第40話◇ノクラーソン主役回◇グランシアの予言の成就
◇◇
これが、骸骨百足か。
「正面に立つな! 回り込め!」
目の前の
「飛ばしすぎるなよノクラーソン。魔力を残しておけ」
「うむ、わかった」
30層の階層ボス、骸骨百足。骨の固まりがまるで巨大な百足のように走り回る。武器はその骨でできた大顎と前足。
だがそんなものはただの知識だ。ただの情報だ。
骨の固まりの巨大なムカデが動いて襲いかかってくるという恐怖に足がすくむ。
だが私も今は探索者だ。
なにより
たとえその理由が、なんかおもしろそう、というものだったとしても。
「うわったぁ!」
治癒の魔術の使い手は探索者に人気がある。私の治癒は効果はたいしたことは無いが、この遠距離治癒は使い手が少ないと聞いた。
そう、私でも役にたてるのだ。
双鬼、酒大好き、小姉御、みっつの
足を折って動きを止めるのが骸骨百足の攻略法だという。
まだ骸骨百足は元気に走り回っている。ドワーフや
私は飛来する骨から私を守ってくれている
「おいノクラーソン、頭を出すな」
ラグナンに注意される。私の役目は防御と治癒の魔術での後方支援だが。
飛来する骨の1本が額を掠めて飛んでゆく。一瞬で全身の毛穴が開いたような気がする。
しかし、私には長年大迷宮監理局で財宝を鑑定してきた眼力がある。
「左側面! 後ろから5本目と6本目の足! ヒビが入っているぞ!」
大声で叫ぶ。私の目は査定にかかわるどんな細かなキズも見逃さない。
「ここかぁっ!」
ドワーフのメイスが骸骨百足の足を殴りつけ、骨の足が砕ける。骸骨百足の速度が落ちる。
「たたみかけろっ!」
みっつの
対骸骨百足用に、いつもは剣を使っている戦士も今回は打撃系のハンマーやメイスに持ち変えて、ひたすら骨の足を殴る。
「ノクラーソン! 左だ、行くぞ!」
ラグナンに促されて見れば、
ラグナンと駆け寄る、息はある。うつぶせに倒れている
私はその腹部に手をあてて、
「治癒魔術で出血を抑える。その間に骨を抜いてくれ」
「わかった!」
ラグナンは盾を捨てて骨に手をかける。
「抜くぞ! 3、2、1、それ!」
骨は抜けた。しかし、血が止まらない。くそっ。
「ラグナン! 鎧を外してくれ」
ラグナンが変形した革鎧をむしるように
防御と遠距離治癒で私の魔力も残り少ない、だが。
「おい、ノクラーソン。無理はするな」
無理はするな? ここで仲間を助けられずになにが探索者か? 残りの魔力全てを目に見えるキズ口、その奥にある太い血管に一点集中させて治癒の魔術を使う。
ここさえ塞げばいいはずだ。
全身の魔力を搾りきって注ぎ込む。精神力が削られて、目の前が暗くなってゆく。しかし治す。ここさえ癒せばなんとかなる。
「ノクラーソン! おいノクラーソン!」
ラグナンの心配する声が、遠くなっていく。
……目の前に女が横になっている。血の気の無い白い肌の女。
回りを見れば、薄暗いが、ここは私の家か?
ベッドに近づけば優しい目で私を見る女。
あぁ、お前だったのか。ずいぶんと久しぶりだ。色の白い女の手を握る。
昔は毎晩のように見た夢。いつ頃から見なくなったのだろうか?
『私、あなたのことが心配よ』
妻が、フィールンが息をひきとるあの夜の夢だ。
もともと身体の弱い女だった。娘を産んでからはちょっとしたことで寝込むようになった。
私にはもったいない、優しい妻だった。
『私、あなたのことが心配よ』
「お前に心配されるようなことなんて、なにも無いさ」
私は強がる。病に倒れた妻の手を両手で握りしめて。
『あなた、マジメだけど、頑固で融通がきかないから』
「言われるほどマジメじゃ無いさ。ちょっとばかり、嘘とかごまかしとかが嫌いなだけで」
『普通の人はね、目の前の誘惑に簡単に負けてしまうものなのよ』
「だからってそれは許されないだろう」
『誰もが、あなたのように頑固でいられないの。それでいつもあなたは、割りに合わないことばかり人にやらされることになってしまうの』
「そう、だな。それでお前にも苦労をかける」
『でも、変わらないで』
「え?」
『あなたは、いい人だから。あなたよりマジメないい人は、このマルーンの街にはいないわ』
「フィールン?」
『私がいなくなっても、いつか、あなたのことを理解してくれる人が、信じてくれる人が、きっとあなたの前に現れるから』
「フィールン、お前以外に私のことを認めてくれる者などいない。だから逝くな、まだ逝くな」
『あなたの正しさを私は知っている。だからあなたはそのままで。私の大好きな、優しい頑固者のままでいて』
「フィールン、頼む、私を置いていかないでくれ」
『そうすれば、あなたの正しさを解るひとが』
「フィー、ルン」
『いつか、きっと……』
身体が揺れている。ふわふわとしている。
頭の奥がズキンズキンと痛む。
「お、起きたか」
「む、う」
「おとなしくしておけよ」
ラグナンだった。私は
私を背負って移動中のようだ。
「あーのねー、ノクラーソン?」
顔を上げればラグナンの頭の上で
今、私の所属する
「ノクラーソン、探索者ってのは目の前の戦いが終わったらそれで終わりじゃ無いんだからね。帰りのこととか考えて魔力とか体力を温存しないと、長生きできないんだからね。わかった?」
「む、すまん。今後、気をつける」
「ほんとにー? ノクラーソン、ちゃんとわかってるの? 死んじゃうよ?」
「ああ、帰還する体力と魔力の温存、だな」
「じゃ、はい。あーんして」
「なんだ?」
ロスシングの小さな手で、口のなかに緑の葉っぱを入れられる。
「それ噛んでると口の中がすっきりするから。魔力ぎれの頭痛にも効くけど、噛むだけで葉っぱは飲み込まない方がいいからね」
モグモグと噛んでいると唾液に成分がとけだしてきたのか、爽やかな匂いが鼻に抜ける。まだ頭の奥が少し痛むが。
「む、そうだ。ラグナン。あの
ラグナンが顎で示した方を見ると、
「血が足りないようだが、生きているぞ」
「良かった。助かったか」
「ノクラーソン。謝罪する。すまなかった」
「なんのことだ?」
「ノクラーソンが
小姉御のロスシングが強引にまとめての3
この
「
「いや、私は
「すまなかった。ノクラーソン。罵ったことを許して欲しい。それと、命拾いした。ありがとう」
本当に、
嘘が苦手な者が多い。尻尾が動いたり、耳が動いたりする。それで腹のなかに溜め込まず、すぐに口に出したりする。ケンカしたかと思えば、次の日には肩を組んで仲良く酒を飲む。
すぐにケンカしたり、即、謝ったり、口で強がっても尻尾がしゅんとしてたりとか。
本当に、一緒にいると、気持ちがいい奴らばっかりだ。
「謝罪を受け入れよう。それに、間違ってもいないぞ。私が言うのもなんだが、
私がそう言うとラグナンの頭の上のロスシングが、
「ぷふっ、あははははは」
いきなり笑いだした。みんなも笑いだした。
小姉御も双鬼も酒大好きも全員、声を上げて笑う。
「お前ら、ここはまだ地下迷宮の中だぞ? そんな大声で笑って魔獣が寄ってきたらどうする?」
ラグナンが笑いながら、
「いやいや、ノクラーソンの冗談なんて初めて聞いたからな。お前、実はおもしろい奴だったんだな」
いや、冗談のつもりは無かったんだがな。
『いつか、きっと……』
耳の奥でフィールンの声が聞こえたような、そんな気がした。
「ところで、なんで地下迷宮を移動しているんだ? 転送陣で地上に行かないのか?」
「これが出ちまったんだなー」
「ミスリルのハルバード、か」
地下迷宮の財宝としては、かなりのものだ。だが今では地下迷宮で見つけた武器と防具を手に入れることはできない。
地上での戦争準備のために武器防具を探索者が買い取りして、所持者証明書を発行することができなくなってしまった。
質のいい武器や盾は安く査定されて買い叩かれる。それが今の地下迷宮監理局、財宝鑑査処だ。
そのために探索者の中には地下迷宮で手に入れた武器を、どうせ安く買い叩かれるなら、地下迷宮の中に捨ててしまう者もいる。
本当に、
しかし、
「それを持ってどこに行くというのだ?」
私が訊ねるとロスシングは、
「私も知らない。なんでも双鬼の奴等が、いい拠点に案内するって言うから」
いい拠点? この百層地下迷宮の中で?
ここから先のことは記憶が混濁して整理できていない。私が思い出せるのは、
30層の西側、壁を壊した先の大きな広間。そこの隠し扉を抜けて見たのは、見渡す限りの大草原。地上のような景色。
「は?」
下半身が大きな白蛇の女達。飾りのついた目隠しをつけた、全裸の白い美しい女達。全裸。
「はぁ?」
「あちゃー、来ちゃったのかノクラーソン。や、お久しぶりー」
「悪いなノクラーソン。じゃ、確保で」
両腕を
「はあぁー!?」
クスクスと笑う下半身蛇の白い女達や、様々な探索者達がニヤニヤと笑うなか、連れて行かれた先には、
「おー、
全長20メートルを越える紫色の巨大なドラゴン。
「なああああああああ!?」
その圧倒的な存在感。私など一口で食われるという命の危機、などというものは小さな恐怖でしかない。
深い叡智を感じさせる赤い瞳と青い瞳に見つめられれば、この巨大な存在の前では、私などというちっぽけな存在は、ただ近くにいるだけで魂ごと潰れて無くなってしまう。
ただの恐怖では無い。畏怖、そして魅力。これがドラゴン。これか
もしも、神という存在が形をとって地上に現れたならば、それがこの形なのではないか?
跪き赦しを願い、祈りを捧げたくなるような絶対の存在に、ただただ圧倒されて、魔力ぎれの頭痛と、骸骨百足戦で疲労した精神が、プツンと音をたてて切れた。
気絶する直前に見たのは、
「だから言ったろ? ノクラーソン」
思い出すのはあの言葉。グランシアが楽しそうに獅子の耳を揺らし、私を指差し言った言葉。
『ノクラーソン、触るな凸凹に触ったね? 握手しちゃったね?』
ドリン、サーラント、これがお前達の秘密の計画か? 百層大迷宮の中で、お前達は、
『予言するよ。ノクラーソンがこのマルーンの街の
おのれ、触るな凸凹め。
そして私は気を失った。
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