第41話◇温泉街、くろがねセンドーで湯上がりたまご肌

◇◇小人ハーフリング希少種魔性小人ブラウニー、ドリン視点に戻ります◇◇



 明日のドワーフ貴族のお屋敷訪問の準備をしないとな。

 背中のリュックにノスフィールゼロを隠して、リックルに案内されてくろがねセンドーの街を歩く。


「サーラントとドリンはこの街に来たことあるの?」


 パタパタと翔ぶシャララが聞いてきた。


「俺は家族で来たことあるぞ。温泉旅行で」


 小人ハーフリングは1ヵ所に定住しないで、あっちこっち気が向いたところに行くのが当たり前。大草原近くの街なら家族で行ったところはいくつかある。

 サーラントはというと、


「王都、白銀しろがねケイラインに行ったことがある。その途中で立ち寄ったことはある」

「シャララはこの街に来るの初めて。温泉が有名だから来てみたかったんだー」

「観光は買い物が終わってからな」


 山の中に住むディープドワーフには山の恵みの天然温泉がつきもの。

 それもあって、このくろがねセンドーの街は湯治の街として人気がある。それでディープドワーフ以外の種族、シャロウドワーフとエルフと小人ハーフリング、他には小妖精ピクシーがチラホラといる。

 地下都市なのだがあちこち明かりはあって以外と明るい。地上の太陽光を取り入れる仕掛けなんかもあるようだ。それでも明かりの無いところは少し薄暗い。陰になるところで闇視のできないドワーフ以外の種族が困るというのも頷ける。


 貴族のお屋敷に行くなら服でも新調するか、と考えたものの今から仕立てても明日には間に合わない。

 探索者として紹介されるならおめかしの必要も無いか。


「それでも貴族のお屋敷なんだし、上に羽織るものだけでも綺麗なの用意しといたら?」


 リックルの勧めで俺とシャララの上着を買うことに。ドワーフのサイズだと俺には少し大きい。シャララも小妖精ピクシーサイズしか無くて、ひとまわり大きいのしか見つから無かった。


「リックルー、これサイズつめられる?」

「メッソのお姉ちゃん家に帰ってからやってあげる」


 ついでに宝石をひとつ売ってドワーフ王国貨幣を手にいれておく。

 ドワーフ王国で流通しエルフの森でも使える貨幣。楕円状の銀貨と銅貨と鉄貨。単位はオーバル。

 丸いとどこかに転がってしまうじゃないか、と作られた楕円形の貨幣にはドワーフのかつての王族の笑顔が彫り込まれている。

 人間ヒューマンが偽造貨幣を作ってばらまいたのに怒ったドワーフ王国が「作れるもんなら作ってみやがれ!」と、その金属加工技術の全てを注ぎ込んで作ったのだから、アルムスオンで最も優美な貨幣がこのオーバルである。


「これ見ると、やっぱりドワーフの細工って細かくて凄いな」

「加護のこともあるが、山と鉱山の恵みの扱いにはドワーフより長ける種族はいないだろう」

 

 リックルに連れられて、メッソの姉さんに教えてもらった店に行く。工具とか素材の金属を扱うお店。

 ノスフィールゼロがおみやげに作る材料を仕入れに来たわけで、


「これでいいか?」


 こそこそと小声でリュックに話しかけると、リュックの中からノスフィールゼロが俺の背中をトントンとノックする。リュックの覗き窓からノスフィールゼロに見えるようにして、必要な物を買う。

 刃物によさそうな鋼を小量。他には鉄と銅を、ノスフィールゼロがこれから何を作るか楽しみだ。


「じゃ、俺は戻ってノスフィールゼロの手伝いをするから」

 

 俺が言うと、サーラントは右肩にリックル、左肩にシャララを乗っけて、


「では俺達は温泉に行くとしようか」

「わーい」


 移動の疲れもあるだろうから、


「サーラントはちゃんと足を休めておけよ。まだ長距離移動があるんだからな」

人馬セントールがこの程度で疲れるものか」


 サーラントとシャララとリックルは鼻唄歌いながら温泉に。両肩に可愛い小妖精ピクシー蝶妖精フェアリーを乗せる人馬セントール。なんだかお前も可愛く見えるぞサーラント。くろがねセンドーで人馬セントールはあまりいないようで、街の住人がサーラントをチラチラと見ている。

 さて、俺はメッソの姉さん夫婦の仕事場に。


「私も手伝うわよ」


 メッソのお姉さんが準備して待ってた。昨日からなんか張り切ってるんだよなこの夫婦。


「旦那さんとメッソは?」

「知り合いで採掘やってるとこに挨拶に。トンネル工事を頼めないか聞きに行ってるわ」

「気が早いなー」

「以前、鷹人イーグルスのネオールさんとシャララちゃんが来てからメッソが何度か行ってるわよ? そこのドワーフを何人かボランギとルノスちゃんが連れていったのだけど」


 俺がこの街でやろうとしてたことは、もうメッソがやり始めていたってことか。

 ノスフィールゼロが作業台の上に乗って、その胴体から触手腕をニュニュッと伸ばす。


「作業しながらでいいのデ、ディープドワーフのことを教えてくださイノ」


 メッソの姉さんはかまどの火力を見ながら応える。


「ノスフィールゼロさんは他の種族のことよく知らないんだっけ? ドワーフのことねぇ。私はディープドワーフで、ディープシャロウの違いは解る?」

「髪の色とお髭の色が違いまスノ」

「そうね。種族を見守る加護神も違うのだけど、見た目ではディープは白に近い灰色の髪と髭が多いわ。たまに金とか銀もいるけど。シャロウは黒が多いわね。暗い灰色とか、希に赤銅色の髪と髭もいるわね。白っぽいのがディープで黒っぽいのがシャロウよ」


 おおざっぱだな。そういや白蛇女メリュジンの里の預かり所のシャロウドワーフの妹の方が、赤銅色の髪と髭は珍しいって自慢してたっけ。

 ノスフィールゼロから差し出す細い鋼を受けとる。


「ドリンサン、これを研いでもらえまスカ? デ、やっぱりディープは深いトコロ、シャロウは浅いところに住んでいるんでスノ?」

「その通り。ディープは山の中、シャロウは山の麓に住んでるの。今はシャロウはほとんどがドルフ帝国で暮らしてるわね。でもこのくろがねセンドーにも王都白銀しろがねケイラインにもシャロウは住んでいるわよ」


 メッソの姉さんはノスフィールゼロの指示を聞きながら、焼けた鉄をトンカントンカン叩きながら、


「あとはドワーフと言えば髭ね。男は顎までもっさもさ。女は顎には生えないけど鼻の下に髭があるの。女に髭のある種族はドワーフだけなのよ」


 俺は鋼を砥石に擦りながら、つい口を挟む。


「細かいこと言うと狼面ウルフフェイスの女にも髭はあるけどな。狼の顔で狼のヒゲがある。ただ、いかにもお髭ってのがある女性はドワーフだけだ」

「最近の若い娘のドワーフは、髭を剃ってつるつるにするのがおしゃれって言ってたりするけどね」


 メッソの姉さんの鼻の下にも、白に近い灰色の髭がある。なかなかにチャーミングだと思うけどな。


「他にはねー。そうね。ドワーフは男女の比率がだいたい6対4。それで男は外に女は家にって考えが普通ね。それでドワーフの探索者には男が多いの」

「そのあたりは猫尾キャットテイルとは逆になってるんだな。あっちは男の探索者もわりといるけど」

「女で昔探索者やっててダークエルフの旦那さんがいる私は、この街で変わり者って言われてるわ」


 いや、メッソの姉さんが変わり者って言われるのは、近亜種以外の別種族の旦那さんがいるだけじゃ無いと思うんだが


「あとは私がやりまスノ」


 ある程度形ができた部品にノスフィールゼロが触手腕を伸ばす。


 シュバババババッ、と。


「……凄い」


 メッソの姉さんが呆気にとられてる。この黒浮種フロートの加工の速度と精密さはドワーフを越えるのかもしれない。しかも小さいものなら、黒浮種フロートはその身体にある重力を操作する器官で身の回りに浮かせられる。

 ノスフィールゼロは目前の宙に浮く部品と工具を触手腕で動かして、組み立てたり叩いたりヤスリで削ったりしながら話す。


「テクノロジスの工具があれバ、更に精密な加工ができるのでスガ」


 あの魔晶石で動く回転する研磨の奇塊キカイとか、穴を開ける奇塊キカイとかのことか。あんなのがあるのは黒浮種フロートの住み処だけだろう。


「ドワーフもうかうかしてられないわね。金属加工なら世界一だと思ってたけど」

「イエ、ドワーフの冶金技術と金属の知識には学ぶところがいっぱいありまスノ」


 ノスフィールゼロとメッソの姉さんは、金属加工の専門的な話で盛り上がる。


「ただーいまー」

「ふふーん、お肌つるんつるーん」


 温泉組が帰ってきた。シャララとリックルの頬っぺたは少し赤くなってつやつやだ。サーラントはなぜか不満そう。


「どうした? サーラント」

「温泉の魔術師の乾燥が雑だった。尻尾の毛がパサパサだ」

「温泉の水質とかも関係あるかもよ。俺の作ったオイルはどうした?」

「この家に荷物と一緒に置いてきてしまった。今から使うとするか」


 シャララがサーラントの頭の上に飛んでいく、


「手伝ってあげるね」

「頼む」


 ノスフィールゼロがサーラントの尻尾をじっくり見つめて、


「フム、乾燥機……、需要が有りそうでスノ、パサつき防止ニワ……」

「ノスフィールゼロ。ここであれもこれも全部作るのは無理だから、明日に必要なものだけにしとこうか」


 黒浮種フロートの開発魂に火がついたら他のことを忘れてしまいそうで、注意しておく。


 翌日、俺とサーラント、ノスフィールゼロ、シャララに白髭団のディープドワーフ、メッソと小妖精ピクシーのリックルでドワーフ貴族のお屋敷へ。ノスフィールゼロにはまたリュックの中に隠れてもらって。


「このリュックがすっかり私の別荘になってまスノ。覗き穴に取り付けるレンズも昨日作りましたのデ、視界も良好でスノ」


 俺のリュックが別荘になっていた。これから行くお屋敷についてメッソの説明から、


「代々この街、くろがねセンドーを治めるくろがねの称号を持つディープドワーフ。当主の座を息子に譲って隠居してる。名前はレジオンス=くろがね=バルトマー。今も当主の息子の相談役で、現役時代には温泉施設を作って異種族の観光客とかくろがねセンドーに来やすくした方だ。夫婦でこの街を観光地として発展させてきた」


 リックルが補足して、


「そのレジオンス=くろがねの奥様が可愛いもの大好きで、小妖精ピクシーが好きなの。それで私がお屋敷に呼ばれたっていうのもあるけど。なんでも奥さんのためにくろがねセンドーの街に小妖精ピクシーが遊びに来やすいように温泉施設とかを改良したんだって」


 奥方のために異種族の来やすい街づくりとはね。なかなかお茶目なドワーフのようだ。

 サーラントが、ほう、と頷いて。


「それで温泉に人馬セントール大鬼オーガも使える大サイズのものが揃っていたのか」


 メッソが三編みにした髭につけたブローチの位置を直しながら、


「街の中はドワーフサイズだから背の高い種族にはちょっとつらいか。兄貴も苦労してる。ダークエルフのサイズじゃ無いから、たまに扉をくぐるときに頭をぶつけたりしてんだ」

「エルフで苦労するならサーラントはどうだ? 屈んでばかりで背中痛くなったりとか」

「問題無い。ここに住むわけでは無いからな。見たところ温泉近くには大サイズ用の宿泊施設もあったぞ」


 シャララが手を広げて、


「次は皆で来よう。皆で温泉旅行しよう」


 いいなそれ。トンネル開通したらみんなで慰安旅行というのも楽しそうだ。

 到着したのは石造りの立派なお屋敷。ドワーフの建築技術の粋というやつか。屋敷の前の庭が色とりどりの花壇があるのは、可愛い小妖精ピクシー好きの奥様の趣味かな?

 異種族を迎える機会があるからだろう、案内された応接室はサーラントも入れるサイズで作られていて天井も高い。

 立派な白い髭、その先端を青いリボンでまとめたディープドワーフが待っていた。気さくな感じのドワーフ王国貴族。


「ようこそくろがねセンドーに。リックルちゃんに聞いて会えるのを心待ちにしていた」

「まぁまぁまぁ。蝶の羽の小妖精ピクシー、なんて愛らしいのかしら」

「えへへ。シャララでーす。蝶妖精フェアリーだよ。お招きありがとうございまーす」


 奥方の方はシャララに一目で夢中のようで、満面の笑顔。

 メッソの方が慌てて姿勢を正す。


「レジオンス様、礼儀知らずの探索者ですので無作法はご容赦ください」

「メッソ君、彼らはこの街の住人でもないしドワーフ王国の国民でもない。私のお客さまだ。メッソ君もこの場では楽にして、いつもどうりにするといい」


 俺とサーラントはレジオンス=くろがねに挨拶して自己紹介する。相手はもとこの街の長でドワーフ王国の貴族なので礼儀正しく、恭しく。

 その間に奥方と小妖精ピクシーコンビはにこやかに。


「リックルちゃんに聞いていろいろお菓子を用意したのよ。好みのものはあるかしら?」

「凄い! お菓子がいっぱいあるー。それにソファもティーカップもスプーンもフォークも全部小妖精ピクシーサイズで揃ってる!」

「私が作ったのよ。でも蝶妖精フェアリーには少し大きかったかしら?」

「充分! 素敵! もって帰りたい」

「いいわよ。今、お茶を淹れるわね」


 メイドのドワーフが茶葉など持ってきて、奥方みずからお茶を淹れてくれる。テーブルの上には小妖精ピクシーサイズのソファにテーブル、茶器一式と揃っている。

 挨拶もすっ飛ばして和気あいあいと、もうお菓子を食べ始めているシャララ。

 礼儀も無いように見えるがシャララもリックルも奥方と楽しそうに話している。

 可愛いと褒められたならその相手を楽しませようとお喋りするのが小妖精ピクシーなりの礼儀正しさ、その見本のような光景だ。

 レジオンスくろがねが髭を撫でながら、


「すまんね。妻は可愛いものに目がなくて」

「いえ、小妖精ピクシーにとっては理想のホストです」

「ドリン君もサーラント君も私に敬語を使わんでもよい。私は隠居した身だ。私も探索者の冒険談を聞きたいところだが、メッソ君とリックルちゃんの話では私に頼みたいことがあるということだが?」


 それならさっさと本題に入ろうか、そう考えたときに応接室の扉がバンと開く。


「来たのなら早く教えてくださればいいのに」


 言いながら入ってきたのは豪華な赤いドレスを着た金髪のドワーフのお嬢様。レジオンスの娘さんかな?

 そのドワーフのお嬢様の後ろから護衛だろうか、鎧は着けていないが腰の後ろに斧を装備した女のドワーフが、


「お嬢、おまちください」


 と追いかけて来た。

 レジオンスが咳払いして、


「紹介しようこちらの娘さんは」


 と俺に話しはじめたが、応接室に入ってきた赤いドレスのお嬢様がサーラントを見つける。サーラントも金髪のドワーフお嬢様を見て、


「「あ!」」


 ふたり揃って声をあげる。サーラント、知り合いか?

 サーラントがちょっと待て、と言うより早く赤いドレスのお嬢様は、喜色満面、


「サーラント王子! まさかここで会えるなんて!」


 ん? サーラント、王子?

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