第46話◇逃げろ! 古代魔術鎧だ!


「あぁ、サーラント様。こんなところで出会えるなんて」


 蛇女ラミア亜種蜘蛛女アラクネの女騎士が、身体をくねくねさせて蜘蛛の脚をわきわきさせてサーラントにかしずいている。そのサーラントはやっと思い出したようで。


蜘蛛女アラクネのネイディーか。久しぶりだな」

「私の名前を憶えてくれていたのですか? あぁ、ネイディーは幸せですぅ」


 ネイディーは両手を組んで乙女の顔で目を潤ませている。さっきまでの凛々しい姿と変わり過ぎだろ。回りの人馬セントールのドルフ兵士はポカーンとしてる。

 サーラントはそのドルフ兵士を一瞥して。

 

「ネイディー、ここで何をしているんだ?」

「私たち蜘蛛女アラクネ一同はサーラント様に救ってもらった恩を返すべく、ほとんどがドルフ帝国兵士となりました。私は大草原捜索の一部隊の副隊長を務めております。今しがた謎の集団と交戦したところで、サーラント様こそこんなところでいったい何をなさっておいでですか?」

「俺たちはエルフ同盟の森へ行く道中だ。そこの魔性小人ブラウニー蝶妖精フェアリーは俺の仲間だ。解放してくれないか?」

「はい、ただちに。みんな武器をおさめろ。サーラント様のご友人に無礼はダメだ」


 おい、それでいいのか副隊長?

 ネイディーという蜘蛛女アラクネは俺とシャララに深々と頭を下げる。


「先程は申し訳ありません。サーラント様のご友人とは知らず。ですが私たちも任務中のことですので、どうかお許しください」

「いや、いいけどさ。それより先にすることあるんじゃないか? 黒装束の生き残りを捕まえたりとかは?」

「ということだ。みんな、任せたぞ。サーラント様、この覆面の黒装束はいったい何者なのでしょうか?」


 ほんとにそれでいいのか副隊長? 人馬セントール兵士の面々を見てみると、


「副長って以外と乙女?」

「副長が壊れた!」

「だめだコレ。俺、隊長呼んでくる」


 こっちもわたわたしてる。大丈夫かこの部隊。俺は辺りを見回して、うずくまり怯える人間ヒューマンの親子三人と目が会う。ふむ。


「シャララは人間ヒューマンの方を見ててくれ」


 俺は背中のリュックを下ろして中を覗く。中の黒浮種フロート、ノスフィールゼロに小声で訊ねる。


(大丈夫か?)

(大丈夫でスノ。戦闘になったのは覗き窓から見てましタノ。皆さんワ?)

(俺たちは誰もケガしてない。いきなり揺らしたけど、ノスフィールゼロはどっかぶつけたりしてないか?)

(ビックリしただけで、無事でスノ)

(またちょっとおとなしく隠れててくれ)

(わかりましタノ)


 シャララの方は、と。

 追われていた3人の人間ヒューマン、女が座りこんだまま両手でふたりの子供を守るように抱き抱えている。子供は母親らしき女にしがみついたまま、怯えてシャララを見ていた。

 シャララは子供になにか話しかけていたが俺が近づくと、


「ドリン、水筒とって。この子達に水をあげて」


 シャララが子供を指差して言うので、3人に水筒を渡して水を飲ませる。落ち着いたなら話を聞きたいところだが。

 水を子供に飲ませてる母親らしき人間ヒューマンは警戒しながらも、ありがとうございます、と俺達に礼を言う。

 武器も無く武装も無し。荷物も落としたのか持っていない。疲れきった様子。水を飲む3人の様子を観察しながらこっそり感知の魔術を使う。

 魔術仕込みの道具などは持っていないようだ。この3人がなぜ追われていたのか?

 その間にドルフ兵士の隊長がやってきたようで、ひとりの人馬セントールがサーラントと蜘蛛女アラクネと話をしている。


 サーラントが肩から下ろした黒装束を地面に寝かせる。気絶したのか身動きしない。その覆面をサーラントが剥ぎ取ると、出てきたのは金髪で耳の長い男の顔、ライトエルフか?


「あああぁぁぁぁあ!」


 覆面を剥ぎ取られた男は、突然頭を抑えて叫び出した。いきなりなんだ?

 駆け寄ってみれば、その金髪の男はびくんびくんと痙攣している。全員が見ている中で、一際大きくのけ反って動かなくなった。どういうことだ?

 倒れる男の首に触る、呼吸無し、脈拍無し。死んだ?

 ライトエルフの男は死んでいる。死んでいる? どこにも死ぬような怪我は無いのに? しかし、この男、本当にライトエルフ? なにか違和感がある。


「サーラント、その覆面見せてくれ」

「ああ」


 覆面を受け取って注意深く調べる。魔術刻印は無し、魔力反応無し。だが、これは、こいつは。


「全員、倒れている黒装束の覆面に触るな!」 


 俺の声に驚くドルフ兵士が倒れた黒装束から慌てて離れる。くそ、どういうことだ?

 もう一度、倒れている男の顔を見る。髪を掴んで引っ張る。次に耳を掴んで引っ張る。この死んだ男、この状況、追われる人間ヒューマン、追われていたのは戦闘とは縁の無さそうな親子、大草原で、なんのために? 目的は? こんな危険な覆面で正体を隠して? いや、これは、これはなにかまずい。嫌な感じだ。


「どうした、ドリン?」


 サーラントが聞いてくるが、この事態から予想する最悪のケースに対処するには。

 俺はこの部隊の隊長らしき人馬セントールに聞く。


「この部隊にカノンはあるか?」

「無い。我々は兵団『赤』では無い。なにか解ったのか? この黒装束共はいったいなんだ? そいつはエルフか?」

「説明してる暇は無い。そこの生きてる人間ヒューマン3人、そして死んだか気絶した黒装束を何体か担いで、すぐにここから離れろ! エルフの森に向かって全速でだ! シャララ! 上からここに来る奴等がいないか見てくれ!」


 蜘蛛女アラクネのネイディーがハルバードを握り直して緊張する。


「説明してくれ小人ハーフリング。いったい何が起きている?」

「そんな暇は無い! サーラント!」


 サーラントは頷いてネイディーの肩に手を置く。キリリとした顔でネイディーを見つめる。


「緊急の事態だ。ドリンの言うとおりにしてくれ」

「はい、サーラント様。みんな! 撤収! 急げ!」

「隊長も頼む」

「あとで説明してもらうぞ。おい! そこの黒装束2体を回収しろ! お前達はそこの人間ヒューマン三人を手分けして背に乗せろ、落とすなよ! エルフの森だな?」


 上空からシャララが叫ぶ。


「こっちに騎馬兵がくる! 30くらい! たぶん人間ヒューマン! で、荷車みたいな馬車がひとつ! 乗ってるのは、なんだか不格好なでかくてごっつい全身鎧フルプレート? 頭が無いのか、頭が胴体とくっついてるような、なにアレ?」


 サーラントの顔が険しくなる。


「まさか、古代魔術鎧アンティーク・ギアか?」

「はったりのハリボテだったら嬉しいけどな。カノンが無ければ対抗手段が無い。今から足止めの仕掛けを作る。効果拡大水量増加、創水、水球」


 俺は眼前に直径2メートルの水球を浮かべる。これでサーラントには俺が何をしようとしてるか解ったようで、


「隊長、ネイディー、急いでここから離れろ。俺とドリンで殿しんがりをする」

「サーラント様、私も残って戦います!」

蜘蛛女アラクネ人馬セントールより足が遅い。草原ではな。だから先に行け、すぐに追いつく」

「そんな、サーラント様!」

「ネイディー、ここは俺たちに任せろ」

「あぁ、サーラント様。またも我らのためにその身を」


 緊急事態だって言ってんだから、いちゃつくのは後にしてくれ。森まで逃げられたらその後で、木陰でサーラントを好きにもみくちゃにしてくれていいから。

 背中に黒装束を乗せた人馬セントールの兵士が蜘蛛女アラクネのネイディーの手を掴む。さっきの人間ヒューマン親子3人もそれぞれ人馬セントール兵士の背中に乗っている。


「副長、行きますよ」

「いつもの副長に戻ってください」

「だってサーラント様がぁ」


 いや、漫才も後にしてくれ。急いでくれ。本気で危ないから。魔術で水球を操作しながら見てると、隊長がこっちに来て指示を出す。


「お前達はネイディーを引っ張って先に行け。ひとりはそのまま本隊まで行ってこの状況を伝えろ。急げ!」


 御武運を、とか、サーラント様ぁん、とか言いながらドルフ帝国の部隊は駆けていく。俺は水球を制御しながら言う。


「隊長さんもさっさと行ってくれ」

「そんなわけにいくか。帝国兵士で無い者を置いていけるか」


 そういうものか。サーラントが俺の操る水球を見る。


「時間稼ぎが必要か?」

「そうだな。シャララ、さっきの俺の幻覚、サーラントだと何体作れる?」

「立たせるだけなら何体でも。細かく動かすのなら5体くらいかな。私の視界に入ってないとダメだけど」

「じゃあサーラントに引っ付いて分身の幻覚といっしょに引っ掻き回して来てくれ。サーラント、古代魔術鎧アンティーク・ギアが起動してるようならすぐ引き返せ。1回あてたらすぐ戻ってこい」

「解った。シャララ、俺の髪の毛にでもしがみついてろ。行くぞ」

「うん!」


 シャララがサーラントの後頭部にぴとっとしがみつく。シャララを頭にくっつけたままサーラントが駆けていく。あれだと、サーラントが大きな赤い蝶の羽の髪飾りをつけてるみたいだ。一瞬吹き出しそうになった。なんのおしゃれだ。どこのお嬢様だ。後頭部に大きな赤い蝶の髪飾りをつけた、サーラント。似合わないにも程がある。

 いかんいかん、水球の制御に集中しないと。


 隊長だけが残って、俺が魔術で出した宙に浮かぶ水球を見ている。


人間ヒューマンの遊撃部隊に黒装束覆面のエルフの集団。いったい何が起きている? なにか知っているのか?」

「悪い。魔術に集中したい。話すのはあとだ」


 どうにもこうにも、正直、訳がわからん。ある程度、推測できることはいくつかあるが、まずはここを逃げてからの話だ。

 人馬セントールなら人間ヒューマンの騎馬兵に追い付かれることは無いだろうが、捕捉されて追われるとやっかいだ。

 その上、人数もあるが古代魔術鎧アンティーク・ギアが動けば、戦って勝ち目は低い。

 古代魔術鎧アンティーク・ギアとの戦闘経験は無いが、強力な魔術防壁があるという人間ヒューマン自慢の戦争用兵器。1体でも異常な戦力の古代の遺産アンティーク

 俺は目前の水球を揺らして気化させてゆく。固めて凍らせるのは簡単、水分を除去することも難しくはない。じーちゃんの優しい乾燥は急がずに気化させることでパサつき防止にしてるんだが、この分量を気化させて霧状にしてあたりに広げるのは制御の難度が高い。

 揺らしてばらして霧状にして集めて、と。


「サーラントが戻って来たらこの周辺を霧で覆う。視界が悪くなるからロープでも用意して、サーラントとはぐれないようにしてくれ」

「魔術に詳しくは無いが、人間ヒューマンの騎馬兵に捕まるほど人馬セントールは遅くは無いぞ」

人間ヒューマンにはそれなりに魔術の使えるのがいる。追跡されないようにしたいんだよ。シャララの幻覚の邪魔になってしまうけれど、この霧の水分は俺の魔術を通してある。感知、探知の妨害になる。あとは足跡か」

「ではエルフの森に向かうに、少し迂回をするか。私に他にできることは?」

「先に行った奴等と合流するまでの道案内、かな。問題は古代魔術鎧アンティーク・ギアにシャララの幻覚がどこまで通用するか」

「む、戻って来たぞ!」


 赤い蝶の羽根を後頭部に生やしたサーラントが駆けてくる。俺はサーラントの背中に飛び乗って、


「そのまま走れ! 濃霧拡散!」


 サーラントの後方に向けて、一気に霧を広げてやる。途端にあたり1面が白い霧に覆われる。


「ちょっとー? 真っ白でなにも見えないよー?」


 シャララが文句言ってるが、


「方向さえ合ってればそのうち霧から抜ける。サーラント、隊長とはぐれるなよ」

「そのためにロープを出させたのだろう」


 サーラントは片手にロープの端を持っている。そのロープの端は前を行く隊長さんが握っている。


「サーラント、どうだった?」

古代魔術鎧アンティーク・ギアはハリボテじゃ無くて本物だった。ただ、魔晶石温存のためか起動前だ。中に人が乗っているようですぐに動き出しそうだった」

「それならシャララの幻覚も、すぐには見破られては無いか?」


 サーラントの頭の上から後方を見るシャララ。


「離脱するときにサーラントの幻影には、バラバラの方向に走らせたから。どれを追いかけるか悩んでたみたい」

「こんなところで人間ヒューマン相手に足止めされたく無いから、さっさと逃げるぞ」


 白い霧の中、サーラントが駆ける。前方には隊長の背中が白い霧の中に薄く見える。


「ずいぶんと霧の範囲が広くないか?」

「どれぐらいで煙に巻けるかわからんかったからな。周囲半径200メートルは霧の中だ。足元に気をつけてコケるなよ」

「あいつらはいったいなんだ? 人間ヒューマンの部隊にしてはずいぶんと大草原奥まで来ているが」

「推測してる事はいくつかあるが、細かいことは隊長さんの部隊と合流してからだ。それまで考えをまとめる」


 ライトエルフが覆面で顔を隠して、人間ヒューマン追い回して虐殺って時点でバカバカしいことだが。


「あの隊長さんの部隊がここで何をしていたかを聞きたい。それで絞れるだろう」


 揺れるサーラントの背中の上。振り向いても真っ白な霧の中。後ろから追ってくる馬の足音は聞こえない。

 ポケットに入れてた黒装束の覆面をそっと取り出す。

 目と口の部分だけ穴が空いて、頭と顔をすっぽりと覆う黒い覆面。

 これについてる仕掛けを見ると気分が悪くなる。よくこんなことを思いつくもんだ。

 


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