第39話◇メッソの姉夫婦、旦那はエルフで奥さんはドワーフで


 メッソの姉さん夫婦が住んでるという家の中に入る。ディープドワーフの地下の街。がっしりとした家が並ぶ中で、この家は壁の色合いが明るいというか、壁に森の絵が描かれている。

 ここは地下であっても薄暗くは無く、家の中は更に明るい。


「おじゃましまーす」


 身体の大きいサーラントはドワーフの家には入れないので庭で休んでいる。

 家の中にはディープドワーフの女とダークエルフの男がニコニコと待っていた。


「いらっしゃーい。座って座って」


 ふたりに招かれて挨拶して椅子に座る。ドワーフは小人ハーフリングと身長が近いから家の中の椅子とテーブルも俺にはちょうどいいけれど。

 これ、ダークエルフの旦那さんには窮屈なんじゃないか?


「慣れちゃったよ。それにこの家は私のために他の家より天井を高く作ってもらってるから」


 そう言ってダークエルフの旦那さんはお盆にせんべいとお茶を乗せて持ってくる。


「庭の人馬セントールくんにもね」


 と庭にもサーラントの分を持って出て行った。穏やかな感じの旦那さんだ。ドワーフの奥さん、メッソの姉さんが言うことには。


「前に来た鷹人イーグルスのネオール君には庭の納屋を改造したとこに泊まってもらったけど、そこなら人馬セントールでも使えるかしら?」


 いきなり押し掛けて来て気を使わせてしまったか。しかし、メッソにちょっと似てるかこのお姉さん。顎ヒゲが無くなって線が細くなったメッソに少し似た女ドワーフ。


 俺達もせんべいとお茶をもらって食べる。ドワーフの堅焼きせんべいはかたくて、シャララはお茶でふやかしながら食べてる。歯応えのある硬いのが好きなのかドワーフは。

 旦那さんが戻ってきて、


「今日の食事はみんなで庭で食べようか?」


 奥さんがニコリと、


「賑やかでいいわね。庭でバーベキューにする? 人数は?」

「あー、と、ちょっと待ってもらえるかな?」


 ここに泊まるとなると隠し続けることはできないか。


「ふたりにお願いがある。今から紹介する種族はその存在を秘密にして欲しいんだが」


 奥さんが首を傾げる。旦那さんが椅子に座る。旦那さん専用の椅子は足が短く作られていて、背の高い旦那さんがテーブルに合わせられるようになってるみたいだ。俺は続けて黒浮種ブロートの説明をする。


「その種族はこれまで隠れて生きていて、地上の他の種族と交流も無く、彼らを知ってるのも俺達くらいだ。そして彼らのことをまだおおやけにはできない」


 ダークエルフの旦那さんが、へぇ、と


「メッソ君も話してはくれないが、それだけのスゴイものを百層大迷宮で見つけてしまった、ということなのかな?」


 ディープドワーフの奥さんが、ふんふん、と。


「私もこの人も、もとは探索者で同じ部隊パーティだったの。それで秘密にしたら教えてもらえるの? どんな冒険をしたか、どんな秘密を見つけてしまったのか。私、メッソが話してくれないことにとっても興味があるんだけど。おもしろそうなことなら私も手伝いたいんだけど」


 予想外に食いついてきたなメッソの姉さん。そこは姉弟なのか? それなら話してみるか、とシャララを見ると。


「うん、巻き込んじゃおう! 味方は多いほうがいいからね。こほん。ふたりともよく聞いて。これは国をひとつひっくり返すような大事件。我々は百層大迷宮に隠れ潜む、ふたつの種族と仲良くなるために、ひとつの壮大なる計画を進めている」


 シャララはニヤリと悪い組織の参謀気取りで話しているが、まるでいたずらっ子が笑っているようにしか見えない。テーブルの上に立つシャララは手を広げて調子良く話す。


「その計画にはドワーフ王国とエルフ同盟とドルフ帝国すら巻き込むつもり。今、メッソが貴族のお屋敷に行ってるのも、その計画のひとつなのよ」


 ダークエルフの旦那さんが目を細める。


「話が大きいね。なんだかぞくぞくしてきたよ」

「まだまだこんなものじゃないわよ? 人間ヒューマンレッド種の多種族連絡網がひっそりと暗躍して、エルフの森ではこの計画のために、既にグレイエルフが行動を開始している。そしてこの計画には、なんと古代種エンシェントドラゴンも関わっているのよ」


 ディープドワーフの奥さんが興奮する。おい、シャララ


古代種エンシェントドラゴン? ほんとに? いるの?」


 いや、嘘ではないけれど、言い方ってものがな。シャララを止めようとするが、


「そしてこのドリンこそがその計画立案者! 古代種エンシェントドラゴンを戦盤で唸らせた知略の持ち主にして、あの伝説の『無限の魔術師』グリン=スウィートフレンドの練精魔術を受け継ぐ、二代目にして孫よ!」


 その紹介の仕方、なんかちょっと嫌だな。俺は紫のじいさんに戦盤で勝ったこと無いし、遊ばれてるし。


「シャララ、調子にのってきたとこ悪いがそこでストップ。嘘はないけど演出過剰だろ」


 シャララ、というか小妖精ピクシーは相手を楽しませようという気質が、多かれ少なかれある。芸人体質というかサービス過剰というかなんというのか。

 なので続きは俺が話す。


「これは秘密にしてくれよ」


 改めて念押ししてから説明をする。俺達が地下の隠しエリアで見つけたもののことを。

 で、この夫婦の俺を見る目に尊敬が入ってて、なんかやりにくい。

 ひととおり説明してからリュックを開ける。

 テーブルの上に帽子をかぶったノスフイールゼロをのっける。


「初めましテ、黒浮種フロートのノスフィールゼロと申しまスノ」


 夫婦のほうを見ると、初めて見る黒いてるてる坊主に驚いて固まっていた。

 シャララが間に入って話をすると、夫婦はノスフィールゼロとも打ち解けて会話が弾む。

 ディープドワーフの奥さんは可愛いとノスフィールゼロを抱き締めてる。


「私達にできることなら手伝うわよ。というか私達もエルフの森に行ってトンネル掘りしましょうか?」


 一応聞いてみる。


「トンネル工事をした経験が?」

「無いけど?」


 無いのかい。ダークエルフの旦那さんが続けて、


「そうだね。なにができるか話したほうがいいか。工事も建築もしたことは無いよ。私達はここで陶芸をしてる。あと、妻は鍛冶が少しできる」

「私は鍋をなおしたりとか包丁研いだりとかだけどね。この人は木工細工ができるの。あと絵が上手。私が作った壺とか皿に絵付けをしてるのがこの人よ」

「陶芸家ってことなんだけど、なんて言えばいのかな。近所ではなんでも修理できる夫婦とか呼ばれてるよ」


 もと探索者で陶芸家で修理屋のドワーフとエルフの夫婦。

 メッソの姉夫婦って、なんか濃いな。

 ノスフィールゼロがお願いする。


「是非ともディープドワーフの陶芸とダークエルフの木工細工を教えて欲しいでスノ。あとお願いがありまスノ」


 ん? なんだろ。


「修理や細工のための道具があるなラ、貸して欲しいでスノ」

「なにか作るのか?」

「これからドワーフの貴族に会うなラ、黒浮種フロートのテクノロジスをアピールするいい機会でスノ。なにか作って贈り物にしまスノ」


 ノスフィールゼロなりにちゃんと考えていた。黒浮種フロートと友好を結ぶと手に入る利点、テクノロジスの証明か。

 ディープドワーフの奥さんが手招きする。


「私も手伝うわ。仕事場はこっち、ついて来て」


 ダークエルフの旦那さんは?


「私も興味あるけど、我慢してご飯の用意をしようか。客人は長旅で疲れてないかい? 好きに休んでてよ」

「ありがとう。俺はノスフィールゼロの手伝いでもするか。シャララはこの話を外のサーラントに教えてやってくれ」

「わかったー」


 で、白髭団のメッソと小妖精ピクシーのリックルが戻ってきたとこでみんなで食事に。

 サーラントが家の中に入れない、だけどノスフィールゼロを外に出すのはちょっと、ということで俺とメッソとサーラントとダークエルフの旦那さんが庭でバーベキュー。シャララとリックルとノスフィールゼロとメッソの姉さんが家の中で食事にすることに。庭に面した窓から焼けた料理を皿に乗せ運び入れる。

 ディープドワーフの名物という猪の燻製肉など、なかなか美味しい。

 ドワーフも山で狩りなどする。エルフの弓矢を使った猟では無く罠猟が基本だという。

 家の中の方からは、ノスフィールゼロが持参した調味料が原因とおもわれる悲鳴と笑い声が聞こえてきた。

 黒浮種フロートとつきあっていくには最初の洗礼かな、あれは。


 食事の後はサーラントが泊まる予定の納屋のほうに。これからの作戦会議といこう。

 サーラントが寝泊まりできるように中のものは外に出されて、身体のデカイ人馬セントールが寝るための敷物と布団を用意してもらった。

 面子は俺とサーラントとシャララとノスフィールゼロにメッソとリックル。

 顎ヒゲの三つ編みをほどいたディープドワーフのメッソは、マルーンの街で別れたときと代わり映えは無く。


「明後日、お屋敷に来てもらうことになった」

「さくさくと進む。ありがたいことだ」

「そこはリックルのお手柄だ」


 リックルのほうを見ると、久しぶりに会ったシャララを膝の上に抱っこしていた。

 リックルはシャララと会うと抱き合って空中をクルクル回って喜んでいた。

 リックルは小妖精ピクシーで身長は40センチくらい。シャララは蝶妖精フェアリーで身長30センチくらい。

 抱き合っていると親子みたいだが、リックルに言わせると小妖精ピクシーよりもちっちゃい蝶妖精フェアリーは、小妖精ピクシーにも人気があるのだとか。

 リックルはトンボのような羽、形はトンボに似ているが線は無く透明に近い薄い緑色。この羽の色は個人ごとにバラバラだが、小妖精ピクシーは透明なナイフのような4枚羽で、蝶妖精フェアリーは色の濃い蝶のような模様入りの羽だ。

 で、シャララを抱っこしたままむぎゅーとしてるリックルが言うには、


「私もなんでそうなったかわかんないんだけどね。酒場で白髭団の話をしてたのが盛り上がって、それが噂になったみたいで、ドワーフ貴族のお屋敷で、そこの奥様に呼ばれたの。そこで話をすることになっちゃったの。それでその貴族に気に入られて今は食客? とかいうのになっちゃった」

「リックルがドワーフ貴族の食客とはな。そのおかげでなんとかなりそうだ。あとはその貴族が百層大迷宮のトンネル計画にのって、人手を出してくれるようならよし。ダメなら俺達の資金で雇っていく、と」


 メッソが思い出したように言う。


「そうだ、ボランギとルノスには会ったか?」


 白髭団のディープドワーフのボランギと小人ハーフリングのルノスか。


「いや、会ってないけど?」

「そうか行き違いになったか。ボランギとルノスは鍛冶と建築と土木工事できるドワーフを10人連れてマルーンの街に向かったんだ」

「早いな。道理でここにボランギとルノスがいないわけだ」


 リックルがクスクスと、


「ネオールの話を聞いたルノスが凄かったんだから。『俺もあと少しマルーンの街に居れば、祭りに最初から参加できたのにー!』って叫んで転がってたもの」


 祭りかよ。ま、祭り気分で参加してくれる奴が増えてくれるといい。メッソが続けて、


「俺達みんなルノスと同じ思いだ。で、ルノスとボランギはドワーフを集めてすぐに出発した。百層大迷宮の単眼大蜘蛛の稼ぎも、そいつら雇って道具を揃えて馬車を用意したらほとんど使ってしまったな」


 注ぎ込み過ぎだ。メッソとリックルはケラケラと笑うが、計画者としては先に言っときゃ良かったか?


「それは悪いことしたなー。その分、俺達から出すぞ」


 俺は隠しポケットから宝石を出そうとするが、メッソに止められた。


「かまわんよ。それに地下迷宮ダンジョン税の無い百層大迷宮があるなら、あのくらい簡単に取り戻せるから」

「白髭団はマルーンの百層大迷宮に戻るつもりか?」

「アルマルンガ王国の百層大迷宮なら戻る気は無いけどな。白蛇女メリュジンの里の百層大迷宮なら絶対に行く」


 その言い回し、なかなかいいな。リックルもウンウンと、


「私も行くわよ。でも、私とメッソはドワーフ連れてエルフの森に行くのが役割になるのかな?」

「そうなると噂の白蛇女メリュジンにも伝説のドラゴンにも、会えるのはまだまだ先になりそうだ」


 サーラントが二人に頼む。


「メッソとリックルには悪いが、エルフの森からもトンネルを掘り進められれば、より早くトンネルが完成する。そっちを頼みたい」

「それもわかってる。あと、なんでか姉さんと兄貴がやる気出してんだが。ふたりで昔の知り合いに声をかけてトンネル工事の要員を集める計画を話し合ってた」


 興味があったので聞いてみる。


「メッソの姉さん夫婦が探索者と聞いたけど、どんなもんなんだ?」

「あのふたりがいた部隊パーティ白銀しろがねケイラインの中迷宮で30層級だ。姉さんはハルバード使うのが得意で火系と土系の魔術が使える。火力調整が得意ってことで今は皿とか壺とか焼いている。あのエルフの兄貴は剣の腕もある上に治癒の加護も使える」

「凄いな。ふたりでなんでもできそうだ」

「それがなぁ。姉さんの魔術は本職の魔術師ほどじゃ無いし、兄貴の治癒も本職の神官ほどじゃ無い。あのふたりについたあだ名が器用貧乏夫婦、だ」

「それで30層級なのか。なんだか納得した」

「あと、あの夫婦は鎧とか修理できる。短剣とか包丁も作れるぞ」

「メッソの姉さん夫婦って、万能だな」

「あのふたりはそれが不満だったみたいだけどな。あれもこれもできるよりは、なにかひとつの特別が欲しかったんだとさ。それが今の陶芸家だ。姉さんが焼いて兄貴が絵付けをした皿とか、今じゃドワーフ王国の王都白銀しろがねケイラインでも人気がある」


 もと探索者で魔術も治癒の加護も使えて、防具の修理もできて武器も作れる夫婦で、今では修理屋でドワーフ王国で人気のある陶芸家だと?

 なんだあの夫婦。

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