第47話◇覆面黒装束集団の正体は?


 白い霧を抜けてまだ駆ける。背後に追っ手は無い。大草原で人馬セントールの足に追いつける者はまずいない。

 森と草原の境目に沿って進み、ドルフ帝国兵士の人馬セントールが手を振るところから、森へと入る。先に着いてた人馬セントールの兵士が野営の準備をしているところ。

 日も落ちて暗くなる。大きな木々が繁る森の中は暗い。焚き火を囲んでいるけど、火をつけてて見つからないか?

 隊長さんに聞いてみる。


「かなり引き離したはずだ。騎馬兵相手なら問題無い。魔術で移動を強化されたら解らんが、それができるならここまで逃げることもできなかったろう」


 副長の蜘蛛女アラクネのネイディーが木の上からツツツと下りてくる。


「見張りは置く。これから鳴子つきの糸を張ってくるから、この音が鳴ったら注意して」


 片手に持った木の筒が3本ぶら下がった小さな鳴子を、カラカラと鳴らして教えてくれる。サーラントが、


「森の中は蜘蛛女アラクネの得意な領域か、ネイディー頼んだぞ」

「お任せくださいませ! サーラント様!」


 ネイディーは嬉しそうに言ってるが、それは隊長に言うべきことなんじゃないか? 副長だろ? やる気が出たのかネイディーは8本の脚で木に登り、鳴子の仕掛けをしに行った。

 で、隊長の方を見てみると、一際大きな木に向かって剣を振り下ろしていた。ザグンと木に剣で切り込みが入る。


「エルフの森の木を切ったら、まずいんじゃないか?」

「これは非常時の連絡手段のひとつだ。ドルフ帝国とエルフ同盟で話はついている。本来は森の木を盗まれないためのものなのだが」


 隊長が剣を納めて説明してくれる。木にはかなり深く剣で切られた跡が残っている。


「エルフの森の木は全て根で繋がっているという。木が斬り倒されそうになったことは、これでエルフに伝わる。ここで待っていれば、異常と感じたエルフがここを調べに来るはずだ」

「それは面白い方法だな」

「エルフは過去に他種族、主に人間ヒューマンに森を荒らされたことが許せなかったという話だ。それで作られた森の警戒網だ」


 これは人間ヒューマン対策のひとつ、か。隊長さんが改まる。


「ドルフ帝国、大草原巡回部隊隊長のレンダールだ。人間ヒューマンの隠れ開拓村を捜索中に黒装束の騎馬兵と遭遇して戦闘になった。人間ヒューマンを追い回していたそいつらは、何人か倒したが逃げられた。こちらでは追われていた人間ヒューマンは助けられなかったが」


 暗い森の中、焚き火を囲んで隊長さんの話を聞く。隊長さんを入れて人馬セントール5名、小人ハーフリングふたり、蜘蛛女アラクネひとりの部隊。

 人馬セントールのひとりは本隊に連絡するために駆けていったので、今は人馬セントール4名。

 そして成り行きで救出した人間ヒューマンの親子3人。母親ひとり、男の子と女の子がひとりずつ。

 運んだ黒装束の二体はふたりとも死んでいる。ひとりは途中まで息があったが、逃走中に死亡したらしい。隊長さんの治癒の加護も間に合わなかった。とは言っても黒装束が生きてても、ろくに情報は得られなかったんじゃないかな。

 覆面黒装束が殺されるためにあの場にいたのならば。

 焚き火の側に座る隊長さんが、


「まずはお前達が何者か知りたい。大草原を旅でもしているのか?」


 ここはサーラントに任せようか。ドルフ帝国出身だし。


「俺達は探索者だ。今はドワーフ王国からエルフの森へと向かってる途中。そこでその親子を追い回している黒装束と遭遇した」

「探索者か、どうりで強い。どこの迷宮に潜っていた?」

「マルーン街の百層大迷宮だ」

「なるほど、人間ヒューマンの大迷宮からひきあげた探索者か。人馬セントールならドルフの出身だろう。どこの街の出だ?」

「すまんが、俺のことについてはあまり話したくない」

「む? 前科でもあるのか?」


 サーラントがなにか言おうとするのを遮って、蜘蛛女アラクネのネイディーが口を挟む。


「レンダール隊長、サーラント様に失礼だぞ。サーラント様は我ら蜘蛛女アラクネ一族を救いし英雄にして恩人なのだ。そのサーラント様に前科などあるわけが無い」

「そうなのか? ネイディーの知り合いだと言うなら先にそう紹介してくれ。妙な勘繰り方をしてしまったじゃないか」

「サーラント様は気高く強く逞しく素晴らしいお方だ。だが、そちらの小人ハーフリング小妖精ピクシーは初対面でサーラント様のご友人とは知らず」


 サーラントが俺とシャララを手で示して紹介する。


小人ハーフリングの名はドリン、小妖精ピクシーの名はシャララ。ふたりとも俺が信頼する仲間だ。ふたりともマルーン街の百層大迷宮ではトップクラスの魔術師だ」


 隊長さんが、ほう、と感心して、 


「では改めて礼を言わせてくれ。古代魔術鎧アンティーク・ギアのいる部隊を相手にしたら、ここに無事ではいられない」


 隊長さんが右手を胸にあてて一礼する。この部隊の機動力なら、囲まれる前に逃げられそうだけどな。

 隊長さんはネイディーに向き直り、


「ところで森に慣れているネイディーには見張りを頼みたいんだが?」

「断る。私はサーラント様のお側に。見張りは代わってもらったから問題無い」


 いや、命令無視は問題有るんじゃないか? ネイディーは鳴子の仕掛けから戻ってからは、サーラントの近くにべったりだ。

 サーラントを見てるだけで幸せなのか、ニヤニヤしている。それを見るドルフの兵士、人馬セントール小人ハーフリングがなにかボソボソ言ってる。


「副長がおかしくなった」

「いつもはちょっと怖いのにな」

「なんか副長が可愛く見えてきた」

「おいお前、正気に帰れ。副長だぞ?」


 この蜘蛛女アラクネ大丈夫か? と心配してたが、どうやらサーラントがいなければちゃんと副長として仕事できてたらしい。俺を勇者呼ばわりしといて、サーラントの方がタラシだろうに。


 さて、人間の親子3人から話を聞くか。助けられたとは言えこの3人は人間ヒューマン。異種族に慣れていないようで、こちらに怯えている。助けられたのはわかるようで大人しい。


「とりあえず、このお茶飲んで。で、お兄ちゃんに妹かな? 妹ちゃん可愛いね。お兄ちゃん頑張って走ってきたんだ。えらいねー」


 人間ヒューマンの親子の相手をするのはシャララだ。

 人馬セントール蜘蛛女アラクネだと怖いらしいので、隊長さんに断って蝶妖精フェアリーのシャララに任せてみる。

 シャララが得意の花の幻覚の魔術を使って子供の頭に花を咲かせると、子供ふたりは驚いてなんか喜んでいる。やはり、こういうのはシャララは上手くやるなぁ。

 子供とシャララが楽しそうにすると、母親の方も警戒心が溶けたようで話を聞くことができた。


 この親子は大草原の隠れ開拓村に住んでいて、覆面黒装束に襲われたという。指揮をしていたのは金髪のエルフだったとか。その指揮官以外は覆面で顔は解らなかったという。

 住民は村からちりぢりに逃げて、そこにドルフ帝国の大草原巡回部隊、つまり隊長さんの部隊と俺達が来た、ということらしい。隊長さんが腕を組んでなるほど、と。


小人ハーフリングからの情報でその隠れ開拓村を調べに来たのだが。まさか、人間ヒューマン領域から遠くエルフの森に近いこんなところにまで、人間ヒューマンの隠れ開拓村があるとはな」


 俺はお茶を飲みながら考える。


「その盲点をつかれて今まで見つからなかったのか?」


 ネイディーが首を傾げて、


「だが、なぜエルフが人間ヒューマンを襲うのだ? 森を荒らしたのか?」

「これがエルフに見えるのか?」


 俺は死んでいる黒装束の覆面を剥ぎ取る。出てきた顔は金髪で、耳の長い頭だ。


「こんな骨太のエルフがいるものか」


 剥ぎ取った覆面をひっくり返す。


「まずはこの覆面、気をつけて見てくれ。後頭部に毒針を打ち込む仕掛けがある。強引に剥ぎ取れば後頭部、首の上のところから毒液を注入して殺す仕掛けだ」

「え、なにそれ、こわい」


 覆面を見ていたシャララが慌てて飛び退く。俺は死んだ男の髪の毛を引っ張る。


「次にこの男の髪を見てくれ。根本のところだ。髪の毛を脱色してから金に染めているが、新しく生えてきた根本はもとの髪の色、茶色が見えている。耳も作り物を縫い付けてあるだけのチャチな偽装だ。それでもパッと見にはエルフだと騙されるけどな。こいつらは人間ヒューマンだ」


 サーラントが男の耳を引っ張って、縫い付けてあるところを見ている。耳に糸を通してつけ耳をくっつけるなんて、拷問みたいだ。


「エルフに偽装した人間ヒューマンか。身元を隠すために人間ヒューマンがたまにやる手口だ」


 隊長がもうひとりの黒装束の覆面をそっと外して、死体を観察する。


「エルフの振りをした人間ヒューマンの野盗を、人間ヒューマンの軍が討伐に来たのか?」

人間ヒューマンとしてはエルフに襲われた村人を助けるため、という名目なんだろう。サーラント、前にも似たようなことが有ったって聞いたことあるんだが」

「そういうことか。300年前に人馬セントール人間ヒューマンを襲ったことへの報復と言って、人間ヒューマンが大草原に侵攻した戦争のことだな。事実は人間ヒューマンの自作自演で、ドルフ帝国にそれを信じる者はいなかったが」

「それをエルフでまたやろうってことなんだろうよ」


 いまいち人間ヒューマンのやることは理解しにくい。だが、そこで思考を止めると人間ヒューマンの狙いも思惑も掴めない。

 隊長が頭を抱える。


「エルフの振りをした人間ヒューマンが村を襲い、その集団を人間ヒューマンが討伐する。それでエルフに汚名を着せるつもりか? そんなこと人間ヒューマン以外に信じる者はいないだろう? この共食いのような事態になんの意味がある?」


 人間ヒューマンの狙いとしては、人口が増えすぎてその数を減らしたい。その為に戦争をしたい。勝ち目は無くても戦争する理由が欲しい。加護の無い偽物の神様をでっちあげるような人間ヒューマンは、人間ヒューマン全員が騙されるような理由と正義が欲しい。

 人間ヒューマンの余剰人口が自分から死地に行くような主張が欲しい。だからでっち上げよう、そういうことか?


「ここに人間ヒューマンの遊撃部隊が来るなんてのは、初めからその開拓村が目的なんだろう。ドルフ帝国の大草原巡回部隊が人間ヒューマンの隠れ開拓村を潰していったから、他に候補が無くて奥まで来ることになったのかもな。覆面黒装束が村を襲い、その集団を人間ヒューマンの部隊が討伐するまでがワンセットの作戦だとする」

「読めた。人間ヒューマンの士気高揚が目的の作戦ということだな。無抵抗の村の住民を虐殺したエルフに対して憎しみヘイトを上げるための」


 サーラントが俺と同じ答えを出す。これはマルーンの街で人間ヒューマンを見たから解ることで、話を聞いていた隊長さんもネイディーもドルフの兵士も、気持ち悪い物を見るように俺を見る。

 いや、俺がこんな無意味でえげつない作戦、思いついてもするわけが無いだろうが。

 隊長さんが片手で頭をかく。


「いまいち納得できんが、エルフに虐殺の汚名を着せるのは、エルフを貶めるのが目的では無いのか? 人間ヒューマン人間ヒューマンを騙すのが目的、ということなのか?」

「いや、人間ヒューマンにとってはこれでドルフ帝国もドワーフ王国も騙せるだろう、と信じてるだろうよ。人間ヒューマンは自分達を騙すように他の種族も騙せると思い込んでる。その上でこの策で、エルフ許すまじ、と気勢を上げられることだろう」


 ネイディーが半目になって、うさんくさそうに。


「共食いのような真似で士気を上げて他の種族に噛みつく。人間ヒューマンらしい下衆で気色悪い手口だ」

「どう対策するかは隊長さんの仕事になるわけだけど、その黒装束、1体はエルフ同盟に渡して警告しといた方がいい。こんな奴等がエルフを騙っているってな。その親子3人は貴重な証言者だから大事に保護したらいいんじゃないか?」

「こんなのただの小隊長の判断の枠を越えてるぞ。だがそのとおりだ。その3人にはドルフ帝国まで来てもらうとしようか? お前達は人間ヒューマンに詳しいようだな。これから人間ヒューマンは、あの部隊はどうするか解るか?」

「俺達は人間ヒューマンの街、マルーンの西区に住んでいたけど、人間ヒューマンを完全に理解しているわけじゃ無いんだが。そうだな、あの部隊はあの場の村の住民の死体と黒装束の死体を持ち帰って、人間ヒューマンに喧伝するんじゃないか?」

「なぜ人間ヒューマンは気持ち悪い小細工に労力を使う? 堂々と戦えんのか?」

「ドルフ帝国のカノン相手にまともに勝てるわけが無い、と考えてるのかもな」


 サーラントがため息まじりに言う。


「己の信念に誇りを持てない者は、相手を貶めるようになる。人間ヒューマンとはそんな種族だ」


 俺は死んでいる黒装束の死体を見る。髪を染めて耳を改造して、エルフの襲撃者として死んだ人間ヒューマン

 己の意思でやったことなのか、無理矢理やらされていたのか、それとも騙されていたのか。

 死んでしまったふたりからは何も聞き出せない。同族からは無法を犯した亜人として蔑まれて死ぬことになったであろう人間ヒューマン。それがここで死んでるこいつら。

 それを納得していたのか、それとも仕方なくしていたのか。無理矢理やらされていたのか。

 死に顔からは何も解らない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る