間ヒューマンレッド種に

 過去の罪咎を雪ぐ機会を与えてください

 気高い赤の神よ

 赤きドワーフの神、ディクロームよ


 祈りを終えて目を開けると、

 目の前、鼻がくっつきそうな近さにグランシアの顔があった。え?


「グランシア、何をしている?」

「カームが心配性だなーと」


 グランシアがにやりと笑ってその額が私の額にくっつく。


「この程度で不安に飲まれるなって。これから先、地下迷宮で人間ヒューマンとやりあうんだ。更には軍隊を相手にするかもしれない。お楽しみにはまだまだこれからだ」

「グランシア、不安を煽る言い方をしてどうする。それに私は不安に飲まれてるわけじゃない。加護を祈ってただけだ」

「じゃ、安心材料を言っときゃいいかな?」


 グランシアは正面から手を広げて私を抱きしめる。


「カーム、あの人数であたしを止められると思う?」

「グランシア、あの砦と魔術師を舐めすぎてないか? グランシアが強いのは知ってるけど」

「ま、いつもの魔獣戦とは勝手が違うか。でも心配は無い」


 グランシアが私を立ち上がらせるが、


「あ、ちょ、グランシア!」


 正面から背中に回したグランシアの手が、私の尻をがっしり掴んで持ち上げて、私を立たせて、そのままむにむにと揉んで来た。


「グランシア! なんで私の尻を揉む!」

「カームのお尻が最高だってバングラゥが言ってたって聞いて、うん、これは可愛いお尻だ。柔らかく指が沈んでそれでいて奥には鍛えられた筋肉のきゅっと締まった手応え。敏感な反応も最高」


 なんとかグランシアの手を振りほどいて脱出。みんなが見てる前で尻を揉むとか!


「私はそういう冗談とか嫌だって!」

「冗談じゃあ無い。猫娘衆は最強だ。なぜなら」


 グランシアはビッとアムレイヤの胸を指す。アムレイヤは阿吽の呼吸でグレイエルフ自慢の巨大乳をプルンと揺らす。


「最強の胸と!」


 次いで私の尻を指差して、


「最高の尻がある!」


 拳を握り締めて満足そうに、


「猫娘衆は無敵だ!」


 見てた男連中が、おー、とか言いながらパチパチと手を叩く。本当に男ってバカ。


「そうか、最強の矛と最強の盾が猫娘衆に揃ったわけか」


 ゼラファまでなんだか納得したようにうんうんと頷いている。

 なんだか矛盾って言葉の意味がわからなくなってきた。


「ただーいまー。あー疲れた。なんか盛り上がってんなー?」

「パリオーお帰り。首尾は?」

「火ぃ着けて回ってきたけど、どこまで火事に人手を回すかは解んないぞー」


 小さい放火魔がのんきに言う。ダークエルフのスーノサッドが立ち上がる。


「パリオーお疲れ。このあとは俺のリュックの中で休んでてもいいぞ」

「せっかくアムレイヤがいるんだから、アムレイヤの胸の中で寛ぎたいとこだ」

「これから戦闘だから、ちょっとパリオーちゃんには遠慮して欲しいかなー」


 みんな、もうちょっと真剣にやろう。なんだか気負ってるのがバカバカしくなってきた。

 グランシアはそれを狙ってたのかもしれないけれども、だからって人前で遠慮なく私の尻をやらしく揉まなくてもいいじゃないか。

 グランシアがパンと手を打って、ニヤリと牙を見せて、


「それじゃ、行くしようか」


 マルーン西区の外れ、百層大迷宮の入り口。迷宮の入り口を守る砦が、昇る朝日に照らされていく。

 門は閉ざされて、いつもは無い鉄格子まで下りている。門の前には見張りが4人。砦の上にも見張りが巡回中。

 茂みの中に身を隠して様子を窺う。


「ちょっと遠いか。シャララが居れば姿を隠して近づけたかも」


 私が呟くとネスファが応える。


「いないんだから仕方ないよね」

「仕方無く力押しになるんだ」


 アムレイヤが投矢器に矢をセットする。弓が苦手というグレイエルフ。代わりに使うのは溝の入った木の杖のような投矢器。グレイエルフはこれを使って、石を手で投げるように矢を投げる。

 セットした矢には鏃の代わりに小さな袋がついている。

 アムレイヤは右手で投矢器を持って左手を矢の先の小袋にかざす。


「ドリンに教えてもらった練精魔術。初めての実戦使用の的が人間ヒューマンって、ちょっと可哀想かな。範囲拡大、効果増幅」


 アムレイヤが魔術をかけた矢を砦の門の前に投げる。さすがに気づいた門の前の見張りが笛を吹き鳴らす。

 アムレイヤの投げた矢を追いかけるようにスーノサッドが呪文を唱え、


「く、制御難度高いな、ドリンはいつもこんな魔術の使い方してるのか。射程距離増幅、爆炎!」


 炎の球を砦の門に撃ち込む。門に当たったアムレイヤの矢についた小袋。そこに着弾した炎の球が爆発する。近くで雷が落ちるような轟音がする。

 門の前の鉄格子が、見張りの人間ヒューマンと一緒に吹っ飛んでいく。火系魔術の天才と呼ばれたスーノサッド。その魔術をアムレイヤが増幅した爆炎の魔術。門が壊れる音、宙を舞う騎士の悲鳴。なんて威力。

 静かな朝の空気を吹き飛ばして、グランシアが号令。


「よし突撃! あんまり殺すなよ。人間ヒューマンは殺しても魔晶石出さないから」


 門のあったところはポッカリと穴が空いている。門は無くなって石の瓦礫がパラパラと落ちる。

 ゼラファが真っ先に突っ込んで、集まって来た騎士の間を抜けて魔術師を襲う。人間ヒューマンは動揺を建て直せずに混乱のまっただ中に。

 みんなでゼラファを追いかける中、グランシアは、


「みんなは先に行って。ちょい遊んでから行くから」

「グランシア、それは遊ぶと言わずに殿しんがりを受け持つと言ってくれ」


 戦闘といっても心配するほどのたいしたことは無く、バカみたいな威力の遠距離魔術一発で浮き足だった人間ヒューマンが、体勢を建て直す前に、私達は地下迷宮に進入した。呆気ない。警戒して損した気分。

 地下迷宮内部の転送陣の部屋を守っていた人間ヒューマンの部隊も、下からやってきた|灰剣狼の狼面ウルフフェイス兄弟、カゲンとヤーゲン、それにエルカポラ。他にもディグン、ロスシングといった30層級の探索者の集団に潰されていた。


「ずいぶんとあっけないなぁ」

「グランシア、物足りないのは解ったけど余計な雑魚の相手はしないで行こう」


 地下迷宮の転送陣で30層、東側に転移。そこから徒歩で西側端にある隠しエリアに向かう。


「追っ手に注意しながら戻るとしよう」

人間ヒューマンの探索者に30層の転移陣を登録できた奴って、いたっけ?」

「念のために、だよ」


 30層東側から白蛇女メリュジンの里に戻る途中、灰剣狼の邪妖精インプパリオーが私の肩に昇って来た。


「パリオー、何の用だ?」

「カゲンとも話をして、カームには言っといた方がいいか、と。他の奴等に話してもいいことだけどな」

「変な言い方をする」

「広めるような話でも無いってこと。俺が西区で空き家に火を着けてまわったのはついでで、目的は他にあった。おかげでエラい走り回る羽目になった」

「秘密の作戦でもあったのか?」

「作戦というよりはお使い。ノクラーソンの娘にノクラーソンの手紙を届けに行った」

「どういうことだ?」


 私の右肩の上で足を組んで座るちっちゃいパリオーを睨みつける。パリオーは私を横目に見て、


「カームが誤解しないように、今、言っておこうと思って。手紙と言ってもノクラーソンが人間ヒューマンに隠しエリアの秘密をばらすような手紙じゃ無いんだ。あれはノクラーソンの遺書だ」

「遺書?」

「ノクラーソンの許可をとって、ノクラーソンの見てる前で俺とカゲンが手紙の中を改めた。『この手紙が届くころには、私は死んでいるだろう』そんな出だしの手紙なんて初めて見た」

「なんの意図だ? ノクラーソンを死んだことにして、何をするつもりだ?」

「ノクラーソンの娘にとって、父親が異種族の味方をして人間ヒューマンの敵になるってのが、娘さんとその旦那さんの立場に良くないらしい。それを心配したノクラーソンが、自分は地下迷宮で死んだことにして、娘夫婦が人間ヒューマン4級貴族の中で責められないようにしたいんだと」

「そんなのはノクラーソンを白蛇女メリュジンの里から出さないようにして、人間ヒューマンに見つからないようにすればいい」

「俺もそう思うけど、ノクラーソンは万が一、今の状態を人間ヒューマンに発見された場合を心配してる。それで前もって手を打ちたいんだろ」


 いったいノクラーソンは何を考えているのか? 自分を死んだことにして、もうマルーンの街に帰るつもりは無いのか? 娘と別れて2度と会う気は無いのか。その覚悟を決めたのか?


「ノクラーソンも俺たちに巻き込まれて災難だなー。カームに言っておきたいのは、ノクラーソンは人間ヒューマンだけど、もう俺たちの仲間って認めてもいいんじゃないか? もちろん人間ヒューマンに対する警戒は必要だけどさ」

「みんなずいぶんとノクラーソンの味方をする」

「ノクラーソン個人を見ると、からかい甲斐があっておもしろい。それに他の人間ヒューマンと違って、俺たちを亜人と見下さない。なーんか異種族の探索者に妙な憧れを持ってるとことかあるみたいだし」


 私もノクラーソンの誠実さは認めている。珍しい奴だと。だけど、やはりノクラーソンは人間ヒューマンなのだ。そこに不安がある。

 それでも1度、私がノクラーソンの真意を確かめる必要がある、か。


「戻ったらノクラーソンと少し話をしてみたい。あいつが人間ヒューマンにしては変わってるということぐらいは、私にも解る」

「そっか。それとカームにはもうひとつ」

「なんだ?」

「ルノスから聞いたけど、カームはシャララみたいな短パンを履いた方がいい。せっかくのお尻美人なんだから、こうお尻にピチッとして、お尻から太もものラインが出るようなホットな奴。で、健康美溢れるカームの太ももの肌が見えるようなの。おしりと太ももの境目がうわお、となれるとこを攻めた感じで。俺はおっぱい礼賛者ニストだけどカームのキュッとしたお尻には一目置いているんだ。だから」


 最後まで言わせず肩に乗るパリオーを引っ付かんで思いっきり投げつける。このおっぱいバカ、真面目な話からなんでそうなる? 私の尻がなんかしたか? いい加減に私の尻から離れろ!


「うぉい! 手加減しろよぉぉぉぉぉ……」


 地下迷宮の中、飛んで行くパリオーの声が小さくなっていく。しまった、壁に投げて叩きつけてやれば良かった。

 

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