第49話◇カーム主役回◇大迷宮入り口の攻防戦、前編

◇◇部隊パーティ猫娘衆所属、人間ヒューマンレッド種、カームの視点になります◇◇



 薄暗い地下通路の中を歩く。


「私は、カームはそれでいいと思うけど」


 左隣を歩く猫娘衆の部隊仲間パーティメンバー猫尾キャットテイルネスファが慰めるように言ってくれる。続いて右からは、


「でも、ちょっとノクラーソンには言い過ぎだったんじゃない?」

「私も悪かったと思う」


 右隣を歩くグレイエルフ、アムレイヤが優しく私を嗜めるのに応える。

 アムレイヤの作った魔術の明かりに照らされる中、夜目の効くネスファが前方を警戒して前に進む。

 通路は3人並ぶのがギリギリの幅で、アムレイヤは私と肩を組んで歩いている。アムレイヤはよく抱きついてきたり腕を組んできたりする。スキンシップが多い。言ってもやめてはくれないので、最近は慣れてきた、というか慣らされて諦めてしまったような。


「カームが悪かったと思うなら、ノクラーソンに一言、言っといた方がいいんじゃない?」

「戻ったらノクラーソンには謝ることにする」


 人間ヒューマンを相手にすると、ついムカッとしてしまう。でも自分の言ったことを間違いとは思わない。

 だけどノクラーソンが他の人間ヒューマンとは違うということも、解ってきた。

 そのことをふたりに相談している。

 面倒見のいいネスファが優しく言う。


「でも、カームが皆を心配して言ってくれるのは助かってるのよ。私じゃグランシアとシャララを止められないし」


 アムレイヤも、そうね、と。


「ゼラファはグランシアを止める気は無いからね。カームとネスファが猫娘衆のストッパーになってくれてるから、バランスがとれてるんだと思う。そこは感謝してるのよ」


 猫娘衆の中で私とネスファが慎重派、というのは解る。ネスファは昔からグランシアとゼラファに引っ張りまわされていた、という話も聞いたから、その苦労には同情する。でも、


「アムレイヤもそれが解っているなら、悪ノリするのは止めて欲しい」

「あはは。でも全裸会楽しいよ? カームもネスファも草原で真っになってみれば?」

「私はそういうの恥ずかしいから嫌」


 白蛇女メリュジンに影響されてできた全裸会。グランシアが会長でいつのまにか会員が増えている。

 全裸会の女姓が白蛇女メリュジンと仲良くなって、白蛇女メリュジンに男とはどんな生き物かを教えているという。

 何千年と男がいないのが当たり前だった彼女達には、教えておいた方がいいことが多い。男には危険なのとかスケベなのもいる、とかも教えてたりする。だけど男という生き物のデリケートなところも教えてたりするという。


 白蛇女メリュジンも前にファーブロンをおもちゃにし過ぎて泣かせてからは、ちょっと気をつけるようにしてるみたいだ。

 ネスファが頬に手を当てる。


「アムレイヤはスタイルに自信あるだろうけど、私は白蛇女メリュジンとは比べられたく無いなぁ」

「そんな理由? 男に見せるんじゃ無いからそんなの気にしなくていいのに。それに胸ならネスファはグランシアとゼラファよりも、おっきいんじゃ無い?」


 なんだかさっきから後ろをついてきてる男共が、静かになってこっちに聞き耳たててるみたいなんだけど。

 それに気づいてるのか気づいていないのか、ネスファは続けて、


「胸だけじゃなくてお腹回りとかお尻とかも、それに自分の裸をひけらかす趣味とかないし」

「他人の視線を気にしすぎなんじゃない? 全裸会は身も心も解放して、いっとき自然に帰ろう、そして白蛇女メリュジンの習慣を体験しようって趣旨なんだけど?」


 そこはグランシアから聞いている。だけど私は、


「アムレイヤの言ってることも解るけれど、恥ずかしいものは恥ずかしいから、無理」

「無理強いはしないけどね。でも、恥ずかしいってのは他人の視線を意識してるからで、それ、行き過ぎると自意識過剰よ?」


 なんだろう、人前で裸になる方がまともで当たり前みたいに言われた。おかしい。いや、白蛇女メリュジンにとっては裸が当たり前なんだけど。当たり前のことなんだけどー。何か違う。


「その趣旨なら男も全裸会に誘ったらいいんじゃないか?」

白蛇女メリュジンには女しかいないし。それに私は男の裸が見たいわけじゃ無くて、可愛い女の子の裸が見たいから」


 アムレイヤの趣味なんじゃないか。グレイエルフはそういとこフリーダムだって聞いたことあるけど。

 ネスファがやれやれと。


「どうして全裸会があんなに人数が増えたかわからないけど。今さら私とカームが脱がなくてもいいじゃない」

「ふぅん? ふたりとも素敵だと思うんだけど。ちょっと聞いてみようか、さっきから後ろで興味津々な男性陣に」


 足を止めて振り向く。私たちの後ろにはマルーンの街を出ようっていう探索者と、マルーン西区の住人がぞろぞろいる。

 私たちのすぐ後ろを歩いていたのは、ディープドワーフのバングラゥと小人ハーフリングのルノス。

 やっぱり聞いてたよね。なんでこんな話になったんだろう。

 バングラゥが顎に手をやって考えながら、


「そうだな、話を聞きながら後ろから見てたが、カームはもっと自信を持った方がいい」


 真面目に言うバングラゥの顔を見る。


「3人の後ろ姿を並べて見ると、カームの尻が1番いい。小尻できゅっとして可愛いお尻だ」


 ルノスが続けて、


「それに白蛇女メリュジンや全裸会と違って、恥ずかしがってなかなか脱がない方が実はいやらしくないか? しっかり服着てるネスファとカームって逆にエロくね? というのが最近の話題で」


 反射的に蹴り出した右足がバングラゥの顔面を踏む。隣ではネスファの左足がルノスの顔面を踏んでいる。


「おぉい! 顔はやめろよ、鼻血が出たぞ!」

「へー、やらしいこと考えて鼻血が出るって、本当だったんだ」

「いや、出たんじゃなくて出させたんだろが」

「うふふ、バングラゥもいい目利きしてるわね。ねえ、カームのお尻の形って可愛いわよね?」


 今までみんな、そんな目で私の尻を見てたのか? ドワーフと小人ハーフリングの身長じゃ、仕方無いのか? でも服着てる方がエロいってどういうこと? おかしい!

 はしごを昇って蓋をずらす、ネスファが頭を出して辺りを確認して。


「大丈夫、みんな出て」


 外に出て遠く離れたマルーンの街を見る。月の無い夜、高い街壁の上には等間隔で明かりがある。こちらは見えてはいないはず。

 草を被せて迷彩にした蓋を、出入り口から離しておく。

 暗闇でも夜目の効く猫尾キャットテイルのネスファとディープドワーフのバングラゥが周囲を警戒する中、次々と出入り口から出てくる。

 ネスファが感心したように言う。


レッドがこんな抜け道を作ってたなんてね」

「念のため、街に出入り出来なくなったときのために作っておいたもので、蟲人バグディスにお願いして作ってもらったものだ」

「おかげで住民は西区から無事脱出ね」


 マルーンの街の門は閉ざされている。

 百年以上探索者をしている灰剣狼のディープドワーフ、ガディルンノの話では、


『前回の戦争前には、マルーンの街の方が異種族を追い出した、と聞いている。探索者と住人が暴れるのを恐れた、ということだ』


 それなのに今回は門を閉めて、人間ヒューマン以外の異種族をマルーンの街に閉じ込めようとした。

 なんでも探索者を傭兵に使おうとか、異種族を徴兵しようとかしているという。

 人間ヒューマンのために同族と戦う探索者がいる、と本気で考えてたら、人間ヒューマンは頭がおかしい。いや、もともと頭がおかしいのが人間ヒューマンか。


 出入り口から出てきた何人かが、私の手を握って礼を口にする。


レッドのおかげで助かった。ありがとうよ」

「役に立てたならレッドの誇りだ。それに礼は受け取っているから」


 街を出て故郷に帰るという探索者と住人を、この地下通路で街の外に出している。その際アルマルンガ王国貨幣などを貰っている。


「あんな貨幣、人間ヒューマンの国以外じゃ役に立たんから」

「溶かして金粒、銀粒にしたらいいんじゃないか?」

「シードをか? あんな混ぜモンの多い貨幣、溶かして取り出す方が手間だ」


 バングラゥに聞いてみたところ、アルマルンガ王国貨幣、シードは粗悪な貨幣らしい。金貨も鋳潰して金だけを取り出したら、かなり少量になるとか。


「まさしく、シードってとこだな。価値だけそのまま維持して、中身の金と銀を少なくしていった結果だと。山の恵みたるものの価値を欺くなんて、ドワーフに喧嘩売ってんのか?」


 人間ヒューマンは本当にどうしようも無い。

 出入り口から白角の鷹人イーグルスネオールが出て来る。


「俺で最後だ、これで終わりか?」

「そうだ。あとは私達が白蛇女メリュジンの里に戻るだけだ」

「そっちの方がたいへんそうだ。人間ヒューマンが大迷宮の入り口を封鎖するなんてな。魔晶石の採取はどうするつもりなんだか」

「ふん、人間ヒューマンの探索者が役に立つものか」


 マルーン街の探索者は、ほぼ全員が拠点を白蛇女メリュジンの里に移した。探索者の居なくなった街の商人も、これで街の外に逃がした。

 マルーン西区には、もう人間ヒューマン以外の種族はいない。かつての賑やかな街には、今はもう誰もいない。

 それでアルマルンガ王国の騎士と兵隊が地下迷宮入り口に陣取っている。出てきた探索者を捕まえて、私達の拠点の場所を吐かせるつもりらしい。

 ネオールが街を見ながら呟く。


「地下迷宮から出てくるときも、相当暴れたからな。今は警戒して人数も増えてるだろうし」

「ネオールは自分の心配をしろ。途中で撃ち落とされるなよ」

「はっは、人間ヒューマンに撃ち落とされたら鷹人イーグルスの恥だ。しかしこうなるとトンネルが開通しないと、触るな凸凹は白蛇女メリュジンの里に行けないか?」


 ネオールが手にした紙を広げる。そこには目付きの悪い人馬セントールと人を馬鹿にしてるような笑みを浮かべた小人ハーフリングの人相描き。生きて捕らえれば1万csと書かれている。


「あいつらも賞金首になったって知ったら、なんて言うのか」

「賞金が安すぎるって文句言うんじゃないか?」

「あー、言いそう。じゃ、俺はエルフの森に行くから、お前ら後は頼んだぞ」


 闇夜の中へと飛び去るネオールを見送る。ネオールが触るな凸凹に地下の現状を伝えても、私達のすることは変わらない。だけどドリンとサーラントなら今の状況を知ったら、なにかするんじゃないか?

 西区の街の住民の避難もこれで終了。ただ、何人か行方不明になっているのが気掛かりだ。人間ヒューマンに拐われて人間ヒューマンの中央国家に売られてしまったのだろうか?

 今は地下の白蛇女メリュジンの里に戻るためにも、


「私達も行くか」


 地下通路を抜けてレッドの隠れ家へと戻る。

 道中ではネスファと並んで最後尾を歩く。私の尻への視線が気になってしまったので。アムレイヤが、あらまあ、と。


「褒められたんだから自慢すればいいのに」

「私はそんな自慢はしたくないんだ。近いうちに尻の線の出ないズボンに換える」


 前を行く男共が、えー、と声を上げるのでつい両手で尻を押さえてしまう。

 アムレイヤが私の肩に手を置いて、


「ほら、白蛇女メリュジンは下半身蛇だから。1番のお尻美人はカームなんだから期待には応えないと」

「なんで私をそういう目で見る?」


 なんの期待だ? 決めた。明日からズボンの上にスカートを履こう。尻をちゃんと隠そう。ネスファが困った顔で言う。


「カーム、憶えてる? 前に飲み会で男連中が『いい女とは?』で盛り上がっていたときのこと」

「あいつらはいつもそんな話をしてるから、どの時かわからない」

「珍しくドリンがその話題に入って言ってたんだけど。『ただ裸を見せられてもなぁ。逆に恥じらって見せないようにするところにエロティシズムがあるんじゃないか? 羞恥心無くして色気とエロスは無い、と思う』というようなことを言ってたのよ。そのときは、男ってバカだなーと思ってたんだけど。服着てる方が逆にエロいとか言われて思い出して」


 なんだそれは? 隠すとエロいだと? くそう。私はいったいどうすればいいんだ?

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