第38話◇ドワーフの街、くろがねセンドーに到着
◇◇
翌日、今日も晴れ。
ローゼットに手伝ってもらってサーラントの馬体に旅荷をくくりつけて固定する。
ミトルの紅茶を水筒に入れて飲物も準備良し。
まぁ、水についてはいざとなれば俺が魔術の創水で出せばいいんだけど。
サーラントがセルバンとローゼットとミトルに出発の挨拶。
「では、行ってくる」
「たまにはお兄さんと親御さんに顔を見せてやってくださいねー」
ミトルが釘を刺すとサーラントはわかった、と言いながら目をそらす。ミトルを相手にしてるときのサーラントって、なんだかガキっぽいのな。
ローゼットは今の大草原事情を。
「大草原に
セルバンは何故か俺に頭を下げる。
「若のこと、よろしくお願いいたします」
「あー、まぁ、俺ができる範囲でなら」
と答えておくと、セルバンもミトルもローゼットも『え?』というような視線で俺を見る。シャララまで、なんでだ?
ローゼットが代表して、
「あー、その、ドルフ帝国から手配されて追われるようなことも、その範囲内におさまってるんだよな?」
「そんなもんはなんとかなるだろ? 神の加護とか俺の手に負えない事柄は無理だけど」
「ゴメン、ドリンの言う範囲内がどこまでなのか、シャララにはゼンゼンワカンナイ」
いやわかれよ。このくらい。ノスフィールゼロが隠れたリュックを背負ってサーラントの馬の背に乗る。
シャララが飛んで来たのでチョッキの襟を開けると、潜り込んで顔だけ俺の顎の下にニュと出す。
蝶の羽根を服の中でもぞもぞされるとくすぐったい。
ローゼットとその部下がそんな俺たちを見ながら、あれ、いいなーとか可愛いなーとか小声で言ってる。
魔術排斥国家ドルフ帝国では、魔術の得意な種族は少ないということで、
なので昨日の夕方の食事のときもシャララはドルフ帝国兵士に、可愛い可愛いとちやほやされていた。そしてシャララは調子にのっていた。
ドルフ帝国の中で1部の者は対
なるほどなー。その上に
シャララが俺のチョッキの中からちっちゃい手を伸ばす。
「じゃあねー、みんながんばってねー」
出発、サーラントが駆け出す。青々とした大草原を真っ直ぐ駆ける。
見送るドルフ帝国兵士の
その顔が妙な期待感に溢れてキラキラしたいい笑顔なのが、ちょっと気になる。
俺たちになにを期待してやがんだか。
大草原を駆けるサーラントに乗っての移動中、ノスフィールゼロはリュックから頭を出して景色を眺める。
「ドリンサン、ドワーフの国とドワーフについて教えてくだサイ」
とノスフィールゼロが聞いてきたので、俺とサーラントとシャララで説明する。
俺達は知ってて当たり前のことでも、
ドワーフ王国について、
「心配してたけど大丈夫みたいね」
シャララが言うのでなんのことか聞いてみる。
「ドリンとサーラントのこと。昨日、あんな言い合いして頭突きとかしてるのに、ご飯食べて寝て起きたらいつもどおりなんだもの。ねぇノスフィールゼロ?」
「そうでスノ。安心しましタノ」
なんだ、気にしてたのか。
「やってしまったことをグチグチ言っても結果は変わらんだろ。俺は昨日の時点でサーラントに言いたいことは全部言ったからな」
あぁ、とサーラントの奴も頷いて、
「今回のことは俺がドリンの覚悟を甘く見てたことが原因だ。だがこれでドリンの決意のほどが知れたから、次からは遠慮なく最初から巻き込んでやることにする」
「そうしてくれ。それに覚悟だとか決意だとか、大げさな言い方するようなことでも無いだろが」
「言ったなドリン。後で後悔するなよ」
「あ? すると思ってんのか? そうならないようにと俺が頭を捻ってんだろうが。俺を侮って『あのときドリンの知恵を借りれば良かった』と後悔すんのはサーラントの方だ」
「ならば証明してもらう。しっかりと俺についてくることだ」
「なに言ってんだ? 俺がお前についていけるわけないだろ。足の数も長さも違うんだから、速さでついていけるか。サーラントが俺を乗っけて走るんだよ、今のように。落とさないように気をつけて走れ」
「なぜ俺がドリンに気をつけてやらねばならん? お前が落ちないように必死にしがみついていれば問題無い」
「突進以外に能が無いなら、荷物くらいきっちり運べよサーラント」
「荷物なら無駄口開かず黙って運ばれろ。舌を噛んで呪文を唱えられなくなった魔術師など運ぶ価値が無い」
シャララがなぜか呆れたように、
「ぷぅ。なんだか心配して損した気分」
途中の休憩でノスフィールゼロが
サーラントはというと、
「ちょっと辺りを見てくる」
と俺達の祈りの邪魔にならないよう離れていった。なにを今さら照れているのだか。
これといったアクシデントも無く順調に旅は続く。
さらに翌日、マルーンの街を出てから3日目の夕方、目的地のドワーフの街へと到着。
ここを抜けて
王族に会おうとするなら王都まで行かなきゃならないが、今回はその時間は無い。
ここでトンネル工事のできるドワーフを雇って、エルフの森の
その前に白髭団と合流しないと。やること多いな。
街門の前に並ぶ列の最後尾につく。俺のリュックにはノスフィールゼロのために覗き穴を作った。
ドワーフの街を見たいのか、リュックに隠れているノスフィールゼロが中でこそこそもぞもぞしてる。
ドワーフと
門の近くには武装した
探知ができる魔術師を雇っていて、それがあのエルフと
さくさくと進んでゆくようで、さして待たされることも無く俺達の順番に。
「ようこそ、
帳面を手にした
「
「
「
「サーラントにドリン? もしかしてあんたら、触るな凸凹か?」
シャララが驚いて、
「え? なんで知ってるの?」
ほんとになんで知ってるんだ?
「俺とドリンはマルーン西区ではそんなあだ名で呼ばれてるが、何故知っている?」
サーラントの言うことに
「メッソとボランギから聞いた。握手してくれないか?」
「俺、みんなを呼んでくる!」
エルフの肩に乗ってた
メッソの奴、なんて言いふらしてんだ?
建物から出てきた衛兵達に好奇の目で見られながらひとりひとりと握手する。なんか歓迎されてる。その中のひとりの
「メッソに知らせてくる!」
衛兵のひとりの
「
あのときは仮称、単眼大蜘蛛って言ってたっけ。その後は紫じいさんに聞いた赤線蜘蛛って呼び方に変えたけれど。だけどな、
「間違っちゃいないが、あの蜘蛛は白髭団だけじゃ無くて、灰剣狼と猫娘衆っていう
「それも聞いてる。だがそれも探索者として凄腕の触るな凸凹だから、マルーン街トップの40層級の
「ドワーフ王国にも60層中迷宮はあるから、30層ボスを倒した奴なんて珍しくないんじゃないのか?」
「中迷宮と大迷宮じゃ規模も難易度も違うだろう。しかもここ百年近く誰も見つけたことの無い隠しボスで、魔晶石も今まで誰も見たことのない大きさだったって。地上の査定でもその大きさの例が無いって困ったくらいなんだろ?」
「間違ってはいないんだが、大げさに伝わってるみたいだな」
「俺はメッソとボランギとはガキのころ遊んでた仲で、あいつらは俺の兄貴分てとこだ。今では白髭団はこの街で、迷宮に挑もうって奴には目標となる先輩って、有名なんだぜ」
そのドワーフはメッソから聞いた話、俺の練精魔術で増幅したスーノサッドの火嵐が子蜘蛛を全滅させた、とか、サーラントの一撃で巨体の単眼大蜘蛛が宙に浮いてひっくり返ったくだりを嬉しそうに語る。
うーん。嘘ではないんだけど、なんか派手に脚色されているような。むずがゆいな。
「で、メッソからはドリンとサーラントが来たらすぐに知らせてくれって頼まれてる」
メッソの家は地下ということで階段を下りて地下の街に。
「地下迷宮から出る灯りの魔術仕込みの道具と、あとはここに住んでるエルフや
そのドワーフはサーラントの方を見ながら続ける。
「なんでもドルフ帝国には、明かりについてテクノロジスでなんとかなるってことだが?」
「ドワーフ王国からドルフ帝国のテクノロジス研究者に依頼があって、研究中だ。まだ製品にはなってはいない筈だ」
「そうか。この街では暗いところでドワーフ以外の種族が困ることがあるんだ。昔よりは改善されてはいるんだが」
ドワーフだけなら問題ないのか。もともと暗視ができる種族だし。
「ドワーフ以外で、この地下に住もうって物好きがいるのか?」
「俺も物好きだとは思うが、それでも生まれ育ったところを『気に入った!』とか言われると嬉しいもんだ。ドワーフの金属加工に興味のある異種族とか、それを研究したいって魔術師とかな。メッソの姉貴の旦那は
「メッソの姉貴の家だ」
家から出てきたのは、なんだか着飾った
「ドリン! サーラント! それにシャララ! 久しぶりだなぁ」
「そうだなメッソ。で、なんだその似合わない正装は?」
「似合わんか? お前らが来たことをここの貴族に伝えてくるために、ちっとはましな格好にしたんだがな」
「貴族に?」
「この街を仕切ってる
白髭団の
メッソは顔を近づけて、そこにしゃがんだサーラントとシャララも近づく。こそこそと。
「ネオールの持ってきたドリンの手紙で事情は知った。詳しい話は後にするが、お前らドワーフ王国の貴族を味方につけたいんだろ?」
「それはそうだけど、ガディルンノの手紙の相手は?」
「見つかった。今、ここの貴族の屋敷に王都、
「よく見つかったもんだ」
「そのお嬢さんがガディルンノの名前を憶えていたんだよ。その護衛から昔の冒険譚を聞いていて、リックルの話で思い出したんだと。手紙は俺が預かっててまだ渡してはいない。で、俺は今からその貴族のお屋敷に行って、お前らがここの貴族とそのお嬢さんに会えるように話をつけてくる」
「上手くいくのか?」
「リックルが気に入られているから、会うことはできるだろう。で、リックルから奥様にたのんだらなんとかなりそうだ。そこからどう話をつけるかはお前らに任せる。じゃ、家の中で休んでてくれ。姉さんと兄貴に話してあるから家の中は好きに使ってくれ」
そう言ってメッソは走り出した。
俺達を案内してた衛兵がメッソを追いかけながら、
「おーい、メッソの兄貴、なーにこそこそ話してたんだ?」
「ふっふっふ。新たな冒険の作戦会議だ!」
メッソの奴、楽しそうだな。
手紙ひとつでそこまで根回ししてくれてるとは思わんかった。
取り合えず、サーラントから荷物を下ろして少し休むとするか。
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