第48話◇エルフの森の夜


 暗い夜、エルフの森の中。静かだが、風が少しふけば木々の葉のざわめく音が鳴り、遠くで梟が鳴いている。草原とは違う緑の匂いの中。

 ドルフ兵士に交代で見張りをしてもらって焚き火を囲んで話をしている。

 もっぱら蜘蛛女アラクネのネイディーがサーラントに旅のことを聞いたり、蜘蛛女アラクネ一族のことをサーラントに話しているのだが。

 隊長さんが、ほどほどにしろよ、と注意したがそれは聞こえていない様子。

 リュックに入れっぱなしになってるノスフィールゼロの様子をこっそり見ると、小さな寝息を立てていたので起こさないようにする。


 人間の親子3人は寝てしまっている。母親が子供を抱いて、子供も母親にしがみついている。なんでも黒装束に父親が殺されていたらしく、女の子はさっきまでそれを思い出して泣いていた。


「こうして見ると人間ヒューマンも可愛いのにね」


 シャララがポツリと口にする。それにカチンときたのかネイディーが、


「ふん。アルムスオンに人間ヒューマンより邪悪な者などいない。だが人間ヒューマンの遊撃部隊が来たならいよいよ本格的な戦争だ。これを待ち望んでいた」


 焚き火の明かりで下から照らされたネイディーの笑顔は怖い。蜘蛛女アラクネ人間ヒューマンに故郷の森を焼かれて恨んでいる、と聞いている。

 サーラントがお茶を飲みつつ、


「ネイディー、復讐にかられて暴走するなよ」

「はい、心得ておりますとも。サーラント様がその身を張って我等を止めてくれたあの日のことは、昨日のことのように思い出せます」


 かつてサーラントが蜘蛛女アラクネの一族を救った、そのときの話らしい。聞いてはみたいが、サーラントの側でニコニコしてるネイディーを見てると、ふたりの邪魔をするのは不粋なような。

 サーラントの方は、どうやらネイディーのアプローチをうっとうしく感じてるようだが。モテる男の苦労というやつか。

 人間ヒューマンの親子を見ながらなにか考え事をしていたシャララが聞いてくる。


「ねぇ、ドリン。人間ヒューマンはなんでそんなに戦争をしたがるのかな? その理由づけのために同族を殺すなんて。人間ヒューマンは同族の命をなんとも思ってないの? マルーンの街では、シャララにはそうは見えなかったんだけど」


 俺は手にした木の枝を折って焚き火に放り込む。


「ふむ。寿命が短い代わりに繁殖力旺盛な人間ヒューマンはすぐに数が増える。その分、俺たちよりは同族の命を軽く考えてるだろうな」

「この親子を見るとそんな感じはしないんだけどね」

「個別に見れば人間ヒューマンも俺たちとあまり変わりは無く見えるけどな、それを言うなら雛鳥の世話をする親鳥もまた同じじゃないか?」


 サーラントが腕を組む。


人間ヒューマンとの百年おきの戦争には、俺達の方にも理由があるだろう」

「お、サーラントが難しいことを考えてるのか? 知恵熱出すなよ」

「さして難しいことでは無い。俺達と人間ヒューマンでは戦争に対しての認識が違う」

「そうだな。同じ戦争と書かれたラベルが張ってあっても、俺達と人間ヒューマンではビンの中身が違う」

人間ヒューマンにとっては他種族に対しての侵略戦争。領土を奪い、人間ヒューマン以外の種族を奴隷として手に入れるためのものだ」

「昔はな。今では人口が増えすぎて食料が足りなくなったことを解決するための、集団自殺の手段だ」

「俺達にとっては、戦争とは自分達の領域を守るためのものだ。ナワバリ争いと言う方が正しいか」

「俺達が人間ヒューマンの荒らした土地を手にいれても得をすることは無いからな。それに人間ヒューマンが他種族を奴隷にするのは便利かもしれないが、俺たちが人間ヒューマンを奴隷にしたところでなんの得も無い」

「食料の問題か? 人間ヒューマンは俺達の3倍の食料が必要になる」

人間ヒューマンから見れば俺達は3分の1の食料で使える労働力になるが、俺達から見れば人間ヒューマンの奴隷なんてのは、3倍飯を食うただの無駄飯食らいだ。仕事を頼むなら正当な報酬を用意して、他の種族に頼む。力仕事なら巨人ジャイアントとか大鬼オーガ、輸送なら人馬セントール小人ハーフリング、魔術ならエルフに小妖精ピクシー、建築に金属加工ならドワーフに頼む」

「ゆえに、これまでの戦争では攻めてくる人間ヒューマンを撃退して終わりにしていた。ただ追い返して終わり。そして人間ヒューマンは懲りるということを憶えない。寿命が短いから世代が代わればすぐ忘れる」


 サーラントもいろいろ考えてる。ドルフの王子ともなれば思うこともあるか。


「撃退して終わりにしていた俺達が、甘いということか。それで人間ヒューマンが図に乗る」

「サーラント、自然のナワバリ争いならそれは間違ってはいない。相手を追い返して守って終わりだ。そこに違うルールを持ち込んで来たのは人間ヒューマンの方だ」


 シャララが俺の頭の上で足をパタパタさせて、


「うー、なんかいい方法ないの? スッキリするようなー」


 ネイディーがニッコリ笑って、


「やはり人間ヒューマンを皆殺しにしよう。奴等は害悪だ。スッキリと全滅させてしまおう」

「数が多すぎて難しいし、繁殖力旺盛な人間ヒューマンを絶滅させるのは無理じゃないか? だいたい俺達は人間ヒューマンを間引いたり面倒を見るために産まれた種族じゃあ無い。人間ヒューマンの問題は本来人間ヒューマン自身で片をつけるべきことだ」

「しかし奴等にその気は無い。自分達の面倒を自分達でみる気が無い。中央では未だに他種族を奴隷にしている」

「そこが問題だ。それがどうにかならないか、と俺とサーラントが布石を作ってるわけだが」

「未だ布石のための下準備だがな」


 なんかネイディーが、流石サーラント様、素敵とか呟いてサーラントを見つめている。だが、サーラントはネイディーを無視して、


「次の戦争には間に合いそうに無いな」

「それはそれで都合がいい。地上の戦争に目がいってる間にこっそり地下を仕上げよう」

「今のところは順調か?」

「そうだな、予想以上に上手くいっている。ただなぁ」

「なんだ?」

「昼間の古代魔術鎧アンティーク・ギアで気になったんだが、何故マルーン街の魔術研究局が50センチ級の魔晶石を探していた? 俺達が売ったあとやたらと徴税局の奴等が聞き込んでた」

「あ、それシャララも聞いた。私たちもどこで見つけたのか聞かれたけど、灰剣狼も探られてたって」

「俺の知る中で大型魔晶石を必要とする魔術なんてものは無いんだ。普通の魔晶石を大量にっていうなら解るんだがな。大型に拘る理由が解らん」

人間ヒューマンの集団魔術か?」

「今のところ人間ヒューマンにしか使えない2つの魔術系統、そのひとつの集団魔術の系統。そこで50センチ魔晶石が必要なものなんてのは、ちょっと想像できん。新しく開発したのか?」

「もしくは、巨大魔晶石が必要な巨大古代兵器アンティークでも発掘したか?」

「それはそれで想像したく無い」


 50センチ級の魔晶石。せいぜいが長持ちする古代魔術仕込みの道具の魔力補充にしか使えんだろうと思ってた。だから売っ払ったんだが。俺の知らない使い方があるのか?


「まぁ、俺達は俺達でやれることをやろうか。今は明日のために寝るとしよう」

「そうだな」


 いつもの野営のように横になったサーラント。その馬体の腹を枕にして仰向けになる。頭の横にシャララが飛んできたので、リュックからシャララ用の布団を出して渡す。


「みんなで愉快に楽しめたらいいのにね。じゃ、おやすみ」


 シャララはサーラントの身体の上で横になって布団を被る。俺はノスフィールゼロの入ったリュックを腹の上に置く。

 ふと見ると、なぜかネイディーが凄い目で俺を睨んでいた。こわ。


「……羨ましい」


 おい、サーラントなんとかしろ、と見れば、サーラントはさっさと寝たフリを決め込んでいた。このやろう。 

 目をつぶって考える。人間ヒューマン、奇妙な種族。

 エルフに偽装した黒装束を見てから、ひとつの懸念が浮かぶ。

 人間ヒューマンにしか使えない2つの魔術系統、そのもうひとつ。それについては人間ヒューマンも禁止して、人間ヒューマンの教会も取り締まっている筈だ。

 だが、その弾圧もまた人間ヒューマンの偽装だったとしたら? 自作自演であったなら?

 なんの根拠も無いただの連想で、俺の考え過ぎだろうか?


 妙な気配がしてそっと薄目を開けると、ネイディーがこそこそと近づいてサーラントの足にそうっと触っていた。乙女の顔で、ちょっと呼吸が荒いような。サーラントを起こさないように、そっとサーラントの足に触れている。その目が、なんか怖い。

 俺は見なかったことにして、そのまま寝ることにした。


「……あぁ、サーラント様、また、踏んでくれませんか……」


 おい、サーラント、お前、蜘蛛女アラクネのネイディー相手にどんなプレイをしたんだ? 俺より勇者なんじゃないのか?


 翌朝、鳴子が打ち鳴らすカラカラという音で目が覚める。

 身を起こして周囲を警戒、飛び起きたサーラントに飛ばされたシャララを空中でキャッチ。


「ビックリした!ビックリした! え? なにー?」

「なにか来たか?」


 隊長さんもネイディーもドルフ兵士も戦闘態勢で円陣を組んでいる。日が昇り明るくなっていく森の中、カラカラと鳴る鳴子の音。そのまましばらく様子を見てると、


「お、見つけた」


 声のする方、上を見ると木の枝に膝立ちになってるダークエルフがいる。口に指を加えて高く指笛を鳴らす。


「おーい、こっちだこっちー」


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